従兄弟の事情
「まぁ、まずは座りません?」
わたしは椅子を勧めてみた。
長くなりそうだし。
ついでにメイドさんにお茶を持ってきてもらうように頼む。
セバスチャンは素直に腰掛けると、両手を組んで机に乗せた。
そしておもむろに口を開くと
「御従兄弟様は大変誤解を受けやすい方ですのですが、本来はとても繊細で賢い方なのです。そこをまずはご理解いただきたい。」
と言った。
最初にフォローかい。
ってことは、おそらくそうじゃないってことだ。
ざっぱな馬…ごほんごほん…大胆で多少思慮が浅いということか。
わたしはコクコクとうなづいて先を促した。
「プリスさま…御従兄弟さまのお名前ですが、先程も申し上げました通り、先月よりこちらへおいでになっております。プリスさまは、実は雪白さまの許嫁でございまして」
「許嫁⁈ あっ、失礼」
ひょんな展開に思わず声がうわずった。
「はい、さようでございます。ですがこのお約束は雪白さまのご両親とプリスさまのご両親でのみ交わされたお約束でございまして、お二人のご意志ではございません」
ほうほう、いわゆる政略結婚てやつ。
「それでもお二人とも幼い頃より仲睦まじく、私どもも大変微笑ましく見守っていたものです」
セバスチャンは少しの間遠い目をしてから、軽くかぶりをふり
「昔のお話です」
と言った。
「成長されたお二人、というより雪白さまは美しい上に大変聡明になられ、実の御母堂さまを亡くされてからも、時折沈む様子はあれど、気品あふれる姿にお変わりございませんでした。
御母堂さまを亡くされたことも影響しておられるのでしょう。こちらが心配するほどに大人びた考え方や物腰を身につけ、無理をしているのではと心配になるほどでした。
薔薇紅さまのことも影響しているのかもしれません。
王が再婚された時、薔薇紅さまはまだ幼子でいつも御母様とご一緒か、そうでなければ必ず誰か人の目のあるところにおられました。
けれど、一度だけ薔薇紅さまがさらわれかけたことがあるのです」
セバスチャンはお茶で口を湿らせた。
「幸い、賊はすぐ捕まり打首獄門、薔薇紅さまも怪我ひとつなく救い出されたわけですが、なぜかそのことに雪白さまが責任を感じておられたようで、ひどくご自身を責めてらした時期がございました」
打首獄門ってどこの時代物ですか、というツッコミを全力で抑え込んだ。
「雪白さまのせいではない、目を離したのは大人も同じ、何もなかったのだから、と言葉をつくしても納得されることはなく、薔薇紅に何かあったらわたしの命で償うと言い続けておられたのです」
「それで?」
黙り込むセバスチャンに相槌をうつ。
セバスチャンはこの先も話すべきかどうか逡巡しているように見えたけど、そうではなかった。
「一旦お茶を淹れなおしましょう」
お茶を注ぐ間、わたしたちは何も言葉を発しなかった。
「その一件からですね、雪白さまが大人びた風にしていたのは。早く大人になりたい、大きくなりたい、と始終おっしゃっていたのは」
「……」
「その頃のプリスさまは天真爛漫な甘えん坊といった風で、人の心にさらりと入り込むことがうまいお子様でした。たまに度を超すこともありましたが、『プリスさまのことだから』と皆、許していたように思います」
いわゆる愛されキャラというとこか。
天然?
「ご想像がつくと思いますが、大人になりたい雪白さまと子どもの特権をフルに活かしていたプリスさま。お二人の距離はあっという間に離れてしまいました。
ですが、城にはもう1人、薔薇紅さまがいらっしゃいます。プリスさまは気まぐれのように薔薇紅さまのお相手をされることもあり、薔薇紅さまはそれを大層心待ちにされていたようでした。
プリスはまぁだ?と小首を傾げて尋ねる様子は城の者皆の心を掴んで離しませんでしたね」
少し微笑んでから
「それも昔のことです」
と言った。
「さて、長い前置きでしたが、これでおおよそ見当がついたかと思われますが?」
と、いきなり話を終わりにしてきたよ!
「いや、せっかくなので最後まで話してくれません?今自分で前置きつったじゃん。本編なしには終われませんよ」
と、わたしは手をヒラヒラさせて言ってみた。
ちょっとやってみたかったのよね、これ。
セバスチャンは軽いため息をついて
「そうですよね、万が一と思って言ってみただけです」
と言った。
なんなん、この人。
まぁいい。
最後まで聞こうじゃないの。
既にすっかり夜も更けていたけど、聞くまでは寝れませんて。
「そう、それから数年は微笑ましい間柄でございましたが、プリスさまの成人の儀にその均衡が崩れてしまったのです。
プリスさま13歳、雪白さま12歳、薔薇紅さま9歳のこ
とでした」
13歳で成人か!
早いな。
「儀式の後、王族や位の高い貴族は婚約も発表するしきたりとなっており、ご多分にもれずプリスさまもご婚約発表がなされたのです。
もちろんお祝いの席ですし、ご両家のお約束がありますから雪白さまもご婚約者として参列するつもりでいらっしゃいました。
ところが婚約の儀の直前、雪白さまがいなくなってしまわれたのです。
誘拐ではないか、と王族親衛隊が全力で探したところ、雪白さまは庭にいくつもある中でも1番寂しい場所の東屋に、ひっそり佇んでおられました。」
そういうと、セバスチャンはわたしの目をまっすぐのぞき込んだ。
あまりに強い光を感じ、いささかたじろいだけれど
「雪白さん……身動きとれなくなっちゃったのね」
と、思ったとおりに口にした。