ウミガメスープの味
「ある女子高生はとある男性の事を思っていました、その女の子は恋に落ちました。翌朝二人の男女が死体で発見されました。さて、何故でしょう?」
隣に座っていた後輩が突然そんな事を言い出した。
「何の脈絡もなく怖い事言ってくるなよ、物騒だな」
昼休みの図書室は人が少ない、見渡す限りでは俺と後輩を除いて五人程度といったところだろうか、更にカウンターに立つ二人を除外すれば三人、図書室の隅の雑誌コーナーでゲラゲラと品のない笑い声をあげている。概ね今月入った雑誌の水着特集のページを見ているのだろう。そのページはもうチェック済みだ。
「真昼間からそんな本読んでる人に言われたくはないんですけどね」
「そんな本って言うな、なかなか読んでて面白いぞ」
そう言って、“楽しい自殺講座”とタイトルの付けられた、何故学校の図書室にあるのか不可解な本を閉じ、俺は後輩の方を向いた。
同じ六人掛けの机、椅子一つ分だけ開けた先で後輩も本を読んでいた。タイトルは、サイコパス……俺に物騒とかこいつは言えないだろう。そんなことを切に感じつつ。
「そういえばさっきの問題は何だったんだ? 女子高生が何かして死んだって奴」
「ほとんど聞いてなかったんですね。はぁ……全く、人の話も聞けないから成績も伸び悩んでるんですよ。授業中全く聞いてないでしょ? 日本史とか。」
「本読んでるとこに話しかけるからだ、授業くらいはちゃんと聞いてる」と軽く法螺を吹く。
「なのにあの点数ですか、先輩の頭は残念です」といつもお馴染みの軽い嫌味を突き刺し、後輩は「さっきのはウミガメですよ」と続けた。
「ウミガメ?」どこにもウミ要素もカメ要素も見当たらず、俺は言われた言葉をそのまま聞き返す。
「ウミガメのスープですよ。ご存じないですか? 一般的な名称で言うならシチュエーションパズル、水平思考パズル、YES/NOパズル。一方が出題し他方は、はい、か、いいえ、でこたえられる質問を出題者に向けて重ね、出題者の用意した回答に行きつくというものです」
「なるほど」全く聞いたことないな、と頷く。
「いいよ、暇だしその水平なんとかパズルに付き合おうか。問題は何だったっけ?」
後輩は「時々、三歩あるいたら全部を忘れる鶏の方が先輩より物覚えがいいんじゃないかって思いますよ……」と力なく呟いた後「問題の前に、何か賭けませんか?」
「ん?」
「この問題って私が昨晩作った物なんですけど、出来がなかなかで。無いとは思いますが、もし、もしです優秀な先輩をこの私が負かすことが場合、私に利益があるといいなと思いまして」
「あぁ、別にいいよ」と先輩の余裕の風格を虚勢で作り上げる。「なんでも言ってこい」
すると後輩はにやりと笑って「それです」と人差し指をこちらに立てた。
「先輩が解けなかったら私の言うことを一つ聞いてください、逆に解けた場合は私が一つ聞いてあげます。どうですか?」
「あぁ、全く構わないけど、無理なことは言うなよ?」と一応、後のために保険を掛ける。
「そのくらい解ってますよ、これでも私は人のモラルというものを半分ほど知っていますからね、言ったとしても死んでくれとか、そのくらいまでにします。次のテストで百点を取れだとか、そんな先輩にとっての荒唐無稽なことは求めません」
と一つ前の考査で五教科中三教科百点だった後輩は言った。
「あ、死ねとかはNGな。流石にこんなところで死ぬわけにはいかないんだ。それでいいならその賭けに応じよう」
彼女にはあともう半分の方のモラルを知ってほしいと切に願いつつ。
「先輩なんで死ぬのはダメなんですか? 命かけた方が私的には真剣度が増して正解率が高まると思うんですけど?」
「ほら、もし死んだら、こうやって昼休みお前と喋れなくなるだろ?」と嘘っぽく笑って見せた。勿論嘘である、ただ単に死にたくないだけだ。
「なら仕方ないですね、殺せないのは口惜しいですけどその要求を呑むことにします」と後輩は全く残念じゃなさそうに、形だけ肩を落とした。
「質問の回数は十回まででいいですか? 流石に何度も質問されるといずれは誰にだって正解へと行きついてしまうので、回数の制限を設けようと思いますが」
「悪いけど、せめて十五回にしてくれ、初見だから少し余裕は欲しい」
先輩の余裕はどこに行ったんですかと、すかさずイヤミが飛んで来るかと思えば、珍しくここはスルーだった。
「わかりました、十五回でいいですけど、間違った答えを答えたときも質問としてカウントし数を減らすことにします。良いですか?」
「あぁ、わかった」
では、気を取り直して問題です。クイズの時間と洒落込みましょうか
「ある女子高生はとある男性の事を思っていました、その女の子は恋に落ちました。翌朝二人の男女が死体で発見されました。さて、何故でしょう?」
まず、思い浮かんだのは心中だった。その女子高生と女子高生が思っていた男が好き合い、ただ何らかの事情でともに死を選んだ。この状況からその死を選んだ理由まで手繰り寄せていくのは少し、難しそうだけど。
「その女子高生の状態は普通だった?」
「それは、どういったものを物差しで見た時ですか? それによって答えが変わります」
「そうだな、じゃぁ、その女子高生の精神状態は普通だったか?」
「いいえ、です」
なるほど。読みは満更外れてないのかもしれない。心中だったり、自分から死へ向かうにあたって精神的に病んでいるという条件は必須だろう。
「女性の家庭に、またはその女子高生が好いていた男子には家庭的な問題があった?」
「いいえ、二人ともごくごく一般的で幸せな家庭を持っていました」
読みが外れた、そう顔に出してしまったのだろう。後輩はそんな俺を見て心底愉快そうな顔を作って見せた。あぁ、清々しいいほどに憎たらしいじゃないか。心の底だけ皮肉ってみる。
「じゃ、じゃぁ、痴情のもつれとか、そういった何かしらの問題がカレカノ関係において、起きていた、とか?」平生を装ってはいるものの、正鵠を大きく外したことで少しづつ焦っていく。
「いいえ、全くそんなことは起きていません」そんな様子をまた、後輩は面白そうに嗤う、それは決して嘲笑のようではなくて、純粋にその様子を楽しんでいるかのように。例えるなら子供が新しいおもちゃを買い与えられた時の表情によく似ている。
「あーじゃぁあれだ、振られたんだな?」
振られたから自殺、我ながらあまりにも安易だったなと反省する。そんな安易な人間がこの世に存在するわけがないのだから。イケメンに壁ドンさせとけば女は落ちると思いこんでる奴くらい安易で軽率な質問だった。
「違いますよ」
んー。まぁもし振られていたとしても、そこから二人が死ぬまでの過程が空っぽのままで、そこを埋めろと言われても適当な理由が思い浮かばない。
少しの間俺が黙って考えていると「もうネタ切れですか?」と後輩が少し煽る様に尋ねてくる。勿論、その声は半音上がっていて、それは口元に笑みを含んでいるからで。
「告白して、オッケーが出て、一緒に帰っている所を車にでも轢かれた?」
「違います、そもそもそれじゃぁ死体が見つかるのは帰り道、夕方でしょう」
「じゃぁ、朝一緒に登校しているとこを轢かれた?」
「違います。また一つ無駄にしましたね? これで十回を切りましたよ? だんだん私の勝ちに近づいてきていますね。いい傾向です」
この女子高生が男子に告白したり、思いを告げたりしたりする方向性は、後輩の口ぶりからしてないと断定していいだろう。
じゃぁなんだ、恋に落ちて、そしてその後死ぬ。逆恨みにあったとかか?
あ。
「問題で死んだのは、二人の男女だったよな?」
落ちた女子高生が死んだとは言われていない。
「そうですね」
「ほかの誰かが例の女子高生が思っていた男子と結ばれ、それを逆恨みした女子高生がその二人を帰り道に襲って殺した。死体が朝見つかったのは人目の付かない所に隠されていたから?」
逆恨み、嫉妬やその他諸々の醜い感情が彼女の目と耳を塞ぎ突き動かしたと仮定して、できる限りの辻褄が合うように何とか物語をつなげてみる。
仮定事態は決して不自然じゃないはずだ、何せ彼女の精神状態はもう普通じゃないのだから。
「違います。でも、発想は悪くないと思いますよ、少なくともさっきよりかは全然よくなってます、私が賭けに負けちゃう未来が見えますね、あぁ怖い怖い」
賞賛の言葉とリアクションが棒読みで「先輩の言うこのなんて聞いたら何されるかわかったもんじゃないですから」と後輩は少し身を引いてみせた。
「なんもしねーよ。あ、でもアイスくらいは奢って貰おうか」と俺が適度に反応すると
「もう勝った時の事を考えるなんて、余裕綽々じゃないですか。流石は先輩です、実はもう真相がわかってたりするんじゃないですか?」とすかさずイヤミが飛んでくる。最近嫌われてるんじゃないかと思うくらいイヤミの頻度が上がっていると感じた。
そしてふと、関係ないことが浮かぶ。
こうやって他人同然の先輩後輩がつるむなんて、本当はこの問題よりよっぽどの謎かもしれない。
まぁ、どちらの問題も解けないことには変わりがないんだけど、とりあえず目の前のモノから片していくとしようか。
まずは確認だ、今何がわかっているのか。持っているピースをかき集めることから始めよう。堅実的に、天才肌でない俺にできることはただ一つ一つ積み上げていくことだけだから。
「残りは、八回でーすかーらねー?」後輩はリズムを付けつつ伸ばし気味に言う。焦らせて無駄を稼ごうとでもしているのだろうか、それともただ何の意味もなくそうしているのか。
「女子高生は最終的に死んだんだよな?」「はい、そうですね」
「女子高生は自殺だった?」「はい、お察しの通りです」
なるほど。
「死んだ男性は、学生か?」「はい、そうです。社会人との恋を考えるだなんて先輩もなかなかアブノーマルで犯罪臭のすることをお考えになりますね。やはり人と考えることが違います、ロリコンな先輩は将来それで捕まってそうです」
「年下には興味はねぇよ」と半場意地になって否定すると「へー」とさして興味もなさそうな相槌が返ってきた。
んー残り五回しか残ってない状況。どうやったら打開できるだろうか。大したことのない頭でただひたすらに、そしていたずらに熟考を繰り返す。
女子高生、自殺、死んだのは二人、ある男へ恋に落ちていた、死体発見は朝、家庭は正常、でも気が病んでいる。
どこか、引っかかる。ほんのちょっと、あとちょっときっかけさえあればわかってしまいそうなのに。
「急にダンマリですかー? つまらないなー」
よいしょっと、と彼女は俺との距離を椅子一つ分から、椅子ゼロ個分へ、つまり一つこちら側に寄ってきた。耳元に掛けてあった長く黒い髪が揺れ落ち、白い頬肌にかかる。それを戻す様子に気付けば釘付けになっていた。認めたくはないがたぶんこいつは俺の何倍もモテるんだろうな、とか。危ない、折角つかみかけていた何かを俺は忘れてしまうところだった。
「女子高生の死因は出血多量、つまり何かで刺されたり、刺されたりして死んだのか?」
「いいえ」
自殺の定番ともいえる手首に、もしくは首に刃物を当てるやり方、さっき読んでいた“楽しい自殺講座”に書いてあったのだが、この方法が自殺の中では大衆的で主流らしい。堂々の一位を誇っている。
しかし違うという。ならば
「首吊り?」「違います」
「じゃぁ、青酸カリか」「ぶっぶー、女子高生ですよ、一体どんなところから持ってくるんです?」
第二位、第三位も違うらしい、ったいどんな特殊な方法で死んだのやら。もう答えは出ないのではないだろうか。
「もう一つありますよね? かなりメジャーな自殺の方法が。って、すみませんあまりにも先輩が質問を浪費されるのでついつい口をはさんでしまいました」
そして後輩は笑って「残り二回ですよ、そろそろ答えは出ましたか?」と尋ねてきた。
答えが出るも何も、何一つ最初の状態から進んでいない気がする。
「飛び降りか」「そうです、やっとわかりってくれましたか」
あ。
飛び降り……。
恋に落ちる、死体は二つ、男性を思っていた、そして発見は朝。
あぁ、なんだ、そんな事か。
気づくことができれば、なんてことのない問題だった。そしてすぐに勝敗は決した。
「なぁ、この勝負俺の負けだ」そう俺は口に出す。
「そうですか、残念ですね。でも負けた顔をされてないのが癪なんですけど、そして先輩らしくないじゃないですか、諦めるなんて。せめてあと一つ粘ろうとはしないんですか?」
「いや、一つじゃ確認できなくてな。俺の負けでいいからあと三つくれ。そしたらお前の作ったストーリーに必ず行きついてやる」
「へぇ、ずいぶんな自信じゃないですか、いいですよ? 勝利が確定したのなら何個だって質問に答えたところで私に害はありませんから。まぁ、今迄、十四回を無駄にしてきたのに、たった三回で答えに辿り着かれるとは思っていませんけどね」
後輩が毒づくのに対し、ありがとう、と大きく俺は微笑んだ。
「まず、死んだ男と女性が思っていた男は別人、又は本人だったとしてもそれは本人である必要はなかった。だろ?」
「そうですね、私のシナリオの中では二人の男性は別人でした」
うん、予想通りだ。女子高生の方ばかりに見が行き、詳しくこの男の像をはっきりさせていなかった。
「次、女性はクラスで虐めにあっていた。そのせいで気が病んで自殺に至った。だよな」
「……はい」
ストレッサーは学校の外でなく学校の中にあった。自分が進学校という虐めとはほぼ無縁の世界に身を置いていたため平和ボケしていたのだろう。中高生が学校が理由で自殺することは全国的に見てかなりよく知られたケースだ。
「最後に。女子高生は、恋に落ちたんだよな。コイに、故意的に、学校の屋上から」
「……その通りです」
男性をずっと思っていたのであれば恋に落ちるのはもっと前の話になるだろう、恋に落ちてから一日で心中など考えても見れば明らかに時間が足りない。
そしてこの物語のメインに恋という要素はほぼ関係がない、男を思っていた、という部分は他の部分を曲解させるためのフェイクだったのだろう。まんまと引っかかった。
まとめると。
「この問題のシナリオは、ただいじめられていた女子高生がいて、その子は放課後飛び降り自殺を図った、その時下にいた一人の男子高校生に当たり、道連れを被った。夕方で生徒はもう帰っていて、場所が草むらだったから先生にも発見されず発見が明日の朝まで伸びた。こういうことだろ?」
後輩は、あはははー、と笑って。
「お見事です、でも実は当初の見積もりでは私の勝機はあまりなかったんですよ? ほら先輩って恋愛方面の話を振ると決まって微妙な顔をして話から逃げるじゃないですか。だから全く恋愛面に興味がないのかなと勝手に思っていました。もしその場合であれば、私の言ったコイに落ちる、を恋に落ちる、と自然に脳内変換してくれないことになるわけですから、そしたら故意に落ちるが出てきてしまうのに時間はかかりません。だとすれば私の勝利はありえなかったでしょう」
いやー先輩が脳内思春期のただのむっつりで良かったです。と俺を弄ってくる。負け犬はくちなし。俺はただ言わせておくことにした。
「でも制限回数は超えましたから私の勝ちですね、これぞ勝負に負けて試合に勝つって言うやつですか、先輩ちゃんと一つ聞いてくださいね?」
「あぁ、何でも言え」
「あーもう。なんでそこで意地を張らないんですか? 面白くないなー、先輩は正解を当てたのに、何で素直に負けを認めちゃうんですか?」
「それは先輩の余裕って奴だ、憶えとけ」
ルールに従うことを教えるのは年上の役割だろう、俺は理不尽を強いらせるだけの教師ではない。ただの人生の先輩だ。
「あとはーーーーーーーお前が俺に何をさせるのか、少し興味がわいたからだな」
何故、学年トップを争うような秀才の後輩が、こんな高校で落ちこぼれた俺と昼休みを毎日共にしているのか、とか。全く共通点なんてなかったはずだ、出身中学も違えば部活も違う、というか俺は部活に入ってすらいない、役員の活動さえ違う。ただ、ある日ここで俺が本を読んでいたら後輩がしゃべりかけてきて、そこから昼休みを共にする毎日が始まった。
こいつは一体俺の事をどう見て、どういう感情を抱いているのか。それが疑問で仕方なかった。だから今回の賭けを利用して、一体何をを後輩から言われるのか、それを糸口に彼女の本心を手繰り寄せれないかと考えた。
「はぁ、なんか勝ったのに負けた気分です。なんか釈然としませんね、先輩のその目を見ていると何か詮索を入れられてる気分です。勝った時の優越感が足りません。どうしましょうか……あ、そうだ先輩もう一回ウミガメをしましょう」
「まぁ、いいけど?」後輩の行動の不審さを少しだけ感じ取った物のその不審感の原因は垣間見ることすらできなかった。
「いえ、勝った権限を行使するので、先輩に拒否権はありません。先輩は今からもう1問私とウミガメをします。」
彼女はそう強めに断言してきた。なら最初から聞くなよと内心思う。
「あぁ、わかったわかった、そして今度の問題は何だ? 言っとくけど昼休みあと5分くらいしかないからな?」
わかってますよ、と後輩は口にした後、早口で言った1問目とは少し異なり、ゆっくりと丁寧に二問目を語り始めた。
「あるところに私がいました。そして私は落ちている真っ最中でした」
なるほど、と俺が頷くと後輩はさらにこちらへと寄り俺との距離を詰め、テーブルの上にあった俺の片手を取った。急な出来事で拒むこともできず、俺の手は後輩の手に捕獲されてしまい指が絡まり合った。
これを、俗には“恋人繋ぎ”というのだろうか、白く柔らかい肌に触れて少々の恥じらいを覚え、後輩に繋がれた自分の手を直視できなくなった。
「私は、先輩の手を握り道ずれにしようとしました。さて、何故でしょう?」
後輩は僅か50センチすら離れていない地点で、こっちを向き屈託のない赤の混じった笑顔を作って見せた。
「先輩、顔が真っ赤ですよ?」と自分の顔の事を棚上げにして後輩は茶化すように微笑む。
キーンコーンカーンコーン、と予鈴が聞こえると後輩は椅子から慌てて立ちあがり図書室の出入り口の方へ足を急かした。周りを見渡せばもう既に、図書室の中には俺と後輩の二人だけになっていた。
「答えは放課後にここで聞くので。あ、くれぐれも、時間切れにはお気を付けください。今度の問題は第一問の様な延長を認める気はありませんからね?」
そう言い残し、お利口さんは次の授業の場所へと足を向け、図書室を去っていった。
少し前まで、後輩の温もりを感じていた手を眺め、何を思うでもなく開いてみたり、閉じてみたり。
「落ちている真っ最中だから、俺の手を握った、先輩も道づれ、か。」
何に落ちているということは、もう俺の大したことのない頭では一つしか思い浮かべることができなくなっていた。これも彼女の策略のうちなのだろうか。
何に落ちているのか。コイ、故意、恋。もうどれという必要はないだろう。
曲がり捻られた、全く素直のかけらも見せない告白。彼女のせいか迂をかたどったような言葉だった。全く、わかりづらいことこの上ない。
全く
とっくに道連れ被ってるに決まってんだろーが……
そう彼女に言ってしまえたのなら、少しはすっきりするのだろうか。
結局その日の午後の授業は後輩がどんな思いであの問題を作ってきたのだろうとか、今迄そんなことを考え俺と話してきたのだろうとか、そんなことを考えてしまい、いつも通り全く授業が耳に入らなかった。