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日ノ御子戦記〜うさうた〜  作者: おはよう太郎
PR17 脱出
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PR17 (1)


「うえぇぇ…でらこっち見とる」

 小倉彗月(おぐら はづき)(おのの)く。


「ここから()ってしまおうか」

 倉式桃渼(くらしき とうみ)は空中で反転し、神ノ起具(かむのき)をスッ…と構える。


 桃渼の神ノ起具は弓だ。

 この距離でも目覚めたばかりの鬼魔ノ衆(キマノス)なら十分狙える。


「ちょ…ちょい待ち、桃渼」

 慌てて止める鴨宮(かもみや)あずき。

 その背に掴まる紫兎(しと)は、だがあっさりと。

「そうですね。()ってしまいましょう、桃渼ちゃん」


「ええんか?」


「うん。もう目覚めた鬼魔ノ衆(ヤツ)は止められない。しかもあれだけの数となると、いまさらひとつひとつ封印もできないし…」

 焼け石に水かもしれない、けどこれだけの数が地上に溢れ出ると考えるとここで少しでも浄化しておきたい。


「せやな…」


「でも桃渼ちゃん、深追いはしないで。いくつか仕留めたらとっとと逃げましょう」


 今は地上に戻って、このことを一刻も早く皆に伝えなければ。


「わかった」

 桃渼はぐっと引き絞った神ノ起武弓(かむのき)を下方に向けた。


「…それなら、わたしも」

 彗月もつられて神ノ起魔筒(かむのき)を下方に構える。

 それは言わば大口径ライフルで、桃渼の弓と同じく中遠距離攻撃を得意とする。


 空中で横並ぶ二人の御子から湧き立つ魔光の粒子。

 神霊気をそれぞれ神ノ起具(かむのき)に注ぎながら、地底でユラユラと(うごめ)鬼魔ノ衆(ターゲット)に狙いを定める。


 桃渼は無表情のまま、一片の躊躇(ちゅうちょ)なく浄化の光矢を放った。

 ワンモーションで同時に三本。それは、矢というより神光の軌跡。

 邪気を自動追尾(ホーミング)しながら緩やかな曲線を描くと、浮き上がり始めていた3鬼の箱型を次々と突き破り瞬時に黒塵に変えてしまった。


「へぇ…吉備団子(きびだんご)にしては、やるじゃない…」

 ライバル心を煽られたか、続いて、彗月の神起魔筒(かむのき)がドウッ…!と火を吹く。

 その銃口から放たれた閃光は、まるで速射レーザー砲のように一直線に突き進み。その射線上にいた3鬼の箱型をまとめて貫通した。

「チッ…なんだ、引き分けじゃない」


「すっ…ご…」

 あずきがヒューと口笛を鳴らす。


 ただし、これほどのパワー攻撃は連射できないのが口惜しい。


 これに怒ったか、封印から目覚めた箱型の第二波がゆらゆらと浮き始め。陽炎(かげろう)(ごと)く立ち昇る黒い瘴気で槍の形を作り出して、アレはどう見てもこちらを狙っている。


 マズイ…


「さ、みんな、早く行きましょう!」

 上代煉花(かみしろ れんか)の肩に抱えられて、奈須ノ城瑠璃(なすのしろ るり)が叫ぶ。


 急げ!…と上昇する御子たちに向けて箱型の黒い槍の弾幕が放たれる。

 それらを右に左にかわしながら天壁を目指す。

 防護障壁(シールド)のないまま、そのミサイル級を一撃でも食らったらアウトだ。


 間近に迫った天壁を前に、先頭を飛んでいた煉花が、どれ?…と振り向く。


「どれでもええから、飛び込め!!」

 あずきが叫ぶ。


 瑠璃が、うん…と。

 煉花は迷わず一番近くの穴に飛び込んだ。


 ザッ…と翼を畳んだ黒鴉(カラス)のごとく、あずきがそれに続く。

 その後方で彗月と桃渼が頷き合っていったん反転し、穴に蓋をするように防御シールドを2重、3重と展開。

 青葉山の空で伊達楓子が取った戦法が参考になる。


 箱型の動きはそれほど速くはない。それで少しでも追撃を遅らすことができれば。

 ザク…ザク…とそのシールドに突き刺さる何本もの黒い槍(ミサイル)を見届けもせず。御子たちは魔光を灯し全速力で暗闇の垂直トンネルを上へ上へと昇っていく。


 果たしてこの穴で正解なのだろうか。

 あずきは、そんな不安を抱えながら、先頭の煉花と瑠璃が灯す魔光を追いかける。


 するとーー


 境界らしきを通った覚えもなく、調査隊はいつの間にか結界の狭間に入り込んでいた。

 

 一瞬で方向感覚が奪われた。

 同じや…

 入ってきた時と同じ感覚に、あずきは妙に安心した。


「瑠璃ちゃん!もうひと仕事頼む」


「やってみます」

 急がないと、追いつかれる…


 瑠璃は出口を探すため、残り少ない魔力と気力を振り絞って神ノ起環杖(かむのき)を踊らせ、探索の印を結ぶ。


 術でその体が魔光を帯びた時だった。

 瑠璃の眼前に、音もなく現れた無数の目玉。


 !!

 …ッ…!…箱型!


 ゾワッ…!と(ひる)む瑠璃の顔から血の気が引く。

 ーー出くわした…


 追いつかれた、ではなく。たまたまそこにいて、たまたま鉢合わせた。

 そんな感情があるのかどうか分からないが、鬼魔ノ衆(きまのす)のギョロッと剥く目玉たちも驚いているように見えた。


「くっ…!」

 攻撃の印に結び変えている間はない。

 殺られる…


「瑠璃ちゃん!!逃げろ!」

 叫んだあずきの頭を、トンッ…と誰かが踏みつけた。


 この事態に神速で反応したのは上代煉花(かみしろ れんか)

 ブワッ!と湧き立つ魔光の粒子がすでに残像だ。

 神ノ起双槍(かむのき)を頭上でギュンッと回しながら疾風の(ごと)き速さで跳び、上段から振り降ろした刃で巨大な箱型を一刀両断。

 その両刃先から(ほとばし)る赤と青の二重の閃光が左右に走り、真っ二つに割れた箱型を黒塵に葬る。


 が…

 その後ろ、闇に紛れていた新手の箱型が2鬼、ヌッ…と出現する。


 追いつかれたのか?

 それとも、コイツらもたまたますでに結界の狭間にいたのか。


 間に合う…

 そう瞬時に判断した瑠璃が攻撃系の印に結び変えようとした時に、紫兎が叫ぶ。

「瑠璃ちゃん!印を変えないで!」


 そのまま出口を探せということだ。

「はい!」


 接近戦(インファイト)を得意とする煉花は、その2鬼に対しても瞬時に間合いを詰めていた。

「甘い…」

 目で追わずに黒い暗器の攻撃を至近距離で(さば)きながら、その懐に飛び込んだ。

「…遅いたい」

 その勢いのまま体ごと神ノ起双槍(かむのき)を高速回転。赤と青の槍刃の軌跡がザッと渦巻き、左右もろとも箱型を斬り祓った。


 ゾクッ…と殺気を感じ、あずきは上を見上げる。

「上や!」

 虚無の空間で上も下もないのだが、咄嗟にそう叫ばずにはいられなかった。

 

 ーー5鬼やと?!

 箱型が並んでいる。


「チッ…!」

 煉花の間合いからは遠い。


 煉花もわかって瑠璃を守るために防御シールドを張る。


 即応した桃渼が光魔矢を放ち、彗月が速射レーザー砲の引き金を引く。

 それぞれ1鬼づつを仕留め。

 残った3鬼は狡猾にも黒い瘴気を噴き上げ、闇に擬態しその形を隠す。


 くそ…ッ…

 ヤツらもアホやない、ちゅうことか…


「紫兎ちゃん、しっかり掴まってるんやで」

「うん」


 鴨宮あずきの神ノ起具(かむのき)は、片刃長尺の蛇腹(じゃばら)剣。

 自在に曲がるソレを、自身の周りに土星の輪のように置いた。

 背負った紫兎を守る、と同時にいつでも円の外周刃で攻撃に転じられる構え。


「…これって…追いつかれたの!?」

 彗月は、闇に隠れた鬼魔ノ衆を牽制するために、神ノ起魔筒(かむのき)で弾幕を張り続ける。


「桃渼!…あと何本いける!?」とあずき。


 こうなると、邪気を追尾できる光矢だけが頼りだ。


「2つ」

 桃渼は神ノ起武弓(かむのき)を引き絞るモーションに入る。


 まだか、瑠璃ちゃん…

 このまま次々と追いつかれたら、ウチらの魔力がもたん。


 桃渼が光矢を放つ。ダブルアクション。

 と同時に、闇に紛れた鬼魔ノ衆の黒い暗器が降ってくるのを察知。

 …ッ…!!

 あずきは額の前で人差し指を立て、片手印を結んだ。

「神起霊刀一心…芽吹け!」

 あずきの全身から神魔光の粒子が咲き誇る。

 (めい)を受け、円状から解放された神ノ起蛇腹剣(かむのき)は幾多もの刃を持つ多節根に変幻(へんげ)

 それが瞬時に鎖のように伸び、雨のように降り注ぐ黒い暗器を一網打尽になぎ落とす。


 入れ違いに、桃渼の自動追尾(ホーミング)の光魔矢が隠れていた2鬼を撃破。


 あと1鬼…どこや?


「あずきちゃん!…右上、2時の方向!」


 紫兎の声に。

 続けざま、あずきの神ノ起具(かむのき)は鞭のように刃を踊らせ、ソレを切り刻んだ。


 だが、息つく間もなく下から3鬼の新手。

 チぃッ…!

「瑠璃ちゃん!(はよ)う!このままじゃ持たへん!」


「見つけました!こっち!」


 瑠璃が叫び、飛び、御子たちがその魔光を追いかける。


「ここです!」


 瑠璃が神ノ起環杖(かむのき)で祓うと、人が通れるほどの亀裂が暗幕に走った。


 背後に迫る黒い槍の弾幕。

 一秒たりとも迷っている暇はない。


「飛び込め!」


 あずきの号令で御子たちが飛び出した先は、黒い闇のトンネルだった。


 また大空洞に逆戻りなのでは?

 と不安もあったが、とにかく今は突き進むしかない。


 煉花が瑠璃を抱え。

 彗月は背面撃ちで弾幕を張る。


 全速力で飛びながら、あずきは妙な方向に体が引っ張られるのを感じた。

 背にしがみついている紫兎もろとも横に引かれ、壁面がギリギリに迫る。

 他の御子たちも同じく、ズルズルと岩壁に吸い寄せられていく。


「くっ!…」

 壁から離れるように飛行軌道を修正する。

 何や…これ?


「横です!…みんな、ここは横穴!」


 MCリングの紫兎の声でやっと理解した。

 と同時に体感を修正する。


 てっきりゲートは縦穴だと思い込んでいた。

 無重力の結界の狭間を抜けた直後に、暗いトンネルの中に放り込まれて、そこが横穴だとは誰も想像していなかった。


 追って来てやがる…2つ…


 逃げる御子たちの方が速いが。


「来るで!」


 後方で箱型の黒い槍が撃ち込まれ始めた。

 ドッ…!

 横穴の壁に当たり、崩れた岩石がガラガラと降り注ぐ。


 御子たちは、避けられそうにない岩を強引に神ノ起具(かむのき)で撃ち払いながら活路を開く。


 岩に潰されたら、そこで終わり。

 左右に大きく振られ、振り落とされないように必死であずきの背にしがみつく紫兎。


「くうぅっ……」

「紫兎ちゃん、気張りや!」


 逃げながらあずきは、ふと思う。

 このまま地上に辿り着いたとしても、鬼魔ノ衆を引き連れたままでええんやろか…?

 そこが人口密集地でないという保証は全くない。


 どないする?…でも、もう魔力が…

 後ろの2鬼を相手にしている間に、ジリ貧になるのは目に見えている。

 それに…

 せっかく瑠璃ちゃんが見つけてくれたこのゲートも、いつ閉じるかどうかも分からへん。

 ここでヤツらを迎え撃つか、それとも、このまま出口まで飛び続けるか…


 そんなあずきの迷いが紫兎に伝わったのか。

「あずきちゃん!そのまま飛んで!」と紫兎が叫ぶ。


「ええんか?!」


「これを試してみます!」

 紫兎は腰横のホルスターから試作(プロトタイプ)のテンガンを引き抜く。

 片手であずきの首裾を掴んだまま、半身を捻ると。

スッ…と伸ばした腕の先で、その銀色の銃身が鈍光った。


「えっ?」


「撃ちます!!」


 あずきの返事を待たず、紫兎は背後の暗闇に向かってテンガンの引き金を引いた。


 ドウッ…!!


 想像を超えた強烈な閃光が銃口から発射され、暗闇に吸い込まれていった。

「うわぁぁっ…」

 その反動であずきはバランスを崩し、宙でつんのめるようにクルクルと回転しだした。

「きゃあぁぁぁーー…」

 紫兎はその背に必死にしがみつく。


「何それ…?」と、御子たちが驚愕の目で振り返る。

 と同時に鬼魔ノ衆の邪気が一つ減ったのを感じた。


 あずきは体勢を立て直す。

「っ…とっ…えげつないな、それ。次は撃つ前に言うてな」


 その威力に目を丸くして一番驚いたのは、引き金を引いた紫兎自身だった。

東雲(しののめ)さん…ありがと…」

 思わず、テンガンにキスを。


 ーー見えた!!


 ゲートの出口らしき光が見える。

 あそこまで飛べば…


「あずきちゃん、もう一発、いっくねっ!」

 2つ目のテンガンを、チャキッ…と構える紫兎は、どこか楽しそうだった。


「撃ちます!!」


 ドウッ…!!


 今度はバランスを崩さないように、あずきは身構えていた。

 これも同じく、発射された浄化の魔光弾が闇の奥に吸い込まれていき。

 フッ…と邪気が消え失せた。


「よし!!」

 仕留めた!

 もうゲートの出口は目前だ。


 んっ?…何か聞こえる…

 ゴーという音。

「…何?…あれ…」

 瑠璃が青ざめる。


 水だ!!…ゲートの出口を塞ぐような水の膜。


 このセリフ何度目や…

「ええから、飛び込め!!」


「きゃァァ…っ!ちょっと待って!」

「行くたい」

 煉花は瑠璃ごと加速する。



 その頃、特0司令室。

 昼食を取ったばかりの通信オペレーターは、大きなあくびを一つして「んんっ」と固まった背を伸ばす。

 やはり胃に血が回ると眠くなる。

 昨夜は、福岡、三重、茨城の3箇所でショボい鬼魔ノ衆が出現して慌しかったが、その日は朝から平和だった。

 引波司令と二條副司令は遅い昼食で席を外しているので、少しぐらい気を抜いても(とが)められる心配もなかった。

「ふぁ…」

 もう一つあくびが出そうになったところで、モニター画面にーーSignalーーの文字が浮かび上がる。

 何か信号を受信する緑色(グリーンライト)がチカチカと点滅し出した。


 んっ?…何だ?…と目を細めるオペレーター。


 ソレが何かを理解するのに数秒かかったが、すぐに心臓が口から飛び出そうになる。

 フリックから目を離さないように、パネル上の引波司令直通のコールボタンを押した。

「引波司令!…すぐに司令室に来てください!」



 水の膜を突き抜けるとそこはいきなり川だった。

 御子たちは、勢い余って川の水面を飛び石のように跳ねてから、最後はドボン…と水の中に沈んだ。


「ブッハッ…!」

 川面(かわも)から顔を出したあずきは、混乱しながら振り返る。

「滝っ?!…って…なんでや?!」

 思わずツッコんでみたのだが…

 すぐに、背にしがみついていたはずの紫兎がいないことに気づき焦って川面を見回す。

「紫兎ちゃん!…どこや!?」

 下か?…と思い、川の中に潜った。


 太陽の光で青澄む川底に、大きなリュックを背にした紫兎が亀のように仰向けになって、苦しそうに手足をバタバタとさせていた。


 クッ、重い…

 彗月と煉花も助けに加わり。3人がかりで紫兎を水底から担ぎ上げ、ゼーゼーと息を吐きながら浅瀬でへたり込んだ。


「冷たいじゃない!…ちょっと、これ、どういうこと!?」

 文句からダダ漏れで、彗月はずぶ濡れた御子装束のスカートをギュッと絞る。


「鼻に水が入ったたい」

 四つん這って煉花はゲホッ…ゲホッ…と咳き込んでいる。


 その横で、ゲー…と飲んだ水を吐く紫兎。


「紫兎ちゃん…大丈夫かいな?」


「…うん…ゲホッ……ありがと…死ぬかと思った…」


 瑠璃ちゃんと桃渼は…?


 反対側の浅瀬で、ポカーン…と滝を見上げている二人を見つけた。

 まあ…無事のようやな…


 木樹に囲まれた山間に、青い空と白い雲。

 遥か上の断崖絶壁からは滝流がゴウゴウと音を立てて落ちてきていた。


 あずきは真上から照りつける太陽に手をかざし、その眩しさに双眸(そうぼう)(すが)める。

 チチチッ…と(さえず)る小鳥たちの姿(シルエット)をその目で追った。

 そんな長閑(のど)かな風景をボーッ…と見上げながら、地上に戻ってきたことを実感したのだがーー


「…で?…ここ、どこなん?」


読んで頂きましてありがとうございます。

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