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日ノ御子戦記〜うさうた〜  作者: おはよう太郎
PR13 神祓天
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PR13 (2)


「こんにちは〜…誰かいませんか…」


 紫兎は鴨宮家の門前で、鍵の掛かっていない引き戸をそっと開け首だけを突っ込んだ。


「ウチに何か用ですか?」


「ヒぁ…ッ!」

 突然背後から声をかけられ飛び上がるほどに驚いた。

 振り向くと、ブレザー制服の高校生が怪訝(けげん)な顔つきで立っていた。


 あの日、煌河石(こうがせき)を届けてくれた少女だと分かった。随分と印象が違うのは、あの時は雨でずぶ濡れになっていたのと御子装束だったからだ。

 髪の長さも瞳の色も違っていた。

 後ろに()わえられた黒髪は腰の長さまであったが、今目の前の少女は肩裾に下ろした長めショートだった。

 神使ノ獣(しんしじゅう)が憑いていなかったら、すぐには分からなかっただろう。


 その、まん丸な狐と思しき神使ノ獣と目が合って、紫兎はペコリと頭を下げる。


「あッ!…あんた…紫兎ちゃんや…」

 鴨宮あずきは唐突に思い出した。


 自分ことを覚えていてくれたことが、紫兎には堪らなく嬉しかった。

「はい。引波紫兎です。あの時はわざわざありがとうございました」

 改めて深々とお辞儀をする。


「ぁ…ウチは、あずき…鴨宮あずき、言います」


「ぇっと…ごめんなさい。これ、押したのですけど誰も返事がなくて」

 紫兎は門の横の呼び鈴を指差す。


「それ…壊れてんねん。お金がもったいない言うて、おとんは直す気もないみたいやけど…」


「ちょっと診てもいいですか?」


「は?」

 あずきが返事をするより先に、紫兎は背負っていた大きなリュックの横のポケットからドライバーを取り出し、呼び鈴のケースを開け始めていた。

「…えーっと…これかな?」

 さらに、持っていた検電器で通電チェックし始めた。


 何でそんなもん持ち歩いてんねん、電気屋か?


 と、ツッコミを入れたくなった鴨宮あずきに、チラリと振り返った紫兎は微笑む。


「ふふっ、わたし電気屋じゃないですよ、こういうの得意なだけ」


「え?…あ、そーなん?」

 なんやこの子?…人の心を読むエスパーか?


「ちなみに、わたしはエスパーでも超能力者でもありませんよ」


「それ、同じ意味やし」

 あかん、ツッコんでしもた…


「おっ、ここね。断線してる。でも直りそう」


「そうなん?」


「ブレーカー落としてもらってもいいですか?」


「は?…ブレー……何やそれ?」

 あずきが何のことか分からず困惑してると、家の中から鴨宮はしらがひょっこりと顔を出した。


「あずきちゃん、おかえり。そんなとこで何してるんや?…お客さんか?」


「ただいま…ぁ…えっと…この子は…」


 あずきが紹介に戸惑っていると、横で紫兎が自己紹介を始めた。


「初めまして。引波紫兎と言います。あずきちゃんのおとーさんですね。あずきちゃんとはこれからお友達になりますのでよろしくお願いします。それと、そこに浮いてるモフモフした白い狐の神使さんとも」


 この子…ウチの神使ノ獣が見えとるんか?!

 これにはあずきも驚きを隠せない。


「…紫兎ちゃん…あんた、御子なんか?」


 そんな話は(そら)からも聞いていなかった。

 それに…

 紫兎の神使ノ獣がどこにも見当たらない。


「違いますよ…それより、あずきちゃんのおとーさん、5分ほどブレーカーを切ってもらってもいいですか?」


「はっ?」

 なんやおもろい子が来たな…

 と鴨宮はしらは思った。


 結局、紫兎は鴨宮家に迎え入れられ、夕食を共にし一泊することになった。

 そこで紫兎は遠路わざわざ鴨宮家まで足を運んだ理由(わけ)を切り出した。


「わたし、御子じゃありません。でも、あんな悲しい思いをするのはもう嫌なんです。だから、わたしにも鬼魔ノ衆(キマノス)の浄化を手伝わせて下さい…」


 あの不思議な石、煌河石(こうがせき)を胸の前で抱え、そのクリクリとした瞳から大粒の涙をボロボロとこぼしながら。


「…わたし気づいたんです。この子たちが教えてくれたんです。この煌河石で御子さんたちのお手伝いをしたいんです…」



 スリーブモードで暗転したPC画面をぼんやりと見つめながら。

 鴨宮あずきは、その時のことを思い出していた。


 この子たちが教えてくれた…?

 ああ、そうか、そういうことなんや…

「…そっか…煌河石…」


「せや、そういうことや。と言うても、まだ俺にも分からんことがぎょうさんあるけど。紫兎ちゃんはスペシャルなんやと思う…ほな、先に風呂入ってくるで」


 あずきは「ふっ…」と呆れ笑う。

 最初っから分かっとったんやな、このオヤジ…

 安定の(たぬき)っぷりやな…



 五郎はぐいっと缶コーヒーを飲み干し、話を続ける。

「…紫兎は、鴨宮あずきに会いたいと言った。京都で何を話してきたか知らんが、その夜、はしらさんから電話があってな」


「はしらさん?…鴨宮の?」


「ああ…とにかく紫兎をえらく気に入ってくれたらしく、これからよろしく、とか何とか……」


 鴨宮はしらの名が出た途端に、二條いちみの目が据わった。

 あの、クソ狸おやじ…

 さては、最初っから知っていやがったな…


 いちみが手にしていたコーヒーのスチール缶がメキッ…!と音を立てる。


 その形相が阿修羅のごとく変化したのを見て、五郎はガタッと椅子を下げ逃げ出す構えを見せた。

 

 ??…俺はいったい何の地雷を踏んだのか…


「司令。まだ話は終わってませんよ」

 無表情で、抑揚のない声音で。


 こ…怖ぇぇ…

「…ぁ…そ…そうでした…」


「それで?」

 ぐびっと歪んだ缶コーヒーを飲み干す。


「…ぁ…まあ、それで、京都から戻ってきた紫兎は煌河石を使って色々と実験を始めた。MFレンズやMCリング、二條もよく知るやつだ」


「なるほど…つまり、神祓天との出会いと失踪が紫兎ちゃんを変えた…と?」

 まるで二條いちみの方が上官のような威圧感。


「…ぅ…まあ…そういうことになるな…」


 ガタッ!といきなり席を立つ二條いちみに、ビクゥッ!と(おのの)く五郎。

 飲み干したコーヒー缶を捨てに立っただけだったので、五郎はホッと胸を撫で下ろす。


「…よくある、自分を責めるってやつですね?」

 カラン…とゴミ箱で缶が鳴る。


「そうだな…これは俺の見たてだが、紫兎は後悔に囚われた。あの時、もしも、自分が煌河石の力にもっと早く気づいていたなら。もしも、御子たちがもっと力を合わせられる環境にあったなら。それがもしも、国とも協力して相互支援関係にあったのなら…」


神祓天(かみはら そら)を失わずにすんだ…」


 いちみは椅子に戻り、腕を組みながらその美脚をスッと組んだ。


「ああ、尽きることのない自虐のスパイラルだ」


「つまり、紫兎ちゃんは第二の神祓天を出すまいとしてる」

 組んだ腕のままその指先をトントンとするのが二條いちみの癖だ。


「まあ、あいつにとっては(そら)が戻ってこなかったことがそれほどにショックだった…もちろん、俺も…だがな……」


「………………」

 五郎の、その沈痛な掠れ声にいちみの指先のトントンは止まった。


「…あいつは、ただ、御子のみんなを守りたいだけなんだと思う」


「わたしの言った、御子に憧れてる、というのとはだいぶ違いますね。何といいますか…ある意味、それはもう御子そのもの…」


「でも、あいつは御子じゃない」


「そうでしょうか?」


「それは、あいつ自身でも分かっていることだろ?」


 本当にそうなのだろうか…と二條いちみは考える。


 神使ノ獣が見える、という時点で御子の絶対条件は満たされている。

 ただ、紫兎にはその神使ノ獣が憑いていない。


 これをどう解釈すれば……


 五郎が続ける。

「だいたい御子と呼ぶには、他の御子たちと違いすぎる。まあ、千歩譲ってあいつが御子だったとしても、あいつに扱えるのはせいぜいあの石だけだ」


 ……石。

 そうか、煌河石だわ。

 あの石を扱う紫兎の能力はもう魔法と言っても差し支えない。

 だとすると…

 引波紫兎は生まれながらに覚醒していて、煌河石を使役する御子。

 つまり…

 煌河石が紫兎の神使ノ獣だと考えてもいいのでは?


 神使ノ獣は何かしらの生き物の姿を模している。石は無機物で生命体ではない。そういった固定概念を捨て。

 それはーー

 かなりイレギュラーで特別な存在だけど。ただ、周りもあの子自身もそれに気がついていないだけ…


 では…

 あの子自身も語っていたーー御子の本質ーーは?


 生まれ育った地の龍脈のご加護を受け、命を賭してでも大切なものを護る。

 その本質を、すでに紫兎は備えている、としちみは感じていた。

 あの子にとって大切なモノ、大切な人…

 それは御子。

 御子を護る御子……それが引波紫兎だとすれば…


「どうした?…二條…難しい顔をして…」


 五郎の声でいちみはハッ!と我に帰る。


「え?…ぁ…いえ…何でもないです…」

 では…

 あの子は、いったいどこから来たのか?



「…んだば、紫兎ちゃんは立派な御子だべ」

 久慈雪音(くじ せつね)は優しく微笑む。


「ありがと、雪音ちゃん」


 自分を御子と呼んでくれる雪音の優しさに触れて、夜空の三日月も今は優しく微笑んでくれているように見えている。

 手のひらに乗せた煌河石も光の粒子を嬉しそうにフワフワと舞いあげる。


「その子も喜んでるみたいだべ」


「うん、そう…喜んでる」


「きっと、その子たちが紫兎ちゃんの神使ノ獣なんだべ」


「わたしの…神使…?」

 そんな考えは、今まで思いもしなかった。


「んだ。ただ持ってる力が違うだけで、紫兎ちゃんもわたすたちと同じ御子なんだべ」


 そっか…

 わたし、今まで何を見ていたんだろう…


 煌河石(このこ)たちがずっとわたしと一緒にいてくれていた。

 物心の付く前から。

 寂しい時も、悲しい時も、嬉しい時も、わたしの話相手になってくれていた。

 それが当たり前で、その存在が近過ぎて気がつかなかった。


 心に重くのしかかっていた蓋が外れ、スッ…と軽くなったように感じた。

 他の御子のみんなもそれぞれ少しずつ違う。


「そっか…」

 別にみんなと同じじゃなくてもいいんだ…

 御子装束が着れなくても、空を飛んだり、光を放てなくても。

 わたしは、わたし。

「そうだね…ありがと、雪音ちゃん」


「ん…」と短く。

 雪音は星空の三日月と同じような優しい口元を浮かべた。



 紫兎は、再び特殊車両の中で司令本部と繋ぐモニターに向っていた。

「…だからね、五郎ちゃんが心配してくれてるのは分かってる。それは本当に嬉しい…けど、でもねっ、聞いて。大切なものを護りたいって気持ちだけは、いつも御子のみんなと同じなの…」


 今話すとややこしくなると思い、あえて煌河石の話には触れずにいた。ここで、わたしも御子なの、と強く言ったところで五郎は認めないだろう。


「………………」

 五郎は黙って頷いた。

 知っているさ…

 お前の考えていることくらい、よく分かっている。


「…それに、今回は、わたしが行かなきゃっ、て思うの。そんな気がするの。何だかとっても大事なことのような感じがするの…」


「どうしても…か?」

 五郎の掠れ声が紫兎の耳に届く。


「うん、大丈夫。きっと無事に帰ってくるから」


「絶対?」


「うん、絶対よ。だって帰ってこなかったら、五郎ちゃん、泣いちゃうでしょ」


 はぁー〜……と五郎は、諦めの混じる長い嘆息を吐き出す。

「分かった…ただし、一つだけ条件がある。あずき以外にも帯同してくれる御子を誰でもいい、最低でも4人は選ぶこと。1人だけでは少な過ぎる」


 4人…か…

「ありがと、五郎ちゃん」


 ここまで二人のやり取りを黙って聞いていた鴨宮あずきが口を開く。

「決まりやね。ほな、ウチは直ぐに仙台へ飛びます」


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