白雪姫?
「ではご説明します」
窓口エルフは話し始めた。
「今回のご依頼は、雪白さまの家出のサポートになります。家出先は身の安全が確保できるならどこでも良いとのこと。家出期間はなるべくなら1年。一年未満でも状況によっては可能です。家出中はサポートしてくれる方―あなたですね、翡翠さん―に全てをお任せいたします。その間の金銭的負担は、報酬とは別に雪白さまがご負担いたします」
家出?
そう来たか。
実は、依頼主の雪白という名前から、あの有名な話―白雪姫―ではないかと見当はつけてたのよね。
雪白=スノウホワイトだし。
白雪姫は、こういう話だった…
お妃を亡くした王様が後添えをもらったんだけど、後添えは日に日に美しくなる義理娘が気に入らない。
猟師の手で捨てられた白雪姫は、とある小人たちのお世話をすることで一緒に住むことになる。
それを知った後添えは何度かトライした結果、白雪姫を殺してしまう(という勘違いをおかす)。
白雪姫の棺を埋葬するために運んでいる途中、どこぞの王子が見染め、思わずキスをすると息を吹き返し、そのまま王子とハッピーエンド。
けど、今この人「家出」って言ったよね?
でたよ、また変なベクトル。
継母から意地悪されてるんじゃないの?
お城にいたいんじゃないの?
怪訝な顔をしていたのだろうか、「…なにか?」と聞かれてしまった。
「あ、いえ。何でもないです。ではわたしは、雪白さんの保護全般と生活を共にするということでよろしいのでしょうか」
「そうですね。家出先を確保するのに日数が必要かと思いますので、1週間を目安に準備をお願いします」
「んん?1週間ですか?」
短すぎやしないですか?
「短いのは承知の上ですが、雪白さまのご都合もおありなのです。来週の今日までに準備を整えて、またこちらまでいらしてください。窓口で翡翠さんの名前を名乗ってくだされば、雪白さまへこちらからご連絡いたしますので」
窓口エルフはそう言うと、ガサガサと書類を差し出して
「こちらが契約書になります。条項をお読みの上、サインをお願いします」
と言った。
ここからの流れはいつも通り。
一度、危うく契約書に無い内容の依頼も後から盛り込まれかけたことがあったので、条項は全て読むことにしている。
ふんふん、今の説明通りだね。
1.家出とその間の生活補助全般
2.身の安全の確保と身辺警護
3.命に関わらない限り、依頼主の希望に沿うこと
4.期間は最長1年、結果次第ではそれ未満でも可
5.1年経っても解決しない場合、依頼主は依頼を解消する
6.報酬は前金で5000P、一か月ごとに1万P、成功報酬として5万P
依頼解消となった場合も返金は求めないが、解消金は支払われない
報酬の他に、支度金と生活補助金をその都度支払う
7.何があっても、依頼主のことは口外しない
報酬が破格すぎやしませんか!
こちらの1000Pは、日本円にしておよそ1万円に相当したはず。
そんなのをポンと出すなんて、普通に考えれば物凄くアヤシイ内容か、物凄く危険な内容なんだけど、白雪姫だとするなら、一国の王女だもんね、実はそんなに高額ではないのかも。
契約書を見て固まったわたしを見た雪白は
「すまない。面倒な内容だったか。報酬額もそれがギリギリ精一杯なのだ」
と、申し訳なさそうに頭を下げた。
「あっ、いえいえ、違うんです。内容は先程の説明と同じですし、報酬は多いほうに想定外だったもので」
まぁ、確かに面倒といえば面倒だけど、『白雪姫』に従って動けばいいだけだからねぇ。
頭を下げた雪白をみた窓口エルフは慌てて、
「内容に不備がなければサインを‼︎」
と、半ば放り投げるようにしてペンをわたしによこしたのだった。
わたしはペンを取り、翡翠とサインして、契約書を窓口エルフへ渡した。
窓口エルフは、契約書の一部に書き込みをし、切り離してわたしに渡してくれた。
これはこの依頼を受けていますというより証明になる。
以後、この件に関してはこの紙が全てになるのだ。
「ではこれで契約となります。雪白さま、どうぞこちらへいらしてください。翡翠さん、すみませんが今しばらくお待ちくださいね」
窓口エルフは書類を抱えて、雪白とともに部屋を出た。
部屋を出るとき雪白はちらりとわたしを見て何か言いたそうにしたけど、すぐ前を向いて行ってしまった。
はぁ〜。
そうそう、ここには契約書のコピーなんて存在しないので、後で控えを写しに行かないと。
それと、準備するのにわたしの住むとこをまず確保かな。
そしたら、この辺の状況を聞いて、ドワーフの住む森を特定して、そこに行けばいいよね。
住むところはギルドの側に依頼を受ける人用の宿があって、いつもそこを借りているんで、そこでいっか。
宿には各方面からあらゆる人が来ているから、ここで語られなかった情報も手に入れることが出来る。
そう。
わたしの最大の疑問。
なんで身分隠して家出?
もしかして、継母に疎まれていること知ってる?
既に殺されかけた?
っていうか、普通、あの年頃なら『独立』でもいいよね?
あえて家出なんて、ちょっと子どもっぽいんだけど、箱入り娘なら(王女ならありえるし)なくもないのかも。
なんて考えていたら、窓口エルフが戻ってきた。
「翡翠さん、お待たせしました。では参りましょう…の前に一つお約束してください」
あらっ、こんなの初めて。
「雪白さまのことは、どうか完全口外法度でお願いします。もし誰かに話してしまったら、今回の依頼は解消の上、違約金10万Pをお支払いいただきますので、くれぐれもご注意くださいね」
エルフにしては凄みのある笑顔でそう迫られたら、高速で頷くしかできないよ〜。
誰にも言いませんて!
そして部屋を後にし、依頼書の写しを作成して、前金を受け取って、ギルドを後にしたのでした。
その足でいつもの宿へ行く。
「こんにちはー!あれっ、翡翠さん、こんにちは!」
宿の一階は大抵食堂になっている。
イヌ耳の女将さんから、元気よく声をかけらた。
「女将さん、こんにちは!またお願いしますね」
「はーい!どうする?夜ご飯までまだ時間あるけど、先に部屋にいく?」
「そうしようかな。今回はちょっと長めにしたいんで、お風呂とかついてる部屋だと嬉しいかな。けど、なるべく安くしたいかも」
「そうねぇ、じゃちょっと待ってて」
女将さんは片付けをしていた手を止め奥へ消え、台帳をもって出てきた。
難しい顔をしてペラペラめくっていたけど、すぐ明るい表情になって
「ちょうどいい部屋が空いたとこだったよ」
と、手招きした。
わたしたちは上の階へ上がり、一つの部屋の前で止まる。
「希望通りだよ。お風呂ついてて安い部屋。ちょっと狭いんだけどいいかい?」
どうせ帰って寝るだけだもん。
即決です。
部屋を借りたわたしは、少し日用品を調達するために外に出た。
ヨーロッパの昔の田舎風な街並み。
村という方が近いかも。
さぁて買い物買い物、と歩き出した途端、誰かに肩を掴まれた。