表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日ノ御子戦記〜うさうた〜  作者: おはよう太郎
PR18 日ノ御子
32/47

PR18


 ゲート調査隊は、京都鴨宮(かもみや)家に向かう和歌山白沙(しらさ)機の中でMCリングをフルオープンモードにしていた。

 これで全国50の御子とMFC代表引波紫兎が一同に会してることになる、いわば御子総会だ。


 さすが朗読にも長ける図書委員、奈須ノ城瑠璃(なすのしろ るり)が、先ず、青葉山ゲートから大空洞への冒険譚を皆に話し終え。

 続いて、封印結界を紐解いた話に入ろうとするところだった。


「…分かったことを手短に話しますね。でもこれは、あの結界を覗いてみたイメージを、わたしなりに解釈したものです」


 つまり、あの時、瑠璃の意識に雪崩(なだ)れ込んできた情報をストーリーとして纏めるということ。

 瑠璃先生の講義にうんうんと頷く御子の生徒たち。


「まず、あの大結界が張られたのは、今から、そうですね…1800年ぐらい前のこと…」


「ふえっ…そんなに!?」

「鴨宮の歴史が1000年ほどやから、その遥か昔っちゅうことやな」

「気が遠くなるたい」

「1800年前って何時代?」


桃渼(とうみ)、あなた、そんなことも知らないの?石器時代に決まってるでしょ、マンモスとか…」

 彗月(はづき)はなぜか得意気だった。


「弥生時代たい」煉花(れんか)がボソッと。

「そうそう弥生時代にマンモスが…あれ?…ごめん、黙っとく」


 くくくっ…と笑いつつ瑠璃が続ける。


「今から1800年前と言えば、この国は、弥生時代の後期、そして倭国連合があり邪馬台国が覇権を握っていたとも言われてます」


 ふむふむ…と。


「そして、あの前代未聞の大掛かりな封印結界を張ったのは邪馬台国の日ノ御子(ひみこ)…たち…」


「ちょい待ち、瑠璃ちゃん。卑弥呼って邪馬台国の女王様やろ?…たち…ってどういうことや」


「歴史の本にはそう書いてあったりしますけど…わたしが覗いた解釈では、実は、卑弥呼は個人じゃなかったし女王様でもなかった。(あが)められる存在であったのは確かなようですけど…ん、と…分かりやすく説明しますと。卑弥呼というのは鬼道(きどう)を操る人たちの集合体の名称、つまり組織名だった、っていうことになります」


「…瑠璃ちゃん、それ全然分かりやすくない」


「えーっと…そうですね…鬼道というのは、呪術や占い、と解釈されていますけど。現代風に言えば、魔法、とも言えます」


「魔法?」


「こう言えばいいのかな。日ノ御子(ひみこ)は1800年前のマジカル・フレンズ・チャンネル」


「えっ?…それって、わたしたちと同じってこと?」


「はい。元々は漢字もこう書きます。日本の(にち)にカタカナのノ、御子はわたしたちと同じ。それがなぜか魏志倭人伝や後漢書ではいわゆる卑弥呼と字も変わり、一個人として、そして、この国の女王として大陸に伝わった、あるいは意図的に曲解された…というのは本題から外れるので飛ばします」


「ぎし…わじん?…何?」

「うん、難しいから飛ばして」


「およそ1800年前のある日、日蝕とともにあの箱型鬼魔ノ衆が全国各地に大量に出現しました。浄化しても浄化しても間に合わないしキリがない。7日7晩と続いた戦いで多くの民が犠牲になり、この国が滅びそうになるほどに追い込まれました…」


 瑠璃の朗読劇に聴き入る御子たち。


「…そこで、もう後がない日ノ御子(ひみこ)たちは大きな賭けに出ます。大規模な空間転移魔法を使って、箱型鬼魔ノ衆をあの大空洞に集め、幾縛もの複雑な結界を張り巡らして封印した。彼女たちの身を捧げて…そうするしか方法がなかった…」


「身を捧げてって…」

「死んじゃったの?…日ノ御子(ひみこ)さんたち」


 大事なところですっと人差し指を立てるのが瑠璃の癖。

「ーー煌河石(こうがせき)です。あの石は、彼女たちの成れの果て」


「………………」

 瑠璃の衝撃の言葉に、誰もがシン…と押し黙った。


 ーー壮絶…

 そんな言葉だけでは測りきれない。


「…じゃあ、煌河石は生きてるの?」


「いいえ。生きている、と言うのとは違うと思います。けれど、その残留した思念は宿っている…と感じました。例えば…そうですね…木霊(こだま)のような精霊に近いイメージかと…」


「…そう聞くとなんかファンタジー」


「ですね…ふふっ」


 瑠璃の紐解き話しを聞きながら、紫兎は自身が視たイメージとそれが同じであるかを比べていた。

 ここまでは紫兎も同じものを視て、そして瑠璃と同じ解釈を持っていた。


「…その時代の日ノ御子(ひみこ)たちは、わたしたちに比べて遥かに強い魔力を持っていたようです。けれど…この国を、人々を、鬼魔ノ衆から護るためにその魔力すらも使い果たし。大結界に身を捧げた代償として煌河石と成り果てて、なおも、1800年という気の遠くなるような年月を、あの大空洞の中で、その封印を見守ってきた。でも、今になってその封印が(ほころ)び始めたのは、寿命を向かえてしまったから」


「寿命?」


「そう、結界の寿命です。あれだけの数の大型鬼魔ノ衆を同時に、しかも個々に、そして複雑に縛った封印が1800年も()った、というのがそもそも驚きなのですけど……実は、あの大空洞を丸ごと包むように、別の大掛かりな時空結界も張られていた。それが最初にわたしたちが落ちたところ…あの虚無の狭間です」


「二重の結界ということね…」

「せやから、こことあそこの時間の流れが違う…か…」


「そう解釈しました。鬼魔ノ衆を縛った封印の寿命が、おそらく30年ぐらいしか()たないことを知っていた日ノ御子(ひみこ)たちは、大空洞全体の時間の流れを遅くすることで封印丸ごとの効果を延ばすことにした。だから、わたしたち調査隊があの場所で過ごしたほんの数時間が現実世界の11日間だった…」


 ふぅ…と瑠璃は、そこでひと息つく。


「…戻ってきた時は、わたしも混乱してて、そこまで気がつかなかったけど…あの結界を紐解くと、そういうことになります」


「冷凍保存みたいなもんかな…」

 彗月がぼそっと。

「上手い例えたい…」

「そ…そう?」


「60分の1です。あの大空洞での1分がここの1時間…」

 紫兎がサクッと計算する。


「ほな、ウチらが死んだと思われていたんも、しゃーないな…ははっ…」

 と、あずき。


「ははっ、じゃない!!みんな死ぬほど心配してたんだから!!」

 MCリングを通した楓子(ふうこ)の大声が、あずきの頭にキーンと響いた。


「…うっ……ゴメン…」と小さくなってから。

「ん…まあ、でも、だいたい分かった。けど問題は、どーやってヤツらをぶちのめすことができるか…やな…」

 と核心を突く。


 そう。

 肝心なのは、どうやってあの数の鬼魔ノ衆(てき)を撃退できるかに尽きる。


「そうですね…ゲートが閉じてしまっていては、迎え撃つこともできないですし…」

「空間転移魔法なんて誰もできないよ」

「せやな、(そら)ちゃんがいたら、何とかなったかもしれへんけど」

「それでも、あの数は無理っぽい…」

「そもそもヤツらを大空洞に転移させたところで、ただのループじゃない?」


 んーーーー…と誰もが押し黙ってしまった。


 手の打ちようがないし、手の施しようもなく。

 詰み、だ。


「…ん、まあ、一つ一つ、モグラ叩きみたいにブチのめすしかないんとちゃう?」

 あずきは嘆息混じりで。


「そうですね…せめて、出る場所と時間が分かれば…」

 と瑠璃も考え込む。


 それなら…

「それなら…」

 紫兎は無意識に口を開いていた。


「ん?」


「それなら…わたしできるかも…」

 というか分かる…


「えッ!?…紫兎ちゃん、ほんまに?」

「すごい…」


「あれ?…う…うん…どうしてかな?…でも、分かるの……ヤツらが現れるのは、まず、ほぼ同時に3鬼、それぞれ違う場所で…」


 頭の中に座標…大まかな場所だけど、それがなぜか浮かんでくる。

 手を顎先に置き、ぶつぶつと呟き始める紫兎。

「…まず…九州の北の方、それに…北陸?…あと紀伊半島……それが…」


 ーーそれが、いつ現れるか…

「…明日…夕方…」

 第1のゲートが開き、鬼魔ノ衆は地上に現れる。


 まるで大量のデータが勝手に送られてくるようだった。そんなスパムメールのようなものが紫兎の頭の中に一気に押し寄せてくる。


 ぁぁ…なんだろ?…頭がボーッとする…

 体が熱いし寒気もする。

 それに…何だかすごく…


 ーー眠い…


 その情報量の多さに紫兎の脳が過負荷(オーバーロード)起こす。

 膝を抱えて座っていた紫兎が、急に頭をフラフラと回し始めた。


 まるでサイバー攻撃を受けダウンするサーバーのように、そのまま貧血でも起こしたかのように。

 フラッ…と意識が遠のいていき、ついには床に横倒しになった。


「ちょ!…紫兎ちゃん!!どうしたん?!」


 慌てるあずきたちの呼び声が綿(わた)の詰まったような耳奥で聞こえ、視界がグニャリと歪む。

 すぐにその声も深い霧に包まれたように遠くなり…

 ぁぁ…すごく眠いーー

 紫兎はすとんと意識を失った。


 これには、御子たちも大いに慌てた。

「すぐに病院へ!」という声も上がったが、鴨宮はしらが掛かりつけの医者を呼んでおく、ということになり。

 そのまま真っ直ぐ京都に向かった白沙機は、ほどなく鴨宮家の庭に着陸した。


「まあ、過度な疲労による貧血でしょう」

 医師の診断では、微熱があるぐらいで特に目立つ外傷や危険な症状は見られない、ということで、皆ひとまずホッとした。



 紫兎は2時間ほどで目を覚ました。

「…ん…っ…」

 あれ?…ここ、どこだろう……


 見慣れぬ天井の木目模様を見上げながら記憶を辿る。何処かの和室で、ふかふかの綿布団に一人で寝かされている。

 っ…と顔を横にすると、初秋の夕陽が和障子を山吹(やまぶき)色に染め上げていた。


 あずきちゃんの匂いだ…

 スン…スン…と鼻を鳴らし布団の匂いを嗅ぐ。


 ここは一度来たことのある鴨宮家の一室だと思い出し、次第に頭がスッキリとしてきた。


 そっか…わたし、倒れちゃったんだ…


 いくつかの壁を越えた向こうからだろう、誰かの笑い声が聞こえてくる。

 何か料理の、美味しそうな匂いも。


 ぐーっ…と鳴る。

 お腹すいたなぁ……

 そう思いながら意識を失う前のことを深く考えてみた。


 どうして…?

 鬼魔ノ衆がゲートから出現するイメージが湧いたのだろう。

 あの不思議な感覚が…それは今も残っている。

 そのイメージは、より鮮明に…


 どうやら脳の処理能力が追いついてきたらしい。

 新たなHDD(ハードディスク)が増設され、それらの情報がフォルダごとに保存されたみたいにも感じる。


 変なの…

 

 外側の回廊からトントンと軽やかな足音が近づいてきて、夕陽を受けて和障子に人影がさした。

 誰だろう…?

 スッ…と引かれた和障子の間口から顔を覗かせたのは、壱乃瀬(いちのせ)ふたばだった。


「あっ…紫兎ちゃん、目え覚めたん?」


 ほうじ茶色のブレザー制服に紺青格子柄のプリーツスカート。高校1年。

 鴨宮あずきとともに京都を守護するもう一人の御子だ。


「…ふたばちゃん?」


「気分はどうなん?」


「うん、もう大丈夫」


「よかった。だいぶ疲れてはったみたいやで。まあ…実際大変やったみたいやし。ちょっと待っててや、あずきたち呼んでくる」


 そう言って障子を開けっぱなしにしたまま。タタタ…と軽やかなリズムの足取りで外回廊を戻って行ってしまった。


 小高い丘に位置する鴨宮家。

 その広い庭の柿の木にその実がたんまりとなっていて、チチチ…と鳥の鳴き声。


 紫兎は半身を起し、外の景色を眺め見る。


 淡い橙色(オレンジ)から水彩のような水色(ライトブルー)のグラデーションの秋空。

 遠く山裾に(あかね)色した落陽があって、紫兎の瞳に映る世界の全てを黄金(こがね)色に染めていた。


 かつて神祓天(かみはら そら)を失った時に世界の色を失ったその瞳は、この鴨宮家を訪れた日からいつの間にか(いろど)りを取り戻している。


 それは…

 御子の仲間(みんな)がいてくれるから。


 その水彩画のような美しい風景の中を泳ぐように、赤い蜻蛉(アキアカネ)が行ったり来たりしている。


 ーー綺麗…


 紫兎は思った。

 でも……

 いくらこの世界が美しく彩られているとしても、その景色を…それを美しいと思う人が誰もいなくなってしまうかもしれない…と。


 どうすれば?

 わたしにできることは…?


 ある…一つだけ…


 外回廊を複数の足音がドタドタと駆け込んでくる。


「紫兎ちゃん!」


 あずき、その後ろに鴨宮はしらと壱乃瀬ふたば。

 そして心配顔を並べる調査隊の御子たちと、迎えに来てくれた紀野白沙。


 今は御子装束を解いて皆それぞれの学校の制服だった。

 瑠璃なんかはふわふわ髪を後ろにまとめ、オタマ片手にエプロン姿だ。

 彗月と煉花は、ほっぺたに米つぶをつけて。桃渼はもぐもぐともう何か口に入れている。

 鴨宮家にはお母さんもお婆さんもいないから、皆で料理を作っているのだろう。


「どうや?…気分は?」とあずき。


「うん。もう大丈夫」


「ウチら、めっちゃ焦ったで。でも、ホンマよかった、大したことなくて」


「心配かけちゃって、ごめんね…」

 そして…

 わたしに…彩りのある世界を見せてくれて…

 ほんとうに。

「……みんな…ありがとう…」

 ぐす…っと涙が。


「なっ…何言うてるんや…そんなん…」


 あずきの言葉を遮るように紫兎のお腹がグーっ…と盛大に鳴った。


 鴨宮はしらが、はははっ…と笑う。

「ちょうどよかった、今から晩ご飯や。どや?食べられそうか?」


「せ…せやな、ウチ、めっちゃお腹すいた…どす」


 あえて慣れない京言葉を真似ようとする紫兎に、皆が笑顔になった。



 京都の特0からの差し入れもあり、御子たちは賑やかな食卓を囲んでいた。

 年頃の少女たちが8人も揃うと、一度にワイワイキャーキャーと喋るのであまりにも(やかま)しい。


 鴨宮はしらは、そんな花園だがカオスな食卓から離れ、スマホで特0司令部の引波五郎と話しをしていた。


「ええ……ええ…大丈夫。もう元気ですよって、五郎はん。ご飯もおかわり5杯目やし……ええ……ええ……いや、どういたしまして……いちみが?…ええ…分かりました…」

 ほな、と通話を切って食卓に戻る。


「紫兎ちゃん、いちみが迎えに来るそうや」


 言ったそばから、庭に着陸するパープルラビット機のツインプロップの振動でガタガタと鴨宮の家が揺れた。


「はしらさん、こんばんは…」と二條いちみが顔を見せる。


「おう、いちみ、久し振りやな」

「いちみさん!」

「ちょうど揚がりました」

 ドンと丹波地鶏の唐揚げが山盛りの皿が。


「みんな、お帰りなさい。ほんと大変だったわね」


「この賀茂茄子の素揚げも美味しいですよ」


 いちみは取り皿と箸を渡されながら。

「ありがとう、一緒にいただくわ」


「なんや、いちみ、東京暮らしが長うてもう京言葉忘れたんか?」


「そないなことあらへん」

 

 制服姿の可愛い女子高生に囲まれながらだらしない顔の鴨宮はしらに、いちみは、イラっ…とする。


 この狸オヤジも、あとでたっぷり尋問せな…


「聞いたわ、紫兎ちゃん、倒れたんだって?…大丈夫?」


「へへっ、何か急にフラッ…ときちゃって…」


 ぽりぽりと頭の後ろを掻くその仕草は、五郎そっくり…といちみは思う。


 エプロン姿の瑠璃がサラダを運ぶ。

「びっくりしました。きっと慣れない疲れが一気にきたのですよ…ねっ?」


 紫兎が神妙な顔つきになる。

「いちみさん、明日の夕方です」


「…何の話し?」

 いちみは、シーザードレッシングを取りながら。


「大厄災の最初のゲートが開く時間と場所の話です。今わたしには、それが分かります」


「……ぇッ…?」

 いちみのサラダはドボドボとシーザードレッシングに埋もれた。


読んで頂きましてありがとうございます。


すいません。計算違い。

1800年の1/60は30年ですね。修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ