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日ノ御子戦記〜うさうた〜  作者: おはよう太郎
PR08 大和路紅葉
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PR08



紅葉(もみじ)ちゃん、けむりちゃん、あとは任せました」

 紫兎は、ただそれだけ伝えると。


「おお、任せんかいな。と…言いたいところやけど。みかんのアレを喰らってまだ浄化されんとは、ぶち恐ろしかぁ…」

 大和路紅葉(やまとじ もみじ)は、ぐんぐんと迫り来る蒼白能面(バケモノ)の新幹線を睨みつける。

「…じゃけん、ここから先はウチらが1ミリも通さん」


「紅葉姉さん、来るっちゃよ!」


「けむり、シールド頼む!」


「了解っちゃ!」


 由布ノ原(ゆふのはら)けむりは、野球のキャッチャーのように線路上に腰を落とし、そのままキャッチャーミットを構えるがごとく両手を突き出す。

 そうして紅葉の前に分厚く超特大な二重の防護障壁(シールド)を展開すると、その全身から魔光の粒子がブワッ…と立ち昇り始めた。


「おいおい、お前ら何をする気だ…まさか…」

 引波五郎は嫌な予感しかしない。


 そして大和路紅葉は、線路上を突進してくる能面新幹線に対してすっと半身に構え、イチローのように片手を前にザッと大きく足を開いたスタンスをとり。そこから両の手でぐっと握り締めた神起魔装槌(かむのき)を、まるでバッティングフォームのように振りかぶった。


「さあ、来んしゃい。ウチの神起魔装槌(ハンマー)で月まで打ち返しちゃるけん」


 紅葉の全身から魔光の粒子がブワッ!と朧立つ。


「なっ!…あいつら、正面で止める気か?…無茶だ…死ぬぞ……」

 五郎は止めようとMFC席に振り返ったが。

 

 紫兎はコンソールに両の肘をついたまま、祈るように手を組み静かに瞼を閉じてるだけに見えた。


 (はか)っていた…

 紅葉が神起具(かむのき)を振り下ろすタイミングを。


 …5…4…3…


 コンソールの上にオブジェのように置かれていた煌河石(こうがせき)から星光の粒子が蛍のようにふわふわと踊り始める。


 時速200キロ。

 弾丸のように迫り来る異形の能面(バケモノ)をーー


「紅葉ちゃん!!…今です!」


 !!…

「しゃぁ!…必殺の!一撃じゃけぇぇぇぇぇーー!!!」


 紅葉は腰の入ったダウンスイングで神起魔装槌(ハンマー)を豪快に振り降ろす。


 ドン…ッ!!!


 ドンピシャのタイミングで能面にヒット。


「「ぐっ!!」」

 受けた衝撃で二人の足元の地面が重力で押し潰されたようにズンッ!と沈み込む。

 まるで20トン(クラス)の爆弾が落とされたような。そんな爆心地さながらの衝撃波がゴッ!と、うねる地鳴りとともに一瞬で付近一帯に同心円状に広がっていく。


 3キロ離れて防衛ラインを引いていたバックアップ部隊の陣営にまでビリビリと震える大気が大波のように押し寄せ。

「うぁ…!」

 思わず隊員たちが身を(すく)める中で、付近の民家の窓ガラスがパリンパリンと音を立てて弾け飛ぶ。

 その波動に、空中で旋回していたSMT914ですら(あお)られ、パイロットが慌てて操縦桿(ステック)を握り直すほど。


「なっ!!……ん……だ……」

 望遠の双眼鏡を覗き込んでいた特0隊員が驚愕に息を呑む。


 先ほど静岡の御子が放った大技も思わず声があがるほどに凄まじかったが、たった今、線路の上で二人の御子がやっていることは人の領域を遥かに超えていた。

 200km/hが一瞬で(ゼロ)に。

 車両が岸壁にノーブレーキでぶち当たったようなもので、そこにどれほどの荷重(エネルギー)がかかるのか計り知れない。

 それを…

 そんな無茶苦茶を、たった二人の少女たちがバットスイングのように振り出した大きな(ハンマー)で止めてしまった。


 行き場を失くした能面新幹線は車両と車両の連結部でジグザグに潰れ出し、線路から浮く車輪が火花を散らしながらギイィィィ!と金属の悲鳴をあげている。

 軽量アルミ合金の車体がベコベコと薄紙のように(いびつ)に曲がっていき、ポリカーボネイトの窓の全部が木っ端微塵にパァァン!と砕け散る。

 それら無数のもろもろの破片が200km/hの慣性のまま小さな凶器となって二人の御子に襲いかかり、展開された防御障壁(シールド)にザクザクと突き刺さっていく。


 想像を絶するインパクト。

 紅葉たちはその体勢のまま、ズズッ…と後ろに()し込まれていく。

「…ぐっ…ゥゥぅぅ…!」

 ギリギリッ…と奥歯を(きし)ませ、だが踏ん張る。

 

 足場が…持たん…

 じゃけん!!

 ここで引いたら、ウチもけむりも月まで吹き飛ばされるけんね…


 グッ…と腰を入れ直し、衝撃に耐える大和路紅葉。

「んんんのおおおおおぉぉぉぉぉーーー」


 キャッチャースタイルで紅葉の体ごと必死に支える由布ノ原けむり。

「んんん、くううぅぅぅぅー…きっつぅぅーー」


 突然、紫兎がコンソールから立ち上がり、叫んだ。

「ノノちゃん!乙葉ちゃん!…後ろです!撃って!!浮かせて!!」

 

 その声に、ハッ…と反応した安曇(あずみ)埜乃(のの)は、新幹線の最後尾を狙って素早く魔光弾を放つ。

「乙葉ちゃん!」

「は…はい!」

 遅れて反応した石和乙葉(いさわ おとは)も慌てて閃光弾を放つ。


 僅かな時間差で放たれた二条の魔光弾が、ギシギシと暴れていた最後尾車両と線路の間でドンッと弾け。

 行き場を失っていた新幹線の後方が、ついには海老反るように大きく浮き上がり始めた。


「もっと!…もっとです!撃って!」

 紫兎の声に応えるように、立て続けに光弾を放つ埜乃と乙葉。

 すると…

 先頭車両にかかる荷重が分散され。


「よっしゃ!!これなら…ッ」

 神起魔装槌(ハンマー)を握る両の腕にさらなる魔力を込める大和路紅葉。

 その全身全霊のフルパワーを。


「消えろ!!斬ッ拔ッ!!」


 神起魔装槌(かむのき)から浄化の魔光圧弾が、ドンッ…!と爆ぜる。

 ゼロ距離でまともに喰らった蒼白能面は、蒸発するように黒塵となって吹き飛んだ。

 …ふひ…ひ…ぃ……

 その断末魔まで(わら)う不気味さで。


 後方から勢いのついた新幹線の浮上は止まらず、紅葉が潰した先頭車両を支点に大きな弧を描き始めた。

 まるで観覧車のように丸くなりながらバキバキと音を立て、その最後尾車両は紅葉たちの頭上を通り越していく。

 そしてーー

 背後でズシン!と鈍い着底音がすると。

 なんと、富士川の田園地帯に巨大なアーチ状のオブジェが出来上がった。


「…ぅぁ……」

 その一部始終を目撃した誰もが皆、言葉を失った。


 一体誰が想像できただろう。線路上で裏返しになって、虹のようなアーチを描く新幹線の姿をーー


 京都の鴨宮あずきも、その映像(ライブ)を唖然と見つめたままで。

「…ク……くくく…」

 そして笑った。



 ハァ…っ……ハァ……ハァ……

 

「……どん…な……もんじゃい……」

 持てる全ての魔力をこの一撃に賭けた紅葉はそのままガクッと片膝をつき。

 その後ろで同じく、尻もちをついたようにへたり込んでいたけむりだったが。何とか立ち上がりヨロヨロと紅葉の肩に手を置く。

「…紅葉姉さん…大丈夫?」


 ハァ…ハァ…

「…腹減ったし……富士の焼きそばは、ぶち美味しいらしい…」

 ハァ…ハァ…

「…それなら…きっと新鮮なカツオの刺身もあるっちゃよ…」


 ふーーっ…と…

 二人して安堵の息を吐きかけたところで、ギシ…ギシ…と金属が擦れるような嫌な音が上から聞こえてくる。


「ぁわわ…紅葉姉さん、上が…えらいことになっとるっちゃ…」

 つられて紅葉も空を仰ぐ。

「…ぉ…ぉぉ?…なんじゃ、こりゃ…?」


 虹のように半弧を描いていた新幹線はギシギシと絶妙なバランスを保っていたが、ついには自らを支えきれなくなり、ユラッ…と横倒しを始めた。


「ヤバイッちゃ!」

 慌てたけむりは「んぐぐ…」と底力を振り絞り、なんとか紅葉の肩を担ぎ上げ。あとは一目散に空中に飛び上がった。


「うひゃぁ…」「あらら…」

 空から乙葉と埜乃が声を上げる。


 ことの顛末を見届ける御子たちの足下で、田畑に叩きつけられた新幹線がズウウン!と重い音を轟かせ、もくもくと土埃を舞い上げた。


 

 シ…ン……と静まり返っている特0指令室。


 電子機器類の静かな冷却(クーリング)だけが虫の羽音のように漂う中で、モニタースクリーンを唖然と見上げたまま誰もが動かない。


「…す……ごい……」

 やっと、二條いちみがそう呟くと。


 (せき)を切ったように司令室内に歓声が轟いた。

「うおおおおぉぉぉっ……やったーー」


 はぁーー…

 引波五郎は頭の後ろをポリポリと掻きながら微妙な嘆息をたっぷり落とす。

「これなら橋を落とした方が良かったんじゃないか?」


 ふっ…と、いちみは口角を上げ。

「いえ、ここで食い止めたのは正解やと思います。富士川付近は市街地でしたし、あんなごっつい妖力を持った鬼魔ノ衆(きまのす)に暴れられたら、今ごろどーなっていたか分からしまへん」


 富士川バックアップ部隊の隊員たちは双眼鏡を回しながら。

「なあ…」

「ん?」

「俺たち、ひょっとして夢でも見てるのか?」

 6つのカラフルな御子たちが空中できゃあきゃあと抱き合って歓喜に踊る姿が望遠レンズに映っている。

「かもな…でも、これはそんなに悪くない夢だと思うぜ」



「富士川A地点からG地点まで、穢れ反応ありません」

 特0司令室のオペレーターの瑞稀(みずき)美保が、バックアップ部隊からの報告を受け取る。


「そうか…みんなご苦労様、よくやってくれた。後の処理は各機関と連絡を取り合って…」

 そこまで言いかけて、引波五郎は振り返った。


 席を立った紫兎が、コソコソと忍び足でドアに向かうところで。


「おい、紫兎…どこへ?」


「おっと…五郎ちゃん、後はよろしく。MFC代表として引波紫兎は、ただ今より現場検証に行って参ります。ではでは…」

 おどけた敬礼をひとつ見せ、ウサギが跳ねるように指令室から飛び出して行った。


「あっ、紫兎!…コラ、待て!……くっそ…逃げ足がいつも速い」

 苦味を潰したような顔の五郎の横で、二條いちみはクク…と笑いをこらえている。

「ほな、わたしが保護者として付いていきましょか?」



 公安部特務0課司令本部の空挺ハンガーは、SMT914の垂直離陸に対応して円筒形の吹き抜けだ。離着陸時にはその天蓋のドームが二つに割れて開く。


 SMT914のツインティルトローターは、すでに暖気運転を終えていた。

 その開口扉にピョンと乗り込む紫兎。

「行けますか?」

「ぉっ?…紫兎ちゃん、どちらへ?」

 ちょうど機内の計器類をチェックしていた操縦士(パイロット)が振り向く。

「ちょいと富士川までお願いしまーす」


 引波紫兎専用機。通称パープルラビット。

 機体側面と底面には、特務0課の文字と紫色の(うさぎ)をモチーフとしたロゴマーク。そのデザインは、紫兎がいつも首から下げているペンダントを模している。


「紫兎ちゃん、待って!…私も行くわ!」

 二條いちみが、カツカツとヒールの音とともに追いかけてきた。



 水平飛行を始めたパープルラビットの機内で、いちみが紫兎の顔をジッと覗き込む。

「何?…しちみさん」

「あれ?…見間違いかな…」

「ん?」

「さっきね、紫兎ちゃんの目が赤かったの」

「目?…そう?…強く擦っちゃったのかな?」

「……………」


 そんな感じじゃなかった。

 あれは、瞳だけが紅玉石(ルビー)のようになっていた。


 紫兎が埜乃たちに、撃て!、と叫んだ時だった。

 皆がモニタースクリーンに集中していた中で、いちみだけがその小さな変化に気づいた

 御子は変身すると、髪の長さが変わったり、瞳の色が変わったりもする。


 …ひょっとして……でも……


 気になりながらも、いちみは結論を急がず、能面の鬼魔ノ衆の話題に切り替えた。

「紫兎ちゃん。アレは、いったい何だったの?」


 紫兎は首をコトンと横に傾け。

「うーん…まだよく分からないですね。でも、出雲のちひろちゃんの話だと、大昔、神様の時代の鬼魔ノ衆なんじゃないかって」


「日本神話?…なんでそんな大物(モノ)が今頃…」


「さあ…」


「アレが、前に紫兎ちゃんが言っていた、近い将来に訪れる危機?」


「…の始まりかも」


「始まり?」


「はい。なんか最近、特に感じるんです」


「穢れの強さを?」

 元御子のいちみも、そのあたりには敏感な方だった。


「っていうより…ほころび…かな?」


「綻び?…何の?」


「さあ…そこまでは今はなんとも…」


「そう…まあ、とにかく、忙しくなりそうね」

 はぁ…と、いちみは嘆息を隠さない。



 その頃、西に沈みゆく斜陽がまだまだ夏の色を濃く残している富士川の現場では、額に汗かく軍用服の隊員たちが作戦の自後処理で忙しそうに走り回っていた。

 そんな中、何もすることがなく田んぼの傍の草っ原の上で、激しく消耗し切った様子でへたり込んでる6人の御子たち。

「あー…お腹空いたっちゃ…」

「みかん、もう動けにゃい」


 その一角だけが異様に華やかで浮いて見える。


 そんな御子たちを初めて間近で目にする自衛隊隊員たちは、トラックに銃火器やら機材の積み込み作業をしながら、遠まきにどう声をかけていいものか分からない。

「おい…あれ、どうする?」

「どう…って…偉い人を待つしかないだろ?」

 別に御子との接触を禁じられているわけでもない。だがこうして間近で見れば見るほど、その一角だけが、和装のテイストをそれぞれ衣装に織り込んだ美少女揃いのアイドルグループにも見えなくはない。

「お前…行けよ」

「って…何て声かけるんだよ?」

「腹減ったとか聞こえたぞ。その箱に携帯食(レーション)とかあるだろ」

「バカかお前、そんなの御子さんに食わせられるかよ」

 うっ…

 聞こえるはずのない距離なのに6人揃ってじっとこちらを伺う御子たちと目が合い、隊員たちはサッと視線を外して作業に戻る…フリをする。


 と、そこでやっと特0の静岡支部の部隊長がジープで乗りつけた。


「御子の皆様、大変お疲れ様でした。〈補給〉の準備が整いましたので、ささ、どうぞこちらへ」


「お気遣い、ありがとうございます」

 薄紫の羽織りに白袴のような、だがミニフレアなスカートワンピに見えなくもない、すらっと美人な黒髪ロング。 凛と背すじで礼儀正しく腰を折る、あのもの静かそうな御子さんがリーダーだろうか…

 すれ違いざま、ぺこり、と隊員たちにも頭を下げてくるので弾薬箱を抱えたままドキリとさせられた。

 

 そうして御子たちは急ごしらえの野外テントへと案内され。


「ぉぉ…いい匂いがしてきたよ」

「ほんまや、すでにヨダレが止まらん」


 そこで地元静岡の特産物を使った料理の大皿が並ぶのを見て「わあっ…」と目を輝かせる御子たち。


「きゃー、すっごいご馳走じゃんね」

「おお、カツオもあるっちゃ」


 ハハっ…と静岡支部の部隊長は。

「地元のご好意で集まりました。魚介類は遠州灘で獲れた新鮮なものばかりです。刺身もいいですが、焼いたり揚げたりしても美味しいですよ」


「おおお…」と御子たちは、込み上げる(よだれ)をゴクリと。


「どうぞお召し上がりください」と促されたのだが。

「あっ…でも、その前に……」

 安曇埜乃が冷静に皆を制す。

「みかんちゃん、お願い」


「おっと、そうだった…先にお祈りせねば」


 御子たちが神妙な顔つきで背筋を伸ばして一列に横並ぶ。

 小夜山みかんが一歩前に出た。


「おい、始まるぞ…」

「いったい何が始まるのですか?」

 特0の新人隊員は、訳が分からず隣の先輩隊員に尋ねる。

「シッ…いいから黙って見てろ」

 

 忙しそうに動き回っていた自衛隊隊員たちも作業を止め、神妙に立ち並ぶ御子たちに静かに向き直った。


 この地、静岡を護る御子。まず小夜山みかんが開口する。

「えー…隊員の皆様、本日の御霊の浄化活動にお手伝い頂きまして、まずは感謝申し上げます…」

 

 くりっと大きな蜜柑色の瞳の、黒髪おかっぱのあどけなさ。この中で一番小柄だが、よく通るハキハキとした声音で。

 

「…でも…東京駅では、たくさんの尊い犠牲があったとも聞き及んでおります。お救いできなかったことをお赦し下さい…」

 沈痛な表情で深々と(こうべ)を垂れるみかんに合わせて、他の御子たちも礼を示す。

「…願わくば、かの御霊たちに高天原のご加護がありますようにと、お祈りさせて頂きます…では……」

 御子たちが、一礼二拍手を打ち、声を揃えての鎮魂(みたましずめの)祝詞(のりと)を唱和する。


(かしこ)しや打ち(なび)(あま)の限り(たふと)きろかも打ち続をく(つち)の極み…(中略)…舞伏しつつも拝みも奉らくと白す。畏み…畏み申す」


 黙祷…


 周りで立ち会う隊員たちが御子に合わせて黙祷を捧げるのを見て、新人隊員も慌てて真似をする。

 たとえ犠牲者がなかったとしても、たとえ厄災をなす鬼魔ノ衆だとしても、それを浄化した後は、その御魂の鎮魂(みたましずめ)を祈祷することが慣例となっていた。


 黙祷から直り、まつりが続ける。

「かのような御供物を頂きまして誠にありがとうございます」

「ありがたく頂戴いたします」と他の御子たちも揃って感謝の礼を捧げる。


 ふう…と御子たちが肩の力を抜き。

 部隊長が「さあさあ、どうぞお召しがり下さい」と促した。


「…その前に一言よかですか?」

 大和路紅葉がおずおずと手を上げた。


「っと…なんでしょう?」


「あの…色々と壊してしまって、ごめんなさい」

 申し訳なさそうに俯く紅葉。


 隊員たちは、つい、無残に破壊されてそり返った新幹線の方へ視線を投げた。

 壊した、と言うより、崩壊レベルなのだが…


 ははっ…と部隊長が笑い飛ばす。

「気に病むことはないです。あんなもん、また作ればいいんですから」


 乙葉が割って入る。

「紅葉ちゃんの馬鹿力、とんでもないじゃんね」


「馬鹿力、言うなっ!」

 カァ…と紅葉はその名に負けない赤面を見せる。


 ハハハッ…と周囲が笑いに包まれる。


「それじゃ、いただきまーす」


 そこからはまるで野外バーベキュー。ガツガツとすごい食欲で、きゃあきゃあと美味しそうに。


 それだけ見ていると、こんな無邪気な笑顔を見せる御子さんたちが、あんなに恐ろしい物の怪(バケモノ)と激しい戦いを繰り広げていたなんていまだに信じられない。


 新人隊員は思った。

 

 空を飛び、光を放つ。

 でも…

 こうしていざ向き合ってみると、女子高生ぐらいか…年相応の女の子にしか見えない。

 謙虚で素直で、そして、可愛いらしい。

 そして思う。

 役に立ちたい…と。


 今回だって目立って何ができたわけでもない。避難誘導に、防衛戦の構築…だとしても。

 この御子さんたちとならーー

 命をかけて戦える…

 そんな若気の気概がふつふつと込み上げてくる。

「…なんか、やる気が出ますね」


 横にいた先輩隊員が揶揄(からか)う。

「おっ?一丁前に言うじゃねーか。タイプの御子さんでも見つけたか?」


「ち…違いますよ、そんなんじゃ…」

 だが、若い隊員は一気に御子の魅力に虜にされてしまったのを認める。



 そうしてお腹が満たされ始めた頃、バラバラバラと上空からSMT914のツインモーター音が降りてきた。

 御子たちが揃って薄桃紫に染まり始めた空を見上げる。

 

「…あ…紫兎ちゃんだ…」


 周囲で残る作業していた隊員たちも、同じように空を仰いだ。

 菫色(パープル)のウサギの横顔のロゴマーク。


 あれは…パープルラビット機だ…


 そう周知されている。MFC代表、引波紫兎専用の。


 すぐに誘導灯が振られ、風を吹き散らしながら着陸した可変ローターの戦略輸送機から1人の女性と1人の女の子が降りてきた。

 出迎えた隊幹部たちがザッと敬礼を見せる。


 その様子を遠巻きに眺めながら、隊員たちは、ヒソヒソと小声を寄せる。

「あれがMFCの引波紫兎か…まだ若いな…」

「さすが雰囲気ある…しかも凄え美人じゃん」

 黒いパンツスーツに白いブラウス。後ろ髪を高めに束ね、颯爽と歩くそのスタイルの良さに目を惹かれる。


 全国の御子を取り纏める立場であるMFCの代表者は、国や地方自治体のどの組織にも属していないが故に、滅多にその姿は表舞台に出ることがなく。

 一兵卒の隊員たちの間で、どんな人物なのだろう、と噂が絶えなかった。

 だからてっきり…

 特0の副司令、二條いちみを、勝手にMFC代表と思い込むのも無理もない。


「後ろのセーラー服の女の子は?」

「さあ?…どこかの御子さんかな?」

「可愛いじゃん」


 小柄でクリクリとした紫紺の瞳で、ぴょんぴょんと横跳ねした黒髪ショートカットの、だが御子装束ではない。


 すると、その少女がいきなり。

 トットットッ…と跳ねるような足取りで、ヒソヒソ話しをしていた隊員たちに一直線に向かってきた。


「皆さん、こんにちは。可愛いって聞こえましたけど、ありがと」


 うわあっ!…と隊員たちは飛び跳ねる勢いで驚いた。

 聞こえていたのか…

「…ぇぇ…と……」

 ばつの悪そうな顔を並べていると。


「ぁ…お仕事、お疲れさまです」


「ぁ…ああ…」

「ど…どうも…」

 どう対処していいものか…


 あの機体から出てきたからには何らかの関係者には違いなく。

 年齢的に御子という線が濃厚だが、どう見ても一介の女子高生にしか見えない。


 その少女は、ちらっと野外バーベキューに目を走らせ。

「ところで、お兄さん方は御子さんを見るのは初めてですか?」


「うん…まあ…」

「そうだけど…」

 話の方向が見えず、隊員たちはきょとんとするしかない。


 すると、少女はヒソヒソ声で尋ねてくる。

「あの御子さんたちの中で誰が推しなのですか?」


「えっ?…っと…それは……」

 あまりに意表を突かれて戸惑った。

 隊員たちはそろそろと顔を見合わせ。

「…ぁ…あの…失礼ですが、君もどちらかの御子様ですか?」

 迂闊に答えないように警戒する。


「わたしは御子さんじゃないですよ。ただのお手伝いです。だ、か、ら…大丈夫ですよ、誰にも言わないですから」


 御子じゃないと聞き。ホッとしてついガードを緩めてしまった若い隊員が。

「…そ…そうだなぁ…あのピンクの子かなぁ、山梨の御子さんだっけ?」


「ふむふむ」


 すると別の隊員もこの話題に乗ってくる。

「俺は…長野の御子さんがめっちゃタイプなんだけど…」

 さらに。

「何だよお前ら、ここはやっぱ静岡の御子さんを推すべきだろ?」

「いやいや…どこか知らんけど、あの赤とオレンジの御子さんが俺は好きだな…」

「待てよ…俺はあの緑と白の御子さんかな…」


「へー…けっこう票が割れるもんですね」

 

 他の隊員も混ざり始め、コソコソと輪になってこういう話題は男同士では欠かせないもの。

 

 そこに紅葉がやってきて、紫兎の後ろからヒョイと覗き込む。

「何しとるん?」


「うわわ…!」

 これに慌てた隊員たちがどっと後退る。


「ん?…ちょっと、情報収集」

 紫兎は悪戯っ子のようにペロと舌を出す。


「みかんが全部平らげてしまいそうな勢いじゃけん。紫兎ちゃんも早よ来んと、なくなってしまうけんね」


 そう言う紅葉はモグモグと、富士焼きそばが山盛りのお皿を持ったまま。


 …ぇっ!?

 今何て…?…紫兎ちゃん…??


 サーっと隊員たちが青褪める。


「うん、今行く」

 そして、いきなり隊員たちにサッと敬礼し。

「皆さん、御霊浄化のご支援ありがとうございました。MFC代表として感謝申し上げます」


 だが隊員たちは空いた口から言葉が出ない。


「ふふっ…じゃあね」


 うぇぇ…!

 …マ……マジか…


 まさかのセーラー服がMFC代表とは反則すぎる。

 隊員たちは唖然と固まり、その華奢な背を呆然と見送るしかなかった。



 特0部隊との報告ミーティングを終えた二條いちみが、特設テントを覗き込む。

「みんな、お疲れ様」


「いちみさんもどうですか?安倍川餅」

 安曇埜乃がお皿を差し出す。


「ありがと、戴くわ。美味しそう」


 ふと、紫兎の姿が見えないことに気づき。

「あれ?…紫兎ちゃんは?」


「紫兎ちゃんなら、新幹線だったモノを見に行ってると思いますけど…」



 西の空を茜色に染めながら夏の陽が富士の裾野に隠れ始めていた。

 引波紫兎は、歪に横たわる新幹線を線路上から眺め見て、手を合わせて黙祷を捧げている。

 どこからか摘んできたのだろう。

 その足元には、名も知らない野草の花の束がそよそよと遠州灘からの海風に吹かれていた。


「現場検証なんて嘘なの」


 黙祷から直った紫兎は、遠く海原(うなばら)の積乱雲を見つめたままで。

 背後に近づいた二條いちみに、そう告白する。


「…嘘?」


「うん。せめてこうして手を合わせたかっただけ」


「そうね…」

 歩み寄ったいちみも、紫兎と肩を並べたところで手を合わせる。


「救えなくって、ごめんなさい……って……」


 紫兎は、震える声で。

 そのくりくりとした瞳から大きな涙粒がツーーっと頬を滑り落ち。

 夏の斜陽に照らされ、一条の流れ星のような光となっていちみの瞳に反射する。


 どこか遠くでツクツクボウシたちが、その生命(いのち)の限りを尽くして(やかま)しく鳴いていた。


「…でも…それは紫兎ちゃんのせいじゃないわ」

 いちみは、ふっ…と柔らかな息をついて。


「わかります……わたしは御子じゃないけれど…でも…だからこそ、ここに来たかったのだと思います。この光景を、わたしは、忘れません…」


 亡骸も血糊も、骨すらもない。

 でも、そこに確かにあった数百にも及ぶ魂たちが、迷わず天に導かれることを祈って。


「…そうね」

 二條いちみは、それだけ言うと。


 夏蝉にも負けずぐすぐすと泣きじゃくり始めた紫兎の小さな頭を、そっと胸に抱き寄せた。



読んで頂きましてありがとうございます。

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