PR15 (2)
「…つまり…あの深穴が出現したり消えたりすることから考えますとーー」
紫兎が広げたレジャーシートの上で、ちょこんと女の子座りをした奈須ノ城瑠璃はサンドイッチ片手に力説する。
ほのぼのと、ありえない光景だった。
水玉模様ならぬ目玉模様、そんな不気味な箱型鬼魔ノ衆にぐるっと囲まれた校庭ほどのスペースの真ん中で、御子たちはシートの上でお弁当やお菓子を並べ。
「ーーわたしたちがハマった結界の狭間は、同時に、空間の捻れも生んでる可能性があるということです」
瑠璃が得意げに人差し指を一本立てる。
「…ふぇっと…ふまり?」
おにぎり片手で彗月は口をもぐもぐと。
「つまりのつまり…あの上の穴のどれかを辿っていけば、どこかに出られるのではないか、と…あっ紫兎ちゃん、わたしにもお茶…お茶を下さい!」
「だ…だよね。ははっ…仙台のヤツでも出れたんだから、わたしたちだって出られるはずよね」
希望的観測に小倉彗月の表情がパッと明るくなる。
「ばってん、行き止まりという可能性もあるたい」
と上代煉花がバッサリ切る。
「そうやね。その出口が深海とかマグマの中で、出たとこ即死という可能性も」
倉式桃渼がネガティブに追い込む。
「ちょーーっと!そこの二人!…ボソボソと不吉なことばかり言わんでよ!…だいたい二人とも、もっと感情豊かな表情とかできんわけ?まったくっ!」
「彗月ちゃん、大きな声を出すと鬼魔ノ衆が起きるたい」
煉花は2つ目のおにぎりに手を伸ばす。
「ぇ……そ…そうなの?」
真に受けて彗月はそっと小声になる。
「ククク…言ってみただけたい」
「くーーーぅ!煉花ぁ!」
「まあまあ…入ってみれば分かることやろ?」
鴨宮あずきが割り込む。
さすが厚みのある仙台牛タンを口いっぱいで堪能しながら。
んでも…
煉花と桃渼が言うことも十分にあり得ることやな…
「ところで紫兎ちゃん。特0とは、やはりつながりませんか?」
瑠璃はマイペースでお茶を啜りながら。
首を横に振る。
「さすがにこんなに深いと届かないみたい」
MCリングも変わらず、地上の御子たちとつながらない。
「自力で戻るしかないたい」と煉花。
「でも、こいつらはどうするのよ?…こんなのが一度に目覚めて、うじゃうじゃと地上に出てきたら日本が100回以上滅ぶわよ」
彗月の言う通りだ。
「はい」
桃渼が無表情で手をあげ。
「今のうちに殺ってしまうのは?」
「どーやって?…魔力も限られてるのよ。こんな数、一つ一つ浄化なんてしてたら永遠に帰れないわ。その前に飢え死によ」
それも彗月の言う通りだった。
瑠璃が口を挟む。
「えぇと…わたしからも、下手に手を出さない方がいいと思います。どんな封印がされているのかわかりませんし、最悪の場合、連鎖で一気に封印が解けて瞬殺される可能性も…」
「おっかないな…」
あずきは次のおにぎりに手を伸ばす。
「わたしも瑠璃ちゃんに賛成。今はそっとしておいた方がいいと思う…」
青葉山公園に現れた箱型はここから来たに違いなく、紫兎にはその予感があった。
鬼魔ノ衆の大群を封印しているこの結界は、既に綻び始めている、と。
瑠璃ちゃんもそれに気づいている…
他のみんなも薄々と。
次のヤツが目覚めるまでに、ここを脱出しなきゃ…
紫兎は時計を見る。この大空洞に入ってから再び秒針は時を刻み始めていた。
作戦開始から1時間半…
あの時ギリギリだったけど雪音ちゃんたちにメッセージは伝わっているはず。咄嗟に、大丈夫、とは言ったものの…長引くほど、五郎ちゃんも御子のみんなも心配してるはず。
「じゃあ、今から2時間、この場所の調査をします。わたしが知りたいのは、誰が、いつ、どーやって、ここに、これだけの数の鬼魔ノ衆を封印したのか…できたのか?…何かヒントがあるはずです。どう?瑠璃ちゃん」
それが分かれば、迫る危機を回避、あるいは対処する手立てが見つかるかも知れない。
「そうですね、そうしましょう」
瑠璃は同意する。
もういつ解けてもおかしくない封印だと知って、でも、ここまで来て何もせず帰るわけにはいかない。
「…で、2時間たったら、みんなで帰ります。あそこから」
紫兎は上の蜂巣のような穴を指差した。
行ってみないと分からない、けど今は楽観的希望にすがるしかない。
「せやな、今頃上は大騒ぎのはずや。夕暮れまでには戻らんと…」
あずきはもう一つおにぎりを取る。
「では二手に分かれます。上から眺めるだけでいいですから、何か見つけたらMCリングで呼んでください。瑠璃と彗月ちゃんは、あっち。煉花ちゃんと桃渼ちゃんは向こう側で」
「ウチは?」
「あずきちゃんは、ここでわたしを守って」
「は?」
「だって、お土産も持って帰らなきゃ」
紫兎は嬉しそうに煌河石の岩壁を指差した。
青葉山公園の穴掘りは、特0司令室が決めた深さまで堀ったところでボーリング調査に切り替えられた。
結局、いくら土を掘り返したところで深穴の痕跡は全く見つけられなかった。
世間ではゲートの消失が報道され、引き続き調査が継続されているとだけ発表された。
その調査に向かった5名の御子とMFC代表1名が行方不明であることについては公表を控えた。
ゲートが消失したことにより、御子による青葉山公園の交代警備は必要なくなり。久慈雪音と羽幌ランはそれぞれのホームへ戻った。
ニュースで仙台市の被害状況や、崩れた建物の瓦礫の下の捜索活動状況が連日伝えられていた。
これまでの報道で、死者397名、行方不明55名、重軽傷者多数と発表され。東京富士川鬼災に続く大惨事となった。
宮城の御子、伊達楓子とその応援に駆けつけた御子たちが、街を守りながら鬼魔ノ衆と戦う映像も連日のように流されていた。
その効果もあってか、世間的には、御子を擁護する意見が大多数を占めていた。
特0司令部の食堂で、引波五郎は味を感じないカレーライスを機械的に口に運びながら、そんなテレビのニュースをぼんやりと眺めていた。
「司令、またカレーですか?…よく飽きませんね」
いちみは、五郎の向かいの席を取る。
「ああ…って、二條もカレーか」
「わりと美味しいですからね、ここのカレーは」
「まあ…そうだな…」
五郎はやつれていた。
無精髭で、声にも張りがない。
それでも何とか任務をこなしているのは、紫兎の帰りを信じているからで。
ただ、その希望の糸はとても細くいつ切れてもおかしくない状況だった。
いちみは、五郎と紫兎の親子がよくこのテーブルで並んでカレーを食べていた光景を、ふと思い起こす。
父娘は冗談を言い合ったり、口喧嘩もしていたけど…
もうそんな微笑ましい光景を見ることは叶わないのだろうか…と、つい気分も鬱ぐ。
「ん?…どうした、食べないのか?」
「…ぁ…いえ、いただきます」
「それは?」
五郎は、いちみのカレー皿の横の和菓子箱らしきに目をとめる。
「ぁ…そうでした。楓子ちゃんから司令に」
何か手掛かりは掴めないかと、昨日、二條いちみは東京の神薙舞子機で仙台に飛び。伊達楓子とともにゲートの消えた青葉山に足を運んだ。
「ずんだ餅?」
「これも一緒に」
青葉城址の、今はもう見られない伊達政宗公の銅像の絵葉書。
『紫兎ちゃんと食べてね、楓子&舞子より』
「信じてるんですね。あの子たち」
「不謹慎だが、あの深穴がまたどこかに現れてくれないかと、つい願ってしまう」
五郎はその絵葉書に視線を落としながら本音を晒す。
「前にも言いましたけど、あの深穴はまた現れるはずです。ただ、それがいつ、どこでなのか……それを予測できないかと東雲さんにも相談してみたんですけど、渋い顔で、現状の感知システムでは不十分だと…」
「そうか…」
二人の間に重い沈黙が降りてくる。
ゲート調査隊が消息を絶ってから、すでに3日が経とうとしていた。
ゴミは持ち帰り、いらない物は置いていくーー
紫兎はリュックの中から、また後で買えるだろう荷物を全部取り出し。代わりに岩壁から削り出した煌河石を詰め始めた。
石でパンパンに膨れ上がったリュックを見て、鴨宮あずきは青褪める。
うっ…それ、めっちゃ重そうやん…
「はい、あずきちゃんにも少し」
ゴロゴロといくつか石鹸大の塊りを両手に持たされ。
「ほな、コンさん、頼んます…」
変身した際に御子の荷物を預かってくれる神使ノ獣だが。
「えー、これぐらい持ってくれてもええやん…」
文句を言うので、いちいち面倒くさい。
…とその時、MCリングからの声が届いた。
「紫兎ちゃん、瑠璃です。見せたいモノを見つけました。こっちに来れます?」
「うん、ちょうど今終わったところ。見つけたモノって何?」
「うーん…紫兎ちゃんの先入観なき第一印象を聞きたいので、人工物らしきもの、とだけ言っておきます」
人工物らしきもの……何だろ?
「何やろな…もうUFOが転がってても驚かへん」
「…持てるかなぁ?」
独り言ちながら紫兎は、よいしょっ、とリュックを背負った。
「ん?…意外といける。思ったほど重くない」
煌河石のパワーの影響かな…?
無数の煌河石に囲まれた閉鎖的な空間。なんだか体が軽いのも、それが御子たちや紫兎に何らかの影響を及ぼしているのかもしれない、と考えた。
「すごい、紫兎ちゃん。細いのに力持ちやん」
「へへへ…と言うことは、あずきちゃんも力持ちね。はい、背中向けて」
紫兎は無邪気に微笑む。
「ん……紫兎ちゃんたちが、来たたい」
煉花の声に振り向き、瑠璃たちが見上げる。
紫兎があずきの肩越しから「おーい」と手を振っている。黒鴉に乗った兎だ。
「…何や…あれ?」
あずきはその人工物らしきを上から見下ろし、首を傾げる。
「さあ…何だろ?」
ーー祭壇…?
それが紫兎の頭の中に真っ先に思い浮かんだ文字だった。
どう見ても人工物。高さ3メートルほど、縦横の長さはざっと50メートルはあるだろうか。地面から白い石材で積み上げられた上から見ると八角形の構造物。
その広いフラットな上面の真ん中で「こっちこっち…」と手を振る御子たちの姿が対比でかなり小さく見える。
八方の辺から石積みの階段が地に伸び。そして、八つの角から高さ5メートルほどの白い石柱が突き出ていた。
瑠璃たちの前であずきがフワリと着地する。
足がトン…と着いた途端、「うわぁ…!!」とバランスを崩したあずきは、紫兎ごと盛大にひっくり返った。
「っ…痛てて……」
「ごめん…」
「…うん、大丈夫」
「紫兎ちゃん、やっぱ詰めすぎちゃう?…それ…」
「んーっ…欲張り過ぎたかな?」
ブツブツ言いながら紫兎は、パンパンに膨らむリュックから腕を抜いて立ちあがり。
そして謎の構造物の上でくるりと全景を見渡してみる。
「紫兎ちゃん、何だと思います?…これ…」
瑠璃の問い掛けに紫兎は即答する
「…祭壇…だと思う」
「わたしもそう思いました」
「なんでそう思うわけ?…わたしは闘技場かな?って思ったけど…」
彗月が勇ましいファイティングポーズをとる。
「それなら円や正方形でもいいはずです。でもコレは八角形。日本では、古来から『八』という数字は聖なる数字として扱われてきました」
瑠璃が説く。
思い当たった鴨宮あずきが和歌を一首詠み始めた。
「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を…」
それは日本神話の須佐之男命が詠んだとされる和歌の起源。
「さすが、あずきちゃんですね。他にも、古事記では日本は八島と称されますし、三種の神器の一つには八咫鏡もあります。あと、八百万の神とか…それに八角形は全方位への広がりを示す幸運の象徴なのです」
「あっ…名古屋市のマークは末広がりの『八』だった」
彗月は地元の例から納得した。
「でも…すごく殺風景…」
紫兎はウロウロと調べ回り始めた。
「それは、わたしも思いました。骨もないですし」
瑠璃が同意する。
「骨!?…誰の?」
彗月は思わず声を上げる。
「これを造った、あるいは使っていた人たちの骨です」
「あっ、そっか。こんなものがあるってことは、そういうことになるのか…」
人工物には違いないのだけれど、人の匂いが感じられない。
一通り、気になるところを触ったり、叩いたり、耳を当てたり。
紫兎は、祭壇らしものをキョロキョロと調べ回って戻ってくるなり。
「…不思議すぎる。瑠璃ちゃん、もしかして、ここが結界の根源?」
「信じられないけど、そうみたいですね」
「どういうこと?」
彗月は首を傾げる。
「この空洞は、さっき通ってきた結界の狭間の内側にあたります。結界の狭間を卵の殻とすれば、ココはつまり卵の黄身です。結界の中にその根源があるということは、術者自身も結界に囚われてしまう、ということなのです」
「…ぁ……そっか…」
結界の根源とは、すなわち結界の起点にあたる。
この祭壇からこの大規模な結界を張ったとしたら、その者はここから出られなくなる。
だが…
「そうです。その術者の痕跡が、例えば遺骸とか衣服とか、そういったモノがまったく見当たらないのが不思議なのです…」
「あの上の穴から出た…とか?」
「飛べないと無理たい」
「なら、術者は御子?」
「そーかも…うーん」
彗月、桃渼、煉花が揃って頭をひねる。
紫兎は、っ…とその紫石英の瞳と目を合わせ。
「瑠璃ちゃん、覗ける?」
結界とは、乱暴に言ってしまえばパズルのようなものである。それが複雑に絡み合っていればいるほど強力で解くことが難しい。
結界を『覗く』とは、つまり『紐解く』こと。
そうすることによってその結界の根源を知ることができ、術式や術者、その背景が視えたりする。
「これほど大きな規模の結界を『覗く』のは初めてですけど…わかりました、やってみましょう」
「でも、あまり無理しないでね」
ん…と頷き、瑠璃は祭壇の中央に向かう。
すなわち生贄の位置。
この大空洞に丸ごと張られた封印結界。
その根源と思われる祭壇。
その中心で瞼をすっと閉じた奈須ノ城瑠璃は、神ノ起環杖を携えて凛と立つ。
祓詞を唱えた後、独自の詠唱を唱え始める。
そうして湧き起こる眩い魔光の粒子が、岑々と瑠璃の周りに渦巻いていく。
紫兎と御子たちが静かに見守る中。
結界を操る御子の最高峰、奈須ノ城瑠璃が神ノ起環杖を踊らせ、舞う。
「…畏み…畏み申す!」
祭壇に、パァ…と大きな瑠璃色の魔法陣が浮き広がった。
するとーー
瑠璃が見据える先の空間に、まるで映画のスクリーンのように巨大な額縁のようなものが出現した。
読んで頂きましてありがとうございます。