PR17 (2)
それに驚いたのは展望台にいた観光客だった。
風光明媚な滝をバックに記念写真を撮ったりしていると、ズズズと地鳴りにユラユラと地面が揺れた。
地震?!と身構えると、いきなり滝の方から女の子の悲鳴が次々に飛んできた。
何事か!?…と目を向けると。アイドルのようなカラフルなコスチューム姿の少女たちが、滝の中からポンポンと飛び出してきて、そのまま川に飛び込んで行くのを目撃する。
それが御子だと気づくには時間がかからなかった。
「…うそ……あれって御子さんだよね?」
彼女たちは、今や国民的な超有名人。
「何であんなところに?」
「ひー…ふー…みー…6人もいるぞ…」
まさか…鬼魔ノ衆がここに?
観光客の顔が引きつり、ゾッ…と青褪めた。仙台青葉山鬼災の記憶もまだ新しい。報道では確か、その前兆に地震のような揺れがあったと聞く。
6人もの御子がわざわざこんな山奥の観光地に、ただの水遊びに来たとは思えなかった。
「…ねえ、ヤバイんじゃない?」
「ああ、逃げた方が…」と駆け出そうとした時だった。
「おーい」と滝の前の河原から、こちらに手を振る御子がいる。
「すいませーん。ここ、どこですかーー?」
妙なことを、と観光客は顔を見合わせた。
通信オペレーターからのその報告に、食べかけのカレーを放り出して司令室に駆け込んできた引波五郎と二條いちみ。
真っ先にモニター画面のー No Signal ーの赤い文字を見て肩を落とす。
オペレーターの勘違いか、通信機器のエラーか。
しかし当のオペレーターは主張する。
「引波司令が来られる、ほんの少し前に消えました」
「間違いないな?」五郎は念押しする。
「はい、紫兎様の通信機の信号で間違いありません……でした…」
律儀に過去形で言い直すオペレーター。
その信号が再びロストしていることを思えば仕方がない。
チーフオペレーターの小日向守が引き継ぐ。
「司令、ほんの数分でしたが、その信号を捕捉し位置情報を特定してます」
「どこだ?」
小日向は3Dマップをモニターに投影する。
「和歌山県、那智勝浦付近です」
「…和歌山?」
五郎は耳を疑った。
調査隊が消えた場所は仙台だ。
なぜ、そんな離れた場所に…
「そこは確か…大社の辺りじゃ…」
と、いちみ。
「そうですね。ちょうど熊野那智大社の滝の付近です。シグナルはそこから出てました」
「そこに鬼魔ノ衆は?」
「出現の報告や情報は今のところありません」
位置的に和歌山か三重…
「御子は?…白沙か千鳥は向かえるか?」
仕事の早い小日向は即座に答える。
「要請済みです。和歌山白沙機が間もなくシグナルポイントに現着します」
「ほれ見やあ。やっぱり変な顔されたじゃない。きっとアホかと思われたに違いないわ。だいたい煉花が訊けって言うから訊いたのよ」
彗月はブーブーと文句をたれ始めた。
「ばってん、彗月の言い方がアホみたいやったからたい」
「なによ!…じゃあ、煉花、あんたが飛んで訊いてくればいいじゃない!」
「ずぶ濡れたい。透け透けたい。恥ずかしいたい」
御子装束は鬼魔ノ衆には強いが水濡れには弱いらしい。
「そんな貧相、誰も見やせんわよ」
「…彗月は、死にたいと?」
煉花はブンとその手に神ノ起双槍を具現化する。
「わあ、ちょっと待って!嘘よ、冗談…そういう需要わりとあるから、ひゃぁぁ…ッ!」
「待たんしゃい!」
そんな喧しい二人は放っておいて、あずきは紫兎と話していた。
「とりあえず、楓子ちゃんたちに無事を知らせたんやけど…」
あずきは真っ先に、仙台で別れた楓子、雪音、ランにMCリングをつないだ。
「なんかよう分からへんけど、いきなり3人がめっちゃ泣き崩れて、話にならへんかった」
楓子やランはともかく、雪音の泣き崩れる姿は想像しづらい。
「そんなに心配してくれてたんだ…」
すると調査隊のMCリングに全国の御子からひっきりなしにリンクが殺到した。
40以上の女子が一気に喋るともう何が何だか。
「全員無事だから大丈夫、詳しくは後で」と紫兎は一括で返してとりあえずの収集をつけた。
「で、紫兎ちゃん、そっちはどうや?」
「んー…死んでますね。川に落ちた時に壊れちゃったみたい」
紫兎は役立たずになったウサ耳型の通信機を手に持ってぷらぷらとさせる。
「でも、雪音ちゃんたちから特0に連絡が行ってるはず」
「せやな」
通信機が壊れたところで今さら焦る必要はなかった。ここがどこかは分からないけど、日本のどこかには違いない。
とにかく全員無事に戻ってこられた。
五郎ちゃん、心配してるだろうなぁ…
数時間とはいえ音信不通だった。
大袈裟だからきっと死ぬほど…
紫兎はそんな五郎の姿を思い浮かべてクスッと笑った。
でも、心配掛けたこと謝らなきゃ…
MCリングで連絡が取れたことにひとまず安心し、紫兎はホッとひと息つく。
チチチ…と鳥が鳴き、いいお天気…
青い空と白い雲を仰ぎ、開放的な空気をすーっと胸いっぱいに吸い込んだ。
常闇の垂直トンネル、虚無漆黒の時空結界の狭間、そして地中深くの大空洞ーー
そうして太陽の光と高く澄んだ青い空が、だからこんなにも嬉しい。
でも…何だろう…?
紫兎はどこか違和感を感じ始めていたが、それが何なのか分からずにいた。
滝の裏側のゲートの様子を見に行っていた瑠璃と桃渼が戻ってきた。
「どうでした?」
「それが…もうすっかり塞がってました。一応、結界術で結んでおきましたけど…」
瑠璃が、ふぅ…と息をつく。
川面から上がって全員の無事を確認した後、揺り返し、といった感じで地面がゆらゆらと揺れた。
その時に塞がってしまったのだろう…
青葉山の深穴よりずいぶん早く、サンプルが少ないので今は何とも言えないが、やはり神出鬼没といった印象。
でも、どこかでまた口を開ける。
少なくともここにいる6人はソレを確信していた。
ーー大災厄がやってくる。
封印から目覚めた箱型鬼魔ノ衆の軍勢が、あの閉ざされた大空洞から、日本全土を蹂躙するために闇の底から這い上がって来る。
「で、どーするのよ?…タクシーでも呼ぶ?」
と彗月。
「ケータイは?」
桃渼は冗談で。
「そんなん持ってきてる人は…」とあずき。
「うう…水没よ…」
彗月が水に濡れたスマホを片手にがっくり項垂れていた。
「………………」(全員)
「…お腹減ったたい」
「ほんと…それ…」
「あそこにお団子屋が見える…」
「あずき、お金ちょーだい」
「何でやねん…あるわけないやろ」
はぁーーっ…
御子たちのため息をかき消すようにグーっとお腹が鳴る。
…っと!
聞き慣れたツインローター音がバリバリと聞こえてきて御子たちは空を見上げた。
滝の上からSMT914の機影が現れる。
機体底面の白鯨のロゴマークを見て、それが紀野白沙の機体だと知り、あずきたちは驚いた。
上空でホバリングする機体の開口扉から、すぐに白沙が降ってきた。
「ふふっ、こないなところで、みんな揃って水遊びなん?」
「白沙!」あずきは破顔する。
「…ということは…和歌山なのですね…ここ」
瑠璃は唖然とする。
「あっ!…那智の滝。わたし中学の修学旅行でここ来たわ」
今さらの彗月に。
「その情報、すでに遅いと」煉花が絡む。
…えっ……?
ぽろぽろといきなり涙を流し始める白沙に、あずきたちはギョッとする。
「…みんな…無事なんやね。ほんに…よかった……ほんに…ぅぅ…お帰りなさ…ぃ……」
最後は両手で顔を覆いながら、膝から泣き崩れる。
えぇっ…と…
調査隊の面々は戸惑いを隠せない。
通信オペレーターが五郎に告げる。
「司令!…岩手から通信…雪音様です」
「つないでくれ」
なぜ岩手?…と思ったが、すぐにMCリングの存在を思い出した。
「うううっ…五郎はん…」
雪音はいきなり泣いていた。
何かとんでもなく悪い知らせなのか…?
そんなネガティブ思考が五郎の頭の中をグルグル回る。
…まさか……と固まったまま、要件を聞くことができずにいると。
五郎を押し退け、二條いちみが代わって尋ねる。
「雪音ちゃん!MCリングで連絡があったのね?!」
「ううっ、んだ…みんな、ぅぅう…みんな、無事だべ…」
そこまで伝えると、雪音は通信の向こう側で本格的にわぁっと泣き崩れた。
ゲート調査隊が消息を絶って、すでに11日が経過していた。
その直後は、信じる、と言い切った雪音たちだったが。さすがにこれだけの日数となれば、最悪の事態も考えないわけにはいかなかった。
ーーみんな無事ーー
もちろんそこには紫兎も含まれる。
雪音の言葉を反芻しながら、五郎はくぅ…と天を仰いだ。
毎日祈った。無事でいてくれと。
都合のいい時だけの神頼みだと分かっていても、祈らずにはいられなかった。
合わせて宮城からも通信が入った。
言葉を伝えられない雪音に代わって楓子が続きを伝えようと。
「ううっ、もすもす……五郎さん、楓子です。紫兎ちゃんたち、自分らがどこにおるのか分からんらしいです…早く迎えに…」
五郎は、天を仰いだまま目頭を手で覆って応えられない。
まあ、しょうがないわね…
再び、代わりにいちみがヘッドセットを取る。
「楓子ちゃん、いちみよ。こちらでも位置信号を捕捉できたわ。なぜか和歌山よ。白沙ちゃんに迎えに行ってもらったわ」
「…へっ?…和歌山?」
地上に帰還を果たしたゲート調査隊は、和歌山白沙機で京都の鴨宮家へ向かうことになった。
「へーっくしゅ!…たい」
煉花の大きなくしゃみが機内に轟いた。
「大丈夫なん?」と白沙。
「問題なか」
ズッ…と鼻を啜りながら。
「もう水浴びの季節やないもんな。ほら、温ったかい紅茶やし、クッキーもあるんよ。ウチが焼いたんよ。みんなもどうぞ」
「…美味しい。ううっ…ありがと、白沙ちゃん」
決して大袈裟ではなく、皆、涙が出るほど喜んだ。
大空洞からの脱出で魔力はほぼ消耗し尽くしていた。
お腹も死ぬほど空いていた。
サクサクと、ほんのり甘い手作りの味を噛み締めながら、あんな恐ろしい場所からよく無事に戻ってこれたものだ、と今さらながら震えが込み上げてくる。
「みんなボロボロで傷だらけやなぁ。いったい何があったん?」
「まあ…色々と…」
「長ーーい話や…」
「疲れたと…」
ホッとしきり、ぐったりと脱力する。
瑠璃と桃渼は、うつらうつらとシートに座したまますでに寝落ちしていた。
機内の通信装置のヘッドセットを使わせてもらい、紫兎は、五郎と言葉を交わしていた。
「…だから、言ったでしょ。絶対帰ってくるって」
「ぅぅ…そうだったな…ぅぅ…紫兎ぉぉおぃ…」
通信の向こうからは、そんな気持ち悪いすすり泣きしか聞こえてこない。
「もう、五郎ちゃん…おーい、聞いてる?」
二條いちみの声が割り込む。
「紫兎ちゃん、いちみよ、ほんま無事でよかった」
「いちみさん!…ご心配おかけしました」
「この男はしばらく使い物にならなさそうよ。それで?…あなたたち、体の方は大丈夫なの?…直ぐに医療班を向かわせるわ」
「医療班?…そこまで必要ないです。みんな疲れてますけど、元気ですよ」
「そうなの?ホンマに?…なら、食事を準備させるわ。ずっと何も食べてないでしょ?」
「ん?…向こうでお弁当食べましたよ。でも、一戦交えたから、御子のみんなはお腹がすごーく空いてます」
「…そう…なの?…何ならその辺りの温泉で、ゆっくり休んできてもいいのよ」
「そうも言ってられないのです、いちみさん」
紫兎の声のトーンが重く真剣なものに変わった。
「火急ってことね?…聞くわ」
「厄災が起こります。それも…とてつもない大きな…」
「…鬼魔ノ衆ね?…いつ?、場所は分かる?…直ちに部隊を…」
紫兎が言葉を急く。
「違うんです、いちみさん。相手はおよそ1000鬼の箱型、仙台に出たヤツです」
「…せ……ん………?…」
いちみの言葉が消える。
すぐに返事が戻ってこないことで、特0司令室に走った衝撃の大きさを紫兎は知り得た。
「そして恐らく日本全域です」
「…それって…まさか…同時多発ってこと?」
「はい。その、まさかです。わたしたちはそれが起こる根源をたった今見てきたばかりです」
「…も…もう一度訊くわね。いつ…どこで、なの?、それが起こるのは…」
「…それは……」
そう。問題はそれだ。
長い長い封印から目覚めた鬼魔ノ衆の軍勢が地上に現れるのは……
きっと数時間後、いや、違う……あれ?
そう答えようとした紫兎は再び違和感を感じて言葉を止めた。
「どうしたの?…紫兎ちゃん、大丈夫?」
「…いちみさん、今、何時ですか?」
「えっ?…今?…えっと…13時50分だけど…」
それは、おかしい…
だって、調査隊が仙台でゲートに入った時間も同じぐらいの時間だった。
あの大空洞で紫兎たちは少なくとも4、5時間は過ごしたはず。ーーなのに…
紫兎は今になって初めて腕時計の針を確認した。
ーー18時23分。
那智の滝の下で、抜けるような青い空を見上げた時に感じた違和感は太陽の位置だ。
今はとっくに夕方でなければおかしい。
それだけじゃない。
他にも、些細な違和感を感じたことがいくつもあった。
それらを並べて推論した紫兎は、…ぁ……と思い当たり、愕然とする。
まさか…そんな…
そして、シンプルに訊いてみた。
「…いちみさん…今日は何月何日ですか?」
「えっ?」…いったい何の話し?
読んで頂きましてありがとうございます。