12 月夜にて
少し脆くなって傷んだ壁、所々に穴が空いていて、蜘蛛の巣が天井付近に貼っておりGに似た生き物が暗がりに見える。
少し割れた窓から差し込む光は、部屋の中央を照らしており、その部分だけ雪のように埃が降っているのが分かる。
現在僕はマロウの家にお世話になっていた。
森林の中に一軒佇むボロ小屋。
見た目のように中も脆くなった一面がハッキリとしており、床を歩く度にギシギシと軋み、今まさに床が抜けようとしていた。
辺りに散漫していた椅子に付いていた埃を払い、腰がける。
僕の重みで床に椅子の足が突き刺さり、空いた穴から蜘蛛が湧き出てきた。
「なあツッコミどころが多すぎるんだが」
「へぇ?」
「いやこの家の汚さ、どゆこと?」
「そーいやなんで汚いんでしょうね!」
「まさか、自覚無いの?」
「そんな訳無いです!」
「そそそそうだよね、でも女子の部屋がこんなゴミ屋敷みたいな感じってのは……あ、ごめんなさい」
マロウは頬を膨らませて怒っている。
どうやらマロウ曰く、家を出る時はいつもの綺麗な家内だったそうだ。
しかし、帰ってきたらゴミ屋敷になってた訳だ。
「本当になんで部屋が汚くなっているのでしょうね?これじゃお茶もまともに出せません」
「何か原因があるのかもね、この世界特有の「帰ってみたらゴミ屋敷」っていう怪奇現象とか……」
「無いです!ふざけているのですか?」
「すいません、だから鳩尾殴らないで!」
「今の私は殺気立ってるので注意ですよ!全くどこのどいつが部屋を汚くしたんですか!」
綺麗好きなのだろう、部屋を汚されて天然温和な性格のマロウが殺気立てている。
正直怖い。歳長寿者の魔女の本気を垣間見た。
マロウはブツブツと「犯人見つけたら殺るです」
とか言っている。
さっきまでは幼女として彼女に接していたが、現状を見ると、とても幼女として接せないマロウがいる。
これが見た目に反してお婆ちゃんのマロウの本来の姿なのかも知れない。
僕は殺気に満ちたマロウを落ち着かせるべく、ある提案をした。
「大掃除しない?」
「……それ名案です」
そして僕達は大掃除をした。
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脆くなった家具や壁、床などはマロウの「修繕」の魔法で木々が新品に再構築され、元の姿を取り戻していた。
「突風」の魔法で部屋の隅々まで風を行き渡らせ、窓から埃を吹き飛ばし、蜘蛛やGと言った生物も同時に窓から外へと吹き出した。
最後に「水波動」の魔法で極少量の水分を使用して部屋全体を湿らせ、そこら辺にあった布切れで乾拭きをした。
魔法を使って綺麗にした時間はおよそ一分。
乾拭きによる自力掃除で綺麗にした時間はおよそ一時間。
改めて魔法ってスゲーってなった。
魔法が無かったら今も掃除の真っ最中であろう。
修繕により、元の姿を取り戻した椅子に腰がけ、ひとまず休憩した。
「疲れたぁー」
「そうだねー」
「お茶入れてくれる?」
「勿論です」
マロウは清潔を取り戻したキッチンに足を運び、ティーポットに入った水に茶葉を浸した。
「暫く時間かかりますね」
「うん分かった。そうだ、これからのことを色々とマロウに話したいんだけど……」
「何ですか?」
「僕の目的について聞いて欲しいんだ」
「ユウジの目的……?」
「何だろう?」と首を傾げるマロウを一瞥して盛大な目的を僕は公言する。
「僕の目的は世界、大切な人を救うことだ」
「世界を……大切な人を……ですか」
「そうだ。その目的を達成するにあたって魔人達の殲滅を志しているんだ」
「それがユウジの目的なのですね」
「うん」
どこか遠い目をしており、悲しげな色を瞳に浮かべ、顔を俯かせるマロウ。
そんなマロウを気にも留めず、話を進める。
「半年後にドレニア魔人殲滅戦というのが決行されるんだ」
「それで参加されるんですか?」
「うん、ワグナー王にも言った事なんだ。ラーセ王国に帰還するついでにドレニアに行って戦おうと思う」
依然として悲しげな表情をマロウは浮かべているが、それでも僕の話を真剣に聞いていた。
「それに離れ離れになった仲間が心配でさ」
僕は咲希、光樹、七瀬のことを思い浮かべる。
咲希はきっと急にいなくなった僕をとても心配しているだろう。だから早くラーセ王国に戻りたいのだ。
勿論、光樹と七瀬の事も心配だが。
「仲間ですか……」
窓から吹き抜ける風が突風の如く、僕の肌に当たる。
酷く冷たい風を肌で感じ鳥肌を立たせながら、僕はマロウに目を配る。
どうやらさっきから様子がおかしい。
さっきまでの可憐な彼女は何処に行ったのやらと言わんばかりの悲痛な形相をしていた。
過去に何かあったのだろうか、僕はひとまず話を区切った。
「そうだ、聞きたい事があるんだけど」
「何です?」
「僕の魔法についてなんだけど……」
さっきまでの冷酷沈着のマロウはそこにはおらず、少し微笑しているマロウがいた。
「転移魔法の事ですか?」
「ああそれもあるけど、違うやつなんだよね」
僕はオッドアイの目に起こった、事の顛末をマロウに語った。
目に灯った光の事。
双眼が光っている状態だと、何故か自分が強くなったように感じたこと。
相手の行動パターンがたまに鮮明に読める事。
無くなった右脚を再生させた事。
詠唱無しで魔法が発動した事。
ありとあらゆる事を語ったが、マロウは訝しげな顔になり
「そんな魔法存在しないんですが……」
と、期待していない言葉が返ってきた。
歳長寿者のマロウでも分からない魔法とは一体魔法と呼べるのか。
「魔法の種類は豊富にあります。攻撃系や回復系、防御系など……沢山あります。どの魔法も詠唱によって限られた一つの効果を発揮するのですが……ユウジみたいに無詠唱で魔法を発動し、それもその魔法にはいくつかの効果があって……通常なら有り得ない魔法です。もうチートです。でも神の使徒である貴方ならチート魔法使えても頷けるのですかね……?」
やはりこの世界での常識を打ち破った魔法を魔法と呼べるのだろうか?
そんなことを幾度となく思う。
「チートって言ってもな、魔人にはボロ負けしたんだぞ。それに僕は……神の使徒を演じているだけであって……」
「演じている?何を抜かしてやがるです?」
「あっごめんね、騙してて。言いづらかったんだよ」
「そうじゃなくてユウジは神の使徒ですよ?」
なんとマロウは事実をひっくり返して自分を神の使徒だと言う。
冗談だと思われているのか?何度も演じていただけだと話したのに頑なに認めようとしない。
「ユウジ、貴方は何故この世界にやって来たんですか?」
突然の問いかけに少したじろぐ。
何故かと言われても咄嗟に答えが出る訳では無い。
今までは、ただ単に世界の理から外れたこともあるもんだなとか思っていた。
「よーく考えるです。何故この世界に来たのか、何故異世界人の貴方が魔法を使えるようになったのか、何故神の使徒と言われ崇められているのか」
「そ、それは……」
「私が先ほど森の中で話した内容を覚えていますか?転移魔法は神かその使徒にしか使えない魔法だということを。貴方のいた世界からこちらの世界に移動した時、貴方は何を思ったんですか?」
「分かったよ……つまり神が転移魔法によってガニディルムに僕達を来させたって事だろ?だから神の使徒だと」
「正解です」
「次いでに魔法とかも転移中に付与されたのかな?」
「多分そういう事だと思います」
本当に神の使徒だと分かるとなんとも言えない気持ちが心中を疼かせる。
しかし、疑問に思うことがある。
昨晩、ラーセ王国王女の金髪ロングヘアーの少女ーーレレとの会話の際だ。
レレは確かに僕を神の使徒ではないと言った。
今思うと、あの時のレレの言動は未知である。
僕は王女の戯れとしての冗談と勝手に解釈した。
「それにしても僕の魔法……か」
「何処と無く嬉しいそうですね?」
「当たり前だよ!あっちの世界で魔法なんて使えないもん!」
無邪気な笑顔を思わずマロウに見せてしまう。
その様子はまるで玩具を買ってもらった子の様だ。
そんな僕に対してマロウは微笑ましそうに顔をこちらに向けている。
その顔に僕は思わず可愛いと思った。
「ユウジのいた世界……気になるです……」
「行けたらいいな、一緒に」
「はいです!」
歳長寿者であり、それ故に世界を長く見てきたマロウはとても物知りだ。
そんな彼女だからこそ、未知の世界の事を知りたいのだろう。
「そうだ、なんで神は僕達をこの世界に転移させたのかな?」
「それは魔人達の殲滅を神の使徒であるユウジ達にさせる事でしょうね。神達は下界のガニディルムに干渉することは出来ません。なのでサタンを冥界に閉じ込める事が出来ても、下界にいる魔人達を殲滅出来ないわけです。そこで下界では神の使徒であるユウジ達が殲滅するということです」
「結局僕の目的は魔人達の殲滅で変わらないということか」
話す内にティーポットの中が赤茶色に染まり、芳醇の香りを漂わせた。
窓から吹き抜ける風が芳香を纏い、僕の鼻孔に吸い込まれていく。
紅茶だろうか、とても美味であった。
「最後に私から言っておきたい事があるです」
「ん、なんだ」
「魔人達を根本的から殲滅するためには『七大魔王城』を狙った方がいいと思うです」
「何それ」
「簡単に言うと、魔人達の親玉がいる場所が七つ存在する城なんです」
「ならその親玉である魔王を倒せば徐々に魔人達は減っていくと?」
「そうです」
徐々に減ってくれるなら魔王を倒す他この上ない。
僕は盛大に椅子から立ち上がり机を叩く。
「良し、決めたぞ。僕は七大魔王城にて魔王を全員殺してやる。そして仲間との合流も果たす!大切な人達、そしてガニディルムも救う!」
「良し、私も付き合うです!」
「それは心強いな」
これで僕達は明確な目的を持った。
そして僕はこれから共に歩む新しい仲間と共に、窓から見える淡く光る月を凝視していた。
これから待ち受ける出来事に少しながら胸を踊らせながら。
次回は咲希sideをお送りします。