PR14 (3)
ーーここは…?
鴨宮あずきは闇の中にいた。
上も下も感じられない虚無の空間。
あの世かと思った。
だがその背に自分以外の温もりを感じてホッ…とする。
「…紫兎ちゃん…おる?」
「ん?…いるよ」
「ウチら死んだのやろか?」
「ふふっ、そうかも。でも、あずきちゃんと一緒ならいいかも」
「なっ!…なに言うてんねん」
カァ…と顔を火照らせたあずきは、手の先に魔光をぽっと灯す。
コンさんは…?
見ると神使ノ獣はいつものように頭の上に浮いていた。
「どうやら、結界の狭間に落ちたみたいですね?」
「ひゃぁッ!」
不意を突かれた足元からの声に、あずきはビクゥッ!と慄いた。
「瑠璃ちゃん!無事やったんか…驚かさんといてや…」
「はい、何とか」
ふふっ…とこの状況下でも瑠璃は余裕があるのか、あずきの足下で今は仰向けの状態で漂っている。
ここ……どこや…?
自身の魔力で浮いているという感覚がない、そんな無重力感。
えらい不思議な場所やな…と思いながら周りを見回すと、消えた御子たちが顔を揃えていた。
「…何や…みんなおるやん」
「はろー」
最初に消えた上代煉花がいつもの無表情で手を上げる。
あずきから見ると頭が下になって浮いていた。
「はろー、やないわ、煉花。ホンマに肝、冷やしたで…」
はぁ…と安堵し、ひと息つく。
「でも、危なかったですね」
瑠璃の言葉に、うん、と頷く紫兎。
「危なかったってどういうことや?…それに、ここどこや?…結界の狭間って何や?」
あずきは一気に質問を並べたて、キョロキョロする。
「んーっと…先ず、ここどこや、の推測をしますと。たった今わたしたちがいるのは結界…恐らくは時空結界の狭間だと思われます」
「時空結界?…そんなん聞いたことあらへん」
「いいえ、あずきちゃんもよく知っている結界の一つです。封印、と言えば分かりますか?」
「封印?…これが?」
「はい、ピンとこないかも知れませんが、わたしたちがよく使う封印は、ある意味、時間の流れを止めるぐらい極端に落とした時空魔法の仲間です」
言われてみれば鬼魔ノ衆を封印することはあっても、あずき自身は封印されたことはない。
「へぇ…そうなんだ…」
紫兎が腕時計を見ると、確かに秒針が止まっていた。
瑠璃が続ける。
「わたしたちの想像を超えるほどに、相当に大掛かりな時空結界が張られているみたいです。で、その規模が大きすぎて嵌り込んだみたいです」
「…ぇっと…つまり、ウチらは今その結界の中に?」
「はい。どうやらあのロストラインは家の床のように平らではなく、凸凹してたようです。その下にさらに何かの境界があるのは気づいていたのですけど、進んでいいのかどうか迷ってました。そしたら、最初に煉花ちゃんが落ちて。次に桃渼ちゃんと彗月ちゃんが仲良くハマって…」
「うん、焦ったたい」と煉花。
「うん、わたしも」と桃渼。
「…わ…わたしは全然余裕だったけどね、は…ははっ…」と彗月が。
実はハマり落ちて一番大騒ぎしていたのは彗月だった。
その様子を思い出す煉花はクククッと噛み笑い。
「な…何よ…」
彗月はプイッとむくれる。
「昨日のデルタツーの映像で見つけた残滓は、この結界の一番外側、つまり卵の殻が破れた跡、みたいなものだったと思います。でも…それが今や穴ごと塞がってしまったみたいですけど…」
「塞がった?…あの穴が?…ほな、ウチら、ここから出られへんちゅうことかいな?」
彗月が妙に焦る。
「ええっ?それは困るわ。学校はいいけどバイト首になっちゃう。瑠璃ちゃんの神ノ起環杖で何とかならないの?」
「これほど大規模のものだと少し時間がかかりそうです。けど、ここから出られる方法は必ずあるはずです。現にあの箱の鬼魔ノ衆は地上に…青葉山に現れましたから」
「せやな…」
「でも、あずきちゃん、わたしたちかなり危なかったのですよ。あのまま気づかずにあそこにいたらどうなっていたかーー」
「ど…どーなってたん?」
「間違いなく塞がった結界の殻に囚われ、身動きのとれない石のようになって地の底に永遠に閉じ込められていたと思います」
「ホ…ホンマか…それ…」
それを想像して、あずきはぶるっと身震いした。
「でも、紫兎ちゃん、よく気づきましたね」
「うん、かなり嫌な感じでゾクッ…ときたから」
「ホンマ、紫兎ちゃんの危険察知は半端ないな…」
あずきは改めて思った。
穢れや鬼魔ノ衆の邪気あるいは殺気であれば、どの御子でも感じ取れる。
だが、結界が塞がる前触れなど、御子と言えどもそう易々と感じ取れるものではない。
紫兎の危険察知能力は御子のそれを遥かに凌駕しているのだろう。現に、あずきや瑠璃ですら気づかなかったソレにいち早く気づいたのだから。
あ、せや…MCリング…
いつもの癖で、あずきは、手首を口の前に置く。
「あずきちゃん、MCリングはダメみたい。わたしの通信機も…」
紫兎は首を横に振った。
「そうなん?」
一応試してみたが、その通り、誰ともつながらない。
つまり完全に地上と連絡する術がなく。
五郎はん…心配どころやないやろな…
お気の毒に。
「で?…紫兎ちゃん、どないする?…瑠璃ちゃんが出口を見つけるまで、のんびりお弁当でも食べてればええんやろか?」
冗談を飛ばしながらあずきが背に振り向くと、紫兎が低い声で呟いた。
「…何か、来ます」
「は?」
「みんな!はぐれないように掴まって!!」
叫んだのは、瑠璃だった。
咄嗟に手を伸ばし、互いの手や足を掴む御子たち。
すると、音もなく虚無の空間に亀裂が走り、そこから目眩むような白い光が漏れ始めた。
その強烈な光に目を眇める。
…くっ!……今度は何や!?
裂け目は広がり、ついには白い穴となり。
御子たちはあっという間にそこに吸い込まれていった。
「通信シグナルは?」
「ダメです…依然ロストしたままです」
「くそっ!」
五郎は再び拳をコンソールに叩きつけた。
紫兎が装着していた発信器からの信号は途絶えたままだった。
「呼び続けてくれ…」
「了解。こちら特0司令室、ゲート調査隊、紫兎様、応答願います…」
クッソ!!…何でこんなことに…
「…紫兎…っ…」
何度も叩きつけるその拳からは血が滲んでいた。
この時ばかりは二條いちみも、かける言葉を見つけることができなかった。
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