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日ノ御子戦記〜うさうた〜  作者: おはよう太郎
PR10 伊達楓子
18/47

PR10 (04)


 伊達楓子(だてふうこ)久慈雪音(くじせつね)羽幌(はぼろ)ラン、戦った3名の御子は休息を取ることとなり、特0(とくゼロ)東北支部仙台ユニットで用意された補給(しょくじ)を取らせてもらうことになった。

 文字通り青い鷹のモチーフが描かれた宮城サファイアホーク機に一緒に乗り込み。ヘリモードのまま青葉山公園を後にする。


「…ふぅ…お腹すいた……」

 楓子は緊張の糸が途切れた途端、激しい空腹を覚えた。


「楓子様、ご家族はご無事のようです」

 下の名に様づけで呼ばれることに慣れないけど、その情報網で家族の安否を告げられて楓子はホッとした。

 …と同時に親友たちの顔が浮かんだ。


 茜と亜希子は無事だったのだろうか?

 この混乱でスマホも通じない。


「ね、雪音、ランちゃん。少し寄り道したいの…ぇっと、一緒に来てくれる?」


「よかよか、なんぼでも付き合うべ」

「もちろん。わたしは全然かまわないわよ」


「楓子様、どちらへ?」


「宗ノ丘高校へお願いします」


 楓子の通う高校は市街地から外れていた。

 高台にあり、地震などの有事の災害避難所にも指定されている。

 もし(あかね)亜希子(あきこ)がいるとしたら、そこかもしれない、と当たりをつけてみた。


 バラバラとSTM 194のツインロータ音が機首を旋回し仙台市街の上空を通過する。被害の及んだその一帯は停電していて真っ黒い海のようだった。

 そこかしこで赤く明滅しているのは緊急車両の警告灯と、未だ消火しきれていない火災の色。


 楓子はその光景にグッ…と胸が締め付けられそうになって唇を噛む。


 いったい何人の人が亡くなったのだろう…?

 もっと早く、わたしが鬼魔ノ衆(きまのす)の邪気を察知していれば…

 そんな自責の念を抱え始める。

 わたしは…

 (まも)れなかった。せめて3つ目の攻撃だけでも防げたのではないか…?

 そんな後悔の念にも取り憑かれ、楓子の弱気の虫が騒ぎ始める。


 たぶん…わたしは、御子として失格なのかも…

 この地を、この街を、人々をーー

 守護する御子が、わたしなんかでいいのだろうか?

 もっと適役がいるのではないか?…と。


 ごめん…ごめんね…


 変わり果てた大好きな街を見下ろしながら、溢れ出す涙を抑えきれず。

 楓子は、「…ぅっ…ぅぅ…」と嗚咽(おえつ)を漏らし始めた。


 雪音は、楓子と同じように小窓から夜色より黒くなった市街地を見下ろしていた。

「ほんにひどい有り様(ありさま)だぁ…だども、楓子のおかげで救えた人もいたべ」


 楓子はボロボロと涙を(こぼ)しながら、うんうん、と頷き。

 今にも()れ出そうな泣き声をグッとその手で押さえていた。


「ほんに…一人でよく頑張ったなぁ」

「そうよ。楓子ちゃんは、宮城を護る立派な御子よ」


 雪音とランの、その言葉に。

 それまで抑え込んでいた感情が爆発した。


「…ううぅ…違う…わたしなんか……わたしが…もっと…」

 楓子はついに、ぐしゃぐしゃに泣きじゃくる。


 それでも、そっと肩に手を差し伸べてくれる雪音とランに。

 最後は(すが)りながら、わあわあ、と大声で泣き崩れた。


 ひと通り泣き尽くしたのを見計らって、付き添っていた特0の隊員が尋ねる。


「楓子様、そろそろ宗ノ丘高校です。どこに降りますか?」


「…ぁ…と、校庭に」


 いくつも篝火が焚かれている。

 それを頼りに、ほどなくSMT914がツインローター音を響かせ、着陸する。

 

「…何だ…?」

「ヘリ…?」

「いや、それより大きいぞ」

 大勢の、そこに避難していた人々が騒めき立つ。


 ライトグレーの機体に宮城県章と特0の文字とマークが視認でき。その目立つロゴマークは昨夜テレビで知ったばかりの紺碧の鷹(サファイアホーク)。宮城の御子の(しるし)


 その機体から御子装束が降りてくるのを見て、人々は驚きで顔を見合わせた。


「…おい、見ろ……」

「御子だ…3人も…」

 

 その先頭、…あれは、伊達楓子…


 御子が来た、とすぐに人づてに伝わり。怪我なく動ける人々は、その姿を一目見ようと校庭にぞろぞろと集まり始め。それがあっという間に楓子たちの周囲に大きなドーナツ状の人集(ひとだか)りとなる。


 自家発電を備える宗ノ城高校だが、消費電力をできるだけ抑えるためにだろう、灯る明かりは体育館内と職員室だけで。広い校庭は篝火だけで薄暗く、それぞれの手に懐中電灯(ハンドライト)を持つ人も多い。

 物々しい雰囲気を避けるためSTM194機の投光(ライト)は消されていた。


 楓子は、茜と亜希子の姿はないかとざっと見渡すが、一定の距離を保たれ、どの顔もよく見えない。

 

「…えっと…」

 仕方なく尋ねようと。すると…


「楓子!!」

 人集りをかき分け、小早川茜が駆け寄ってきた。


「…ぁ…茜!」


 ドン…とタックルするように抱きつかれ。その勢いに「きゃっ…」と腰と両膝を落としながらも、楓子はしっかりと茜を受け止めた。


「楓子~~っ…よかった~……わぁぁぁぁ、、、」

 

 楓子の胸に茜が顔を(うず)めて泣き(わめ)く。


「…茜……」


 ぁぁ…良かった…

 ちゃんと逃げていてくれた。


 遅れて駆け寄ってきた新庄亜希子も、そんな二人を見ながらぐすぐすと溢れる涙を腕でゴシゴシと拭っている。


「…亜希子も……」

 ほんと…無事でいてくれて…

「……ありがとう…」


 わあわあと子供のように泣きじゃくる茜の背をギュッと抱きしめながら、楓子は亜希子と頷き合った。


「……あの黒いヤツ……やっつけたんだね?」

 グスッ…と鼻をすすりながら、でも亜希子は笑顔で。


「うん…」

 でも楓子は笑えなかった。


 少し落ち着き始めた茜の耳元に囁く。

「茜も…無事でよかった…」

 

 その頭は、うん、うん、と頷きでしか返せない。


 親友たちの無事を確かめることができ、ホッと一息入れ。

 楓子は雪音とランを振り返り、ひとつ頷く。

 そして…

「ごめん、茜。わたし行くね……また…」


「嫌っ!」

 離れるのを恐れる茜が両腕に力を込める。


「…茜……」

 よほど恐かったのだろう…

 よほど心配だったのだろう…


 見かねた亜希子が茜の肩に手を置き、そっと声をかける。

「茜…もう大丈夫だよ。楓子はちゃんと戻ってきてくれた。だから楓子を離してあげて…ねっ?」


 うん、うん、と頷きながら茜の腕から力が抜けていく。


「亜希子、ありがと…」


 膝の砂を払い、そのまま立ち上がった楓子だったが。周りに集まった人々の表情(かお)を見るのが恐くて頭を上げられなかった。


 人々は、皆、神妙にして静かだった。

 誰も一言の声すら発しない。

 ーーそれが…

 無言の非難を浴びせられているように感じて、楓子は顔を伏せたままでいる。


 背後で待っていてくれた雪音とランに声をかける。

「お待たせ…行こっか…」


 二人とも何か言いたげだったが、何も言わずに、うん、と頷き返す。


 そのまま人々に背を向け、いったんは歩き出した楓子だったが。

 ピタリと足を止めた。


 これじゃダメだ……ちゃんと言わなきゃ…


「ん?どした?」

「楓子…?」

 急に立ち止まる楓子に雪音とランは振り返る。


「…わたし……」

 やっと真っ直ぐに顔を上げた。

「ちゃんと向き合ってくる…」


 ザッと(きびす)を返した楓子は、その足で人々の前まで戻っていく。

 するとその人集(ひとだか)りから、ざわざわと聞き取れない騒めきが起こる。


 何を言われているのか…怖い…

 でも…


 楓子は凛と背筋を伸ばし正面を見据えて立ち止まり、(つど)う人々のひとりひとりの顔を、その表情を、ゆっくりと見渡した。

 不安、悲しみ、恐れ、戸惑い、疲れ…そんな負の表情だけがここには並んでいるように見える。

 もちろん笑顔を浮かべている人など誰もいない。


「ぁ…あの……皆様……」

 おずおずと口を開く。


 ダメ、ちゃんと言わなきゃ……


 スッ…と素早く息を吸い、(おのれ)声音(こわね)に勇気を込める。

「皆様…初めまして。この地、宮城を鬼魔ノ衆(キマノス)から(まも)らさせて頂いています、御子の伊達楓子です。えっと…あの…鬼魔ノ衆は浄化されましたので、一先(ひとま)ずご安心下さい…」


 ジッ…と微動だにせず、御子の言葉に耳を傾ける人々。

 その心中では、守れなかったくせに何が御子だ、と唾を吐いているのかもしれない。

 楓子には、そう思えてしまう。


 …でも……


 いまだ炎に焼け黒煙が上がっている街の方を見やって、くっ…と唇を噛む。


「……でも…」

 楓子は言葉をつなぐ。

「……でも…わたしの……ごめんなさい……わたしの力が足りなくて……その…ほんとに……ごめん…なさ…ぃ…」

 最後はボロボロと涙が溢れ出し、込み上げる嗚咽でもう言葉にならなかった。


 …ぁ…? …ぇっ…?

 (むせ)び泣き、その華奢な肩を力なく震わせる御子の姿に唖然とする人々。

 ここにいる誰もが、あんな怖しい鬼魔ノ衆(バケモノ)に立ち向かってくれた御子に感謝する気持こそあれど、責める気持ちなど毛頭もなかった。

 人々はただ、初めて出会った御子にどんな態度で接すればよいか分からなかっただけで。

「…ぁ……あの…」

 見かねたひとりの青年が、泣きじゃくる御子に声をかけようとした時に、亜希子が声を上げた。


「楓子!泣かないで!…みんな知ってるよ。楓子が一生懸命わたしたちを守ってくれたこと」


 うん、うん、と人々は顔を見合わせて頷き合う。


「おう!そうだそうだ!何も楓子ちゃんが泣くことなんかねえっ!」

 いきなり、知らないおじさんが叫んだ。


「ちょっとあんた、守り神の御子さんに向かって、楓子ちゃん、だなんて…失礼よ」

 横にいた女房らしき女性がその旦那を(たしな)める。


「お?…ぁ…すまねぇ…つい…」


 クスクス…と笑い声が人集りから()れる。


「…ぁ…そんなの……別に……」

 …いいんです、と楓子が返そうとした時に、小さな女の子がひとり、人集りから歩み出てきた。


 母親だろう。「あゆみ!」と我が子を呼び止めようとしたが。まだ幼稚園ぐらいだろうか、小さなその背は止まらない。

 楓子の前まで歩み寄り、不思議そうな眼差(まなざ)しでその金色(こんじき)の瞳を見上げてくる。


「お姉ちゃん…」


「ん?…なぁに?」

 涙に濡れた目尻を指で拭いながら膝を折り、楓子は目線の高さを幼女に合わせる。


「お姉ちゃんは神様なの?」


「…ぇっ?…違うわ。神様なんかじゃない。あゆみちゃんと同じ女の子よ」


「…じゃぁ…楓子ちゃん、って呼んでもいいの?」


「うん、もちろんよ」


「じゃぁ、楓子ちゃん…どーしたら魔法が使えるようになるの?」


「魔法?」


「うん。楓子ちゃんは、お空を飛んだりできるでしょ?…あゆみも、お空を飛んでみたい」


「そうね…それは、あゆみちゃんがそう願っていれば、ひょっとしたら叶うかもね」


「ふーん…」と首を(かし)げる幼女。

 まだよく分からないらしい。


「ね?…ちょっとだけ、一緒に飛んでみる?…お空…」


「うん!…いいの!?」


 キラキラとした笑顔を見せる幼女に、再び母親が、「あゆみ!」と(たしな)めた。

 横にいた男性が口を挟む。

「まあ、いいじゃないか。御子さんも、ああ言ってくれてるし…なっ?楓子ちゃん」

 幼女の父親だろう、楓子に笑顔を向けた。


「はい」と、楓子も自然と笑顔で返す。


「もう、あなたまで……」

 あゆみの母親は呆れ顔で、でも微笑む。


 人々の表情が(やわ)らいできた。


「じゃ…あゆみちゃん、いくよ。しっかり捕まっててね」


「うん」と頷くあゆみを抱きかかえた楓子は、フワリ…と浮いた。


「おおっ…」「すげえ……」

 その様子を見上げて、人々から驚きの歓声が上がった。


 ゆっくりと夜空に上がっていく。遠くなる足元の地面を不思議そうに見下ろすあゆみに楓子は微笑む。


「怖くない?」


「うん、へーき…」


「じゃ、もう少し上にいくね」


 そう言って、スーッと高く100メートルほど上がったところでフワリと止まった。


「わぁ…お星がいっぱい…」

 そう嬉しそうに。

 あゆみは夜空に小さな手を伸ばす。


 皮肉にも街の灯りが消えてしまっていたので、天球の星辰(せいしん)がいっそう輝いて見えている。

 ーー救えた命…

 楓子は小さなあゆみを抱きかかえながら、雪音が言っていたその温もりを胸いっぱいに感じていた。


「あゆみも、楓子ちゃんみたいになりたいなぁ…」


「ふふっ…頑張ってね」


 一緒に満天の夜空を見上げる。

 楓子の頬に暖かい涙がホロホロと流れ、星々が(にじ)み輝いていた。


 知らなかった…

 わたしって、こんなに泣き虫だったんだ…



 雪音とランは微笑みながらその様子を下から見上げてた。

 すると、いつの間にか幼児たちが10人ほど二人の足元に集まってきていた。


「ねえ…お姉ちゃんたちも魔法が使えるの?」


 二人の御子装束のスカートをクイクイと引っ張りながら、無邪気に問いかけるちびっこたち。

 同じことをして欲しいということだ。

「ははっ…」

「ふふっ…」

 顔を見合わせて吹き出す。


「じゃあ、一人ずつ順番ね」

 羽幌ランは膝を折り、ちびっこたちにウインクを投げた。



 その頃、封鎖された青葉山公園内に乗り入れていた特0特殊車両の中で。

 紫兎は、司令本部の五郎と通信モニター越しに顔をつき合わせていた。


「それで?…紫兎、何か分かったことは?」


「深さは測定不能、穢れの反応も今のところなし。でも穴の大きさだけは分かったよ」

 紫兎は、投げやりな口調で腕を頭の後ろに組んだ。


「つまり、なーんにも分からんと言うことか…」

 五郎も投げやりに返す。


「ドローンを使いますか?」

 後ろで二條いちみが提案する。


「そうだな。確か仙台に1機あったな。十分か?紫兎」


「できればバックアップが欲しいところかも」


「わかった。ここから1機送る」


「改造も必要よ。必要と思われる機材をリストアップするから、取り付けてね」


「分かった。東雲(しののめ)にも声をかけておく」


「はーい、じゃあね」


「…紫兎?」


「ん?…何?」


「あ…いや、何でもない」


「変なの…じゃ、おやすみ、五郎ちゃん」


「…ああ、おやすみ」


 通信を切った引波五郎の神妙な横顔に、いちみが声をかける。

「どうしました?司令、てっきりお小言を言うもんだと…」


「何だか嫌な予感がする」


「嫌な予感?」


「あいつ、きっと良からぬことを考えている。そんな顔だった」


「紫兎ちゃんが、ですか?…どんな?」


「穴に潜ってみる、とか言い出しそうで恐い」


「まさか。さすがにそれは、ないんとちゃいますか?」


「だといいんだがな…」



 紫兎は、専用回線を使って特0司令室の研究ラボにつなげた。

東雲(しののめ)さん、紫兎です」


「おう紫兎ちゃん。そっちは大変そうだな。お疲れさん。で?…俺に何用かな?」


「ドローンと一緒に、アレを仙台に送って欲しいの」


「アレって、どれ?」


煌河石銃(テンガン)。ひょっとすればフィールドテストできるかも。2挺いけますか?」


「いいね。了解した」


読んで頂きましてありがとうございます。

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