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日ノ御子戦記〜うさうた〜  作者: おはよう太郎
PR14 ゲート
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PR14 (1)


 その夜、紫兎は日本地図を前にして、ゲート調査作戦に参加してくれそうな御子の人選に大いに悩んだ。

 はたして鴨宮あずき以外に一緒に来てくれる御子はいるのだろうか?


 これはあくまで調査作戦で、鬼魔ノ衆(キマノス)がそこに潜んでいるかどうかもまだ分からない。

 御子は生まれ育った地を(まも)るのが前提とされるが、今回の調査場所は土地とすら呼べない地中1000メートルの奥深く。


 深穴(ゲート)が開いているのが青葉山公園なので、伊達楓子に来てもらうのが筋かも知れない。しかし、その楓子にしても、不測の事態を想定すると地上に残ってもらった方がいい。仙台は鬼災(きさい)したばかりなのだから。


 無闇に危険を冒すつもりはないが、不明瞭で、未知なる危険を伴うのは確かだ。現にドローンを1機失っている。

 五郎にはああ言ったけど、ひょっとしたら片道切符になるかもしれない。

 いつもの相互応援とは意味合いがまるで違うのだ。


 瑠璃ちゃんがいてくれると嬉しいけど…


 アルファワンのロストポイントの不鮮明な映像だけで残留結界を看破したあの特殊な透視眼は、この調査に必要不可欠と思える。


 でも…

 んー…どうしよう…選べない。

 あずきちゃんと二人で強行しちゃえばいいか…


 結局、紫兎は誰も選ぶことができずに、特殊車両の中で疲れて寝落ちしてしまった。


 翌朝目覚めるともう10時を過ぎていた。

 確か、特0(とくゼロ)とのブリーフィングが9時からだったはず。そこで今日のゲート調査の段取りを話し合う予定だった。


「いっけない!…大遅刻!」

 

 飛び起きて、大慌てでゲートに向かって走る。


 ホント、飛べないって不便。

 なんで誰も起こしてくれなかったのかなぁ…


 ハァハァと息を切らしながら、ゲートを見張るための簡易なプレハブに着いて。

 紫兎は驚きで目を丸くした。


「おっ…紫兎ちゃん、おはようさん。よう眠れはった?」

 鴨宮あずきはもう到着していた。

 でも紫兎が驚いたのはそこじゃなく。


 あずきの周りに、紫兎が呼んでもいない御子たちが顔を揃えていた。


 愛知の御子、小倉(おぐら)彗月(はづき)

「おはよう、紫兎ちゃん。見て見て、小倉アンドずんだトースト作ってみた。食べる?」


 岡山の御子、倉式桃渼(くらしき とうみ)

「おはよ、紫兎ちゃん。そんなわけがわからないものよりシャインマスカットよ、食べる?」


 そして熊本の御子、上代煉花(かみしろ れんか)

「紫兎ちゃん、おはようと。朝は有明の海苔ごはんがおすすめたい」


 ほらほらと、それぞれの皿を差し出され。


「…どう……して……?」

 紫兎には訳がわからない。


 鴨宮あずきは、ニッ…と白い歯を見せる。

「ウチが声かけただけや。きっと紫兎ちゃんのことやから、誰にも声かけれへんと思うたし」


「そうよ。水臭いとはこのことよ。紫兎ちゃんがひと声かけてくれれば、それがどこでも、みんな来るに決まってるでしょ!」

 小倉彗月がキメ顔でビシッ!と一本指を立てる。


彗月(はづき)ちゃん…」

 紫兎がウルッと涙ぐむ。


「ぁ…あれ?…わたしなんか変なこと言った?」

 その反応に慌てる彗月。


「あ、彗月が泣かした」

「うん、泣かしたばい」

 桃渼(とうみ)煉花(れんか)が揃って彗月に冷ややかな視線を投げる。


「ちょっとぉ!…そこの吉備団子(きびだんご)肥後(ひご)もっこす!…わたしが泣かしたみたいに言うのやめてよね。だいたいあんたら、キャラかぶりすぎなのよ」


 わいわいと可笑しくて、思わず「プッ…」と紫兎は吹き出した。

 そして涙目を指ですくいながらククク…とついに笑い出す。


「まあ、そういうことや。深穴(ゲート)に潜るんは、ウチとこの3人と、あと…」


「わたしも行きますよ」

 奈須ノ城瑠璃(なすのしろ るり)がフワリと空から降りてきた。


「……瑠璃ちゃんも…いいの?」

 紫兎は嬉しくて破顔した。


「だって、気になりますよね、あの奥が。こんな中途半端で置いて行かれたらたまりません。それに、わたしの(スキル)はきっと役に立つと思いますよ」


 その通りだった。

 奈須ノ城瑠璃は特殊な目を持つが故に結界のスペシャリストでもある。

 この調査作戦に参加してくれるのは、ほんとうに心強い。


「というわけで、わたしたちは、ここに残るわね」

 伊達楓子と羽幌(はぼろ)ラン、それに久慈雪音(くじ せつね)

「そりゃほんとうは、この地の御子としては一緒に行きたいのだけど。雪音(せつね)がそうした方がいいって言うから…」

 楓子はさも残念そうに。


「うん、わたしもそう思う。ゲートが開いたままで、まだ何が起こるかわからないし。でも楓子ちゃん、ありがと。そう言ってくれるだけで嬉しい」


 紫兎は、「ん…」と頷く雪音と視線を交わして頷き合う。

 それは昨夜、雪音にお願いしたことだった。

 ここは伊達楓子の(まも)る地だ。調査隊の話を聞けば、楓子は「行く」と言い張るだろうと思った。


 羽幌ランも。

「あー…わたしも残念。でも応援が必要になったらすぐ呼んでね」


「うん、ランちゃんもありがと」


「特0とのブリー…何とかは、ウチらで済ませたし。あとは紫兎ちゃんの準備がでけたら声かけてもろたらええ。いつでも行けるで」


「そったら紫兎ちゃん、まんず、顔洗ってきたらええ」と雪音。


「そうね、シャワーも。女の子なんだから」

 ランがウィンクを投げる。


 昨夜、シャワーも浴びずに寝落ちしてしまったので、髪もボサボサだったし体も汗でベトベトだ。

 紫兎は慌てて制服の肩袖を引っ張りクンクンと匂いを嗅いだ。

「…わたし…もしかして、臭い?」



 ゲート周囲を警戒する任務についていた特0の隊員たちは、8人もの御子が集う光景に目を見張る。

 今や世間を騒がす有名人。不謹慎と知りつつも密かに心踊るのを押さえられなかった。

 と同時に、不気味なゲートの暗闇を恐る恐る覗き込む。

 すげえな…

 あんな女の子たちがこの中に生身で潜るのか。


 そんな危険極まりない調査作戦を前にして、御子たちの表情にも緊張感が……

 全くみられなかった。


「ちょっと! あなたたち、味噌カツを馬鹿にしたわね!」

 小倉彗月(おぐら はずき)の騒がしい声が特0隊員たちの耳にも届く。


「馬鹿には、してない」と桃渼(とうみ)

「うん、してない。でもトンカツに味噌は変たい」と煉花(れんか)


「変態?!…変態って言ったわね。煉花、あなた、たった今、全愛知県民を敵に回したわよ」


「変態と違う、変たい、と言っただけたい」


「くーー…何それ。同んなじじゃん。これだから肥後もっこすは…」


 鴨宮あずきは、おにぎりをもぐもぐと頬張りながら、騒いでいる御子たちをボーッと眺めていた。

「なんや、あの3人は楽しそうやなぁ…」


「騒がしいのは彗月ちゃんだけですけどね」

 瑠璃はのんびりとお茶を啜っている。

 その横で雪音は「味噌カツって何だべ?」と首を傾げる。


 そしてこちらは、紫兎の準備を手伝う楓子とラン。

「紫兎ちゃん、それ何?」

「ウサ耳?…カワイイ」


「いいでしょ?…これ、実は追跡装置を兼ねた通信装置になってるのです。可愛くアレンジしてみました」

 

 ウサギの耳を型どったヘッドセットを装着する。


「ねえねえ、紫兎ちゃん。これは?」

 ランは、目ざとく銀色(メタリック)の銃らしきを指差す。


「テンガンです」


「テンガン?」


東雲(しののめ)さんにお願いして、試作品(プロトタイプ)を作ってもらったの」


 銃身がやけに太く短く、どちらかというと照明弾を撃つような銃に形状が似ている。

 それが2挺、紫兎の腰ホルスターに収まる。


「へぇ…紫兎ちゃん、西部劇みたいでカッコいい」

鬼魔ノ衆(キマノス)に効くの?…それ…」


「どうかな?…粒状にした煌河石を詰めて浄化のパワーに変換してるのだけど、フィールドテストも兼ねて連れて行こうかなぁって」


「ふーん…よく分からないけど、何か凄そう…」

「それにしても大っきなリュックね?…何が入ってるの?」


「色々と入ってますよ。お菓子とかお弁当とか、ふふっ…」


「わー、ピクニックみたい。楽しそう、いいなぁ」


 まるでこれから遠足にでも出かけるような雰囲気の御子たち。

「…あいつら、どこに行くのか分かってるのか?」

 それをモニター越しに眺めながら、五郎は泣きたくなってきた。

 その横でいつものように、いちみがククッと笑いを堪える。


 正午過ぎに、やっと出発準備が整って。


 御子たちを見送る特0隊員たちがゲートの周りに集まり出した。

「それでは、みなさん。いってきまーす」

 紫兎が明るく手を振る。


 五郎を心配させまいとして、あえて明るく振舞っているのだろう、と二條いちみは思った。


 羽幌ランが紫兎にそっと話しかける。

「紫兎ちゃん、気をつけてね。紫兎ちゃんがいないと、ほら…色々と大変だから」

「んだ…五郎はんは頼りねえし」と雪音も声をひそめる。

「ふふっ、大丈夫ですよ。いちみさんがいるから」


「ほな、紫兎ちゃん。いくで」

 しゃがんで向けるその背に紫兎がしがみつくと、ズシっとした重さが鴨宮あずきの肩にかかる。

「ウッ…重ッ…!」


「ごめんね、あずきちゃん、荷物が多くて」


「ま…まあ、飛んでしまえば大丈夫やし…」

 と強がる。


「特0司令室、紫兎です。テス、テス…聞こえますか?」

 うさ耳通信機のチェックをする。


「ああ、聞こえてるよ。紫兎」

 司令室の五郎はモニタースクリーンを見上げる。


「じゃ、五郎ちゃん。いって来まーす!」


「ああ、気をつけてな」


 本当に遠足にでも送り出す気分だ。

 そう言ってこれまで何度も家の玄関の前で我が娘を送り出してきた。

 

 だが、これはそれとは違う。

 気を引き締めろ。


「司令室へ。こちらデルタツー、オールグリーン」

 御巫たちに同行するドローンを操作する特殊車両からの通信が。


「オールデバイス、問題ありません」

 それを受けて小日向チーフの声が。

 

「よし、これより青葉山ゲート潜入作戦開始!」


 それを受けて御子たちはゲートを縁から覗き込み。

「はい、せーの!」と足から穴に飛び込んだ。


 ふわっとそのままゲート調査隊は円形に陣を作り、深穴の中から手を振りながらゆっくりと下降していく。


 心配そうに覗き込む楓子たちも「行ってらっしゃい」と手を振り返す。

 沈んで行く御子たちの姿はどんどん小さくなっていき。ほどなく陽光が届かない闇の中に沈んでいった。


「デルタツー、降下し、調査隊に続け」


「了解。デルタツー降下します」


 調査隊の上から無人ドローンのデルタツーが追う。

 Vサインを送る紫兎。

「ははっ…ちゃんと見えてますよ、紫兎様」

 特殊車両内のデルタオペレーターはモニター画面に笑う。


 下降しながら御子たちは等間隔の円状を保ち、魔光の明かりをそれぞれの手に灯す。

 照度を抑えているのはドローンの暗視赤外線カメラに配慮しているからで。お互いの姿は見えるが、その周囲は音もない漆黒の闇だった。


 300メートルは下降しただろうか、鍾乳洞の中のように冷んやりとした湿っぽい空気を肌に感じる。


「なんだか、お化けが出そうな感じですね」

 瑠璃のその声にエコーが掛かっている。


「瑠璃ちゃん、それは言うたらあかんやつや…」

 鴨宮あずきは、ぶるっ…と震える。


「そう言えば、めぶきちゃん、ホラー映画とか苦手だよね」

 その背におんぶされている紫兎がクスクスと笑う。


「知っとっと?」と煉花。

「知らんかった」と桃渼。


「ちょ…そこの二人、怪談みたいにボソボソ言うのやめてや」

 あずきは真面目に怖がっているようだ。


「あんなに鬼魔ノ衆(キマノス)、ギッタギタに浄化しまってるくせに…」

 ククク…と彗月が面白がる。


「鬼魔ノ衆は鬼魔ノ衆や…」あずきがむくれる。


「鬼魔ノ衆もお化けと変わらんと思うのですけど」

 瑠璃もクスクスと笑う。


 突然、紫兎が「あーっ!」と大声を発した。

「うあぁぁぁ!!」

 あずきが驚いてバランスを崩しそうになる。


 他の御子たちは下降を止め、瞬時に神起ノ具(かむのき)を構える臨戦態勢を作った。

 さすが、あずきが人選した御子たちは猛者(もさ)揃いである。


「何!?…紫兎ちゃん!」

「何かいた!?」


「えっ?……ぁ……ずんだ餅、入れ忘れた…」


「はぁー?…なんや、ずんだ餅って、びっくりさせんといておくれやす」

 あずきの心臓はバクバクと踊っている。


「せっかく楓子ちゃんにもらったのに…」


 ふーっ…と皆、安堵の息をついて。

 ビビりまくっていたあずきを思い出して、皆の口からクククッと笑いがこぼれる。


彗月(はづき)…笑いすぎやし」


「あずきも意外に可愛いとこあるんやね」



「…へっ?…わたしのずんだ餅?」

 特殊車両内でモニターを見守っていた楓子たちも胸に手を当て、ほーっ…と安堵の息を吐いた。


「じゃあ、今から届けてくる」と楓子。

「いや、待て待て…」と雪音に止められた。


 もちろん司令室内から我が娘を見守る五郎は、今ので冷や汗でびっしょりだ。


「こら紫兎…まじめにやれ…」


「はーい…ごめんなさい」


 一行はさらに降下を続ける。どこまでも深い闇と音無しの空間が続くだけだった。

 デルタツーの暗視カメラが円状になった5つの魔光の灯りを上から追従する。


「…ところで…みなさん、黄泉比良坂(よもつひらさか)を知ってます?」


「また瑠璃はんが怖いこと言うし…」


 ここまでは想定内なのだが、地中深く垂直に切り立つ漆黒のトンネルの圧迫感が御子たちの口数を少なくさせていく。

 瑠璃が何を言いたいのかよくわかる。

 黄泉比良坂(よもつひらさか)がもしあるとすれば、こういう場所のことを言うのだろう。足元の暗闇から何か不気味な風音のような、唸り声のような…そんな幻聴すら聞こえてくる。

 

「ちょ…ちょっと、みんな暗いわよ。う…歌でも…」


 彗月(はづき)がカラ元気を出そうとした時に、ノイズ混じりのオペレーターの声が紫兎の通信機に届いた。


「…ザッ、、紫兎様、…ザザッ、間もな、、ロストポイン、、です……あと30メートル…ほど…」

 デルタツーのライトが事前に決めてあったストップシグナルを灯し、チカチカと明滅する。


「あずきちゃん、ストップ」

 紫兎はその肩をポンと叩く。


「ん?…着いたんか…」


 昨日のアルファワンが消失したポイントの手前で御子たちは下降を止めた。

 見渡したところ、これまでと何ら景色が変わらないただ何もない黒塗りの闇の世界。


 地上では、デルタツーからの映像を皆が息を潜めて注視する。


「どう?…瑠璃ちゃん」


 奈須ノ城瑠璃はすでに動いて、具現化した杖箒状の神起ノ具(かむのき)で付近の岩盤を透視する。


「はい、間違いなく結界の残滓(ざんし)です。おそらくは(ふた)のような役割をしてたかと…詳しくはもう少し時間を下さい。んーー?」

 ぶつぶつと(ひと)()ちながら、瑠璃は岩盤を横伝いに手で触れてみる。


 五郎の声が無線に入る。

「…ザ、ザッ、、どうだ?、紫兎、、ザッ、、」


「ここに何かの結界があったことは間違いない、って…今、瑠璃ちゃんが調べてくれてる」


 二條いちみは思考をそのまま声に出していた。

「…あの箱型鬼魔ノ衆に破られたのか、あるいは、その効力を失ったのか…でも、あんな所にいったい誰が…」


 そうしているうちに、モニタースクリーンの魔光の灯火がそれぞれ散らばって、デルタツーのカメラフレームから外れ始めた。


 五郎が無線で紫兎に注意を促す。

「おいおい、あまりバラバラになるな…」


「はーい…みんな寄って…」

 散っていた魔光の灯りがモニターの中心に集まるように動く。


 最初に気づいたのは五郎だった。

「…おい、待て……一人足りないぞ…どこだ?」


読んで頂きましてありがとうございます。

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