PR14 (2)
「デルタツー!上昇して全景をとらえてくれ!」
五郎は慌てて指示を送る。
「了解。じょ…上昇!」
二條いちみはモニタースクリーンに灯る魔光を数えた。
4つ…、ひとつ足りない…
「えっ?…」
「あれ?…」
御子たちはそれぞれの顔を見渡す。
ほんとうに一人足りない。
それが誰かは、すぐにわかる。
「…煉花ちゃんは?」
互いに顔を見合い、あれっ?…と背後の闇を振り返り見る。
「もっと照らしてみて…」
皆で魔光の灯火の照度を上げてみた。
…が……いない…
上代煉花の姿がどこにも見当たらない。
「煉花ちゃーん!!」と呼んでみるが、その声は闇の壁に反響してぐるぐると回るだけだった。
忽然と消えてしまった。まるでアルファワンが消えてしまった時のように。
魔力が尽きて落ちた…?
いや、それは考えられへん。その前に何か兆候があるはずや…
鴨宮あずきが唖然としていると、桃渼と彗月がそれぞれ左右に分かれ岩盤に沿いながら煉花を探し始めた。
もしかしたら岩盤に気づかない隙間があったりするのかも知れない。
紫兎はMCリングで煉花に話しかけてみるが応答がない。
あずきも、ダメや、と首を横に振る。
そんなことっ……て……
ロストラインは越えてないはずなのに…
「穢れ反応は?」
「ネガティヴ」
「デルタツー、センサー類に異常は?」
「特にありません」
モニタースクリーンには中央に魔光灯が一つ、やや右端に一つ、そして左側から岩盤に沿って別れて動くのが二つ。
!!
なっ…!
それを目にした誰もが驚きで息を呑んだ。
消えた…
今度は岩盤沿いに動いていた魔光灯が二つとも同時に。
あずきと紫兎もその瞬間を見ていた。
「おーい」と声を出しながら壁沿いを探していた桃渼と彗月の魔光灯が、まるで蝋燭の火が風に吹かれたように消えてしまった。
そして、その姿までも。
「…う……嘘やろ……」
あずきは目を疑うしかない。
殺気も邪気も、何も感じなかった。
紫兎はリュックの横のライトを取り、二人が消えた辺りに向けてみるが、そこには岩盤しか見えない。
「…ザッ…紫兎!…ザ……ザ…どうなってる!?」
通信ノイズと五郎の焦り声。
!!
…と…その時…
紫兎の背筋にゾクッ…としたものが走り抜けた。
何かヤバイかも……ぇっ?……上…!?
直感に従って真上に目を向けた。
ソレを感知した紫兎の瞳が煌っと真紅の魔光を帯びる。
見えない……けど…来る!!
ハッ…と息を呑み、紫兎は大声で叫んだ。
「瑠璃ちゃん!…潜って!」
「なッ…なんや?」
何事か、とあずきは背の紫兎に首を回す。
「あずきちゃんも早く!…下に、とにかく逃げてッ!」
「くっ!」…下やて?
上への間違いでは?と思いながらも。
あずきは紫兎を信じて躊躇なく下に動く。
「紫兎!どうした!?…何があった!?…おい!紫兎!…何か言ってくれ!」
ただならぬ事態に五郎が取り乱すのも無理はない。
あっという間にデルタツーのカメラ枠から全ての魔光灯が消えてしまった。
震撼が走る。
「…うそ……」
いちみの声を最後に司令室は…しん……と静まり返り。メインスクリーンは深い闇だけを映す。
青葉山の特殊車両内で雪音と楓子は、MCリングを通じてその刹那の声を聞き、ハッ…と互いに見合う。
わたしにも聞こえたわ、とランも横で頷く。
そこに切羽詰まった五郎の声が飛び込んできた。
「デルタツー下降だ!…頼む!…御子を、紫兎を探してくれ!」
「デルタツー了解!緊急下降しま…」
デルタオペレーターが、すぐさまステックを操作しようとしたその時ーー
ッ……地震…?
特殊車両がガタガタと大きく横に揺れる。
まさか…!?
楓子たちは、慌てて特殊車両からゲートに向かって飛び出して行く。
なッ!……何だ…?
ゲートの周囲で哨戒していた地上班の隊員たちはズズズッ!と地鳴りのような揺れを感じ、思わず腰を落としてゲートに向けて自動小銃を構えた。
その穴から何か良くないモノが飛び出して来るのではないかと思ったが、まるで違った。
先ず深穴を外周から覆うような、ふわっと半透明の膜が張り出し。なんと、その膜が地面とみるみる同化していき中央に走る。
「こちら地上班、司令室!…大変です!…ゲートが…穴が…」
青葉山地上班からの緊急。
司令室のサブモニタースクリーンにも青葉山公園の異変が映る。
うそ…!?…穴が…っ
その信じ難い光景を、上空から唖然と見下ろす楓子、雪音、そしてラン。
「そんなッ!!」
楓子が叫ぶ。
一刻も早く消えて欲しいと願っていた深穴だったが、今閉じられたら困る。
みんなが帰ってこれなくなるーー
「…くっ…!…」
まだ間に合うかも…
楓子に合わせてランも宙を蹴った。
その中心に向かって同心円状に地面と化していくゲート。まだわずか、一人か二人ならーー
だが…
「行くな!」
そこに飛び込もうとする楓子とランを、両手を大きく広げた雪音が止めた。
「どうして!?」
「雪音!そこをどいて!」
そうしているうちに深穴は完全に塞がってしまい。ついには土むき出しの地面に変わり果ててしまった。
「ぁぁ…そん…な…」
ショックで茫然とする羽幌ラン。
その横ですでに神ノ起槌矛を握る楓子から魔光の粒子が立ち昇っていた。
穴は閉じたばかり。土肌を穿てばまだこじ開けられるかもしれない。
「わたしに任せて!」
ぐるぐると分節槌をその頭上に振り上げ、力尽くで塞がった穴をこじ開けるつもりだ。
「待て!…落ち着いてくんろ。楓子」
「雪音!…そこをどいて。怪我するわよ」
楓子は目を据え、今にも振り下ろす構え。
「手伝うわ、楓子……雪音!そこ邪魔よ」
羽幌ランも雪音を睨み据え。大鎌の神ノ起具を具現化し、横居合の構えでぐっと腰を落とす。
ゲートの異常事態に駆け付けた特0隊員たちは、上空で対峙する御子たちを見上げて息を呑んだ。
ーーいったい何事か…と。
「ランも落ち着け!」
「よく落ち着いていられるわね、雪音」
「そうよ、おかしいのは雪音のほう!」
「わたすだって!心配だべ!!」
雪音は悲痛な叫び声を上げた。
いつも冷静沈着な雪音がこうも取り乱すのを見て、楓子とランは怯んだ。
「…雪音……」
「わたすだって、今すぐにでも追いかけたいに決まっとる。だども…紫兎ちゃんと約束した!」
「…約束?」
「んだ。もし何かあっても、他の御子たちを絶対にゲートに入れないという約束だ。それが紫兎ちゃんの願いだ。楓子やランがいなくなったら、いったい誰が宮城や北海道を護るべ?」
「それは…」
雪音の言う通りだ、わたしたちには護るべき地がある。
でも…と、楓子は思う。
「もし、わたしの身に何かあったとしても、きっと代わりの御子が覚醒する。でも…紫兎ちゃんは…紫兎ちゃんには代わりがいないのよ!」
「そうよ!」とランも引かない。
「代わりがいないのは楓子もランも同じだべ!!」
「………………」
一喝する雪音の迫力に、楓子もランも押し黙る。
雪音は静かに言葉をつなぐ。
「…もちろん他の御子たちも…代わりなんかいねえ。少なくとも紫兎ちゃんはそう思ってくれとる。一晩かけて誰も選べなかったのは、わたすらのことを唯一無二の友達だと思ってくれとるからだ。だから…そんな考えは、今すぐ捨ててくんろ」
「…で…でも……」
「天を覚えとるか?」
雪音は唐突に。
「忘れるわけない!」
「もう二度と、天の時のような思いをしたくない。それが紫兎ちゃんの願いだ…だから…くっ、ぅ、ぅ……」
その柳色の瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれ始める。
「雪音…」
それは、二人が初めて見る雪音の涙だった。
「…うん、そうだね…ごめん、雪音…」
「分かったわ、もう分かったから…雪音…泣くのはズルい…」
「…ぅ…ぅ…だども…」
「そういえば…二人とも聞こえたわよね。紫兎ちゃんの声…」
ランの言葉に強く頷く二人。
あずきともども紫兎が消える直前だった。
あの刹那、MCリングを通じて紫兎の言葉が楓子たちに届いていた。
ーー大丈夫、必ず戻るから…
そう確かに、紫兎はそう言い残した。
あれはーー
決して絶望を感じさせるような声ではなかった。
だがそのMCリングに今は調査隊の誰からも反応がない。
雪音は涙目を振袖の裾で拭いながら。
「今は…その言葉を信じるしかないべ…」
「そうね、無事に帰ってくるのを信じるしかないわね…」
ランも頷く。
「ううう…でも…」
だが楓子の神ノ起槌矛は分節槌を回したままブーンと唸りを止めない…というか…
「雪音、お願い。この一発だけ振り下ろさせて。集めすぎて、魔光が溜まっちゃって、もう爆発しそうなの。ひょっとして穴が空いたりしても、もう馬鹿みたいに飛び込んだりしないから」
頭の上でぐるぐると回す腕をプルプルと震わせながら、楓子は懇願する。
「それは、わたしも同じよ」
横居合に構えていたランの神ノ起大鎌からも魔光がバチバチと、その覇気が今にも噴き出しそうな勢いだった。
「そういうことなら構わないべ。もちろん、わたすも手伝うべ」
雪音は、下から野次馬のように見上げている隊員たちに声をかける。
「おーい。そこ、危ないから離れてくんろ!」
その意図を察した隊員たちは血相を変え、その場から急いで離脱する。
「退避!…総員この場から退避だ!…急げ!」
完全に塞がってしまった深穴をモニターに見て、特0司令室は騒然としていた。
「…嘘やろ……穴が…」いちみは愕然とする。
「なぜだ?…どうして?…くっ、そぉッ!」
五郎はコンソールに拳を叩きつける。
「…デルタツーからの信号…オールロスト…」
そう力なく、オペレーターは告げる。
「紫兎に持たせた通信は!?」
「反応ありません。位置情報も消えたままです」
「くっ、そ!…すぐに掘り返せ!!ありったけの爆薬を使ってでも構わん!」
五郎が吠える。
「司令、待って!…御子が…楓子たちが…」
二條いちみはモニタースクリーン上に浮く御子たちに気づく。
「はああぁぁぁぁーーーっ…」
深穴のあった直上から、渾身のフルパワーで神ノ起具を振り下ろす御子たち。
掘り起こそうというのか…
ランの神ノ起大鎌から放たれた斬撃が地表を十字に切り裂き。
楓子の神ノ起槌矛から放たれた分節槌が地肌で炸裂し。
そして、空高く昇った雪音はそのまま垂直に急降下し、その推力ごと神ノ起棍棒を地面に叩きつける。
ドンッ!…ドンッ!…ドンッ!…と立て続けに尋常じゃない地揺れが起こり、青葉山に同情したくなるほどの多量の土砂が豪快に吹き飛んだ。
モウモウと舞い上がる土煙りがキノコ雲状に立ち昇り、まるで青葉山が噴火でもしたかのような光景。
そのあまりの衝撃波に、その場から離脱したにも関わらず、そこかしこで隊員たちは「うわぁぁ…」と足をすくわれ、ごろごろと転がり地に立つことができない。
「…どうなった…?」
一縷の望みを願って、土煙りが晴れるのをジッ…と待つ司令室。
が、しかし…
視界が晴れてスクリーンに映ったのは、クレーターのように深々と凹んだ地肌と、その中心に立つ雪音の姿だけだった。
「くっ…それでもダメか……」
項垂れた五郎だったが。
まだだ、まだ諦めるな…
己を鼓舞し、ぐいと顔を上げ、オペレーターに次の指示を送る。
「大至急、重機を集めてくれ!…掘るぞ…」
「了解!かき集めます」
ふうっ…と落胆に青葉山の空を仰ぎ。
できたクレーターの底で土埃にまみれていた雪音は、神ノ起金棒の先でゴンゴン…と地面を小突いていた。
「もうここには、穴がなさそうだべ…」
楓子とランもふわりと降りて。
「…どういうこと?」
「なくなっちゃったってこと?」
「分からんべ…もう、紫兎ちゃんたちを信じて待つしかないべ…」
読んで頂きましてありがとうございます。