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日ノ御子戦記〜うさうた〜  作者: おはよう太郎
PR00 プロローグ
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 ♪〜うさぎは何見るどこ跳ねる〜

 ♪〜まん丸月見て哭き跳ねる〜


 今よりおよそ1800年前、この国に邪馬壹(やまたい)と呼ばれる連合国があった時代。

 とある地方の山裾に広がる田園地帯。雲一つない秋晴れの高く抜けるような蒼穹(そうきゅう)の下で、人々は腰を折り、収穫を迎えた稲穂の刈り取り作業に忙しい。

「ふーーっ…」

 麻布をその筋骨隆々な身に巻いただけの簡素な装束。日に黒く焼けた太腕で額に浮く汗の粒を(ぬぐ)い取り、鋸鎌を持つ手を休めた男がトントンと、その柄で屈みっぱなしだった腰を(いた)わる。

 そして刈り取ったばかりの稲穂の一房をしげしげと眺め。今年の出来はまあまあだ…と太い眉を満足気に吊り上げ口元を緩めた。

「…ん…?」

 男の周りの陽射しが不意に(さえぎ)られて、スーッと黒い陰をつくった。


 はて?…雲は無かったはずだが…


  (いぶか)しながらも空を見上げ、直後、男は硬直した。

 …!!…な…ッ…

 驚き見開かれた双眸(そうぼう)に映ったものは、高く澄み渡る青空に浮かぶ白い雲…ではなく。


 …顔…??

 

 巨大な丸い、青白い顔のようなモノが頭上に突如としてあった。

 不吉で禍々(まがまが)しい、白面の。


 ゾォッ…と、男の背筋に戦慄(せんりつ)が走った。

 逃げなければーー

 だが魔に魅入られたようにその場で一歩も動けずにいる。

 すると。

 その青白い顔のようなモノの口らしきが細三日月のように頬までパックリと裂け広がった。


「…ひ…ぁ……」


 まるで鬼々とした(わら)いを浮かべているようにも思えた。大きく裂け広がった赤黒い口の、その奥はどこまでも深淵(しんえん)の闇のよう。

 それがーー

 男の生涯最後の記憶となった。


 ガリ…ッ…


「ひぃ…っ!!」

 ひとりの男が頭から半身を喰われたのを目にし、人々は息詰まるような喉鳴(のどなり)を上げた。

 そして、のどかな稲作場に忽然(こつぜん)と現れた巨大な物ノ怪(もののけ)に。

「うわぁぁぁ!」

「きゃあァァ!」

 やっと確かな悲鳴を叫びながら、まるで水をかけられた蟻のように散り散りに駆け出す。


 鬼魔ノ衆(キマノス)。それは、人とはまるで姿形を(ことな)禍殃(かおう)な種族。この世の(けが)れた邪気が具現化したものと信じられ、神出鬼没に顕現し人の血肉や魂を喰らう。

 まだまだ穢れとの境界が曖昧だったこの時代において、ソレは、いとも容易(たやす)く人々の目の前に現れる存在だった。

 

 これほどの巨躯(きょく)を持つ鬼魔ノ衆(キマノス)は稀で、だから呼び名はまだ無い。

 まるで蜘蛛のような、八本の節ばった長い触手を脚のように、あるいは鞭のように自在に操りながら逃げ惑う人々をただ黙々と追い回す。

 それら八本の生え際の中心で青白い顔のような不気味がぶら下がり、ユラユラと、まるで揺り籠のように揺れていた。そして追い詰めた人々の頭上でぱっくりと裂けた細三日月のような口を開き、その血肉と生気を無惨にも喰い尽くしていく。

「ばばば…化け物だぁーーっ!」

 恐怖とともに追い詰められ、そう叫んだ誰かもすぐにガリっと頭から喰われた。

 人々はそれでも無駄な抵抗をやめない。手にしていた鉄鎌や(くわ)をやたらめったらに振り回してみるのだが、その外殻硬質な節ばった触手に傷ひとつすら与えられず、次々とただ捕食されていく。


 そうして長閑(のどやか)だった農作場が血飛沫の修羅場と化し、すでに20ほどの老若男女が犠牲になった頃だった。

 (さん)と照る太陽が(まば)ゆい蒼穹から、鳥のように飛来する人影が現れる。

 逃げ惑う麻装束の人々とは一風異なる白袖緋袴の絹装束。

 3人の少女たち。

 それぞれが(つるぎ)(やり)のような、神ノ起具(かむのき)と呼ばれる固有の武具を手にし、舞い降りて白面の怪物を上空から取り囲む。


 外敵に気付いた鬼魔ノ衆(キマノス)は、どういう関節か、くるりと白面を上に向け。どういう構造か、伸縮自在な節触手の2本だけ細く異様に伸ばし。浮遊する少女たちを蝿のごとく叩き落とそうと振り回し始めた。

 ゴォっと風斬る伸縮鞭の波状攻撃を、蝶のようにヒラヒラと(かわ)しながら、少女たちは間合いを測り、機をみて反撃が始まる。

「はあっ!」と一喝。

 神々しい光球がそれぞれの手指から放たれた。


 はたしてそんな感情があるのかどうか、だが怯んだように見えた怪物を、すぐさま神ノ起具(かむのき)で斬りつけていく緋袴の少女たち。

 目にも止まらぬ迅速を以て、節触手を次々と薙ぎ払い。三位一体の連携でその斬撃を白面に叩きつけていく。

 その柄にすずでも装飾されているのか、シャン…シャン…と涼凛とした音色が鳴り。血飛沫のまだら模様の広がる金色の稲穂の海にザァっと秋風がそよぎ渡る。


 それが浄化の始まり。

 まるで巨大な土蜘蛛に3匹の白蜂が針刺すように襲いかかる光景。

「…ぁ……ぁぁ…」

 逃げ惑っていた人々は、茫然と目を(しばた)かせながら、ただ立ち尽くす。


 シャン…シャン…と鈴の音だけが涼しげに、ただ粛々と、これほどの物ノ怪をみるみると削り取り。その実体を塵墨(ちりずみ)へと変えていく。

 それは戦いというより、神々の厳かな演舞なる儀式を見せられているような、どこか幻想的な光景で。

 ついには同時三方から(とど)めの閃光が眩しく放たれた。


 白面の怪物は砂塵(さじん)のように消し飛ばされ、あとは蜻蛉(とんぼ)の群れが散るようにもはや跡形もなかった。

 浄化を終えたばかりの3人の少女たちが、いまだ黄金色(こがねいろ)の稲穂の波の上に浮いている。

「…常世の彼方へ還り給え、畏み、畏み申す」

 鎮魂の祈り、その唱和の澄み声が人々の耳に届き始めると。

 助かったーー。

 かろうじてその場を生きながらえた人々も揃って手を合わせ始める。穢れの残滓(ざんし)に鎮魂を祈り。そして膝を折り大地に平伏し、かの少女たちに向かって感謝の意を捧げる。


 ーー日ノ御子(ひみこ)さま…と。


 ここ大小30ほどの地方の国々が連合統一として成り立つ邪馬壹国(やまたいこく)において、人々は、特殊な能力を以て鬼魔ノ衆(キマノス)(はら)い鎮める少女たちを総じて王と崇め、総じてそう称する。


 その後、大陸に伝わる後漢書(ごかんじょ)の一部には、卑弥呼(ひみこ)と字を変え蔑称され、だが、このように記されている。

 [事鬼神道能以妖惑衆鬼] 

 ーー鬼神道に(つか)え、()(よう)(もっ)て鬼の衆を惑わす。


 つまり、かの少女たちこそが、地脈からの神霊気を操り、神ノ起具(かむのき)を以て鬼魔ノ衆(キマノス)を浄化する能力を有した日本国最古のーーそう、現代風に言えば、魔法少女たち。

 それが当時、邪馬壹(やまたい)全土に50人ほども存在し、一大コミュニティを形成していた。


 ところが、ある日。不吉な皆既日食を契機(トリガー)に、邪馬臺国全土に鬼魔ノ衆の大群が出現した。

 その数、壱千鬼(せんき)とも弐千鬼(にせんき)とも言われる百鬼夜行(ひゃっきやこう)絵巻さながらの大厄災が起こる。

 そんな邪馬壹国存亡の危機に、日ノ御子(ひみこ)たちは結束し勇猛果敢に立ち向かった。

 だが神出鬼没な大群の波に苦戦を強いられ、ジリジリと傷つき追い込まれていく。

 壮絶な戦いは7日7晩も続き。人々の半数以上が死に絶えた頃に忽然(こつぜん)と、そう、まるで南方海からの暴風雨が走り抜けたように、ある日忽然と。

 日ノ御子(ひみこ)たちの姿は、あれほど大量に暴威をふるっていた魑魅魍魎ともども消え失せてしまった。


 その事象に呼応するかのように邪馬壹(やまたい)の時代は徐々に終焉(しゅうえん)を迎え。代わって大和朝廷がこの国の覇権を握ることとなる。


 しかし、日ノ御子(ひみこ)たちが有した不思議な能力(ちから)は、地中に深く張った木根のように細々と、そして脈々と、時代の流れとともに受け継がれていった。


 時は大きく流れ、20**年の盛夏。

 行き交う多くの人々で混雑する東京駅の構内。


 ーーまずい。急がなきゃ…


 能力(ちから)を受け継いだ一人の少女が、眉根を寄せた険しい双眸(そうぼう)で、トン…トン…と人波を縫うようにその行き足を早めていた。


先ずは、読んで頂きましてありがとうございます。

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