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日ノ御子戦記〜うさうた〜  作者: おはよう太郎
PR07 小夜山みかん
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PR07


 憑き物(つきもの)となった新幹線が走り去った後、東京駅周辺はいまだ大混乱に陥っていた。交通整理もままならず、消防、警察、救急車のサイレンが多重に響きわたり鎮まる気配がまるでない。

 そんな大混乱(カオス)を上空から見降ろすレイアと舞子。


「見て、すごいことになってる」

「ん…でも、御子(わたしたち)の仕事はほとんど終わりみたい」


 その駅前では、警察車両で築かれたバリケードの外側で特0の結界師と部隊が待機し、さらにその外側の立ち入り禁止のロープが張られたところで一般人が見守る。

 そんな中で神津珊瑚(かみつ さんご)と千葉の御子、九十九里縁(くじゅうくり ゆかり)が、残す3鬼の魔蟲と対峙していた。


「もー…ワラワラ、ワラワラと、飽きもせずよく湧いてくるわね、こいつら…」

 (ゆかり)は、ぐったり疲れ果てた様子で、ずれ下がった眼鏡をクイッと直す。


「でも、縁ちゃん。この辺りの穢れの気配はもうほとんどないから、こいつらで最後じゃない?」


「だね…行くよ珊瑚!、左のヤツ、ヨロシク。3、2、ゴー!」


「ええっ?!…ちょ、早い…」


 九十九里縁は扇子型の神起具(かむのき)を武器に、ひとっ飛びで魔蟲との間合いを詰めた。

 フワッ…と魔光の粒子が縁の体から浮き立ち、神起扇子(かむのき)の鋭い刃弾を、くるっと回転、まるで演舞のように踊らせる。

 すると波状に切り裂かれた魔蟲がまとめて2鬼、黒塵と化しボロボロと崩れていった。


 (ゆかり)のフライングで一歩出遅れた珊瑚だったが、尖り貝殻を模した神起海槍(かむのき)の切っ尖で浄化の光弾を放ち。これで最後(ラスト)と思われる魔蟲を撃ち抜いた。


 そこだけ切り取れば、まるで野外ステージのバトルショーにも見えるその光景に。息を呑んで見守っていた大勢からは「おおっ!凄え…」と、(どよ)めきと拍手が湧きおこる。

 

 膝に手をつき、ゼー…ゼー…と疲弊し切っている二人の(かたわ)らに、空からレイアと舞子が降り立つ。


「もう大丈夫そうね」

 レイアは構えて一応の警戒をみせ。

 舞子は二人に。

「縁ちゃん、珊瑚ちゃん、ありがと」


「はぁ…ほんと疲れた、ざっと300以上は浄化したわ。きっと世界記録よ。ギネス認定が欲しいわ…」

 (ゆかり)はぐったりと言葉を吐いた。


 珊瑚がキョロキョロする。

「あれ?…彩乃さんは?」


 その頃、彩乃は、埼玉所属スカーレットファング機の墜落現場に降り立ち、驚きで目を丸くした。

「…うそ……」

 落ちた機体が、不自然に折り重なる大きな6本もの街路樹の上に乗っかったカタチで、煙は上がっているが、すでに鎮火され。消火の泡にまみれた周囲には、飛行燃料の燃えたばかりの嫌な臭いが鼻につく。

 

 傍らの消防車の横で、忙しそうにホースを片付けている消防士たち、その一人の背に訊く。


「…ねえ、あれに乗ってた隊員は?」


 振り向いた消防士は、足音もなく突然背後にいた緋色髪の美しい少女に心臓が飛び出るほどに驚いた。

「うわッ!」


「…ぁ…驚かせてごめんなさい。わたし、埼玉の御子です」


「えっ?えっ?…埼玉の御子さん?…えっ?…」

 すげぇ美人…


「3人ほど乗ってたはずなんだけど…」


「…ぁぁ…それなら、もう救出されてます。ほら、あそこに…」


「ありがとう」

 消防士の視線を追った彩乃は、ちょうど救急車に運ばれる隊員を見つけてフワリと浮いた。


 ストレッチャーに乗せられた若い隊員は、上空から舞い降りてくる緋色の御子に、一瞬、天国から迎えが来たのかと思った。

「…ぇ?…彩乃様…」


「ふふっ、しぶといわね」


「残念ながらまだ生きてますよ。左手と左脚がポッキリいっちゃましたけど…」


「パイロットさんたちは?」


「先に運ばれました。俺より重傷ですが、あいつらもしぶとく生きてます、ははっ…っ痛てて…」


「そう…よかった…」

 彩乃の頬に一筋の涙が。


「…ぇ……彩乃様……」


「ちっ…違うってば!…これは…」

 慌てて琥珀色の目尻を拭う彩乃だったが、カァ…と紅潮する頬までは隠せない。


 若い隊員はドキッとさせられた。

 まさか一兵卒の自分たちの安否を、泣くほど心配してくれてるとは思わなかったから。

 そして申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「…すいません…不用意に近づいた俺らのミスでした」


「まあ、いいわ。生きていたから許してあげる。ところで…ね?…あれは?」

 グス…と鼻を啜りながら彩乃は、機体の下敷きになってる街路樹を指差した。


「あれがクッションになったみたいです…って、あれ?…彩乃様の仕業(しわざ)じゃないんですか?」


「…えっ?」

 ぁぁ…そっか…あの時…

 あんなことを咄嗟にやれるのはあの二人しかいない。貸しを作るどころか、逆に大きな借りができてしまった。

 でも…


 ありがと…、舞子ちゃん、レイちゃん。



MFC(エムエフシー)の皆様、浄化活動、お疲れ様でした」

 特務(ゼロ)課、警視庁、それと自衛隊の上官の面々が、もう鬼魔ノ衆(キマノス)がいないとみて東京駅前の御子たちに駆け寄る。


「…ぁ…皆さんも、お疲れ様です」

 舞子が丁寧に腰を折る。


「今のところ穢れは引いたみたいだけど、まだ警戒が必要ね」

 と、レイア。


「そうね、しばらくここに残った方がいいかもね」

 と、珊瑚。


「…ええ?…わたしはもう無理よ」

 と、縁がゼーゼー…とまだ息が上がっている。


「ありがたいです。では我々は救助活動と混乱の鎮静化に全力で臨みます」


 グー…っと、舞子のお腹が大きな音で返事を返す。

「…ぁ…これは、その…」

 やだ…恥ずかしい…


 ぷぷっ…と、レイアと珊瑚が吹き出す。


 上官たちも、くくっ…と顔が緩み。

「…いえいえ…浄化活動の後は〈補給〉が必要と聞いていますので。ささ…こちらへどうぞ」


「…ぁ…ありがとうございます」

 舞子は、耳まで真っ赤になって(うつむ)いた。


 促されて歩み始めようとした時、舞子は、ホームで見かけた女の子とその母親が、ちょうど担架に乗せられて救急車に運び込まれるの見て。

「ごめん、先に行ってて…」

 レイアたちにそう告げ、舞子はフワリと地面を蹴る。

 

 担架に乗せられた女の子とその母親は酸素吸入器を口に当てられ、すやすやと眠っているように目を閉じていた。


 救急救命士のひとりが、いきなり空から降ってきた御子に恐る恐る声をかける。

「…ぁ…あの?…この親子なら大丈夫ですよ。二人とも比較的軽症のようです」


「そう…よかった…」

 舞子は、ホッと安堵の手を胸に当てる。

 そして、そっと幼女の手を取り、その温もりを確かめた。

 と…

 不意に、ポロポロ…と翠玉色(エメラルドグリーン)の瞳から涙が溢れ始めた。


 この騒動で、多くの人の命が失われた。

 あのホームでそんな地獄絵図を目の当たりにした。

 ーーもっとわたしが…

 と、自責の念に囚われそうになる。

 でも…

 救えなかった命もあったけど、こうして救えた命もあった。それを確かめたくて舞子は女の子の小さな手を優しく両手で握り直す。


 救急救命士は、静かに涙を流す御子の横顔におずおずと声をかける。

「…ぁ…あの…ありがとうございます。俺たち、こんなことしか言えませんが…」


「うん、ありがとうございます。その言葉だけで、すごく嬉しいです」

 舞子は、にこりと笑顔で涙を隠そうともせず。

「それじゃ、あとはお願いします」

 ぺこりと丁寧に一礼をしてから、御子仲間の方へフワリと浮いて戻って行った。


 救急救命士たちは、その後ろ姿を見つめ、はぁ…と熱い嘆息を()らす。

「あれが噂の御子さんか…すげぇ…ホント飛んでるよ…」

「なんかまるで…女神様だったな…」

 こんな時に不謹慎だが、いい香りもした。

「ああ…俺もつい見惚れちゃったよ」

 俄然、やる気も湧いて。

「さて…俺たちも、俺たちにできることをしよう」

 無事に病院まで送り届ける、そうして母子を乗せた救急車は走り去って行った。



 その頃、静岡の富士川の田園地帯では。

「そろそろ来るがね?」

 山梨の御子、石和乙葉(いさわ おとは)は強張った表情で山裾にポッカリと開いた黒いトンネルを見つめる。


「ひああぁ…緊張するぅぅ。ねえねえ、乙葉ちゃん。アルティメットスパークキャノンと富士山(ふじやま)ビリビリビームとどっちがいいかなぁ?」

 静岡の御子、小夜山(さよやま)みかんは、大真面目に首を(ひね)る。


「どっちでもいいだども…どう違うん?」

「名前が違う!」

「んじゃ、昨日考えた必殺技は?」

「スペシャルギャラクティカ静岡スペシャル」

「どう違うん?」

「名前が違う!」

 無い胸を張るみかん。


「はぁ…全部同じゃんね。しかも、スペシャル、思いっきりかぶったじゃんね」

 ガックリと肩を落とす乙葉。


 長野の御子、安曇埜乃(あずみ のの)がまとめる。

「みかんちゃん。じゃあ、アルティメットギャラクティカキャノン静岡富士山ビリビリスペシャル、でお願い」


「おお、ノノちゃん、さすが。了解。それでいってみるにゃ」


「いや…長すぎるじゃんね、それ…」


 そして、その緩い会話の全てが司令室内に筒抜けだった。

 が…

 力が抜けそうになったオペレーターは、気を取り直すように声を張り上げた。

「ターゲット、エンカウトまで60秒!…全ユニットに向けてカウントダウン開始…57、56、55…」


 特0司令室内、そして富士川バックアップ部隊の緊張が一気に高まっていく。


「たのむぞ…」

 司令長官の引波五郎は、祈るようにメインモニターを見据える。


 日本最高峰を誇る霊峰(れいほう)富士。

 その(ふもと)で憑き物となった新幹線を待ち受ける3人の御子たち。


「ドキドキするじゃんね」

「お覚悟を…」


 そして静岡を護る御子、小夜山みかんが。

鬼魔ノ衆(キマノス)め…ようこそ、我が富士の麓へと還らん」

 三叉戟(トライデント)神起ノ具(かむのき)を得意気に構え、ニンマリとする。

「さーて、ぶっ放しちゃうよ」



 その頃、京都。

 鴨宮あずきは、特0からデータ送信されたばかりの動画を、特0から頂戴したばかりの最新のパソコンで再生していた。


 東京駅に突如出現した蒼白能面(そうはく)鬼魔ノ衆(バケモノ)

 その(おぞ)ましく不気味な姿が液晶画面いっぱい、アップになったところで、あずきは一時停止をクリックした。


 チッ…

 (わら)ってやがる。


 紅白に(またた)くMCリングに声を乗せる。

「ちひろはん、コイツ、何やと思う?…ウチもおとんも見たことあらへん」

 鴨宮家の過去の記録は全て、あずきの頭に入っているが、このタイプと大きさは知らない。


 リング通信の相手は島根の御子、姫榊(ひめさか)ちひろ。17歳。

 京の鴨宮家と同様に、古来から御子を代々受け継ぐ出雲(いずも)の姫榊家。

「確証は持てませんけど、かなり昔のタイプかと…」


「むかし?」


「うん、日本昔噺(にほんむかしばなし)


「昔話かぁ…鴨宮1300年の歴史よりも遥か前っちゅうことやな」


「古代種、と言ってもいいかもしれません。それこそ記紀(きき)に出てくる時代ぐらいの。そうね…八岐大蛇(やまたおろち)とか九尾狐(きゅうびこ)とかいった(たぐい)怪物(バケモノ)


「そんなごっついもんが何で今頃?」


「さあ…?…でも、これが紫兎ちゃんの言ってた、近い将来に起こり得る危機の始まりなのかも」


「…始まり…か…」


 あずきは、ちひろの言葉が胸に刻み込まれる間をとってから再び動画をクリックした。

 液晶画面の中で、線路から空へと離脱する御子たち。その下を嗤う新幹線が悠々と走り去っていく。


「ん…まあ、分からへんことは考えてもしゃあないな。ウチら御子は鬼魔ノ衆(バケモノ)から大切なもんを護るだけや」


 それが本質、ある意味、呪い。


「そうですね」


「…ところで、ちひろはんも島根に引き(こも)っとらんと、たまには京都に遊びに来たらええのに」


「ひ…引きこもりと違うもん!人混みと乗り物が苦手なだけです!…外国の人にエクスキュートミーなんて話しかけられたら死んでしまいます!」


「…いや…処刑(エクスキュート)したらあかんやろ」


「…ぁ…では、こうしましょう。めぶきちゃんが出雲に遊びにおいで。出雲そばもニシン蕎麦に負けず、美味しいですよ」


 MCリングが菫色(パープル)に光る。


「おっと、紫兎ちゃんや…」


 あずきは頭の中で、ちひろとのリンクをつないだまま紫兎とのリンクをつないだ。

 使い始めは戸惑いも多かったが、今ではかなり慣れてきた。


「めぶきちゃん…と、ちひろちゃんも、ちょうどよかった」


「紫兎ちゃん、そっちはえらいことになってんな。たばかりさんどす」


天手古舞(てんてこまい)とはまさにこのことです。富士川の映像(ライブ)をそちらにもつなぐから、しっかり見てて。意味は分かりますよね?」


「ああ、ウチの出番がないこと祈ってるで…」

「わたしも、そんな事態は避けたいところです」


 パソコン画面を切り替えると、小夜山みかんたちがちょうど夕陽を背に空に浮いてるのが映った。


「みかん、乙葉、ノノちゃん…頼むで、そこで食い止めんと、どえらいことになる」



「で?…どんな作戦なんだ?」

 特0司令室で五郎は、紫兎にこっそりと顔を寄せる。


「んっ?…何の話?」

 キョトンとする紫兎。


「…って、さっき言ってなかったか。ほら、できるだけ作戦通りに、とか」


「そうだっけ?…まあ武将オタクのノノちゃんがいるから大丈夫。()いて言うなら、ノノちゃんにお任せ作戦、かな?」


「ぅぅ…マジか…」

 五郎は泣きたくなってきた。


 …39…38…37…

 オペレーターのカウントダウンに緊迫が高まる。


 箱ヶ咲みらいを乗せた神奈川みらい機は、山を越えた先のトンネル出口の上空でヘリモードとなりホバリングしていた。


「みらい様!お気をつけて!」

「まっかせて!…行ってくるよ!」


 横の開口扉から、みらいが飛び出し。機体はツインローターの可変翼をそのままに、今来た山の方へ離脱していく。


「ノノちゃん、準備オッケーだよ」

 みらいがリンクに加わる。

 

「来るわよ。鶴翼(かくよく)の陣で迎え討ちましょ」

 埜乃が提案した。

「かくよく?」

「何それ?」

 みかんと乙葉が、ん?と首を傾げる。


「わたしがこっちで、乙葉ちゃんはそっちから。もし、あのウネウネが復活していたら、まずは左右からブッた斬ってしまいましょう」

 清楚な顔に似合わず強い言葉で、埜乃が配置の方向を指し示す。


「わたしは?」


「みかんちゃんは大将よ。正面からタイミングみて、思いっきりドーンとぶっ放してちょーだい」


「おお!大将かぁ。よーし、ドーンとがんばっちゃうよ」

 みかんは嬉々と腕(そで)を捲った。


 乙葉と埜乃が線路を挟んで左右に展開した位置で待ち構える。その中心、みかんを最後方の頂点とした扇三角形。 つまりV字である。


「みらいちゃんは、頭が出たら後方から目一杯の雷を落として。気をつけて。通り過ぎるのは、ほんの一瞬よ」


「ほいきた、おまかせ」



「…ほう…鶴翼の陣、プラス1やね」

 モニタースクリーンを見上げて、二條いちみは感心する。


 高速で直進してくる鬼魔ノ衆を迎え撃つには、最適の陣形とも言える。さらに背後からプラス1の箱ヶ咲みらいが追い込む形となる包囲網。


「…10……9……8……7……」


 小夜山みかんがフルパワーの構えに入る。


 富士の麓からの地脈の神霊気がビリビリとみかんに蓄積されていく。

 その小さな体躯から眩いばかりの魔光の粒子が沸き立ち。神起三叉戟(かむのき)は、ブーン…と地脈と共鳴しながら黄金色(こがねいろ)を帯び始めていた。


「…2……1……出ます!!」


 ゴゥッッ!!

 トンネルから憑き物新幹線が猛烈なスピード。


 出た!…


 その出口の上空。くるくると旋回しながら待ち構えていたのは箱ヶ咲みらい。

「…っ…しゃ!」

 タイミングを合わせて宙を蹴り、そのまま上空からいきなりトップスピードで追走する。


 …うひっ…うひひっ…うふっ…ひゃはっ……

 蒼白(そうはく)の能面が不気味に(わら)っていた。


「何あれぇ?…ほんとうに顔があるぅぅ…」

「うぅ…キモイじゃんね…」

 みかんと乙葉は、その禍々しさに(おのの)く。


「ただの的よ、しっかり」

 埜乃が鼓舞する。

 

 狂ったように高嗤う能面の裏側から、縮んでいた硬節触手が蜘蛛の巣のように一気に広がり伸び切って、その矛先(ほこさき)が正面に向けられた。

 線路に立ち並ぶ送電ゲートをものともせずバラバラと弾き飛ばしながら、その数8本。ここに来るまでに完全再生したようだ。

 能面鬼魔ノ衆(キマノス)…交戦体勢ーー


「ターゲット、速度が上がります!…200!…いえ…一気に250!」


「くっ!…何だと?」

 五郎が耳を疑う。


「スピードで振り切るつもりね…」

 いちみは驚きを隠せない。

 すでに電力を落とされた新幹線を走らすだけでなく、硬節触手を全て再生までして、さらにスピードを上げるだなんて…

 いったい、どこにそんな妖力が?


 みらいは、鬼魔ノ衆のスピードが上がったのを見て。

「逃っがさないよ!…ええい!超電雷(エレクトリカル)演舞(パレード)!!」

 考えるより先に、避雷針のような神ノ起具(かむのき)を振り下ろしていた。


 バリ…バリッ…!!

 

 夕暮れに色濃くなる蒼穹(そうきゅう)(またた)いた幾条もの稲妻が神ノ起雷針(かむのき)を中継し。その切っ尖から放出された浄化の放電龍が鬼魔衆ノの硬節触手を2本まとめて貫いた。


 さらに…

「もーう、一発ぅぅぅ…!」


 周りは田園地帯。何も気にせずフルパワーを放てる。

 振り下ろした神起雷針(かむのき)の遠心力で体ごと縦回転させ、浄化の稲妻を連射する。


「いいっ!けえぇぇぇーーー!!」


 バリバリバリッ…!と雷鳴が(とどろ)き。


 空気を焼き裂いたような浄化の放電龍は、その(あぎと)で捕らえた反対側の節触手を2本、またしても一瞬で黒塵に変えた。


「おおぅ、ナイスコントロールじゃんね!みらいっち!」

 右翼で構えていた乙葉が胸の前でグッと拳を握る。


 渾身の2連発を放った箱ヶ咲みらいは、ゼーゼーと、肩で息をしながら宙で膝に手をついた。

「ふぅ…もうエネルギーゼロ。あと、よろしく…」


 残る節触手(うで)は左右に2本づつ。


「乙葉ちゃん、来たわ!根元を狙って!」

 埜乃は粒子を纏って神起刀(かむのき)に神気を送りつつ。


 時速250キロで向かってくる憑物新幹線(バケモノ)の速さは尋常じゃない。節触手を一撃でもくらえば…いや、かするだけでも命こそ危うい。

 鶴翼左右の二人が外せば、一瞬で通り抜け、孤立したみかんの身も危なくなる。

 けれど地の利はこちら側にある。

 そう…

 (まと)は直線で向かってくるだけ。


「いぃくじゃんねぇぇぇーー!」

「はあぁぁ…ッ!」


 それぞれ左右に広がって乙葉と埜乃は連舞のごとく残った節触手に狙いを定めて神ノ起具を振り下ろした。

 紫耀と翠光、二条の魔光の大砲が眩く連なって空を走る。

 残った節触手を根元から撃ち抜き。千切れたそれらがブワッと置き去りに放り出され黒塵状になって消し飛んだ。


 ここまでわずか30秒たらず。

 富士川のバックアップ部隊は、攻める御子の強さに呆気にとられた。

 うぉぉ!マジか…!?…

「…凄えぇ……」

 御子たちは、あっという間に鬼魔ノ衆を無力化してしまった。何というチームワーク…

 

 二條いちみが明言した通り、来ると分かっている所に直線で向かってくるだけ。

 憑き物新幹線がどれほど速かろうと、節触手を伸ばしくねらせたとしても、その生え際は動かすことはできない。

 そこを狙えばいいだけ。


「よしっ!…いいぞ!」

 思わず五郎がガッツポーズで拳を握る。


 これで敵の厄介な武器を全て封じた。

 あとは…


「みかん!」

「みかんちゃん!」


 ゴオっ…!と風切り、埜乃と乙葉の足下を高速で通過する憑き物新幹線。それを見送るようにバトンを渡したみかんのフルパワーの巻き添えを食わないよう、二人は陣形から広く左右に離脱していく。


 今や丸裸同然の不気味な能面を、そのド正面で待ち受ける小夜山みかん。

 あとはただ、その神起三叉戟(かむのき)を乾坤一擲、振り下ろすだけ。


「んんんっ!…アルティメットォォォ〜…えーと…なんだっけ??」


 両腕ごと上段に振り上げた神ノ起具の三叉に、溜まりに溜まった霊峰富士の神霊気。

 ブォーン…と。

 形成された電磁結界波の光球が膨らみ切って、今にも爆ぜそうな音を立てている。


「何でもええから早よ撃てーー!」

 大声で叫ぶ乙葉。


「とにかく!…スペシャルーーー!!!」


 小夜山みかんの渾身の一撃。


 その田園一帯がスパークするような、大きな白い光に一瞬包まれ。

「うおおぉぉぉっ…何だ!?」

 富士川バックアップ部隊は目を(すが)め、思わず手をかざした。


 渦巻く超電磁波結界砲(みかん自称)が、まるで龍の咆哮(ほうこう)のような唸りを上げ、能面新幹線の正面にドーン!と直撃。

 魔光の大渦はそのまま車両を包み込み、その後方へと竜巻のように突き抜けていく。


「やったじゃんね!!」

 乙葉が拳を突き上げ歓喜をみせる。


 京都で映像(ライブ)を見ていためぶきも、白光る画面に思わず目を眇める。

「うえぇぇ…光って何も見えへん。みかんの一撃、えげつないな…」


 そして司令部では。

「…ターゲット、速度落ちます。180…140…100…70…」


「やったか?」

 五郎がいまだ白光るモニターに手をかざす。


 ハァ……ハァ……ハァ……

 小夜山みかんは、肩で大きく呼吸をしながら放った魔光の行方を確かめていた。

 手応えは十分。

 渦巻いた魔光が新幹線の最後尾を抜け切り、蒼穹へ駆け昇っていくのを見届けてーー


 ゾクリ…と、みかんの背筋に嫌な戦慄が走った。


 安曇埜乃が、それを目にし驚愕する。

「そ……んな……信じられない……」


 ゴロゴロと惰性で進む新幹線。そこに、能面の…蒼白い不気味な顔がまだ残っていた。

 相当なダメージはあったらしく、ブスブスと燃え尽きたような瘴気(しょうき)を吐きながら、その()からびて(しわ)ばった顔がぐったり下を向く。

 が、しかし…

 グ…グ…っと持ち上がる能面の、その不気味な黒瑪瑙(くろめのう)のような目が、ギロリと()き開いた。


「…ターゲット……ぅっ……」


「何だ?…どうした?」


「そ……速度が、上がります!…90…120…150…ぅ…ぁ…200!」


 ビキ…ビキ…と、ヒビ割れていた蒼白い能面がみるみると再生していく。


「…う、嘘やろ……信じられへん…」

 二條いちみは驚愕のあまり言葉を失う。



「…くぅ…ぅ…もう…一発…ッ」

 小夜山みかんはフラつきながらも、神起三叉戟を頭上に振りかざすしてみるが、もうあれほどの一撃も放つ力は残されていない。

 そんなはずはない。だって…龍脈の霊気全てをその一撃に込めたハズ。なのにーー


「みかんちゃん!」

 ぐらっと空から落ちそうなみかんを、飛んで駆けつけ埜乃が支え。


「そんな…」

 その(かたわ)らで言葉を失った乙葉が愕然(がくぜん)と憑き物新幹線を見送る。


 …ふひ…っ……ふひゃ…は…

 能面が嗤う。

 茫然自失の御子たちの足下を、嘲嗤(あざわら)いながらも速度を上げて悠然と走り抜けていってしまう。


 ざわっ…と。

 富士川の橋で待機していた自衛隊が騒然とし始めた。

 信じられん…

 あれほどの攻撃を受けてなおーー


「御子が突破されたらしい!こっちに来るぞ!」

「橋の爆破準備は?」

「いつでもいけます」

 爆破起動のキーが回され、起動ボタンが赤く点灯した。

「総員、退避!…退避だ、橋から離れろ!」


 その頃、東京駅の特0の特殊車両内。

 供物の餡蜜(あんみつ)を〈補給〉しながら、富士川作戦の映像(ライブ)を見てた神薙(かむなぎ)舞子が、ハッと思い当たる。


 あの木の根のようなモノ…あれだ…


 この能面(バケモノ)は、鬼魔蟲(むし)から妖力を吸収しているに違いない。

 つまり、車両内にパンパンに詰まった蟲の群れは能面(ヤツ)のガソリンタンク。


「…くっ…そ……止まらんぞ…」

 五郎は歯噛み、モニターを見上げる。


「大丈夫、五郎ちゃん。二の矢は準備してあるのです」


 それまで黙って戦況を見つめていた紫兎が、コンソールパネルに指を走らせながら微笑んだ。


「二の矢?」


 ーーそう、奥の手…

紅葉(もみじ)ちゃん、けむりちゃん、出陣です」


 ゴーッ…と能面新幹線が爆進する先の線路上で、ひときわ大きな魔装槌(ハンマー)神起具(かむのき)を片手に縦持ち、仁王立ちを見せるのは、広島の御子、大和路紅葉(やまとじ もみじ)


 赤とオレンジの巫女装束に楓葉(かえでは)を模した可愛い帽子がチョコンと頭に乗る、16歳。


「ウチの出番じゃけんね。鬼魔ノ衆(キマノス)め!こん先は、この紅葉(もみじ)さんが一ミリも通さん!!」


「なっ!?…紅葉だと!?」

 メインモニターを見上げる五郎の口が馬鹿みたいに開いたままになった。


 広島の御子がーー、なぜ…そこにいる!?


 さらに…

 大和路(やまとじ)紅葉(もみじ)の背後にもう一人。

 なんと、大分の御子、由布ノ原(ゆふのはら)けむり。


「ぇっ?…嘘やろ…大分のけむりちゃんまで…」

 いちみも唖然と見上げる。


 水平飛行モードで最高時速500キロを誇るSMT194。

 だとしても、彼女たちの地元からこの短時間で到底駆けつけられる距離じゃない。


 なぜだ?…と振り向く五郎に。


 紫兎は、クスッ…と。

「説明は後でね…」


 メインモニターに、ぐっと腰を落とし神起魔装槌(ハンマー)を構える紅葉の姿が映る。



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