黄金の熱風⑨
「ファーーーーッッ!!?」
硬質な音が鳴り響き、テルルは額を抑えてひっくり返る。そのあまりにも酷い光景にその場にいた全員が固まった。
「お前は何にもわかってない。親父さんのことも、仲間のことも、自分のことすら分かってない。そうゆう人間のことを、一般的に馬鹿って言うんだ。」
と勢いよく指を突きつける。額を抑え、涙目のテルルは零弥の言わんとしてる事が呑み込みきれずにいた。
「わ、分かってないって、じゃあ、お前は分かるのか!?何が分かったって言うんだよ!?」
「やれやれ、こうゆうのはリンさんの役目だと思うんだけどなぁ…。」
呆れ顔で零弥はその場にどっかりと腰を下ろし、テルルを真っ直ぐに見据えた。その迫力に無意識に居直るテルル。
「まずは親父さんについてだ。これはまぁ、『もしも俺がタングスト=ルキアであったならどうするか』という推測でしかないんだが…。
お前の親父さんは、そもそも『黄金の熱風』をお前どころか、誰にも継がせる気は無かったはずだ。」
「な、なんでそうなる!?あれだけの大組織だぞ!誰かが統率しなけりゃいけない筈だろ!」
「それだけの大組織だからだよ。それに、組織って言ったって、所詮は盗賊、ならず者集団だ。どうやって統率するんだ?」
「それは…こう、力を見せつけて…」
ハァと溜息をつく零弥は続けるぞと話を続けた。
「お前の親父さんの本当のチカラは、その腕っ節でもなければ金夜叉という武器でもない。『カリスマ』だ。ならず者っていうのは暴力で従わないからならず者なんだよ。奴らを束ねるには、思想・理想・夢想、思わず付いて行きたくなるような何かが必要だ。
親父さんはそのことをよく分かっていたんだろうな。そして、『黄金の熱風』の統率は自分以外には務まらないと理解していた。だから、『黄金の熱風』は自分が死んだら解散するつもりでいたんだろうよ。
そこんとこどうなんだよ?ガイルのおっさん。」
零弥は何処かにいるであろうその人物に声をかける。すると、盗賊の一人が前に出てフードを取った。元『黄金の熱風』No.2、ガイル=デルフォードは口を開く。
「あぁ、お前の言う通りだ。お頭は、自分が死んだら、組織は解散すると常日頃から言っていた。その後のことは、俺に任せると。」
この『その後のこと』というのは、十中八九テルル達のことなのだろうなと、容易に想像できた。
「裏は取れたな。だとすれば後のことも簡単だな。
次は仲間のことだ。まぁここには親父さんも含まれるが。
ここにいる奴ら全員、お前に盗賊をやってほしくないと思ってるぞ?多分、生き残りの仲間のシオンってやつも含めてな。」
そのことにテルルはそれほどショックはなかった。かねてよりテルルは父親の跡を継いで盗賊になると言っていたが、タングストははっきりとは言わなかったが、その事に関して肯定したことはなかった。
それも今思えば当たり前だ。そもそも自分が盗賊になれる時にはもう『黄金の熱風』は無くなるのだから。
「それと、そのシオンってやつが騎士になるって言ってたのはきっと、お前を止めるためだ。騎士であれば盗賊は敵、お前が盗賊になるのなら、その首を切る役割が騎士だ。だからシオンは騎士になると言って、テルルに敵対する道を選ばないように誘導するつもりだったんじゃないか。」
その努力も虚しくってやつだ。と零弥は再び呆れた目でテルルを眺める。
テルルは零弥の話を聞くほどに自分の愚かさを突きつけられている気がして言葉が重くなって出てこなくなってきていた。
「そして最後に、復讐にかられるのはもっともだし、盗賊になっちまったのは百歩譲ろう。
だが、その復讐の手段が頭が悪い。なんだよ悪人全部殺せばその中に仇はいるだろうってその脳筋思考は?」
「違う!私はただ、そうゆう悪人が世にのさばってるのが許せなくて…」
「だったらシオンと一緒に騎士になれば良かったろ?そもそも、義賊だなんだともてはやされようとも、それに憧れようとも、まともな奴は本気でそれになりたがる奴はいない。結局は義賊だろうがなんだろうが、一般的には悪なんだから。」
「でも『黄金の熱風』は…」
「でもじゃない。だいたい、勧善懲悪を語るなら旅人は襲わないだろ?」
至極当たり前の一言で論破されたテルルは、口をパクパクさせるも次の言葉は出てこなかった。
「とりあえず、ここまでお前の話を聞いた俺の結論は、『馬鹿』だ。」
立ち上がって踵を返す零弥に、無体な一言で片を付けられたテルルは半泣きで睨みつけることしか出来なかった。
「まぁ、一つだけ、救いがあるとしたらな」
足を止めて顔は見せず、零弥は告げた。
「今いる仲間がまだ生きてるってことだ。獣人だろうと女だろうと関係なく、拾った子供として、家族の一員としてお前を心配してくれた仲間のはずだぜ?
どう思って連れ回してたかは知らないが、無駄に殺さなくて正解だったと思うぞ。そいつらはお前のことを真剣に考えてくれるはずだ。一度腹割って、よく話し合うんだな。」
それを最後に、零弥は後をリンに任せて行ってしまった。クロムも零弥の後を追う。
さて、その場に残されたリンは、ゆっくりとテルルの側に近づいて目線を合わせた。
「テルル=…ルキアでいいか?まぁ、レミのあの言葉は私も驚いた。だが、言ってることは間違ってない。
たしかに家族を奪われ、自由を奪われ、再びできた家族を失った辛さは想像するだけでも忍びない。
しかし、君の人生は、復讐だけで終わらせていいものじゃあないはずだ。そんなことは、ここにいる仲間も、向こうにいるお父さんや兄弟たちも望んではいないだろう。
きっとみんな、君が幸せになることを何より望んでいるはずだ。」
「………」
「それと、レミのことは許してやってくれないか?あいつも、君と同じ不幸な子供なんだ。きっと、君が自分とよく似ていたから、君をこのままにしておけないと思って、あんな事をしたんだと思う。」
「あいつが…私と同じ?」
「あぁ、詳しくは言えないが、レミも産みの親の愛情を知らずに育って、代わりに育ててくれた人を亡くして、辛い時期があった。でも、いろんな奇跡や幸運、出逢いがあいつを立ち直らせた。未来を見ることができるようになったんだ。
だから、同じ辛さを知ってるものとして、君の間違いを正して、取り返しの付かなくなる前に君を救い出したかったんだろう。」
まぁその手段が半ば洗脳に近いカウンセリングというのはどうかと思うがとリンは心の中で小さく毒づく。
テルルはリンの言葉を反芻する。零弥の意図を逡巡する。偶然見つけて襲った相手が自分と同じ境遇の経験者で、そんな相手が自分を気にかけてくれたという出来すぎた展開に混乱する。
(悩むのは当然だ。今までの自分をはっきりと否定されたことがなかった。仕方ない事と諦めていた。抜け出せる道があるなんて考えたこともなかったのだろう。
だが、その悩みは必要だ。精一杯苦しんで、よく考えるんだ。)
リンは上着のポケットから小さな紙を取り出してテルルの手に握らせた。
「私達に出来るのはここまでだ。ここから先は、君と、君の仲間で乗り越えるんだ。そして、答えが出たなら…私達はきっと君の役に立とう。」
そうしてリンは零弥達を追うべく腰を上げた。そこに待ったと声をかけたのはガイルだ。
「なぁ、あんた…えーと…」
「…リン=セシルだ。」
「あぁ、セシルさん。ありがとう。あんた達のおかげで、漸くテルルと正面から向き合って話ができそうだ。」
「そうか…それはよかった。これからも、彼女を支えてやってくれ。」
「あぁ…本当に、感謝してる。」
ガイルは右手を差し出す。リンは笑ってその手を取った。
…
「素直じゃねえなぁレミも。もっと他に言い方あっただろうに。」
「話を聞く限りあいつは相当頑固だぞ。あれくらいのが丁度いい。」
あえてぶっきらぼうに話を打ち切り零弥は進む。
(あとはリンさんに任せたほうがいい。あの人ならいい方法を示してくれるだろうし。俺の役目はあいつの目を覚まさせて、話を出来るようにするだけだ。)
暫くすると後ろから追いかけてくる銀色の影があった。無論、リンである。
「リンさん、ありがとうございます。」
「うむ、一先ず急場は凌げたし、成り行きとはいえあの子を更生することもできた。結果としては最上のものだろう。」
だが、とリンは零弥の肩に手をおくと、フワリと飛び上がり、
「勝手な判断で飛び出すとは何事だ!」
「アバァッ!?」
渾身の頭突きを叩き込んだ。倒れる零弥を尻目にリンはクロムに向き直る。クロムは既に黙って両手を挙げていた。
「オォオォォオオ…タンコブ…タンコブの上にタンコブがぁぁぁああ…」
「降参したのに…横暴だ…。」
「全く…、今回は偶さか上手くいっただけだ。もし相手がもっと大軍だったら?予想外の力を持っていたら?お前達程度が飛び出したところで勝てなかったらただの犬死にだぞ!」
悶え苦しむ零弥と正座で頭にこさえたタンコブを抑えるクロム、リンは己が魔装器【如意棒】を立てて鬼の如き威圧感で仁王立ち。
信号弾は打ってある。アクト達が迎えにくるまで約10分、二人はこってりと絞られることになるのだった。




