EXTRA MISSION:神秘古代跡嶺を探索せよ!⑧
「え…、クロム?」
そこに倒れていたのはクロムであった。
つまりあの竜からスライムを引き剥がしたのはクロムであるということになるのだが、今倒れているクロムにあんな鋭利な爪はないし、ましてや人の顎で竜の肉を食いちぎる様なことが出来るはずがないと零弥はかぶりを振る。
あの野生の獣の様な戦い方はとてもじゃないが人間にできるものではない。そもそもあんな事が出来るなら最初からやっているだろうと、零弥は、何かの見間違いという事で片付けようとした。
「うぅ…レ…ミ?」
「クロム!おま…!?」
クロムの眼が開く。その瞳はクロムのチャームポイントとも言えるエメラルドグリーンではなく、黄昏を思わせる様な黄金色で、その瞳孔はまるで蛇の様に縦に切れていた、ように見えた。
起き抜けの頭の痛みに眼を瞑るクロムが次に開いた時、その眼は何時もの美しい碧色だった。
(やはり俺の勘違い…か?)
零弥はそう納得させなければいけないような、そんな気分でクロムを介抱する。
「レミ…あの竜は…?もしかして、お前がやってくれたのか?」
「え?いや、それは…違う。たまたま、壁が、崩れて…巻き込まれてアイツは…。」
しどろもどろに説明して竜の方を見ると、それはすでに事切れていた。急所に当たる部分を悉く傷つけられ、血を大量に流してしまえば、竜といえど耐えられるものではなかったのだろう。
「そう…か、残念だったな。」
「…それより、入り口が閉じちまった。脱出する方法は何かないか?」
「うーん…ん?ちょっと待て、何か聞こえないか?」
二人は口を閉じ、耳をすませる。流れる水の音、反響する洞内、そして吹き荒れる風の音。
「風の音…出口があるってことか?」
「いや…この音はまさか…。ウィンディ、見てきてくれ。」
《かしこまりました。》
再びウィンディを召喚、【魔視】を付与して見に行かせる。
《レミ様、ノーンから連絡です。リンさんとフランさんがそちらに向かったとのこと。それと、強力な魔力源です。属性は…嵐!》
その通信が届いた時、一際強い風と共に、水流が逆流した。
見ると、水脈の行き先の壁の一角に亀裂が見える。それも今にも崩れそうなほどに脆くなっていた。
「…我が槍は、幾重の鎧をも砕き、万勝の城をも崩す、剛鉄なり。剛槍、いざや貫かん_【Lance Grandea】」
零弥は頭上に巨槍を掲げ、亀裂へと投げる。大きな音を立てて壁が吹き飛んで行く。その先には、半円の輝きが顔を出していた。
…
「外だ…。」
流れ込んでくる風は新鮮な空気を零弥とクロムの肺に送り込む。月に照らされた洞内は、壁にある何かがキラキラと輝いていた。
フラフラとした足取りで、零弥とクロムは外に出る。出口付近の壁の崩れ方から見ても、フランが滝の亀裂に嵐属性の魔法を押し込んだのだろうと容易に想像がついた。
出口が広くなったためか、足元を流れる水流の勢いはいくらか弱く、元々一筋の水が吹き出していた滝は壁を伝って水が落ちるようになっていた。
2~3メートル程度の段差を飛び降り、滝壺に飛び込んだ零弥とクロム、そんな二人を、鬼の形相で待ち構えるリンが拳骨で迎えた。
「こんの…っ、馬鹿どもが!!
テルル達の時も言ったよなぁ!?勝手に行動するなと!お前達だけでどうにかなることなんかたかが知れてると言ったよなぁ!?」
「…はい、すみません。」
今回のリンは一味違う。本当の本気で怒っている。零弥もクロムも、それがはっきりと分かるほどに、リンの言葉には強い怒気が含まれていた。
「昨日のことだぞ!?お前達は昨日言われた事すら守れんのか!?
ネオンの歌が魔物を引き寄せてしまったのは仕方がない、それをなんとかしようと思うのも自然だがな?どうしてそこで私たちを頼らない!?」
「それは…竜がこっちに来ていたからそれを追い払おうかと思って…。」
「【陰陽炎】でどうにかできる範囲じゃない魔獣なら、余計に皆を起こして対策をとるべきだろう!そこでどうしてお前達だけでなんとかしようとする!?そんなに私達は頼りにならないか!?」
「あ、いや、その。」
「たしかに、お前の魔力量はとんでもないしその魔法特性も他に類を見ないものだ。それ故に並の魔法使いではお前に太刀打ちできんだろう。
だがそれがどうした?そんなもの喧嘩の役に立つだけだ。こうゆうどうしようもない災害みたいな相手をねじ伏せられるものか?それこそ戦争を一人で片付けられるようなものか?違うだろ。
ちょっと頭一つ飛び出した実力がある程度で調子に乗ってるんじゃないのか!?目の前の事態の対処がしたければ、自分にできることとできないことの見分けぐらい出来るようになれ!それが出来ないならまず周りに相談しろ!」
まくし立てていくリンの迫力に、二人とも言葉が出なくなって来ていた。
「まったく…本当に…二人とも…、無事で、良かったぁ…。」
言いたいことを言い終わって、リンは2人を抱き締めると堰を切ったように泣き始めた。
零弥とクロムは、互いに見合わせると、なんだか安心したような表情でリンが泣き止むのを待つことにした。
…
「ふむ、それでこれが、レミ君達が開いた洞窟か。」
「父上、母上、本当に申し訳ない。」
「「すみませんでした。」」
翌朝。事情を話した後、現場を見てみたいと言ったアクトとイリシアに付き添って滝へと戻って来た一行。リンとともに頭を下げている_押さえつけられているという方が正しいか_のは勿論零弥とクロムである。
陽の光の下に現れた滝とその洞窟は、意外にも美しかった。滝はその姿が大きく変わったが、水の勢いが減っただけで時間あたりの水量はむしろ増えていた。
そして、本題となっている洞窟の中に入った一行は息を呑む。壁際で横たえる竜の遺骸、そして、その奥の壁が朝日を浴びてキラキラと光っていた。
「ほう…これは凄い。みんな、見てごらん。ここで輝いているものが何かわかるかな?」
アクトに促され皆壁を注視する。光っていたものが金属であることが分かる。
「もしかして…これがエイデニオンですか?」
恐る恐る尋ねるネオンの問いに、アクトは首肯で返す。
「いやぁ、確かにレミ君達にはキチンと反省してもらわないといけないけど、一方で感謝もしなきゃいけないね。こんな立派な鉱床が手に入るとは。」
「なんでですか?この山はセシル家のもので、ここにエイデニオン鉱脈があるって分かってるのに…。」
今度はフランの問いに首を横に振って答える。
「この山のエイデニオン鉱脈は殆どが月狐族が見つけて所有しているものだ。僕らが勝手に掘ってはいけない。そうゆう約束で僕はここを所有地にさせてもらえたんだ。
だけど、ここの鉱脈を先に見つけたのは僕らだからね。ここからなら、僕らも遠慮なく採取できるよ。」
「フフッ、この事を大じじ様が知ったらどんな顔をするかしら?」
「イリシア…怖い事を言うなぁ。」
「何にしてもお手柄よレミ君、クロム君。」
本当なら更なる折檻が飛んでくる事を覚悟していた二人はなんだかよくわからない表情で顔を見合わせた。
「お前達、にやけるのはいいが帰ったら反省文だからな。覚悟しておけ。」
どうやらリンは、両親が怒るより先に喜んでしまった分も二人に厳しくする方針にしたようであった。




