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EXTRA MISSION:神秘古代跡嶺を探索せよ!④

「さぁ、ついた。頂上だ。」


 そこには、小さな野原が広がっていた。中央には何やら石の祭壇のようなものが置かれている。


「あははは~!野っ原~!」


 登山中何故か終始高かったレーネのテンションが最高潮になったのか、全力で走り出して野原を駆け巡る。

 勢い余ったのか、何か堪え切れない子供の本能だったのか、レーネは大ジャンプ、錐揉み回転を加えながら横になって野原を転がった。


「おーいレーネ、大丈夫かー?」


 ようやく追いつき近づく零弥の目に映ったのは、これ以上ないほど目をキラキラと輝かせたレーネの笑顔であった。


「キレイ!」

「あぁ、夜空か。本当に、見事に晴れたもんだよな。」


 そう同調しながら零弥もレーネの横に仰向けに寝転がる。

 満天の星空。まさにそう呼ぶに相応しい光景だ。ふと首を振れば、煌々と輝く半月も浮いている。

 まだ人の産んだ文明の光が地上を覆い尽くす前の空。これが太古の時代から人々を導き、夢を誘い、感動を与えてきた天の輝きであった。


「どうだい?素晴らしい空だろう?」

「えぇ、とっても。」

「レーネちゃんのことはイリシアから聞いているよ。」

「…そうですか。」

「なに、責めるつもりはないよ。そんなこともあるだろうということさ。

 それよりもね、レーネちゃんを育てる上で必要な物がある。それを教える意味も今回の旅行にはあったんだよ。」

「レーネのために必要なもの?」


 零弥はレーネの様子を見て首を傾げる。自分達の世話では足りないものがあったのかと。


「マナ生命体にはいくつか普通の生物と違って必要なものがあってね。

 一つは、マナだ。マナで身体を形成して生まれた生き物だけあって、マナを取り込まなければ成長が難しい。学校は龍脈の近くに建っているから、学校で育てるのは賛成だと思うよ。あそこなら特定の貴族に干渉されることなくマナを得られる。

 二つ目は、月光だよ。マナ生命体は、誕生や成長の起点で月の光を浴びる必要がある。月の光を浴びることでそれまで体内に溜め込んだ栄養やマナを利用して成長を開始するんだ。」

「ということは月の光を浴びた分だけレーネは成長するってことですか?」

「そこはなんとも言えないな。イリシアの話を聞く限りは、浴びなくともそれなりには育つけど、月の光を浴びた方が大きく元気に成長するのではないだろうか。」


 そこまで聞いて零弥はおそらく月の光はマナ生命体にとっては代謝の活性化に必要なのだろうと考えた。それでレーネは今日の道中もやたらと元気だったのかと納得する。今後は定期的にレーネには月光浴をさせるべきだろうと彼は思うのであった。


「パパ、難しい話のが楽しい?」

いらいらいらい…」


 零弥がアクトとばかり話しているのが気に入らなかったレーネに頬を引っ張られ上手く発音できない。

タップして手を離してもらい弁解する。


「うーん…そうゆうわけではないんだ。レーネと遊んでる方が楽しいに決まってる。」


 零弥の言葉を聞いてレーネはムフーと鼻息荒く抱きついてくる。


「…そうだ、折角だしレーネに星のことを教えてあげようか。」

「星のこと?」

「そう、明るい星には名前がある。星の集まりは星座と言ってそれぞれ物語があるんだ。」


 零弥は寝転がったまま空を指差す。


「この時期に見えるとなるとやっぱり織姫と彦星の伝説が定番かな。」

「織姫と彦星?私も聞いたことのない話だな。」


 アクトも興味を示してくる。


「昔々の恋物語ですよ。愛し合いすぎたが故に分かたれてしまった悲しい夫婦のお話です。」

「それ、悲しいお話?」

「ううん…そうかもしれないけれど、それでもロマン溢れる素敵な話だよ。聞いてくれるかな?」

「うん!」

「よし、それじゃあ話をしようか。

 それは遥か昔の出来事。天上の神々の住まう世界のお話。ある偉い神様の娘は機織りを生業としていた。彼女はある日牛飼いの青年と出会い恋に落ちたんだ。やがて…」


 零弥の語る昔話は山の静けさに溶けていく。アダムで見ることのなかった輝く星空の下、ロマンチックな時間は静かに流れていった。



 そこは一行がキャンプ地として使っている広場。その広場の周囲の石柱は燭台となっており、それぞれにはイリシアの灯した【陰陽炎あきかげろう】が揺れていた。


「みんな、お帰りなさい。あら…、」


 広場の中心に作った竃に火を継ぎながら待つイリシアは足音を耳にしてアクト達が帰ってきたことを察した。そして戻ってきた一行のうち、零弥の背中で静かに眠るレーネに気づく。

 あれから暫くして、零弥の話が寝物語になったのか、レーネはスヤスヤと寝息を立てていたので、頃合いと見て下山したのだ。

 イリシアは零弥からレーネを受け取り、起こさないように寝かしつけに女子用テントに向かってくれた。


「お湯は沸いてるわ。お茶でもコーヒーでも好きなものを淹れてね。私はレーネちゃんと一緒にもう寝るわ。」

「ありがとうイリシア。おやすみ。」


 おやすみのキスを互いの頬に交わす夫妻を見て、零弥達は手に取った飲み物が無性に甘く感じたという。

 さて、時計があったなら時間はすでに午前1時を示す頃合いだろう。登山の疲れもありアクト、フラン、リンも早々にテントに入ってしまった。


「私達も寝る?」

「でもなんだか勿体無いね。」

「こうゆうのの定番って言やぁ肝試しだろ。」

「ちょっとやめてよクロム。」


 クロムは手をワキワキさせながらニヤリと笑みを浮かべる。


「と言っても、セシルさん達も寝ちまったからなぁ、外出は出来ないし…。」

「…別に肝試しがしたいならここでもできるぞ?」


 そう言う零弥の顔は不敵な笑顔であった。


「おっ、お兄ちゃんその顔は怪談だね?」

「もぅ!レミくん、レナちゃんまで…」

「ネオンは怖がりだからなぁ。こないだレミが幽霊退治した話の後も…」

「クロム、それ以上言ったら…締めるわよ?」

「おぉ、怖い怖い。」


 万歳のポーズでおどけるクロム。


「ハハハ…後が怖いから怪談はやめておこうか。」

「じゃあ何するよ?」

「うーん、あまり騒ぐのも良くないな。」

「歌ならいいんじゃない?ネオンちゃんの歌聴きたいな。」

「ちょっとレナちゃん!?」

「いいんじゃないか?静かに歌えばいいさ。ネオンの歌なら文句もないだろう。」


 伶和と零弥は既に期待の眼差しだ。クロムも好奇心だか野次馬根性だかに満ちた目でネオンの様子を伺っている。


「……っ!…ハァ、わかったわ。一曲だけだからね?」

「あぁ、頼むよ。」


 ネオンはひとしきり悩んだ後、諦めたように了承する。

 手元のお茶を飲み干して、喉の調子を確認する。

 深呼吸の後に、風の音すらしない静寂の中、ネオンの歌声だけが山の中に響き渡った。

 この世界には、歌唱専用の言葉がある。レーネが生まれた夜、ネオンが月晶竜の子供に聞かせていた歌の歌詞を零弥が理解できなかったのはこのためである。一説には太古の神々が用いた言葉であるとも言われており、歌唱言語をもって神へ歌を捧げる役割を担う神職に歌唱師というものがあり、歌唱師の歌うそれは【神捧歌《hyuemeln》】と呼ばれている。

 ネオンの歌の原点は歌唱師であった今は亡き祖母に教わったものだという。

 ちなみに、歌唱師と歌手は別のものだ。歌唱師は神捧歌を捧げることで神に仕える役職で、歌手の歌は特にそのような縛りはなく人々の娯楽として楽しまれている。

 今回彼女が歌ったのは「微睡みし大地の夢枕」という神捧歌だ。例の如く零弥たちはその歌詞の意味はわかっていないが、その意味を翻訳すると以下のようになる。



『序歌』

眠れる昼の方々よ、

今ひと時の喧騒をお許しあれ。

目覚めし夜の者達よ、

ともに楽しみ楽しませたもう。


『本歌・微睡みし大地の夢枕』

草花は項垂れ、露は募る。

夜鳥のさえずりは子守唄。

夢枕に立つ虫の声。


愛を奏でる。友を呼ぶ。

御心のために踊り跳ねる。

いつかついえるその時のため。


月に耳そばだてて、森に目向けて、

愛子のため夜なべて歌う。

いつか始めるその時のため。


『結歌』

あぁ!あぁ!

神よ、精霊よ、この地に根付く命よ、

私の歌を受け止めて。

その心に温かなものがありますように。

今、この時、捧げ物は斯くここに。



*注釈*

 神捧歌は3部に分けられている。

 『序歌』とは、「これから私が歌うものは神に捧げるものです。どうかお聞きください。」という旨を伝える為の挨拶のようなもの。これを歌わずに『本歌』を歌うことは、いきなり神の書斎に押しかけて歌い始めるようなものであり一種の禁忌とされる。

 『結歌』は「この歌をお気に召していただけましたでしょうか?この歌を捧げ物として献上します。」という締めの挨拶。これが無いと神は捧げ物の歌はまだあるのかどうか判断できない。時によっては『本歌』を複数歌って捧げる場合があるからだ。


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