10 森の中に一人の少女
世界を破滅させる破滅の本ーー
その本を黒ローブの男、魔人は手に入れようと歩む。
辺りは妙に静けさに満ちており、風の音が支配する。
魔人がいると、王都はたちまち姿を変える。
活気と熱気に溢れた王都から脆弱で静寂に満ちた王都にーーーーーーーーーー
僕は今も出血している脇腹を抑え、葛藤を振り払う。
「今ここで、動き出さなかったら僕は一生後悔する!」
破滅の本の噂が本当なら、魔人がその本を手に入れた瞬間でガニディルムは終わりだ。
ここからラーセ図書館までの道のりは余りにも近い。
焦りが物凄い勢いで脳内に溢れかえる。
嘔吐が胃からこみ上げてきて、吐きそうになる。
約半年後のドレニア魔人殲滅戦。
僕が魔人と相対するのは、その時と思っていた。
が、それは唐突に訪れた。
「何で今魔人と会うんだよぉ!」
アシモから受けた拷問もそれなりに精神に応えた。
だが、魔人はそんなレベルじゃない。
殺気で人を殺せるような、そんな異様な雰囲気を纏っているのだ。
下手に近づけばどうなる事やら……
だが……
「僕は決めたんだ。大切な人や世界を守る為に強くなるって!」
ここで怖気付いたら何の意味も無いじゃないか。
強くなる為の山場なんだ、この瞬間は。
自然と力が身体に蘇り、想いが、感情が、気持ちが、魔力がこみ上げてきた。
やれるーーーーーーーーーー
ここで僕が動き出さなかったら世界は終わるーー
今この瞬間は一世一代の僕の成長する時間だ!
目に閃光が走り、金色と青緑色の光線が目辺りに揺らぐ。
腹に空いた穴は癒え、取り乱した心も落ち着く。
そして僕は地面を爆ぜさせ、風のように激走する。
「るぁぁぁぁぁ!」
「なんだおめぇ」
僕の渾身の右蹴りが炸裂。
黒ローブの首筋にクリーンヒットして、粉々に砕けるーーかと思われた。
「なんだ、何かしたか?」
「はぁ?!」
僕はふと軽くなった右脚を見やると、膝から真下が焼けちぎれたように消し飛んだ痕があった。
膝下の右脚は、視界内にビチャという音と共に地面に落ちていた。
「があああああ!」
あまりの痛さに目を見開き、乾燥して涙が出る。
必死に奥歯を噛み、力強く握りしめた右手には爪がめり込んでいて血が滲む。
焼ける痛い焼ける痛い焼ける痛い焼ける痛い焼ける痛い焼ける痛い焼ける
鮮血に染まった板状の地面の溝に血が垂れ込む。
血の海が少しずつ広くなっていく一方で僕からは血が無くなる一方だ。
恐らくあの赤紫スライムのせいだろう。
僕が右蹴りを放つと同時に赤紫色の光玉を放ったのだ。
「グソぉ……ごんなどごろぉでぇ死んでだまるが!」
「これは凄い……」
僕の根気強さなのか、それとも激痛が走っている中で立ったからなのか、それとも別の理由か……
黒ローブは目を見開き、唖然としている。
「お前……なんだその魔法と言うべきなのか……」
「何をいっでやがる!」
「つまりだ。私が今、疑問に思っているのはお前の右脚が癒え始めているという事なんだよ。果てさて、それは魔法なのか……」
僕は咄嗟に右脚に目を配ると、確かに黒ローブの言う通り、右脚が癒え始めていた。
厳密に言うと、回復と言うより、再生に近かった。
何故なら……
「右脚が生え始めている……!?」
トカゲの尻尾のように生える僕の右脚は気味が悪かった。
決して見ていて気持ちの良いものでは無かった。
「スリィミーの光玉を食らって再生なんざ、前代未聞だぜ。この光玉には回復を遮断する効果があるのにな。あ、お前のは再生か」
どうやら赤紫色スライムの魔獣の名はスリィミーと言うらしい。
「俺はお前が気に入った。俺は気に入った者には名前を語る派でな」
「魔人の名前なんざ、聞いたら耳が腐る……」
「ハッハッハ、面白いやつだなお前。まあ耳に入れとけよ、私の名は……」
僕は俯いた顔で頭上にいる黒ローブが発する名を耳に入れようとする。
「ガーズル皇帝だ」
今なんと言った!?
つい先程その名を見た気がする。
そうだ、ラーセ図書館で四大王国について本を読んでいた最中だった。
僕はヘルデイズ帝国の内容を読んでいた際に確かに皇帝はガーズルという名だった気がする……
「まさか……ガーズル、お前は……」
「そうだ、ヘルデイズ帝国の皇帝だ」
依然として黒ローブを羽織っており、素性は見えないが、それは皇帝に相応しいガタイの大柄な男だ。
それにしても人間が忠を尽くす皇帝が魔人とは、にわかに信じ難かった。
目から光が自然に消えた。どうやら右脚の再生が終わったらしく、元の綺麗そのままの右脚で安堵出来る状況じゃ無いにも関わらず、安堵する。
血が足りてないせいか、少しふらつく。
右脚の再生の為に魔力を要した様で、オッドアイに灯る光は消えた。
「それにしても魔人と人間は敵対しているんじゃ無かったのかよ!何故魔人のお前が人間達の指揮を取っている!」
「それは死にゆくお前には関係ない」
「なっ!?」
「多少ながらもお前に興味を持ったが、前言撤回。お前の魔法は気になるが、その主のお前の目は駄目だな。名を聞くにも値せん」
「目が駄目って……どういう」
「そのままの意味だ、私は予定通りに邪魔なお前を殺して破滅の本を奪う、さあ潔く死ね」
嫌だ、死にたくないーーーーーーーーーー
微かに光が出現し出す。
淡く点々とした、その光は無数に増え、僕を包み込む。
気持ちの良い肌触りに、滑らかな感触。
風が肌を波打ち、虫の鳴き声が辺りに響いているのが聞こえる。
自然と森を連想する僕。
ふと、目を開けると木々から差し込んだ光に目を照らされる。
辺りは虫の鳴き声と草木の揺れる音、風の靡く音が支配していて、心が自然と落ち着いた。
僕の思った通り、そこは森であり、何故か森に居たのであった。
「さっきまで王都に居たよな?」
僕は弾力のある何かから顔を上げ、上体を起こすと、思い当たる節がある顔付きで考え込む。
この体験は一度では無い。つい最近体験した何か……
「あ、あれか」
ポンッと手の平に丸めた拳を叩いて、結論に至った。
「転移が起こったのか……」
転移が起こった理由は分からないが、ひとまず森を探ることにした。
ふと、寝ていた状態に感じた弾力のある柔らかいものを思い出す。
あれは何だったのだろう、と後ろを振り返るとそこには
「うー、寝ていました……」
青みがかった白髪のロングヘアー(寝癖で所々跳ねているが)に透き通った青眼、黒を基調としたワンピースを着た、可憐な美少女が木に腰を預けていた。
美少女は僕を一瞥すると、何やら詠唱を始めて魔法を放ってきた。
「あなた誰です?」
「いやいや知らんっ顔で魔法放つの止めて?!」
僕はどうやら危険領域に転移されたのかも知れない。