お嬢さまの私。
※本作は、フェティシズムが強すぎると感じる場合もございます。ご拝読いただく方は、その点に留意してお進みいただきたく存じます。
そろそろ、お嬢さまのお声がかかるころでしょうから、私はこれにて失礼いたします。
ぱく、モグモグ。
私は、毒見役でございます。お嬢さまの奴隷のメイドでございます。
そしてお嬢さまのご健康を、お守りするのが私の役目にございます。
ですから、私はお嬢さまにお出しする物と、全く同じものを常に食べ、そして、お嬢さまのお口に運ばれる前に、もう一度、お嬢さまに配膳される皿から直接一口、先にいただきます。
そうして、鉱山のカナリヤになることが、私の役目、人生にございます。
ごくん。……大層美味しゅうございました。
ここで唇を舌なめずりするなどという、はしたない行為はもういたしません。お嬢さま付きの女家庭教師に、私まで怒られてしまいます。
かつて、お家が断絶する騒動にまで発展した侯爵家に、長く仕えた家令の家の娘、それが私。王族派の最右翼だった侯爵さまに、お嬢さまのお姉さん役として育てられ、最終的に、政略の道具になる予定だった娘が、私にございます。
ですから。お嬢さまのことは、生まれたころから存じ上げております。
「美味しい?」
「……もちろんにございます。」
貴人の顔を見てはいけないという仕来りがございます。
ですから私たちメイドは、常に顔を伏せがちにしなければなりません。
それは同時に、王さまや王子さまに色目を使えなくするという、実用的な意味もございます。
「なら、どうしてそのように、楽しそうじゃないのかしら?」
「……お嬢さま。」
楽しそうなんて、私たちには許されないことでございます。
特に、食事中などという、メイドの目の多いところでお嬢さまに向けて良い表情ではないのです。
そして暗に、答えづらいことで、お嬢さまに抑えていただかなければならない場面では、私たちは「お嬢さま。」と答えるよう教育されています。
そもそも、お嬢さまの言葉に、直ぐに反応してもいけないことは、お嬢さまもご存知でしょう。
「そう、まあいいわ。」
お嬢さま。私は、私を救っていただいただけでも十分に幸せでございます。
元々は、貴族家の傍流の娘。見目麗しく育てられ、老い先短い方の後妻や商家に嫁ぐか、あるいはどこぞの御曹司に見初められたらと夢見るはずが、すべてを失った私。貴族の所有物として価値を大幅に損ね、行き遅れた私。
お父さまやお母さま、他の方々の行方は終ぞ知らされておりません。きっと、口に出すのも憚られるような結末を迎えたのでしょう。
それなのに。お嬢さまは私を奴隷として買い上げてくださり、毒見役として仕える機会をくださいました。
それだけで十分でごさいます。
私は、いつかお嬢さまのために儚くなりましょう。前任の毒見役のように。
それだけで、十分なのでございます。
ですから。
「食べさせなさい。」
などと、おっしゃらないでくださいませ。
「直接、食べたいの。」
などと、せかさないでくださいませ。
「……はい。」
けれど私はお嬢さまの奴隷でございます。
命令に逆らうことは許されません。
お嬢さまの目の前に配膳された食事に、お嬢さまの斜め後ろから手を伸ばし、そして切り取り、私の口に運んで咀嚼します。
周りのメイドは、見ていないことになっているのです。
くちゃ……もぐもぐ。
そして、お嬢さまに接吻をいたします。
お嬢さまが食べやすいよう、私は、少し上からお嬢さまに唇を寄せなければなりません。
どうしてお嬢さまは、私の頬に手を添えて、瞳を潤ませるのでしょうか。
くちゅ、ぴちゃ。
他に貴人のいない晩餐室では、口移しの音だけが響きます。
「ん……っ、こくん。」
お嬢さまの、可愛らしい嚥下。
「ソースに果物のコンポートも使われているのかしら、若鳥がとても美味しいわね。」
「……はい。」
切り取って、咀嚼して、口移しをする。
デザートまですべて。
お飲み物でさえ。
「美味しい。ねえ、本当に美味しいわ。そうでしょう?」
そうおっしゃって、お嬢さまはペロリと唇を舌で舐めます。かつて、私が私の女家庭教師から窘められた、その仕種。
「……はい。大層美味しゅうございました。」
「そう。」
お嬢さまの、このような姿を余人に見せることはできません。
いつか私は死ぬのですから、このような癖を残されてはいけません。
どうか、そのことをご自覚なさっていただかなくてはなりません。
けれど、どうしてでしょうか。
もし、お嬢さまが『餌付け』を望まれなくなったら。
それを想像することが、どうしても怖くてできません。
お嬢さまの戯れで、私で楽しまれているのは存じております。けれど、私の心中は渦巻いております。
お嬢さま。私は、いつまで聡明なお嬢さまの私でいられるのでしょうか。
小耳に挟んだ噂を信じるなら、私の養父になるはずだった侯爵さまの黒い噂を、最初にお坊ちゃまに告げ口したのはお嬢さま、ということになるそうです。
6つ離れたお嬢さま。少し意地悪なお嬢さま。
どうして毎晩、寝所に私などを呼ばれるのですか?
~fin~