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めんどうごとのはじまり

「久保さぁん、私も会社辞めたいぃぃっ、、、」

火野結城はコーヒー豆自家焙煎店のカウンターでやけ酒を嗜んでいた(ウイスキーの水割りを飲んでいた)。彼女の、肩上でカットされた色素の薄いさらりとした髪、白い肌、華奢な体型は一見、男性が守ってあげたくなるような雰囲気を醸し出しているが、ストライプのシャツを肘上まで腕まくりし、足を組みながら、堂々と酒を飲む姿はそれを一蹴してしまっている。

「、、、あいかわらずうるせぇな」

久保は生豆なままめの選別していた。生豆というのは焙煎する前のコーヒー豆で、コーヒーの木に実ったコーヒーチェリーと呼ばれる果実の種子に当たる。この生豆には、形や色が悪い欠点豆、藁や小石等の異物が混じっており、それを取り除かなければならない。この選別作業はコーヒーの味を決める上で非常に重要な作業の1つだ。

「ひどいですよ。久保先輩が辞めてから異物分析チームは本当に忙しくなったんですから、泊まり込みなんてめずらしくないんですからね!あんな細い作業を長時間するなんて、、、そりゃ愚痴りたくもなりますよ!」

「前から泊まり込みなんてざらだったよ、、、。てか、その割にお前、合コンとか、結構行ってるらしいじゃん」

「ぅぅ、その情報源は影山さんですね。そりゃ地獄の職場をやめるには寿退社しか残っていませんからね!」

「へぇ、火野って意外に結婚願望あるんだな」

「ぶっちゃけそこまでの願望ありませんが、今の仕事地獄から脱するための策ですよ」

「へぇ」

「へぇってばっかり、、、。合コンの結果はどうだった?とか聞いてくださいよぉ」

「俺はそこに興味はねぇよ」

久保は生豆に入っていた藁のような異物をじっくり観察している。

「私よりもその異物の方がおもしろいって言うんですか?まったくもう、勝手にしゃべります!合コンだって、知り合いに頼んで結構良い人揃えてもらってるはずなのに、なんか上手く行かないんですよねぇ。こないだなんて、ロレックスのぱちもんの時計を自慢してきた男がいて、我慢できずにそれを本人に言っちゃったんですよねぇ。そしたら、場の雰囲気が凍りついちゃって」

「なんでそう思ったんだ?」

「その男がわざわざ時計をはずして自慢げに触れって言ってきたもんだから、思わず言っちゃったんですよ」

「なんて?」

「それは本物ではないですね。あなたが付けているモデルは、正規品であれば、ステンレスSUS904Lが素材に採用されているはずです。でもあなたの時計は、色味がやや異なるし、手首裏の部分の縁がわずかに褐変してる。つまり酸化してる(錆びてる)ってこと。SUS904Lは、塩水等にも強いから、日常生活じゃ錆びるなんて考えにくいですから、あなたの時計は正規品じゃないですよ。それをご存知でつけているならよろしいですけど、そうじゃないなら、偽物には気をつけてくださいね♡て教えてやったんですよ!」

「さすが火野異物検査員。俺が見込んだだけあるよ。でも、人としてどうなのそれ、、」

「人として、とか久保さんに言われたくないですよ 」

「どういう意味だよそれ」

「自覚ないんですか?久保さんとは同じ部署にいたから心強かったですけど、絶対に敵にまわったら最悪の相手でしかないですね。よく営業とかと喧嘩してたじゃないですか」

「それはあいつらが事実を捻じ曲げようとするからだ」

久保の目が少し厳しくなった。

「まぁ、、、そうですけど。営業も大変ですよねぇ。そういえば最近ちょっと有名なクレーマーがいたんですよ」

久保の態度に気付いたのか火野は話を逸らした。

「有名?」

「はい。針金が混入していたって言って、短く切った針金をセロハンテープで製品の外装に貼り付けて来やがる主婦がいるんですよ。うちだけじゃなく、他社にも同様のものが何度も送られてるみたいで。勿論製品は、X線や金属検査を通って出荷されてるから、何度も針金が製品に混入するなんてありえないし、どの会社に送られてきたクレーム品の針金が似ているものだし、偽装クレームだって判断されたんですよ。でも、最近はクレームの事後対応によっては、お客さんにSNSにあることないこと書き込まて問題になるじゃないですか。だから、手荒にも扱えないらしく、各社の品質保証部が相談して、謝礼金とかの対応方法を統一してるらしいですよ。ネットで悪口書かれるより、金払っちゃた方がマシなんでしょうね。でも私達分析チームは結局異物が何であるか検査しなきゃなんですから、ただでさえ忙しいのに、余計むかつくっていう話ですよ。先輩、おかわり!」

火野は空になったクラスを乱暴にカウンターに置いた。

「この店は飲み屋じゃない。これで最後だぞ。ってか、各社の品質保証部が繋がってるって、なんか、そういうのめんどくさいな」

久保は渋りながら新しいグラスに氷を入れた。

「最近はあるみたいですよ。ライバル関係の会社同士でも情報の交換はしてるみたいですね。でも、ここ1ヶ月、そのクレーマーからどの会社にも音沙汰ないみたいなんですけどねぇ。ついに飽きたのかな」

「ふーん」


ガザっ。店内のポストに何かが放り込まれた音がした。

「ん?なんか音、しました?」

久保は黙って、ポストに取りに行くと、少しシワの寄った茶封筒が入っていた。

「なんですか?それ?」

「仕事の注文票」

久保は封筒から中身を取り出さず、封筒の開封口から、中身を確認する。

「珈琲豆のですか?」

「うん」

「なんか怪しいですね、、、。それ、よく見たら、差出人書いてないし、切手も貼ってないじゃないですか!なんですか?」

火野はしつこく久保に聞く。

「だから、仕事だって言ってんだろうがよ」


カランコロン。

「おつかれぇ!!って、先客あり?」

長身でスーツがよく似合う男性が店内に入ってきた。久保の数少ない友人の影山だ。

「どいつもこいつも、、、クローズの看板が読めないのかね」

久保は悪態をつきながらも、冷蔵庫で冷えている水出しコーヒーをグラスに注ぎ影山に渡した。

「せんきゅー。火野ちゃんかぁ。おつかれ」

影山が火野に気付くと、親密そうに挨拶を交わした。

「おつかれさまですー。影山さん、お久しぶりですね」

「部署が違うとほとんど顔会わせないもんねぇ」

「久保さんがいた頃は、研究部にも影山さん遊びに来てくれてましたけど、最近来てくれないですもんねぇ」

「はは。俺、外周りの方が合ってるからね。それに火野ちゃんの上司の中には、俺が久保に会社やめるように助言したと思ってる人もいるじゃん?だからちょっと行きにくいんだよね。あっ、そういや班目さんとドアんとこで会ったよ。帰っちゃったけど」

「あぁ」

「班目さんが店に入らないの珍しいと思ったら、火野ちゃんがいたからなんだね」

「誰ですか?」

「久保の副業のお得意様」

影山がすんなりと答える。

「副業?」

「そう、異物分析の」「おいっ」

久保が遮る前に影山が最後まで答えてしまった。

「はぁっ!??久保さん、会社辞めたのに異物分析の副業ってどういうことですか、、、?そんなに分析したいなら会社に戻ってきてくださいよ!」

足の長い椅子から飛び上がり、火野が久保に近付く。

「影山ぁ、、こう文句言われると思って黙ってたのに、おまえわざと言っただろ」

「ごめんごめん。そんなことないって!火野ちゃん知ってるのかと思った」

影山は悪びれるそぶりもなく、一応両手を軽く顔の前で合わせる。

「じゃぁ、その茶封筒は依頼品の異物ってことですか?」

火野が久保を睨みつける。

「まぁね」

「どうして開けないんですか?」

「どう依頼人の守秘義務があるだろが。部外者には見せれない」

「うそだ!影山さんは、これまでも見たことある感じじゃないですかぁ」

「影山はいいんだよ。お前、そんなに異物大好きなら、仕事の文句なんて言ってんな」

「話すり替えないでくださいよぉ!見せてくれたっていいじゃないですかぁ」

火野がほっぺを膨らし睨みを利かせた。

「俺が所有してる分析機器じゃ分からなかったら、連絡するから手伝ってよ。これ、締め切りが明日の朝までだからこれから検査する。それ飲んだら帰れよな」

店内に2人を残し、久保は奥の分析室へ入っていた。













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