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「…本日夕方頃、特務0課はゲートの調査を開始しました。これまでの報告によりますと、無人ドローン2機を途中まで送りこませたところで内1機のドローンにトラブルが発生。このためゲートの調査は明日以降に持ち越されることになった模様です。
続きまして、救出活動の続く仙台市内の様子を現地からお伝えします…」
夜のニュースが流れるテレビの前で、京都の鴨宮あずきは、専用回線を通じて特0司令室と青葉山特殊車両をリアルタイム映像でつないでいた。
「…つまり、そのドボーンでは、何も分からんかった、ちゅうことなんですね?」
「ドローンな」
あずきの言い間違いを、さらりと正す五郎。
「じょ…冗談どす」
その顔が、カァ…と赤くなる。
いっそ、どっと笑われてツッコミを入れられた方がどれだけマシか。
これやから関東人は…
「あずきちゃん、これがその時の動画よ」と紫兎。
別ウィンドウが開き、アルファワンが消えた時をデルタツーが見ていた録画が流れる。
「ホンマや。これでは何も分からしまへんなぁ…」
黒塗りの画面に目を凝らしたあずきの声にも嘆息が混じる。
「でも瑠璃ちゃんがその映像から残留結界らしきものを感じ取りました。あの奥にはきっと何かがあるはずです」
「さすが瑠璃ちゃんや。それで?…どないしはりますの?五郎はん」
「明日もう一度、ドローンを潜らせようと思う」
「そんなん同じ結果になるんとちゃいますか?」
「わたしもそう思うな」と紫兎。
「しかし、今のところこれしか手立てがない」
あずきは思い当たるところがあって、紫兎に振ってみた。
「紫兎ちゃんは、別の案を持ってはるんやろ?」
「ふふっ、さすが、あずきちゃん。わかります?」
「ほな、ウチも連れてっておくれやす。その穴の奥に何があるんか、ごっつい興味そそられるし」
「…お前ら、一体何の話しだ?…まさか……」
五郎は嫌な予感しかしない。
「あのね、五郎ちゃん。わたし、潜ってみようと思うの、ゲートに」
「なっ!…ちょっと待て、紫兎!」
予感した通りの紫兎の言葉に、頭を抱える五郎。
「あずきちゃん、背中に乗せてもらってもいいかな?」
「お安い御用やけど…ホンマにええの?」
「はい、感じるんです。あの奥には何か確かめないといけないことがあるって…」
「待て待て!勝手に話を進めるな!…ダメだダメだ!!紫兎、何もお前が行くことはない!」
「…五郎ちゃん…でも…」
「絶対にダメだ!危険過ぎる!」
我が娘にそんな危険な真似は、絶対にさせられない…
「大丈夫よ。あずきちゃんも一緒なんだし…ね?、いいでしょ?」
「それでもダメだ!あんなでかい鬼魔ノ衆が出てきた穴なんだぞ!」
「でも…」
「何が起こるか分からん!ひょっとしたらあの奥で、鬼魔ノ衆がうようよと待ち構えているかもしれん」
冷静さを欠き始める五郎に、けれど紫兎は食い下がる。
「そうかもしれない…けど、聞いて五郎ちゃん…」
「それにお前は、御子じゃない!!」
そう怒鳴りつけた五郎は、振り上げた拳を、ドンッ!…とコンソールに叩きつけた。
シ…ン……
と、重い沈黙がその場の空気を支配する。
「…司令…?」
ここまで後ろで黙ってやり取りを聞いていた二條いちみ。
「落ち着いて下さい…」と五郎の肩に手を置く。
そのモニター越しで、紫兎はうつむき、押し黙っていた。
まただ……五郎ちゃんにまで言われた……
通信パネルの上にあった煌河石をグッと握り締め。
今にも壊れそうな震える声で紫兎は静かに口を開く。
「…そうね……わたし、御子じゃない……」
もう悔しさと悲しさでいっぱいになって涙が溢れ始めていた。
そんなこと、知ってる…わかってる…
「…でも……でも……」
それ以上は言葉が続かず、紫兎はガタッと席を立ちモニターの前から姿を消した。
「あッ、おい!…紫兎…待て!」
呼び止める五郎の声を置き去りにして、紫兎は特殊車両から飛び出して行ってしまった。
ふぅ…といちみが呆れ顔で嘆息する。
「…司令、言い過ぎです」
横から突き刺さるような非難の視線を感じ。
五郎は、言い放ってしまった己の失言を認めて項垂れた。
「…すまん……つい……」
はぁー…と、こちらも呆れた嘆息をこれ見よがしに放って。鴨宮あずきが口を開く。
「五郎はん、紫兎ちゃんはいつもウチらと一緒に戦ってくれてはる仲間や。もう御子みたいなもんやし、少なくともウチらはそう思うとります」
どこか優しく諭すような口調だった。
あずきは、親が子を心配する、その気持ちを分からなくはなかった。だがそれは、まだ親になったことのないあずきには絵空事なのだろうとも理解している。
「…そうだな。すまん、悪かった…少し頭を冷やしてくる」
力無く言い残し、五郎は司令室を出て行った。
泣きながら特殊車両からぽーんと飛び出してきた紫兎に、楓子とランがちょうど鉢合わせた。
「ひゃあ…っ!」
「紫兎ちゃん!?」
二人の間を割って顔も合わせず、腕で涙を拭いながら紫兎はすごい速さでそのまま駆けて行ってしまった。
「どーしたのかな?」
「なんか、泣いてたね…」
「どーする?追いかけようか…」
「…どした?」
「…ぁ…雪音…」
「…五郎ちゃんの…馬鹿……」
当てもなく駆けて行った紫兎は、ひと気のないベンチに腰掛け。ぐすぐすと涙目を擦りながら、あのまま握っていた煌河石を両手に乗せてその心情を吐いた。
「…わたしは御子じゃない…そんなのもうわかってる…でも…」
「今宵のお月さんは、少し寂しそうだべ」
その声に、特に驚きはしなかったが。
久慈雪音がベンチの横でひとり佇んでいた。
空から探して追ってきてくれたのだろう。
雪音は遠き山の裾野から昇り始めた月を見つめていた。
上が大きく欠けた細い細い三日月を。
「…どうして…寂しそうなの?」
ぐすっと鼻を鳴らし、紫兎も同じようにその細い月に視線を移す。
「夜空に裂けた傷のように見えるべ…」
そうかもしれない、と紫兎も思った。
「…だども…優しく微笑んでいるようにも見える」
そう言われれば、そんな風にも見える。
ただ、今の紫兎にはその笑みがやっぱり寂しいものに映った。
「星もいっぱいで…ほんに綺麗だべ…」
雪音はそれ以上何も言わず。夜空を仰ぎながらその場に静かに佇んでいるだけだった。
紫兎も同じように満天の星空を…銀河を見上げる。
東京では決して見れない星辰の競演。
仙台に来てからまだ一度も、こうやって夜空を仰いだことはなかった。
あれは天の川?……ほんと、キレイ…
紫兎と雪音。
二人、静かに佇むその周囲で忘れていた唄を思い出したかのように虫たちの鈴音が鳴り始めていた。
さぁーっと心地よい夜風が紫兎の涙濡れた頬に優しく触れ、荒々しく波立っていた心を落ち着かせてくれる。
自然と紫兎は口を開いていた。
「…何で…わたし御子じゃないのかな?…どうして神使ノ獣は、わたしのところに来てくれないんだろ?…何が足りないのかな…」
「紫兎ちゃんは御子だべ」
「違うよ…わたし、御子じゃない。だってみんなと違うもの…」
「そうけ?…わたすには同じに見えるけんども」
「同じ?」
「んだ。何かを護りたいと強く願う気持ちは、わたすたちのそれと同じだべ」
「そんなの…誰にだって当てはまるよ」
そこまで言って、五郎の心配そうな顔が頭に浮かんだ。
父親として、紫兎を必死で守ろうとしてくれているだけ。そんなことはもうとっくに分かっていることだった。
……でも…
「紫兎ちゃんは、何を護りたいんだべ?」
変わらず雪音はまるで三日月に問うように。
「わたしは…」
わたしが護りたいモノ…
わたしが護りたい人…
不意に、神祓天の顔が浮かんだ。ある日突然現れて、ある日突然いなくなってしまった大切な大切な友達。
そうだった……
わたしは…
「わたしは…雪音ちゃんを護りたい」
意外なその答えに「ん?…」と雪音は紫兎の横顔を見やる。
そう…
わたしが護りたい人たち……それは……
「…それに楓子ちゃんも、ランちゃんも、瑠璃ちゃんだってそう。それに、紅葉ちゃん、けむりちゃん、埜乃ちゃん、みかんちゃん、乙葉ちゃん、彩乃さん、レイアちゃん、珊瑚ちゃん、みらいちゃん、縁ちゃん……」
夜空を彩る星たちの、その一つ一つを数えるように。
紫兎は50の御子を連ねてその名を呼ぶ。
「……舞子ちゃん、あずきちゃんも……みんな、みんな…」
御子たちの名を、ひとりひとり、大切そうに口にしながら。
紫兎は両手で包んでいた煌河石を満天の星空に捧げるように差し出していた。
ふわ…ふわ…と煌河石から舞う光の粒子が、紫兎の瞳に流星のように映る。
そうだった…
天さんが教えてくれたんだ、この気持ちを…
「わたしは…御子のみんなを護りたいの…ただそれだけ…」
あの日ーー
神祓天は帰ってこなかった。
読んで頂きましてありがとうございます。
次回、神祓天と引波紫兎のエピソード