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日ノ御子戦記〜うさうた〜  作者: おはよう太郎
PR10 伊達楓子
15/47

PR10 (01)


 伊達楓子(だて ふうこ)は困っていた。


 いつもの朝の通学バスで吊革に立って揺られていると、ちょうど前の座席で。

「昨日のテレビ見た?御子の」

「おー、見た見た。宮城の御子も…」

伊達楓子(だてふうこ)…だっけ?」


 同じ高校の男子生徒たちだ。夏服の白シャツの襟にその2本の青いラインは1年生で、話し声が大きく。

 楓子はドキッとする。


 とはいえ、アレは御子の姿で、髪色も青味を帯びた感じに変わってショートがロングに伸びているし、ちょっと大人びた感じだから、こうして彼らの目の前に当の本人がいたとしてもバレてはいないのだろうけど。


「あれが噂のマジキューボンだろ?」

「しかも(仮)とか笑える。俺、思わず吹き出しちゃったよ」

「だよな。誰だよ、あんなふざけたネーミング最初につけた奴?」

「知らねぇよ。でも本人も意外と気に入ってるんじゃね?じゃなきゃテレビで言わんだろ?」


 くっぅぅ…

 楓子は吊革を怒りで強く握り締める。


 マジキューボンって何!?

 それに…

 誰が…意外と気に入っているですって?!


 マジカルキューティーボンバー。何でも略されるこの世の風潮といったところか。

 ホント…誰が言い出したか知らないけれど、SNS上でそんな呼ばれ方が飛び交っていることを楓子は知っている。


 そもそも何なんよ!昨日のアレは!

 本名でかまわないって言ったけど、いったい誰よ!

 頼んでもいないのにそんな恥ずかしい通り名を並べたヤツは?


「…この宮城の御子さんの通り名?…マジカルキューティボンバーはとてもユニークですね?」


 昨日のテレビの美人アナウンサーの失笑気味な(さげす)みというか、憐れむような表情(かお)を思い返すだけで、今でもワナワナと怒りが込み上げてくる。


「…ああ…それは正式ではなくて、市民の間でそう呼ばれているらしいです」


 五郎さんも五郎さんだわ。そこはヘラヘラと乗っかるところじゃないのに。


「ああ…だから(仮)なのですね」


 あたり前よっ!

 正式にされたら、わたし御子やめるからッ!!


「…でも、あんなに可愛かったとか…マジでキュートで俺びびったわ」

「それな。スタイルもマジでキューボンっ!って感じで」

「ああ、だからマジキューボンか!」


 ウハハと笑う男子生徒の会話に引き戻され、別の意味でドキッとする。


 わたし…別に可愛くないし…


 楓子は容姿に自信が持てないタイプだった。

 ネガティヴ思考だと友達からもよく言われる。


「あー…楓子ちゃん、どこに行けば会えるんかな?」

「キマノスが出れば、助けに来てくれるんじゃね?」

「いや、それ怖えよ。ゴメンだな」


 土下座すれば、ま…助けてあげなくもないけど?

 

 停留所でバスが止まって、楓子の友人が二人乗り込んできた。


「おっはよ~!楓子ッ!」

 

 そのひとり、小早川(こばやかわ)(あかね)にいきなり背中をバンっと叩かれ。


「…きゃ…っ」

 楓子はビクッとなる。


「どーした?…楓子(ふうこ)…」


 その名を連呼する口を楓子は慌てて押さえ。

「んんーーっ…ふぅ…んんっー」

 (あかね)はモガモガと。


 逆に目立ってしまった。


 バスが動き出し。

「ごめんごめん、正義の味方に対して配慮が足りんかった」

 くくく…と笑いを堪えながら小声を返してくれるけど、反省の色はまったくないらしい。

 もうひとりの友人、新庄(しんじょう)亜希子(あきこ)はくすくすっと笑っただけで助かる。


 そのまま吊り革に並んでバスに揺られていると、前の男子生徒たちのヒソヒソ声が。


「…ちょ…フウコって…?」

「ホンモノ?」

「髪の長さとか違うけど…」

「変身するって言ってなかったか?」

「…マジ?」

「お前ちょっと訊いてみろよ?」

「え?俺?…無理無理」

「写メ、撮っちゃう?」

「馬鹿、それはやめとけ…」


 止める間もなかった。

「ちょっと、あんたたち!」

 小早川茜が男子生徒たちに向けてビシッと指差し。

「御子さんの無断撮影は禁止よ!」


「…ちょ、ちょっと…茜っ!」

 慌てる楓子。

 それじゃこちらから正体を明かしていることになる。


 えっ…?

 言葉をなくして唖然と見上げるのは何も男子生徒ばかりではない。バスの乗客の視線が全部、ザッ!と楓子に突き刺さり。


 う…っ…

 いきなり注目を浴びるかたちとなって、石のように固まる。


「…て…ことは…?」

「ホンモノ?…ぁ…ですか?」


 楓子たちの白ブラウスのリボンの緑色を見て、2年の先輩とわかって男子生徒は一応敬語になる。

 

 ふふん…とドヤ顔の小早川茜。

「そうよ。よく聞け後輩ども。ここにおわす方は、宮城を守るスーパーヒーロー、その名も伊達ふ…」


 そこで楓子は茜の喉を絞め上げるスリーパーホールドを決めていた。

 

「うっ…んっ…んんんーーーッ!」

 ギブ…ギブ…と茜は楓子の腕をバンバンと叩く。


 その肩越しから楓子は男子生徒に。

「あ…この子ちょっと病気なの、気にしないで…」


「で…でも、その人が…」

 食い下がる。


「あー…それはきっと聞き間違いね…じゃあ!」


 そこでバスがちょうど停留所で止まり。開いたドアから茜ごと引きずり降ろすかたちで、3人逃げるようにしてバスから降りてしまった。

 学校まで2つ前の停留所なのに。


「もう…茜!」


「…げ……ゲホ…ゲホ…ご…ごめんって…」

 茜は解放され、涙目にヒューっと喉でむせ返る。


 そんな二人の様子に亜希子はクククッとお腹を抱え、笑い涙を指で拭っていた。


「亜希子も笑いすぎ!」


「…ご…ごめん、んっふふっ…で…でも、む、無理っ!」


「もう!…行くっ!」

 プンと膨れっ面で、楓子は友人たちを置いてさっさと歩き出し。

「あ、待って…楓子!」

「許して~」

 笑いながらも、二人はその背を追いかける。


 追いついた茜は楓子の横で。

「ごめん、ごめん…でもあたし決めたんだ」


「はぁ?…決めたって、何を?」


「昨日のテレビ見てて思ったんだ。楓子が御子さんで宮城を守るなら、わたしは楓子を守るッ!てね」


「さすが女子空手部主将、頼もしいね」

 亜希子が煽る。


「だから楓子、機嫌直して…ねっ?」


「…もう…しょうがないなぁ…」

 そう言いながらも、楓子はちょっと嬉しくて。


 実のところかなり不安だった。

 自分が御子だと知られて、友人たちの態度も変わってしまうんじゃないか…と。

 昨夜のテレビの後で、誰もLINEを送ってきてくれなかったのも(こた)えていた。このまま距離を置かれてしまうんじゃないか…と。

 でも、こうしてーー

 親友たちの、これまでと変わりない態度に。そして自分を守ってくれるとまで言ってくれるその優しさに。

 不意に、つーーっ…と目尻から涙が(こぼ)れ。

「……えっ?」

 楓子自身も驚いた。


「ちょっ!…楓子、泣いてるの?」

「そんなに嬉しかった?」


「もう…!バカ!…急いで、走るわよ」


 坂を駆け上がった校門で、レールに横引きの鉄の柵門がちょうど閉められるところだった。

 ん?…と生活指導の善田先生は。

 

「コラ、遅いぞ!お前らアウトだ」


「エエェ〜…」

 ゼーゼー…と息を切らし、3人とも汗だくだ。


「おっ?伊達…昨日のテレビ見たぞ。空を飛べば間に合ったんじゃないか?」


「もう…先生まで!」


「ハハッ…悪い悪い。御子さんといえどアウトだ。だが伊達、先生も応援してるぞ」


 何というか…

 楓子の心配を他所に、周囲は、御子の楓子をあっけなく受け入れてくれているようだった。


 クラスの違う茜たちと別れ、それでも心細くなりながらも駆け足で教室に入るとホームルームが始まるところだった。

「伊達さん、遅刻よ。早く席に着いて」

 くいっと眼鏡で、担任の嶌咲先生もいつもと変わらず厳しい口調。

「おはよー、楓子」と小声でクラスメイトたちはいつもと変わらずに挨拶を投げてくれる。

「うん、おはよー」

 そっと、いつものようにそう返す。


 伊達楓子はホッとしていた。


 窓際の一番後ろの自分の席で窓の外を眺め、そんな昨日までと変わらない日常の風景に。

 全ては、ネガティヴ思考からくる杞憂(きゆう)だったようで。


 ただ、いつもより視線を感じるような気がする。

 ほら、また…

 ちらっとクラスメイトの2、3人が楓子に振り返るのは気のせいか。


 わたし…自意識過剰かな…


 ぼんやりしているとホームルームが終わり。担任は昨日のテレビのことには何も触れず、でも最後に。

「…ぁ…伊達さん、放課後職員室まで来てちょうだい」とだけ。


 やっぱ、そうなるよね…

 

 御子になってこれまで浄化活動?は週に一度あるかどうか、その大半が夕暮れから深夜にかけてで、特に授業を長く抜け出すほどの緊急事態も覚えがない。トイレに行くと嘘をついて、さっと抜け出しさっさと終わらせて、何食わぬ顔で戻ってこれた。


 でも、もし…

 東京駅に出現()たようなあんな恐ろしい鬼魔ノ衆(キマノス)宮城(ここ)に現れたとしたらーー


 そんな考えに耽っていると。

「ふーうこ…」

 机の周りにクラスメイトたちが集まってきていてビクッと驚いた。

「きゃっ!…どした?」


「どした?じゃなか…フフフッ、見たで~、昨日のテレビ」

「ほんに驚いた。楓子が御子さんやったなんて」

「すごか…」


「えっ…あ…ええと……」


 一気に詰め寄られて質問責めにあう。

「なあなあ、空飛べるんか?」

「楓子もパァっと光が?」

「変身するってマジか?」


 そ…そんなに一度に訊かれても…


「おーい、席に着け」

 ガラッと扉に入って来た1限目の英語の先生の声に助けられた。


 伊達楓子は考え事をしていた。


 授業中。

 ぼんやりと窓の外を眺めながら、東京駅そして富士川へと続いた御子仲間の戦いを思い起こしていた。


 舞子ちゃんも、みかんちゃんも、紅葉ちゃんも…他のみんなもすごかったなぁ…

 あんな大きくて恐ろしい鬼魔ノ衆(バケモノ)に立ち向かって。


 もちろん楓子もこの半年ほど、この地、宮城を護ってきてはいるのだが。眼が赤く可愛くない野犬のような鬼魔ノ衆を、せいぜい一度に5鬼も相手にすれば多い方で。アレほどの怪物と対峙したことはなかった。

 もし、そうなったらーー

 わたしでも、あんな風にできるのかな?

 

 ネガティヴ思考がスパイラルを始める。

 そして自分でも気づかず。

「やっぱ、無理…」と声に出してしまっていた。


 黒板に向かっていた英語の教師のチョークが、カッ…と止まり。

「おっ、伊達、どーした?…なんとかボンバーの出動か?」


「えっ?…あ……違います…」


 カァッ…と真っ赤になる楓子を、クラスの皆がドッと笑う。


 もうっ!!

 このまま空を飛んで、逃げ出したい気分にもなる。


 そして…放課後。

 伊達楓子は疲れ果てていた。


 1日中クラスメイトの質問責めに、どこに行っても注目を浴び、最後の職員室では校長をはじめずらっと先生方に囲まれた。


「…まあつまり、色々と上からの通達もありまして。君の…えっと何だ…浄化活動?…に学校側としても便宜をはかれということです」


「…す…すみません」


「なに、君が気にすることはないですぞ。我が校に御子さんがいるなんて栄誉なことです。せっかくですからそれで垂幕(たれまく)でも作ろうと思うのですが…」


 って…

 よくある、校舎の屋上から垂らす〈祝インターハイ出場!〉とかいうやつだろうか。


「ずばり、マジカルキューティーボンバー見参!で良ろしいですか?」


「却下です!」


 そうして楓子は帰路につく。

 はぁ…

 もう…何なんよ、これ…


 変わらず人として接してくれるのはありがたい、けれど1日終えてみれば全然いつもと違う扱いだ。


「どした?楓子…やつれた顔しとるよ」

「有名人は大変ですな」

 校門を出たところで茜と亜希子だ。待っててくれたのだろう。

 

「ん、もう!…二人とも、他人事(ひとごと)やと思って」


「ごめんごめん」

「でも楓子からかうと面白いし」


「はぁー…もう怒る気も起きん」


「いつものとこ寄ってく?…ずんだシェーク」

「そのあと気晴らしにカラオケでも?」


「うーん…」

 街中に繰り出す気分じゃなかった。


「何か用事でも?」


「んー…でもほら、トマトの収穫が…」


 楓子の趣味は農作業で、お小遣いで畑をレンタルしていたりする。


「用はないのね。ほら行こ!」

「うん、行こ!」

 親友二人にがっつり両腕を組まれ。

「きゃ…っ!…ちょ…ちょっと…トマトがぁ〜」


 そうして仙台駅近くのいつもの甘味処に連れて行かれ。

 結局いつものように三人で、いつものずんだシェークをストローでつつきながら、今日の出来事(トーク)に花を咲かせる。


「あははっ…それは楓子が、もともと人気者だからよ」

「そうそう。楓子が可愛いから、ついついちょっかい出したくなるの」


「うーん…でも、わたし可愛くないし…」

 ズズ…っ…とシェークカップの底を啜り。


「でも、楓子が魔法少女だったなんてね〜」


「魔法少女?」

 何それ?…と楓子は顔を上げる。


「あれっ、知らんの?…みんなそう呼んでるよ。ねっ?亜希子」

「うん、御子って呼び方より可愛いね」


「うっ…そうなんだ…」

 それは知らなかった…


「で?…どーして楓子が御子やってるの?」


 それはクラスメイトにも散々訊かれて、でも曖昧に濁した。

 この二人には本当のことを知っておいて欲しいのもある。

 けど…

 どこまで言っちゃっていいのかな…?


 楓子は、甘味処(スイーツショップ)の店内で今もフワフワと浮いている神使ノ獣(しんしじゅう)のホー君をチラッと見上げる。

 太った鷹のような…

 たまにしか喋らない無口で。名が無いというので、楓子がわりとテキトーにつけた。


 神使ノ獣(しんしじゅう)の存在は、はっきりと世間には公表されていない。

 昨日のインタビューで引波五郎は単に神使(しんし)という言葉を使ったが、人々にはそれがどんなものか想像すら出来てないはずで。

 そして御子にしか()えない神使ノ獣は、開発されたばかりのMFレンズを通してもその姿を見ることも写すこともできなかった。


 いきなり虚空に目を向ける楓子の奇妙な仕草に、茜は落ち着きなく。

「えっ?えっ?…何?楓子、何かいるの?キノマスとか?」


「あ、ううん。何でもない…でも…」

 

 ふふっ…んふふふっ…

 楓子はいきなり笑い出す。


 鬼魔ノ衆(バケモノ)と間違えられたことに心外とばかり、ホー君がプリプリと怒り始めている様子が可笑しくて。


「ん…もう。楓子がキョロキョロすると、シャレにならん」


「あははっ、ごめんごめん。でも…茜、怖がり過ぎ。そんなんでわたしを守れるの?」


「うっ…」


「でも、楓子。やっといつもみたいに笑ったね」

 亜希子がニヤニヤする。


「…あ……」

 そっか、そう言われてみれば。

 わたし、今日初めて素で笑ったかも…


 親友たちがいつも通りでいてくれるだけでなく、気も遣ってくれていたんだ、とわかり。

 楓子は、ホロっとした。


「あれ?…何の話だった?」

 茜は、ずんだシェークのストローを抜いてペロッと舐める。


 亜希子が話を戻す。

「楓子がどーして御子になったのか?って話し」


「ん〜…まあ…色々と事情があってね…」


 楓子は回想する。

 あれは2年生に上がる直前の春休み、種蒔きの季節とあって趣味のレンタル畑で農作業中だった。

 黄昏れる夕暮れに、ふぅ…と腰を上げ。もうこんな時間かと家に帰ろうとした時に、牛のような馬のような、はたまた熊のような見たこともない異形の怪物が突然(もや)のように現れた。

 アレは…

 文字通り、逢魔(おうま)(とき)に黒く陽炎立つような禍々しさだった。

 ひ…ッ!と身が竦むのが精一杯、じりっ…と足が半歩下がっただけ。ソレが何か?どこから現れたのか…考える余裕もなく、だだ、襲われるーーとだけわかった。

 せっかく蒔いた野菜の種や埋めた根菜もその豊穣を見ることなく、無惨に喰われ、殺される…とも。


 そんな時にいきなり翼を忙しそうに羽ばたく太った鷹が目の前に現れて、なんと…喋った。

「死ぬか?戦うか?」って問われてーー

 そりゃ、その二択なら戦うしかないわよね…

 ずるい。

「はぁー…」


「ほらほら、また溜息ついてる」


「…あっ、ごめん…」


「で?…どんな事情?」


 言うなれば。

「神様の事情…かな?…実は半年ぐらい前から気がついたらこうなってて…授かったというか…どうしてわたし?ってわたしも言いたい!」


 楓子はシェークのカップをペキッと握りつぶし。


「…まあまあ、楓子…落ち着いて」

「でも、悪い組織とかに捕まって改造されたとかじゃないんよね?」

「亜希子…それ、どんな仮面ライダーなんよ?」

「なんそれ…ひどい…」


 それを三人で笑う。

 

「…でもね、ずっとあるわけじゃないんよ、この力。大人になると消えちゃうらしいし」


「ぁぁ…テレビでもそう言ってたね…ということは、楓子はまだ大人じゃないんだ」

 ぬふふふっ…と意味深な目つきでニヤニヤする友人たちに、楓子はカァと耳まで赤くなる。


「もう!そーいう意味じゃない!」


「きゃあ、ごめんごめん」

 キャッ…キャッ…と茜も亜希子もこういう話題になると楽しそうだ。


 ぁ…でも、そーなのかな?

 今度いちみさんに訊いてみよう、と楓子は密かに思ったりする。


 話題が東京富士川厄災へと流れる。

「……でも、カッコよかったよね、あの広島の魔法少女…紅葉(もみじ)って名前も可愛いし」


「どうせわたしのは可愛くないわよ」


「マジカルキューティーボンバー?…わたしはイイとおもうな」


「亜希子、見事な棒読みね」

 じろっと楓子は睨み。


「ええと…わたしは、長野の御子さんが素敵だなって、思った」


「ノノちゃんね、御子姿じゃなくても美人よ」


「きゃあッ!ノノちゃんって言うの?可愛い!…いいな、いいな、わたしにも紹介して。ね?楓子」


「はいはい、次の旅行は長野で決まりね」


「ねえねえ、楓子もあんなことできるんだよね?…空飛んだり、こう、パーっと光を出したり…」


 茜が割り込み、少年のような純真な瞳をキラキラさせる。女子空手部主将なのだから格闘話(バトルストーリー)は大好きだ。


 こうしていつもの甘味処でいつもの友人たちと過ごしていると、まるでいつものアニメかアイドルの話しをしているみたいだった。

 結局、実感のない映像の中の断片しか伝わらないのだ、と楓子は思った。

 でもそれは、別に茜や亜希子たちのせいじゃない。


「う…うーん…まあね」


「きゃあ、すごーい」


「でも…」

 …でも、わたしもあんなふうに戦えるのかな?


 また同じ自問自答を繰り返しながら、あのお国の大人たちと会合でリングを通して聞いた引波紫兎の言葉が頭に浮かんだ。


 ーー神使ノ獣が選んだ者が御子になるのではなく、御子の本質を持った者だけが神使ノ獣に選ばれるーー


 こんなわたしにーー御子の本質ーーなんてあるのかな…?


 なりたくて御子になったのでもない。

 たまたま偶然のような気もする。


 そんな思考に楓子が沈んでいると、急に、茜が小声になる。

「…ねっ?…さっきからちょっと視線を感じない?」


 それもそう…

「茜も亜希子も、声が大きすぎなんよ」


 店内にいた他の客たちが楓子たちのテーブルにチラチラと視線を飛ばしてくる。

 聞き耳を立てる必要もなく。


「…御子さんらしいぞ……」

「…ぇ…そうなの?」

「ほら昨日、テレビでやってた…」

「あの子が?」

「…普通の女子高生じゃない……」

 

 カワイイ…と単語も聞こえて、楓子は顔を真っ赤にして俯く。


「…楓子、何照れてんのよ。これぐらいの注目に慣れとかんと、この先やってけんよ」

「そうそう…ほら、笑顔でご挨拶」


 そ…それは一理ある…かも…


「そ…そうね…」

 意を決して顔を上げ、引き攣る頬でニコッと笑顔を振りまいてみたけどーー

 ジッと突き刺さる視線にすぐに()をあげてしまい、再びきゅうと(しお)れて顔を伏せた。


「…ダメ…やっぱ、無理…っ…」


 !?…

 …とその時。


 楓子の背から首筋にゾクッ!と嫌な悪寒が走った。

 ーーこの気配…

 それも、これまで感じたことのない強烈な邪気。


 …どこ?


 突然、ガタッ!と椅子から立ち上った楓子の険しい表情に。

「えっ?…ちょっと…」と親友の二人が身構える。


 いきなりだった。

 ーーーズズズズンッ!!!

 地鳴る振動が重く店内を揺らし。

「ひゃあ…ッ!」

 三人のずんだシェークの空カップがテーブルから吹き飛ぶように転がり落ちた。


 地震か…

 あるいは何かが爆発したような振動に、店内は騒然となる。

「きゃぁ!」

 女性客の悲鳴。

「なっ…何だ?!地震?」

 男性客の慌てよう。


 ーー違う…

「…地震じゃない」


「ちょ…楓子!どこへ…」

「…危ないよ!」


 二人の声を置き去りに店を飛び出した楓子は、邪気の気配のする方へ駆け出していた。

 駅ビルの広場、その陸橋なる手すりに阻まれたところで市街地を望み、そして見た。


 …何?……アレ…?


 広瀬川を越えて遠くに見える青葉山公園の方角、その小高い山の上に真っ黒な球状のモノが浮いている。

 禍々(まがまが)しくもモヤモヤと。

 まるで黒焔(こくえん)が燃え盛っているようにも見えるソレは…

 ちょうど青葉城址がある辺りで、火事だろうか…灰色の煙も立ち昇っている。


 …アレは何…?


 鬼魔ノ衆(キマノス)…なの?

 うそ…あんなの見たことない…あんな…大きな…


 青葉山公園に浮遊する真っ黒な怪異。


 遠目に浮かぶそれは、数キロ離れたここから測って見てもその巨大さがわかる。


「ヤバい…ヤバい…」

「なんか飛んできたぞ!」

「逃げろ…!」


 もう揺れはなく、でも街を行き交う人々が大声で叫んで騒がしい。

 

 楓子もつられてその方向を見ると、市街地の右手の方で高いビルから黒煙が太く立ち昇っている。


 …あれも火事?

 いったい、何が起こっているの…


 すると…

 再びゾクッ!…と空気を歪ませるような邪の気配が高まる。

 その発信源と思われる青葉山に楓子は視線を戻すと、黒焔なる不気味な球体から音もなく、何か大きな槍のようなモノが発射されるのを目にした。

 ソレは目で追えるほどの緩やかな弧を空に描きながら、どんどんとこちらに近づいて来る。

 

 楓子は一歩も動けず。

 その黒い尖りをただ目で追っていると…


 左手の市街地へ、そのビル群に着弾した。

 ドンッ!!


 …なっ!!!


 まるでミサイル。

 直撃を食らったビルのひとつがガラガラと音を立てて崩れ落ちていき。

 ビリビリと震える空気が遅れて、ゴゴゴ…と石畳の歩道を揺らす地響きがさらに遅れて楓子の靴裏に伝わってきた。


「楓子っ!!」

「…何あれ?…何なの!?」


 楓子に追いついた茜と亜希子が息を切らし、絶叫する。


「二人とも逃げて!!」


「逃げるってどこに?…どこに逃げればいいのよ!!」


「とにかく走って!!出来るだけ遠くへ!!」


「…楓子は?…もしかして戦うの?…あんなの無理だよ!一緒に逃げようよ、早く!!」

 パニックを起こす茜は楓子の腕を強く取る。


 …あっ……


 黒焔の球体からの新たな黒槍がもうそこまで、これもミサイルのように今度は楓子たちの頭上を通り越し。ちょうど背後の高いビルを貫通した。


 ズズッズン!!!

 いっそう地面が大きく揺れ。

 きゃあぁーーっ!と悲鳴を上げる茜と亜希子は、頭を抱えて路上にへたり込んだ。


 大穴を空けられたビルの壁面がボロボロになって剥がれ落ち、コンクリートの塊が崩れる始め、割れたガラスとともに地上に降り注ぎ。それら全てが硬い凶器と化して運悪く直下にいた人々を潰していく。

 いくつもの窓から赤い炎が上がり、その煙がもう立ち昇り始めている。


 悲鳴をあげ、右往左往しながら逃げ惑う人々。


 倒れ伏せて動かない人からの血だまりがアスファルトに広がり。

 成すすべなく石畳にうずくまる女性。

 そして悲鳴すら上げることもできずに、茫然と立ちすくむ子供たち。


 ーーー(もり)(みやこ)が燃える。


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