PR10 (03)
広瀬川の上空で距離をとり、伊達楓子はその大きさに圧倒されそうになる。
モヤモヤした黒い球体の鬼魔ノ衆は少しずつ膨らんでいるように見えて、ざっと10階建てのビルぐらいの大きさはありそうだった。
そこからご挨拶程度に神起槌矛で魔光弾を放ってみるけど、手応えなく貫通して黒い球体に風穴を開けるだけでそれもすぐに塞がってしまう。
まるで雲を相手にしてるよう。
そうしていると、ニョキニョキと街を狙う次の黒い槍が生えてくる。
とにかく今は、街を、みんなを、守る。
ここでわたしが盾になる。
もう一つたりとも、お前の黒い槍を降らせはしない…
速度も大して速くなく軌道が読みやすい。
連続で発射されても、その軌道上に防御シールドを投げ置いておけば防げる。
ただし、狭角であればの話。
今のところ一方向、敵は市街地に執着してくれているようだけど。もし市街地の反対側の住宅街に向けて同時に発射されでもしたら、盾は間に合わないかもしれない。
そうして鬼魔ノ衆の黒い槍が打ち出される度に防御シールドの白き光円が空に花開き。当たると、槍ともどもパァンと弾け飛ぶ。
茜と亜希子の地上から見るそれは、まるで黄昏れた空に打ち上げられた花火の大輪のように見える。
音もなく、咲き乱れては儚く散る、静寂の華。
「…すごい……楓子……」
「さっ、君たちも早く…」
駆けつけた特0の隊員が茜と亜希子にも避難を促す。
それでも二人は藍桃色に染まり始める西の空から目が離せないでいる。
逃げ惑っていた街の人々も、いつしか足を止めて、魔法シールドの花火の乱舞に魅入っている。
楓子の姿はここから遠くてよく見えない。
だけどあの光の大輪は御子が…楓子がみんなを守るために作り出しているのだと分かる。
がんばれ楓子ーー
今はこうして祈ることしかできない。
けど、無事に戻ってきたら、いっぱい褒めていっぱい抱きしめてあげるから。
そう強く信じながら…
「…行こう、茜」
「…うん、そうだね」
茜と亜希子は、特0の幌トラックに乗せられ避難所へと向かった。
はぁ…っ…はぁ…はぁ…
楓子は息を切らし始めていた。
「こうも防戦一方っていうのも、けっこうツライところね…」
そんな不満を洩らしながらも、防御の円光を次々と作り、あらかじめ空に浮かせて並べておく。
まるでサッカーのPK戦。
守護神の名は伊達楓子。
御子の魔力は無限じゃない。
でも、それはヤツも同じはずで、そろそろ妖力も尽きてくる頃合いだと期待したいのだけど、その気配はない。
どちらが先に尽きるかの我慢比べ。
こちらからも攻撃に転じたいのだけど…
あの流体で形成されたような黒い球に、文字通り、闇雲に突っ込むだけでは無駄に魔力を消費するだけで、それでは街を守れない。
それにあの闇黒さは厄介だ。このままジリジリと夜になってしまえば黒い槍も視認しづらくなる。
どうすれば…
MCリングが菫色に光る。
「…楓子ちゃん、もっと距離を詰めてみて」
「えっ?…でも……」
それじゃあシールドが間に合わないんじゃ…?
「もっと近づいて、黒いトゲトゲが生える初動を叩けば間に合うはずです。真上から、そして楓子ちゃんの神起槌矛なら」
まるで見えているように言う。
伊達楓子の神起槌矛は、打撃用の頭槌部をワイヤーでつないだようにして柄と切り離すことができる。
ここまで両手で防御シールドのポジションを操っていたので、神ノ起具は一時的に封印していた。
が…紫兎のアドバイスで楓子にそのイメージが浮かんだ。
「うん、やってみる」
言ったそばから黒い槍の3連発。
だが、その軌道を先読み、防御シールドを空に浮かせて置いておく。
「よしっ…」
そうして楓子は一気に前方加速。
黒い禍球との距離を詰めながら神起槌矛を具現化する。
背後でパンパンと光輪が弾けたところで、真上から見てもやっぱり丸い。
ちょうどニョキニョキと、市街地とは反対の方向に黒い槍が3本、生え始めていた。
「させない!」
それを狙って神ノ起具を振り下ろす。
放たれた分節槌がその1本をまず破壊し、えいッ!、とそのまま振り子のように回し振って、続けざま2本3本と黒い槍を粉砕する。
ふー〜…あぶなかった…
今の槍は住宅街を狙っていた。
でも、ここからなら紫兎ちゃんの言う通り全方位をカバーできる。
!!
…っと…!
いきなり、黒い短剣ようなものが何本も。
楓子を狙って高速で飛んできた。
「…くっ……速い……」
そんな技、聞いてない…
咄嗟に片腕を盾に小さな防御シールドを張ったが、すり抜けたいくつかの剣先が腕や脚をかすめて切り傷をつけていく。
…くうっ!
流れる鮮血に。
「痛いじゃない!…もう怒った!」
神起槌矛を引き寄せながらぶん回し。遠心力で勢いをつけた分節槌を「ええぃ!」と上から叩き込む。
…が…やはり手応えがなく。スカッと空振りしたような感覚だけが手元に残る。
「…ほん…っと…イライラする…」
すると、黒い禍球の全方位に渡って次々と黒い槍が形成されていく。
まるで海栗だ。
ッ…!まずい…
そのまま神起槌矛をブンっ!と振り回し、棘のような突起を半時計回りに破壊していくのだが。
ダメ…全部は間に合わない…
市街地や住宅街の方向に向けられているモノの破壊を優先した。その結果、上方に放たれた黒い槍が楓子に襲いかかる。
邪魔な御子を排除しようと、まるでこれを狙っていたような鬼魔ノ衆の狡猾な攻撃。
…くっ……可愛くない!
防御シールドを張る間もなく、ガツッ!と神ノ起具の柄でまともに受け切った。
「む…ぐっ…」
その衝撃と推力ごと、楓子は空高く突き上げられていく。
こ…ここで…負けるわけにはいかない…んよっ…
ギリギリと歯を食いしばりながらパワーを神ノ起槌矛に込める。
ブワっ…楓子の全身から湧き立つ魔光の粒子。
「こんっ!のおぉぉぉぉぉ……」
強引に槌矛を押し戻すように振り切り、黒い槍を真っ二つに割り裂いた。
黒塵となって消し飛ぶ。
…が、フラッ…とバランスを崩した楓子は翼を折られた鳥のように落下していく。
立て直さなきゃ…
そう思うのだが、一気瞬間的に魔力を放出した反動なのか、上手く飛べない。
「よく一人で頑張ったべ、楓子」
雪音!…と思った時にはもう抱きかかえられていた。
「すまね、遅くなった。後は任してくんろ」
久慈雪音は、お隣の岩手の御子である。
見ると、北海道の羽幌ランまでいた。
「ハァイ、楓子、久し振り」
嗚呼…来てくれたんだ…
「楓子、まだ飛べるか?」
「うん、もう大丈夫…ありがと」
「じゃ、ちょっくらここで待っててくんろ。あの真っ黒なモヤモヤをランと二人で仕留めてくるべ」
雪音とラン。
二人の御子がジグザグに空中からダイブし、鬼魔ノ衆の直上から一気に畳み掛ける。
黒い禍球も暗器のような高速剣弾で応戦するが、左右からの同時波状攻撃には追いつけず。ザクザクと黒雲の殻が削られていく。
「…す…すごい」
特0司令室でモニターを見守っていたオペレーターたちから驚嘆の声が洩れる。
敵も苦し紛れか、市街地や住宅地に向けて黒い槍を放つが。
これを守備に回った楓子の防御シールドが阻止し、取りこぼしは神起槌矛で各個撃破する。
息の合った、三位一体の御子の攻撃と防御にーー
ついには黒い禍球の中から箱のようなモノが現れた。
ピラミッドを上下合わせたような角錐体。
2階建ての家ほどの大きさはある、どうやらコイツが鬼魔ノ衆の正体らしい。
一瞬、水玉模様?と思ったのは各辺に不気味な目が幾つも並んでいるのだと分かって。
その百目の気味悪さに、楓子はゾッ…とした。
「ホント…可愛くない…」
ずっと手応えがなかったのは本体に当たらなかったから。
でも…そうと分かれば…
楓子はブンっと分節槌を大きく引き寄せ。頭上に振り上げ、大きくブンブンと回転させ始めた。
柄と繋がれたワイヤーをさらに長く伸ばしていき、遠心力を最大限にしながら狙いを定める。
強大な一撃が来ると察したか、逃げ出そうとする丸裸の箱型の後方を雪音とランが逃さない。
「今度は外さないから…いッくわよ!」
一気に放たれた楓子の神起ノ槌がトルネードのような唸りをあげ。
箱型鬼魔ノ衆を豪快にぶち抜いた。
パリン!と脆い音を立てながら粉々になり、あとはあっけなく黒塵と化していく。
「やった…のか?」
司令室で引波五郎が身を乗り出す。
ザザ…と通信。
「特0司令本部へ、こちらパープルラビット。鬼魔ノ衆の殲滅を確認。穢れ反応は消えました。消火、救助活動をよろしくお願いします。ご安全に」
紫兎の澄まし声で。
「紫兎…?!…お前、また勝手にそんなところへ」
「五郎ちゃん、小言はまたあとでね」
…プツッ…
「くそっ…切りやがった…」
それを横で、くくくっ…といちみが噛み笑う。
仙台市に出現した鬼魔ノ衆は「箱型」と認定され。東京富士川厄災の鬼魔ノ衆の「白面」と区別される。
そしてこの一連は仙台青葉山鬼災と呼称され、ひと月に二度も、度重なる鬼魔ノ衆由来の厄災に人々は震撼せざるを得ない。
その浄化直後、伊達楓子、久慈雪音、羽幌ラン、の御子たちに加え、引波紫兎は青葉城址跡地にいた。
「ひえーっ…大っきい…」
箱型の出現地点。地面にぽっかりと直径で40メートルほどの大きな丸い深穴。
ヤツはどうやらここから現れたらしい。
陽は完全に落ち、夜の帳が下り始めていた。
周りでは消火活動と救助活動が全力を上げて行われている。消防車などの緊急車両の赤ライトが密集し、あちこちで大きな掛け声が上がる。
自家発電の投光機がいくつも点され、土産物屋の焼け跡から燻る異臭が鼻をつく物々しい状況下。
攻撃された市街地はさらに凄惨に違いなく、だが街一帯が停電し、この小高い山の公園からは方々で上がる赤い火の手しか今は見えない。
「…鎮め給へと…畏み、畏み申す」
紫兎を含めた御子たちと、東北支部仙台ユニットの特0から宮城サファイアホーク機で駆けつけた数名の結界師だけで、浄化の祈り、鎮魂を捧げ。
この地の御子、伊達楓子は「ふぅ…」とひとまず肩の力を抜き顔を上げた。
夕闇が落ちる時刻となり、その深穴に誰か誤って落ちてしまわないようぐるっとバリケードが囲われ。
効果があるかどうか、それでも無いよりはマシで、すでに結界師たちが二重、三重と結界の蓋を張った。
パープルラビット機と宮城サファイアホーク機、その2機のSMT914の投光を頼りに、御子たちは深穴の中を恐る恐る覗き込む。
「わぁ、すごいね…吸い込まれそう…」
紫兎が四つん這いになって、穴の縁から顔を出す。
うっかり落ちないか、いざとなったら飛べるランがハラハラとそのセーラー服の腰の後ろをしっかり掴んでいた。
「…ホント、底が見えない。真っ暗ね」
そのランも一緒になって両膝をつく。
「鬼魔ノ衆の巣…だべか?」
久慈雪音が可能性の一つを口にした。
「ええっ!?それは勘弁して欲しいな」
その横で、首をブンブンと振る伊達楓子。
あんなのが次々と湧いたらとんでもない。
「ん…でも、穢れの気配は感じられないですね」
紫兎は足元に転がっていた手頃な大きさの石をひとつ掴んで、その穴にポーンと放り込んで耳を傾けてみた。
他の御子たちも同じように、「んーー?」と耳に手を当てる。
しかしその不気味な深穴は石を呑み込んだまま何の返事も返さない。
「…かなりの深さね」
と羽幌ラン。
「うん…でも……」
何か聞こえるーー
風音のような…囁く声のような…
紫兎は耳を澄ませた。
「どした?」
雪音が紫兎の横顔を窺う。
どうやら三人の御子たちには何も聞こえていないようで。
空耳かな?…と思いながらも、紫兎はもう一度、漆黒の穴をジッと覗き込んでみた。
…が、その闇奥は不気味に沈黙し、もう何も聞こえてはこなかった。
「…ん…何でもない…」
もしもの事態。つまり、再び鬼魔ノ衆がこの深穴から出現するかもしれない、という有事に備え。特0の要請で常時2名の御子を付近に待機することとなり、ひとまずは厳戒体制。
本格的な調査は翌朝に持ち越された。
その日の夜警要員として来てもらった新潟の御子と栃木の御子に、その場を任せ。
戦ったばかりの伊達楓子、久慈雪音、羽幌ランの3名は、いったん休息とし。特0仙台支部へ補給を受けに。
MFC代表、引波紫兎はそのまま青葉山公園に残ることとなった。
読んで頂きましてありがとうございます。