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東京駅から富士川へと続いた一連の鬼魔ノ衆災害は、東京富士川鬼災と呼ばれ、その報道は一夜明けてさらに過熱の一途をたどる。
これまでの鬼魔ノ衆関連の事件報道との最大の違いは、やはりーー映像ーー。
政府はその公開に踏み切った。
一般公開用にカット編集されているが、各メディアにデータ送信され。それが昨夜から緊急特番を組んだ放送各局で何度も飽きるほど繰り返し流されている。
加えて、動画サイトにも政府公認動画がアップロードされ、全世界に配信されることとなった。
新幹線にびっしり張り付く蟲鬼の、その悍ましさ。
特撮怪獣映画さながらの長い節触手を振り回す能面の鬼魔ノ衆の、その異様さ。
それがーー視え。
人々はやっとそれを認め、そして衝撃を受け、今そこにある危機を本当の意味で思い知ることになった。
死者、行方不明者、合わせて545人。重軽傷者1300人以上。
そんな具体的な数字を見て聞いて、各々の秤にかけ、その脅威の大きさを大災害レベルだと実感しながら。
と同時に、それを上回るほどの注目を浴びたのが、御子の存在だ。
鳥のように空中を自在に飛び回り、蝶のように鮮やかに舞い攻撃を躱す。
剣か槍のような武器から閃光を放ち、稲妻や光の渦さえ落とす。
特に圧巻だったのは、走る能面新幹線をまるでバットで打ち返すように止めてしまった光景で。まさか新幹線が遠州灘を背景に虹のようなアーチを描くなど、誰もが目を疑った。
どれもこれも遠目からの映像とはいえ、ハリウッドで制作されたアクション映画と見紛うほどの迫力で、人々の心を鷲掴みにした。
国中その話題で持ちきりとなり、もちろんSNSやネット上でも大騒ぎになっていた。
「キマノスってマジ怖えよな?」
「それより御子だろ、マジ空飛んでたぞ」
若者が街のハンバーガーショップで顔を寄せ合い、スマホで動画を飽きることなくリピートしている。
「スゲェよな…これって女の子だろ?」
「どの子もアイドルみたいに超絶可愛いって…見ろよ、トレンド独占してるぜ…」
「もっとアップの動画流れてないかな…」
「あと30分早ければ俺も東京駅にいたんだけどなぁ…残念」
「でもなんでこんな衣装で戦ってるんだろ?」
ヒラヒラのスカートだし…
「さあ?…そういうユニフォーム?」
謎は深まるばかりで。
鬼災から1週間経っても、御子に魅了された人々の語り口は止まらない。メディアもこぞって御子を取り上げ、にわかコメンテーターがしたり顔で御子を語る。
そうして噂が噂を呼び、AIロボット説や宇宙人説まで。
とにかく…
どこもかしこも御子、御子、御子。
だが一方、現実に目を向けると。
経済市場では鬼災不安の影響を受け、東京株式市場の平均株価は大急落した。
事実、東海道新幹線のホームは無残に破壊され。決戦となった三島市付近の線路は使用不能になった。
それでも東海道新幹線が7日で仮復旧を果たしたのは凄い。品川駅発着とし、小田原駅と静岡駅の間の在来線を増やし、乗り継ぎバスを運行させるという暫定措置だったのだが。運行本数は従来の3割ほど、ほぼ空席という状況だった。
鬼災不安の影響は何も新幹線だけにとどまらない。
海外からの旅行者は途絶え。国内の飛行機、在来線、バスの旅行ですら軒並みキャンセルされ、人々は外出を控える。都心部を中心に多くの学校は休校となり。水やトイレットペーパーなど過剰な買い占めに店舗の棚は空になる。
そんな危機的な状況においては、不安を煽るより希望的な話題を提供した方が良い。
そう判断した政府は、直ちに施策を打ち出し始めた。
その一つが、魔除け札。
鬼魔ノ衆の取り憑き防止として、電車、バスなどの公共の乗り物に結界となるお札をーー装備するーーと発表した。
眉唾ものだ。千歩譲って効果があったとして、その実証を積み重ねるには時間がかかり過ぎる。
その煽りを受けたのが各地の神社や寺院で、信じる信じないは別として、お札や御守りが飛ぶように売れた。
さらに政府は、より速攻的な効果を期待して、世間の注目が集まる御子の情報を開示することに決めた。
東京富士川鬼災から2週間。
全国生放送のTVニューススタジオで、緊張した面持ちの公安部特務0課司令長官の引波五郎は、美人女子アナからインタビューを受けていた。
「…これは当初から公式に発表されていたことですが、現在、我々、公安部特務0課と御子は、MFCという御子コミュニティを通じて相互支援の関係にあります」
キリッ…とカメラ目線で決める五郎は、昨夜鏡の前で散々練習を重ねてから、この生放送に挑んでいた。
「つまり御子さんたちは、公的には政府のどの組織や機関にも所属していない、という事ですね?」
「はい。そういうことになります」
キリッ…
「…では次に、こちらの映像について、引波さんに幾つか伺っていきたいと思います」
東京駅に出現した2種の鬼魔ノ衆の静止画像がモニターに映し出された。
美人女子アナが続ける。
「これまで鬼魔ノ衆に関連する事件がいくつかありました。これ程の数と、これ程の大きさのモノが出現したことは過去にありましたか?」
「これ程の数が同時刻同場所に現れたというのは、私の知る限り初めてのことだと思います。あと、必ずしも大きさイコール強さではないのですが、建物を破壊するほどのモノとなると…昨年の代々木運動場の例がありますね」
キリッ…
「その代々木運動場の時も、つまり御子さんが鬼魔ノ衆と戦っていたのでしょうか?」
「はい、その時は3人の御子が対処した、と聞き及んでいます。ただ、その時点では我々も、対処した御子の存在を掴め切れていませんでした」
キリッ…
モニターが東京駅上空を飛ぶ御子の映像に切り替わる。
「東京駅上空のこの映像では3人の御子さんが確認できます。この映像以外にも、他に3人の御子さんが駅周辺で目撃されているようですが、それについてお聞かせ下さい」
「はい、この時は合わせて6人の御子が東京駅に駆けつけてくれていました。この映像に映っているのは、東京の御子が2人と埼玉の御子が1人となります。他に目撃された御子は、東京がもう1人、あとは千葉と神奈川から1人づつとなります」
キリッ…
続いて画面が切り替わる。
「こちらが三島市付近の映像となります。さらに6人?…確認できます」
遠目からの映像に、美人アナは御子装束の色で判断する。
「ぁ…いえ、その中の1人は、東京駅から新幹線を追跡してくれていた神奈川の御子です。加えて、という意味であれば5人です」
「ということは、今回の鬼災に対処するため登場された御子さんは11人ですね。ところで、御子さんは何人いらっしゃるのでしょうか?」
「今現在、覚醒している御子は全国で50名と聞いています」
「そんなに…?」
「はい、北海道から鹿児島まで」
「へぇ…本当に全国各地にいらっしゃるのですね」
「そうです。御子はそれぞれ生まれ育った地元の神使…つまり神の使いのご加護を受け、特殊な能力を授かると聞いています。それを我々は、目覚め、あるいは、覚醒する、と表現します。そのメカニズムはまだほとんど解明されていませんが、なぜか10代半ばから後半の女の子ばかりです」
「男性はいないのですね?」
「今のところいませんし、過去にもそう言った例は無かったと聞いています。そして、その浄化能力の保持期間には個人差があって、だいたい二十歳を越えるまでには御子の能力は消えていくようです」
「不思議ですね…ところで、能力が消えた御子さんはどうなるのでしょうか?」
「どうもなりません。一般の人に戻るだけです」
「御子を卒業するということですね」
「上手いことを言いますね…ははっ…」
「となると、その地域には御子がいなくなってしまうのでしょうか?、それともまた別の御子が現れるのでしょうか?」
「それは我々にも分かりません。ただ、御子の存在は白血球に例えられたりします」
「白血球?…と言いますと?」
「鬼魔ノ衆に対抗する自然界の免疫システムなのではないかと…つまり、日本列島を人の身体と見立て、鬼魔ノ衆という病原体が侵入したと考えた場合に、その病原体を駆逐する白血球、というイメージです」
「えーと…それはつまり、今現在、日本は鬼魔ノ衆という風邪をひいている、ということですね」
「はい。鬼魔ノ衆インフルかもしれませんが…」
キリッ…
「ふふっ…」
「ふははっ…」
美人女子アナの笑顔に、五郎がだらしなく白い歯を見せる。
「ただのエロおやじ、やね」
「ですね…それに、あのいちいちキリッとカメラ目線がウザいです」
二條いちみと引波紫兎は収録スタジオの隅で、五郎が鼻の下を伸ばしながらインタビューを受けているのを呆れ顔で眺めていた。
インタビューは続く。
「…鬼魔ノ衆は文字通り神出鬼没ですが、この先この映像のような強力なモノが現れたとしても、開発済みの穢れ検知センサーや、あるいは、各地の御子がソレを察知して、浄化に向かいます。
それを、我々、特務0課や自衛隊、警察、消防が全面的にバックアップします。
それほど強力でないモノであれば、これまで通り、特務0課の結界師がその浄化や封印にあたることもあります」
「なるほど…」
「御子といえども体は一つですから」
「今回のような強力な鬼魔ノ衆が別の地域に現れる可能性も?
「ない、とは言い切れません」
「今回のように複数同時に出現した場合には?」
「その場合には先日のように、それぞれの地域で、かつ複数の御子で対処が可能です。その最速かつ効果的な移動手段として、特務0課所属のSMT194…高速輸送航空機が各県に配備されているのはご承知の通りです。
今回の作戦で活躍してくれた御子の中には広島と大分から、我々の要請に応じて駆けつけてくれた御子もいました」
「その作戦の指揮を、特0の司令長官である引波さんが務めていらっしゃるのですね。頼もしい限りです」
「いやぁ、それほどでも。ふははっ……」
二條いちみは、イラっとする。
「あのエロおやじ、適当なことを…しかも、ちゃっかり自分の手柄のように言うてはるわ」
「ですね」
「御子の話も。あんなにベラベラと…」
「いいんじゃないですか?いまさら変に隠すよりは」
「わたしが京の街で御子やってた時は、隠そう隠そうとする昔ながらの流れだったから。こんなにオープンにされると何だか落ち着かないのだけど」
「ふふっ、そういう時代になったんですよ」
「そういう時代ね…」
いちみは、短く嘆息をつき。
その視線の先では調子づいた引波五郎がウザい目力を込めたカメラ目線でまだ偉そうに語っている。
「…古来から御子は、人知れず、鬼魔ノ衆の脅威から我々の生活を守護してくれていました。そして今現在もそれは変わりません。
ここ2年ほど鬼魔ノ衆の出現が各地で相次いでいますが、現代の科学と古来の御子の力を結束することで、これに対処できる、と我々は考えています。ご安心ください」
「なるほど…では、具体的にどんな対処があるのでしょうか?」
「まずは国民の皆様にも御子のことをよく知って頂こう。そう我々も考えまして。初公開ですが…」
ここで、事前に準備されていた大きなパネルボードにカメラが向けられる。
それを隠していた垂幕がざっと下ろされた。
「こちらが各地の御子の愛称と戦闘服を纏った姿です」
テレビカメラを通じて、ずらっと50もの御子のカラフルに彩られた装束の画像に誰もが目を奪われた。
「きゃ、可愛い…」
美人女子アナからも黄色い声が上がる。
「ちょ…待って…そこまでやるか?」
そこまでするとは聞いていない二條いちみは呆気にとられた。
「ふふっ、だって、呼び名がないと困るでしょ?」
「紫兎ちゃん、知ってたの?」
「MFCはオッケーしました。ちゃんと御子さんたちの許可ももらってますよ」
「でも、いいの?…あずきみたいに本名の子もいるけど」
「別にかまへん、って言ってました」
鴨宮あずきだけでなく、他の御子たちも概ね同じような反応だった。
京都鴨宮家のリビングルームでこの放送を見ていた鴨宮はしらは、厳めしく眉を寄せ、むぅぅ…と唸りながら。
「ええんか?」と横のあずきに訊く。
「別にかまへんし、もうそういう時代…というか、流れなんやろ。逆に、何でコソコソせなあかんのやろ、って思っとったし」
「ちゃうちゃう、そういう意味とちゃう。この際、あずきちゃんにもごっつい可愛い通り名をつけるチャンスやったのに。プリティ・ブラックバード・あずき、とか、どや?」
「やめてんか…どんだけオタク盛り込むねん」
楓子ちゃんと一緒にされたらかなわん…
テレビ画面は御子パネルを映したまま、五郎の解説が続く。
「…つまり、御子たちは、その能力を開放するとこのような戦闘服の姿になります」
戦闘服…?
どう見てもヒラヒラスカートの可愛いアイドル衣装としか思えない。
美人女子アナは、その疑問をまず口にする。
「ええとそれは…わざわざこのコスチュームに着替える、ということでしょうか?」
「いえ、信じ難いかもしれませんが、この姿に変身します」
「…ぇ、変身?!…魔法みたいに?…ですか?」
「ええ、まあ…魔法という言葉は的を得ています。SNS上では、御子は、魔法少女などと呼ばれたりしてるようですし」
「…それは、そうみたいですね」
「御子装束、と我々は呼びますが、なぜこのスタイルになるのかは不明です。ただこれは、鬼魔ノ衆の邪気や攻撃から身を守る鎧のような役割も持つとのことですし、加えて、身体能力も上がるようです」
「ぇっと…それは、空を飛ぶことにも関係あるのでしょうか?」
「恐らく…としか言いようがありません。今のところ我々にもそのメカニズムは全く分かりません」
もうこの頃にはTV局への電話が殺到し、回線はパンクしていた。
ネット上でもその反響は凄まじく、サーバーがダウンするサイトが相次いだ。
インタビューも終わりに近づいてきていた。
「…これら御子は、先ほど申し上げましたMFC…マジカル・フレンズ・チャンネルという非営利の自己組織でつながっていますが、活動の資金が乏しいのが現実です。
今回の東京駅富士川鬼災の義援金と共にMFC支援の協力金も受け付けていますので、国民の皆様のご理解と応援を是非ともよろしくお願いします」
キリッ…
「引波司令長官、本日は、お忙しい中、ありがとうございました」
「なんや、結局最後はお金かいな…」
二條いちみは京言葉で呆れる。
「いえいえ、しちみさん、お金は大切ですよ、あって困ることはないのですから」
「ふふっ…意外と商人やね、紫兎ちゃんは」
「御子人気に便乗してこんなサンプルも作ってみたのですけど…各地の御子さんのチビキャライラスト付きの御守り」
「わっ…可愛い。よく出来てる」
「でしょ?」
「売れるんじゃない、それ」
「でしょ?…でも、あそこで無駄なキリ顔を決めているアホおやじに、ダメだ、と一蹴されました」
「頭堅いなぁ」
「せっかく御子さんたちも乗り気で喜んでくれてたのに…」
「でも、引っ込み思案な子もいるでしょ?」
「可愛く照れて、まんざらでもないみたいでした。わたしたちの年頃ってこういうアイドルみたいなものに少し憧れるんですよね」
「あー…それ何か分かるわ」
「ふふっ…でしょ?」
「紫兎ちゃんのは?…ないの?、それ」
「えー、そんなの誰も欲しがりませんよ。だって、わたしは御子さんじゃないですからねっ、ふふっ…」
二條いちみには、そう言って微笑んだ紫兎がやはり少し寂しそうに映った。
御子をまとめる立場でありながら、自身は御子ではない。それが時折見せる紫兎の憂いの原因なのだろうか…
御子への憧れーーそういうことなのだろうと、いちみは感じた。
ともあれ、このインタビュー放送を機についにベールを脱いだ御子の呼び名やその容姿。
その人気は一気に爆発した。
MFC公式ウェブサイトも公開され、サーバーが秒で落ち、その増強を余儀なくされた。
それぞれのホームを拠点とし、まるで魔法少女のようなカラフルで可愛いコスチュームに身を包み、自由自在に空を飛び回る。
そして、巨大な災禍と認識された鬼魔ノ衆にも勇敢に立ち向かい、神々しい光を放ちこれを滅する。
そんな御子たちは英雄視され。一夜にして国民的アイドル並の有名人になってしまった。
読んで頂きましてありがとうございます。