異世界の調理師
私はしがないサラリーマン。
中学を卒業後、夢を抱いて東京へ出て、そして調理専門学校へと進学した。
卒業後は飲食業に就いたが、そこは何一つ学んだことを活かす環境ではなかった。
レンジでチンするだけのものを調理と呼んでいいのだろうか。そんな疑問。
残業に次ぐ残業。
私の仕事なんて誰にでも出来る内容だった。それなのに、代わりがいない。
アルバイトが急に休みたいと言い出したら、その穴埋めをするくらいだ。
ブラック企業だとか世間では言われているが、それはブラックにする奴らがいるからだ。
アルバイトだって仕事だろ。責任持ってやれ。
そう言ってやりたいが、それを言うと今のゆとり学生どもは蜘蛛の子を散らすように辞めていくだけだ。
そんな生き方に疲れたある日、私はトラックの前に飛び出した子供を救おうとして、そして、死んだ。
目が覚めたらそこは異世界だった。
街まで辿り着いた私は驚いた。
食べ物は前の世界と変わらないのだ。そして、この世界では更に驚くことに、肉を生で食べていた。
米も生のまま、食べている。
よく観察すると、全ての食材をそのまま、生のままで食べているのだ。
私は飛び上がるくらいに喜んだ。
この世界であれば、私の学んだ調理の腕が活かせる、と。
そうでなくとも、普通に肉を焼くだけでも神の如く扱われるんじゃないかと夢想する。
私は早速、街の住人の一人をつかまえて、焼いた肉を振る舞う。
「おぉ、これは・・・・・・。このようなものは初めて食べた」
反応は上々だった。
続けて米を炊いて振る舞う。
これも、すこぶる評判が良い。
――新しい人生がこれから始まるんだ。
私はこの世界で頑張れそうだ。新しくやり直せる。そう思った。
そんな私に、街の住人たちの思いもかけない言葉。
「実は、私たちはあなたと似てはいますが、異なる種類のヒト型生命体です。この世界の絶滅した先住民が口から食物を摂取していたのを真似ているだけで、空気中の酸素だけで活動可能なんですよ」
私はトラックが来てくれることを願いながら街の通りに飛び出した。