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日ノ御子戦記〜うさうた〜  作者: おはよう太郎
PR15 大空洞
27/47

PR15 (1)


 ーー落ちてる…

 鴨宮あずきは落下しているのだと気づいた。


 最初に吸い込まれたように感じたのは、重力を感じない結界の狭間からいきなり放り出されて、空間認識…つまり上下感覚が狂っていただけ。

 御子たちは互いの手や足をギュッと掴み合ったままひと塊りとなって、最初のゲートと同じような光の無い大きな筒の中を落下していた。


 ずっと真っ直ぐだとは限らない。その先が見えないというのがこうも恐ろしい。落下にブレーキをかけたいのだけど、皆でタイミングを揃えないとバラバラになってしまう。こんな得体の知れない場所で、独りはぐれることだけは絶対に避けたい。

 しかしそれを伝えようにも、落下の風圧で息が苦しくて声にならない。


 すると…下方に淡く白いものがぼんやりと見えてきた。

 地上への出口?!

 な、わけないか…ウチら落ちてるんやから…


 御子たちの頭の中で紫兎の声が響く。

「みんな!落ちてる…止まって!」


 MCリング!!

 使えるんや……なら…

 あずきはすぐさま他の御子たちとリンクをつなぐ。


「ほな、いくで…せーの!」


 それでタイミングを合わせることができ、御子たちはフワッ…と宙に浮いて止まった。


 ぷはぁー…!っと皆が息を吹き返す。

 それぞれが魔光を灯し。


「し…死ぬかと思った…」

 小倉彗月(おぐら はづき)はゴホゴホと咳き込む。


「もう手を放しても大丈夫みたいですね」

 奈須ノ城瑠璃(なすのしろ るり)も、はぁ…はぁ…と大きく肩で息をしている。


「焦った…」

「うん」

 煉花と桃渼の表情がない…は、いつものこと。


 全員おる。

 …にしてもーー

「…ここ、どこやろ?」


「わかりません。けど、あそこに行くしかないみたいですね」

 瑠璃が指差す、下の方に見えている白き円。

 それがどうやらこの垂直トンネルの終着点らしいが、その先がどんな所なのかはまるで見当もつかない。


「紫兎ちゃん、どう思う?」

 あずきは、ぎゅっと背に張り付いている紫兎の危険察知能力を頼る。


 ーー危険か否か…


 ここまでも、そして今も、穢れや鬼魔ノ衆の邪気は感じられなかったが…


「うーん…嫌な予感もするし、呼ばれているような気もするし」


「呼んどる?…誰が?」


「さあ?…でも、行ってみるしかなさそう」


 なら…と、御子たちは、互いの距離を詰めたままゆっくりと速度を合わせて白い円に向かって降下を続けた。


 そうしながら紫兎は地上との通信を試みる。


「紫兎ちゃん、どうですか?」

 瑠璃の問いに。

「…うーん…正常に発信してるみたい。でも、特0まで届いているかと言うとかなり怪しいですね…位置情報も通信も…」

 ザーー…というノイズ音しか聞こえない。


 MCリングもしかり。地上の御子とは誰ともつながらず、今はここにいる調査隊だけがリンクできるようだ。


 そうしているうちに垂直トンネルの終着点がもうすぐそこに。

 地上のゲートと同じぐらいの直径か…

 朝靄(あさもや)のような淡い光が射し込んでいるその境界を皆が緊張の面持ちで抜ける。

 すると…

 いきなりだだっ広い空間に出た。


 なんや…ここは…?

 あずきは驚きで目を見張る。


 広大な空間…いや、地下空洞ーーとでも言えばいいのだろうか。


「わぁ…綺麗…」

 瑠璃が思わず驚嘆する。

 あれは水晶だろうか、空洞一帯の壁を覆うキラキラとした幻想的な輝きに御子たちは真っ先に目を奪われた。


 …が、しかし…

 !!…

「みんな、ストップや!」

 その地底にびっしり並んでいるモノに気づいて、下降を止め。

 神ノ起具(かむのき)を即座に具現化、ザッ…と一斉に構える。


「なっ!…?」

 そして、絶句した。


 それは…数えきれないほどの鬼魔ノ衆(キマノス)の群れだった。

 青葉山公園に現れたものと同じ箱型の。


 息を奪う光景にビリッ…と緊張が走る。


 誰に指示されたわけでもなく御子たちは、紫兎を背にした鴨宮あずきを中心にして円形の陣を組む。

 そうして神ノ起具(かむのき)を下方に構えた臨戦態勢で鬼魔ノ衆の群れの動きをジッと見据える。


 それが十数秒ほど。

 やがて…

 ふーーーーっ…と、わかりやすく緊張を解いてから、鴨宮あずきはその手を緩めた。


「みんな、もうええで…」


 どういうわけか、その群れから邪気や穢れをまるで感じない。


「動かないですね…」

「…にしても……」

「ものすごい数たい」


 ハッ…とそこで紫兎の直感がつながる。

 これだ、間違いない…

 これまで漠然と感じていた近い将来起こる危機の確証を得たような気がする。


「下に降りてみましょう」

 そう紫兎が言うと、ええっマジで?…と御子たちの顔がひきつった。


 円形の陣の警戒の糸を切らさず、慎重にゆっくりと降下しながら調査隊は改めて空洞内を見渡した。


「ふえぇぇ…でら広い…」

 彗月はどこを見ても目を丸くする。


 まさか遥か地の底に、こんな広大な空間があるとは誰も予想だにしてなかった。


 ところどころ岩の太い柱が地底から伸びて天壁につながっていて、遠くの壁が霞んでよく見えない。高さ広さともに半端なく、その規模は街が丸ごと一つ収まってしまうのではないかとすら思えるほど。

 そして信じられないことに、その地底一帯に、まるでキャベツ畑のように箱型鬼魔ノ衆がごろごろと並んでいたりする。

 その数、その大きさ、そしてその目玉模様の気味悪さに圧倒され、こうして近づけば近づくほど身の毛がよだつ。


「不気味たい」と煉花。

「黒いモクモクがない」と桃渼。

「…動きませんように…どうか動きませんように…」

 彗月は、なにやらブツブツと祈り倒していた。


 ピクリと動かぬ鬼魔ノ衆(ハコガタ)の群れに最大限の警戒と恐る恐るの視線を走らせながら。

 御子たちは、切り立った壁際に校庭ほどのスペースを見つけ、そこに降り立った。


 トン…と地に足をつけた鴨宮あずきが、「ん?…」と首を傾げて足元を見つめた。


「どうしたの?…あずきちゃん」


「いや、何か妙な感じが…」


「どんな?」


「何やろ?…いつもより体が軽く感じるのは気のせいやろか?」


 よっ!とあずきの背から飛び降り、紫兎もそれを体感する。

「ほんとだ。不思議…何だかフワフワして歩きづらい…」


 御子たちは周囲をぐるっと見渡す。

 これほどの数の、3階建てのビルほどはありそうな巨大な箱型鬼魔ノ衆に囲まれていると、それだけで生きた心地がしない。


「でも、ホント…穢れの気配や邪気が全く感じられないですね…」と瑠璃。


 この大空洞に入った時からそれは変わらない。


「し…死んでるんじゃないの?…は…ははっ…」

 彗月は、引きつった笑みを浮かべる。


「ある意味そうかもです。これは恐らく…封印されてますね」

 瑠璃は、唖然としながらその考えを口にする。


「まさか…これ全部なん?」


 何百…いや千?…

 はたしてこれほどの数の大型を一度にまとめて封印する魔力など、あずきは聞いたことがない。


 立ち尽くす御子たち。

 こんな場所に、いったい誰が何のために…


「紫兎ちゃん…どう思う?」


 返事がなく。

 ん?…とあずきが振り向くと、そこにいたはずの紫兎が見当たらない。

「ちょ…紫兎ちゃんは?」


「あれ?」

「いない…」

 瑠璃たちも動かぬ鬼魔ノ衆に気を取られていて、紫兎がその場から消えたことに気づいていなかった。

 慌てて辺りを見回した御子たちは、壁際に紫兎の姿をぽつんと見つけて、ホッ…と心底安堵した。


「また誰か消えるとか、ホンマ堪忍やで…」

 ぶつぶつとあずきが歩み寄ると、紫兎は切り立つ岩壁を見上げて放心していた。


「紫兎ちゃん、急にどーしたん?」


煌河石(こうがせき)…」


「は?…何て?」


「見て…煌河石よ……すごい……」


 御子たちも揃って岩壁を仰ぎ見る。

「ぇっ…?」

「まさか…これ全部?」


 岩盤から水晶にように生えるその石は光の粒子を内包し淡く透く青白い光を放っていた。

 それらが岩壁一帯に、まるで野花が自生しているかのように散りばめられていて。よくよく考えてみれば水晶が自ら発光するはずもない。


「うん、そう。これ全部…」


 頷く紫兎に驚愕する御子たち。


「…うそやろ……」

「こんなに…?」


 岩壁だけじゃない。

 この広大な空洞の壁面全てに渡って、岩柱や天壁まで、地底以外のほとんどを覆い尽くしている(きら)めきは、数えきれないほどの煌河石からのものだ。

 だからこの大空洞は地中深くにあっても、まるで観光地の洞穴が幻想的にライトアップされたように明るい。


 紫兎はリュックから金槌(かなづち)(のみ)を取り出し、コンコンと削り取る。


「うぇ…なんであんな道具持ってんの?」

 彗月がつっこむ。

「まあ…それが紫兎ちゃんや」

 あずきはあの時を思い出し、くくくっ…と笑う。


 紫兎はそのひと塊りをそっと手に乗せる。

 すると…光の粒子がフワフワと紫兎の手を包むように舞い踊る。まるで紫兎を歓迎する握手でもしているかのように。


 ふふっ、そっか。

 あなたたちだったのね、わたしを呼んでいたのは…


 紫兎はくるりと壁に背を向け、改めて空間全体を彩る煌河石たちを見渡す。


 凄い…これだけあれば…

 …ん?

「どうしたの?…みんな…」


 鴨宮あずきたち一同が真上を見上げてポカーンと馬鹿みたいに口を開けている。


 紫兎も「えっ?…」と驚く。


 遥か高みの天壁に蜂の巣のような穴が数え切れないほど空いていた。


「…ウチら、どの穴から来んやろ?」


 ここまで岩壁の輝きや地底の鬼魔ノ衆の群れに注意を引かれて気づかなかった。


「…ま…まあ、何とかなるんじゃない…は…ははっ…」

 彗月の口角はもう引きつりっぱなしだ。


「…せ…せやな…は…ははっ…」

 あずきも笑うしかない。


 シ…ン…と静寂がおちる。


 結界の狭間から命からがら行き着いた先で、数えきれないほどの箱型鬼魔ノ衆に大量の煌河石。そこにさらに帰路を惑わす無数の穴まで。

 奇想天外もここまで極まり過ぎると思考が停止する。


 茫然自失する御子たちに紫兎が明るく声をかける。

「とりあえず、お弁当でも食べよっか」




「…司令?…少し休まれた方が…」


 特0司令室の司令長官席で、モニタースクリーンを遠い目で見つめたまま微動だにしない引波五郎。

「…んっ?…ああ…二條か…」

 気の抜けた生返事が返ってきた。


「横になるだけでも」


「そうだな…」

 そう言って、まったく席を立つ気配を見せない。


 モニタースクリーンには投光器に照らされたショベルタイプの重機が5台、夜を徹して青葉山公園の土を黙々と掘り起こしている映像が流れているだけ。

 あと1時間もすれば夜が明ける。

 ゲート調査隊の御子たちが消えてから、すでに15時間ほどが経過していた。



 ゲート調査隊との通信が途絶えた直後、引波五郎の取り乱し方は凄まじいものだった。

 無理もない。

 ひとり娘を失ったかもしれないという焦燥と恐怖が五郎を狂わせた。指示はブレまくり、司令官長らしからぬ支離滅裂や罵声を口走り、人の意見など全く聞く耳を持たなかった。


 困惑するオペレーターたちや現地の特0隊員たち。

 見るに見兼ねて副司令官である二條しちみは、松本国務次官に上申して引波五郎を暫くこの任から解いてもらおうとまで考えた。

 このままでは特務0課は機能を果さない…と。


 そこに青葉山公園の御子たちから連絡が入った。


「司令…雪音(せつね)様から通信です」


 五郎の錯乱振りが彼女たちの耳にも入ったのだろう、といちみは思った。

 今の状態なら御子たちにまで罵声を浴びせかねないが、彼女たちなら、ひょっとして五郎の冷静さを取り戻せるかもしれないと考え、見守ることにした。


「つなげ」


 モニタースクリーンに映った雪音はいきなり告げる。

「MFC代表、引波紫兎のメッセージを伝えるべ」


 先制パンチを食らった五郎は返す言葉を逸した。


 すぅと雪音の息を吸う音…

「『大丈夫、必ず戻るから』…これが、ゲートが消える直前にわたすらのMCリングに飛んできた紫兎ちゃんからのメッセージだ。わたすら御子はその言葉を信じて待つ。五郎はん…あんたはどうするつもりだべ?」


 その静かな一喝に、五郎はまるで平手で頬を強く打たれたような表情(かお)をした。


 雪音は続ける。

「紫兎ちゃんの不在中は、わたすが代理を務め。MFCはこれまで通り特務0課と相互支援関係を続ける。これでよかべ?」


「…ぁ…ああ…」


「五郎はん、しっかりしてくんろ。消えたのは紫兎ちゃんだけでないべ。そんで、死ぬほど心配してるのは、わたすらも(おんな)じだ。以上だべ」


 プツっと一方的に通信は切られたが、五郎は(まぶた)をきつく閉じ、がくっと項垂(うなだ)れる。


「……二條…すまんが、しばらくここを頼む」


「どちらへ?」


「……ちょっと顔を洗ってくる…」


 そう告げて席を離れた五郎は、数分後に戻って来るなり。

「取り乱して悪かった」と。

 司令室内全員に深く頭を下げ、少なくとも司令長官であることを取り戻した様子だった。


 先ず、重機で掘る深さのリミットを決めた。


 そして、それからずっと、とうに日付が変わった今まで休憩も食事も取らず。動かぬ彫像のように司令長官席に座したまま、ただモニタースクリーンを見続けている。


 これは梃子(てこ)でも動きそうにないわね…

「…ほんなら…飲みますか?」

 いちみは、五郎に買ってきた冷たい缶コーヒーを冗談っぽくその額に当ててみた。

 が…死人(しびと)のように何のリアクションも起こさない。


 これは、もうダメかも…


 そう思い始めた時に、額に缶コーヒーを当てられたまま五郎が口を開く。


「…二條…君の意見を聞きたい。まだあそこにあると思うか?」


「ゲートですか?…特0の副司令官としては、まだあって欲しい、と思います」


 すっと缶コーヒーを引き、いちみは、あらためてそれを差し出す。

 五郎はそれを手に取り、カシュ!と。そしてぐびっとひと口含む。


「…では、元御子としては?」


 その口調と様子から、かなり落ち着いてきていると感じた。

 今なら率直な、ある意味五郎にとって厳しい言葉を並べたとしても、もう取り乱すことはなさそうだ…


「元御子としては…もうあそこに深穴(ゲート)は、ない、と考えます」


「…そうか……」

 はぁ…と深く嘆息し、力なく双肩を落としながらも。

「他に…二條が思うところがあれば聞きたい。もちろん直感でも憶測でも構わん」


「あの子たちは、ゲートの先に進んだんやと思います」


 ーー瑠璃ちゃ…!…って!…あず…ちゃ…早く!

…に、とに……逃げ…!ーー


 ザッ…ザッ…とノイズの混じる、それが司令室に届いた紫兎からの最後の通信。


「さらに奥へ…か…」


 五郎もその可能性を考えなかったわけではない。

 ただ…

 その先に果たして逃げ場はあったのだろうか…?

 仮にそうだとしても、いったいどうやって帰ってくることができるのだろう。今やその帰路(ゲート)が完全に塞がってしまったのだ。


「はい。アルファワンがロストしたポイントからさらに奥へ。それはもしかしたら、あの深穴(ゲート)がいきなり塞がることをあの場で察知した上での唯一の選択だったのかもしれません。でも紫兎ちゃんは、咄嗟にあのメッセージを雪音たちに残しました…」


 ――『大丈夫、必ず戻るから』


「あの状況下で、もし紫兎ちゃんが絶望を感じたのならメッセージはもっと違ったものになっていたはず……わたしは、そう思います」


「……なるほど…」


 確かに紫兎が雪音たちに残した言葉は、決して諦めのダイイングメッセージではなかった。

 そう思えるほどには、五郎は司令長官然とした冷静さを取り戻していた。


「…では…二條は、その先に何があると思う?…何なら漫画や映画のような話でも構わんぞ」


 いつもらしい五郎の言いぐさに、いちみは、ふっ…と口元を緩ませる。


「そうですね…あのゲートはやはり何らかの結界だと、わたしは踏んでます。例えば、その昔…それがいつかは分かりませんが、あの箱型の鬼魔ノ衆(キノマス)を誰かが地中深くに封印した、とか…」


「瑠璃は結界の残滓という言葉を使ったな」


「ええ、その上であの深穴(ゲート)が地上に出現したり消えたりすることから考えると……」



読んで頂きましてありがとうございます。

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