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仙台青葉山鬼災から一夜明け。全国の報道各局は、昨夜からずっとこの災害に関するニュースを繰り広げていた。
夜通しの消火活動で火災はほぼ鎮火されたが、倒壊したビルでの救助活動は続行されていた。
そんな中、青葉山公園の大きな深穴にも注目が集まる。
「…特務0課は青葉山公園に開いた直径50メートル程の大きな穴、通称ゲートの調査のため、無人ドローンを降ろす準備に入った模様です…」
「ゲート?」
「わたしが名付けてみたの。ただの穴よりカッコイイでしょ?」
「いつの間に…」
これがその日の昼の五郎と紫兎の通信だった。
青葉山公園に開いた直径48mの巨大な深穴。
仕方なく正式にゲートと呼称され、その内部調査のため2機の無人ドローンが待機する。
それら円盤型ドローンは大型で、四方に張り出した円形のジャイロ軸を含めて2メートルほどもある。
言わば光の届かない深い縦のトンネル。それに対応にするため一夜で改造された。
GPSとカメラは標準だったが、LEDライトと深度計が搭載され。気温湿度ガス類を計測するセンサー、さらに煌河石を利用した穢れ感知センサーを追加装備。もちろん人の目の代わりとなるカメラは暗視赤外線タイプも載せられ、鬼魔ノ衆が映せるようにMFレンズが仕込まれた。
これらすべてが遠隔操作ができ、地上でモニタリングできるよう受信機器類が特0特殊車両にセッティングされた。
結局、なんだかんだで2機分の準備が整ったのは、その日の夕暮れになった。
「行けるか?」
特0司令室で引波五郎はドローン映像を投影するモニタースクリーンを見上げる。
「オールグリーン。行けます」
「よし、これよりゲート調査作戦開始とする。時間差でいこうか。アルファワン先行、デルタツーが追尾」
「了解。先行のアルファワン、出ます」
運搬車の荷台から大型ドローンがゆっくりと浮上し、ゲートの真上に飛行していく。
そのゲート付近に停められているバスタイプの特0の特殊車両は、言わば移動通信室なる仕様で、あらゆる電子機器が隙間もないほど車内に組み込まれていた。
ドローンオペレーターが二人。そして紫兎、楓子、雪音、ラン。
6人も入れば狭苦しい特殊車両の中で揃ってモニター画面に顔を寄せる。
追尾するかたちでデルタツーが、先行のアルファワンを映す。
「ヘンテコな形だべ」
岩手の御子、久慈雪音は、その切れ長の目を眇める。
冷静沈着でどちらかと言えば無口だが、その内には優しさと情熱を秘める。楓子と同じ17歳。
ショート黒髪。御子にしては珍しく、髪色も長さも変わらないタイプだ。
ただその瞳は柳色に変わる。
「そう?…カワイイじゃない」と伊達楓子。
有事の際に即時対応できるよう御子たちはすでに御子装束だった。
二つのオペレーター席にドローンを操作するスティックとモニター画面。
いちおう…
アルファワンオペレーター。
男性、27歳、独身、彼女なし。
デルタツーオペレーター。
男性、28歳、独身、彼女なし。
ただでさえ所狭しな特殊車両の中で、可愛らしい御子装束の女子高生たちがぐっと身を寄せ興味津々、ふわっといい香りを漂わせながらモニター画面を覗き込んでくるのだからたまらない。
オペレーターたちの肩や背に彼女たちの体の柔らかい部分が触れてきていたとしても、それはナイス不可抗力だ。
くぅ…
この状況はヤバすぎる…
何せ今や国民的アイドルグループ並みの、いやそれ以上の注目を集めるMFCの御子少女たち。
ドローンオペレーターたちは身を強張らせ、変な汗をかきながらそわそわと落ち着かない。
「アノ子たちが、あの穴に入るのね?」
北海道の御子、羽幌ラン。
もともと大人びてる16歳が御子になると、氷彩を放つような瞳に色変わりし、ふわふわロングの銀狐のような髪色になる。
セクシー担当…かどうかは、少なくとも本人にはその自覚はない。
アルファオペレーターの肩越しに無自覚にもほどがある、ぴたっと密着し、その横顔を氷彩の瞳で覗き込む。
「…えぇと…はい…ラン様、その通りです…アレがアノ穴に入ります…」
この会話だけでももう危険すぎる。
しかも…
当たってる…当たってます…ラン様…
ぁぁ生きてて、よかった…
「すごーい、それで動かすのね?…でも難しそう」
オペレーターの肩越しに頬を寄せるようにして、ランは操作スティックを興味深く眺める。
ちょ…ッ!…ラン様…近い…近すぎます…
いい匂いを鼻腔いっぱいに堪能しながらアルファオペレーターの額から変な汗がドッと噴き出てきた。
「動かすだけなら意外と簡単ですよ」
クスッと紫兎が代わりに答える。
「へぇ…紫兎ちゃん動かせるんだ、さすが」
「じゃあ、ランちゃんもちょっとやらせてもらう?」
「えっ!?いいの?」
横で聞いていた伊達楓子が。
「いいな…じゃあ、わたしはこっちの子で」
ヒ…ッ!
楓子に密着されたデルタオペレーターはガチガチに固まった。
…ぁ…ぁ…ぁ…楓子様…
そんなに押し付けられると…
そんなオペレーターたちの至福の動揺がそのままドローンに伝わったか。
ゲートの直上で機体がふらふらと不安定に揺れる。
「くぉらぁ!!!」
突然、五郎の怒鳴り声がスピーカーから轟く。
「きゃぁ!」と首を竦める御子たち。
「お前ら、遊びじゃないんだぞ!真面目にやれ!」
五郎の怒り顔がモニターからはみ出すほど大きく映っている。
「はーい、ごめんなさい」
御子たちが反省の声を揃え。
紫兎はペロッと舌を出す。
「まったく…」と…
司令室の五郎は呆れ顏で頭の後ろをポリポリと掻き。
その後ろで二條いちみは、いつものようにクククッ…と笑いを堪えていた。
気を取り直し、アルファオペレーターが告げる。
「アルファワン、降下開始します!」
先行するドローンが吸い込まれるように深穴に沈んでいく。
「…10……20……30…」
深度がモニタリングされ。
「よし、デルタツー追尾しろ」
「了解。デルタツー降下します」
デルタツーも穴の中に消える。
切り替えられた暗視カメラに、先行するアルファワンの中央に小さな白灯と左右を示す緑と赤のシグナルランプが並んで映っている。
「アルファワン降下速度そのまま。デルタツーもう少し詰めてくれ」
「了解。デルタツー速度上げます」
左手で下降スピードを調整する。
「…よし、その距離でキープ。両機そのまま下降してくれ」
「アルファワン了解」
「デルタツー了解」
そうしてしばらくドローンカメラの映像を誰もがじっと静かに見守る。
下方にヘッドライトを照らしているにも関わらず、先行するアルファワンからの映像は、故障しているのではないかと思えるほど、ただの暗闇だった。
温度センサーは8℃を示す。湿度は87%と高めだ。一酸化炭素や硫化水素など、毒性の強いガスへの反応は今のところ特にない。
「……600…………650………」
「……深いな…」
五郎が独り言ちる。
箱型鬼魔ノ衆が出現した穴だ。何が起こっても不思議じゃない。
が、ここまで深いとは誰もが予想していなかった。
「……800…………850………」
「…ドローンのリモート限界は?」
五郎の心配に、チーフの小日向は。
「通信限界は4000ですが、バッテリーを考えると2000…が限度と思われます」
つまり帰り路の分を残しておかなければならない。
「このまま何も無ければ1000でいったん止めてくれ」
「……900……950……せ…」
オペレーターがその1000メートルをカウントしようとした時だった。
突然、ピーーーー…というアラーム音が鳴り響いて、アルファワンの操作画面上に異常を示す赤色の警告表示が並んだ。
ーー何だ?!
「両機、下降停止!!」
五郎が声を張り上げた。
「アルファワン下降停止、了解」
「デルタツー下降停止、了解」
仙台から声が返る。
「どうした?…何があった?」
「アルファワンの映像信号がロストしてます」
司令室でモニタリングしていたオペレーターの八重瑞樹が告げる。
変わらず真っ暗だが、確かにアルファワンのモニターに《NO SIGNAL》の文字が浮かんでいた。
「仙台ユニットより司令室へ、映像信号だけじゃありません。アルファワン、全ての信号がロストしてます」
バックアップのモニタリングをしていた司令室のチーフオペレーター小日向が、こちらも同じく、と五郎に頷く。
「GPS信号も消えちゃってますね」
「…つまり……落ちたの?」
二條いちみはデルタツーのモニタースクリーンを凝視する。
そこに映っていたアルファワンの白灯と緑と赤のシグナルランプがどこにも見当たらない。
「アルファワンゆっくり上げてみてくれ」
「了解。アルファワン微速上昇します」
…が、それを上から見ているはずのデルタツーのモニター画面には何の変化も起こらない。
「やっぱり…どこか壊れて落ちたんじゃ…」
二條いちみは小日向を見やる。
「二條副司令、もし故障で落下しただけなら通信限界の4000までは深度をモニタリングできていたはずです」
「バッテリー切れは?」
「モニタリング上では十分残ってました。その線はないですね」
「じゃあ……どういうこと?」
「まあ、急ごしらえでしたからね。可能性は薄いですが、あり得るとしたら、動力系と電装系の同時故障。例えば、モーターと深度センサーが同時に御陀仏とか…」
「強力な電磁波とか?」
「あるいは、強力な磁場とか……あり得ますが、でもロスト直前のセンサー類には何も異常らしきものは見当たりませんでした」
「穢れ反応は?」
「ネガティヴ」
小日向も訳が分からない、と首を横に振る。
鬼魔ノ衆でもないとすれば…ではなぜ?
うーん…と五郎も腕を組む。
「デルタツー、その位置で待機」
「デルタツー了解。このまま待機モードに切り替えます」
デルタオペレーターは自動停泊モードにスイッチを入れ、ふぅ…とステックを手放しひと息入れた。
アルファオペレーターはステックを握ったままどうすればいいかわからない。
「まるで突然消えた…みたいね…」
羽幌ランが、アルファオペレーターの頭越しに呟く。
「はい、ラン様、まさにそんな感じでした」
うーーん…と紫兎も腕を組んで唸る。
落ちた、のではなく、消えた…
まるで何かに吸い込まれたように。
「瑠璃ちゃん、こっちに来れる?」
紫兎はMCリングに声を乗せ、ゲート付近で警戒にあたってくれていた栃木の御子を呼んだ。
「そうね…そういえば昨日からそこに瑠璃ちゃんがいたわね」
二條いちみは紫兎の行動に納得した。
特殊車両の扉がコンコンとノックされ、開いた扉から瑠璃がひょいと顔を覗かせた。
「わたしに御用ですか?」
栃木の御子、奈須ノ城瑠璃。
小柄で幼顔だが、れっきとした17歳の高校2年生。おっとりとした性格で、本の虫。学校では図書委員も務める。
御子装束は八汐躑躅のような薄い黄緑に白いグラデーション。セミロングな栗色の髪に、紫石英のように澄んだ瞳。
そう、奈須ノ城瑠璃は御子の中でも唯一特殊な目を持つ。
読んで頂きましてありがとうございます。