黒き鎧のシャーフィール
この物語は、拙作たるメレテリア物語の世界に存在する神話の一つ……と言う体裁を取った代物となります。
メレテリア創世の時代、八柱の神人は自らの身を分けて自らの眷族を創造しました。
そして、創造された眷族達は、更に自らの身を分けて数多の眷族を創造したのでした。
こうして誕生した神人の眷族の中で、“戦神”ミルスリードより直接創造された者の一柱に、後代“神銀の聖馬”と称されるフィーリニームがおりました。
“聖馬”フィーリニームは、その名が表わす通りに“戦神”ミルスリードの騎獣として、時に神銀の馬鎧を纏う有翼馬の姿を取り、“戦神”の筆頭眷族として、時に神銀の甲冑纏う女神の姿となり、この二種の姿を使い分ける存在でありました。
この“聖馬”が身を分けて産み出した眷族達には、馬等の蹄持つ獣の始祖となった者達がいた一方で、“戦神”ミルスリードの周囲に侍る戦装束を纏う女神達がおりました。こうした女神達は後代に“戦乙女”と称されることになって行きました。
そんな“戦乙女”の一柱にシャーフィールと言う娘がおりました。闇の様な黒髪と爛々とした真紅の瞳に、漆黒の鎧と漆黒の大鎌で武装した彼女は、他の“戦乙女”の中でも異様な印象を与えるものであったとも言われております。
しかし、それ以外に特筆すべきは彼女が親たる女神――“神銀の聖馬”と同じく二つの姿を持つ神々の一柱であったことでしょう。
漆黒の天馬の如きその姿は、その顎門からは鋭い牙が覗き、その蹄は鉤爪の如き鋭さを持ち、爛々とした真紅の瞳を併せて何処か禍々しさを漂わせる異形の天馬と言う代物でありました。
その禍々しくも移る風貌に影響してか、彼の女神は他の“戦乙女”と比べても荒々しい気性と好戦的な言動を見せておりました。
時に流血を伴う争いごとも辞さぬその姿は、“戦神”ミルスリードの眷族でも同様に好戦的な性質を窺わせていた筆頭眷族の一柱たるヴィーリスリードと同様に恐れられておりました。
やがて、“神魔大戦”と称される争いが始まる際、“戦神”ミルスリードに対して筆頭眷族の一柱たるヴィーリスリードは叛意を示し、“侵略の魔王”を号するようになるのでした。
この時、“戦神”の眷族の内で特に好戦的な性質を示していた多くの眷族は、“魔王”ヴィーリスリードの許へと参じることになりました。しかし、そうした中で“異形の戦乙女”たるシャーフィールは“魔王”の許へ参じることなく、あくまで“戦乙女”の一柱として“戦神”の許に留まったのでありました。そして彼女は、その手に握る大鎌を神人軍の先陣にて振るったのでした。
その苛烈なる大鎌の刃は、数多の魔族の首や銅を刈り取り続けました。その獅子奮迅の戦いぶりは、魔王軍の陣容を貫き、魔王の一柱――“侵略の魔王”ヴィーリスリードの御前へと辿り着いたのでした。
数多の魔族の返り血に漆黒の武具を真紅に染めながら、彼女は“魔王”に挑みかかりました。
逸早く敵陣を貫き、敵主将の一柱たる“魔王”ヴィーリスリードに挑みかかったシャーフィールではありましたが、彼女の鎌刃は“魔王”の斧槍を打ち払うには至りませんでした。
それは、彼女自身は“戦乙女”の内で戦巧者な一柱ではありましたが、随一の武芸者と言う訳ではなかったからでありました。故に“軍神”の一柱に数えられる“侵略の魔王”の武術に一歩、二歩及ぶことか出来なかったのです。
されど、彼女はその事実を理解しつつも、怯むことなく自らの大鎌を振るい続けたのでありました。
しかれども、彼女の鎌刃は“魔王”の命脈に届くことなく、“魔王”の斧槍が彼女の首を斬り刎ねたことが両者の決着となったのでありました。
後世、“侵略の魔王”ヴィーリスリードを象った神像の多くは、右手に斧槍を構え、左手に兜を被った女性の生首を下げた騎士の姿で現されています。
諸説に曰く、この“魔王”が手にする女性の首とは、彼の魔王に挑み散って行った“戦乙女”達のもの――特に、最初に挑み、最初に犠牲となったシャーフィールであると伝えられています。
一応は述べて置きますと、『“影の騎士”の物語』に登場するシャーフィールとは別人(別神)になります。本作の女神の名を借りたのが、“影の騎士”に登場する“鋼馬”と言う体裁になります。