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黄金の熱風⑧

 黙祷という行為の中、意識的に静寂を作っていた事がその音を際立たせた。カサリと葉を踏む音、1つではない。


「?…っ!みんな、伏せて!」


 鈍く、湿った音。遅れて倒れる音が1つ。自分のすぐ後ろにいたアルカの側頭部には、重い鉄の鏃が深々と食い込んでいた。

 何が起こったかを理解したテルルは猛烈な後悔に囚われる。

 明らかに今の一矢は自分を狙っていた。それに一瞬早く気づいて動いたから、その矢は敵の狙いから外れた。だが、外れた矢は消えるわけではない。流れたソレは当然その先へと飛ぶのだから。

アルカの死に驚き、パニックになる弟妹たち。その悲鳴を合図にしたかのように暗がりから何人もの人影が現れる。


「そこの獣人の女だ!そいつが『証』を持ってる!」

「くそ、ガキどもが邪魔だ!」

「こんなとこにいるんだ、そいつらも一味だろう?纏めて殺せ。」


 その集団は各々の武器を構えテルルへと進んでくる。

 テルルは動けなくなっていた。父親をひとり残し逃げ、あまつさえ自らの手にかけた。挙げ句の果てには自分を慰めてくれたアルカの命を奪ったのは自分を狙った流れ矢だ。少女の心を締め上げるには十分な犠牲。心が動けなくなれば身体も動かない。凶刃はすぐそこまで迫っていた。


「テルル!」


 耳元で叫ぶ声にハッとしたその時、既に事は終わっていた。もたれ掛かる重みはセトのものだった。


「セ…セト?」

「テルル…逃げて。君は…生きて。」


 その胸ははバックリと開かれている。切っ先で斬られたのではなく、刀身で骨の奥、内臓まで断たれている。もはや助かる事はないと見ただけでわかった。

 それでもセトは立ち上がった。震える手足と口から溢れる血がもう戦える体ではないと告げている。それでもセトはテルルを庇うように両腕を広げた。


「早く…行く…ごほっ!」


 ぼたぼたと落ちるのはもはや血なのか内臓なのか分からない。だがセトは立っている。ただ立っていた。


「行くぞ、チビ達はもう先に行っている。」


 シオンが腕を引っ張る。テルルは引っ張られた拍子に取りこぼしてしまった何かを取り戻そうと手を伸ばすが、それが何かがわからないまま、そこは遠くなって行った。



 そこからの記憶は曖昧だった。終始シオンに手を引かれ、縺れる足で抜け道を行く。どこをどう歩いたかは分からない。

 煙に燻され息が苦しく、戦いの中で疲弊した身体は休息を求めた。そして胸の奥はまるで膿んでいるかのようにいつまでも気分が悪く、また、傷もないのに痛みを訴え続けていた。

 最後の記憶だけはなぜかハッキリとしていた。

 そこは騒動の生き残りの仲間が灯りをつけずにキャンプを作っていた。ガイルもいた。が、その事にテルルは喜びはなかった、むしろドス黒い感情がふつふつと沸き立ち続けた。なぜ親父が死んで、彼らが生きているのかと。

 夜明け前、寝息を立てる弟妹達。抜き身のサーベルを手に周りを伺うシオン。それらに背を向け、立ち上がる。その背中にシオンが語りかけた。


「…どこへ行く?」

「遠くへ。」

「一人でか?」

「あぁ。」

「そうか…」

「シオンは…やはり街を目指すか?」

「そうだな。こんな形で独り立ちする事になるとは思わなかったが。こうなった以上はそうするつもりだ。

 なに、チビ達のことは任せろ。お前はお前の道を行け。っていっても、お前の道は、もう焼け野原になっちまったか…。」


 いつになく饒舌になるシオン。普段から物静かな彼は大人になったら隠れ家(ホーム)を出て騎士を目指すと言っていた。

 そんな彼と対照的にテルルは父親の跡を継ぐと常日頃から言っていた。右腕には父親から受け継いだものがある。だがそれだけだ。他のものは、何もかも焼け落ちた。家も、組織も、仲間も。


「…親父の、アルカの、セトの、仇を討つ。」

「…そうか。」

「シオン、お前は来ないのか?」

「あぁ。」

「悔しくないのか?」

「…悔しいな。」


 歯軋りが耳に届く。


「それでも、お前はまず騎士を目指すのか?」

「騎士になるなら、必ずどこかで悪党を追う役割がある。まずは力をつけないと。」

「それまで奴らが大人しくしてるとは思わん。それに、あれは一つや二つの組織じゃない。」

「だからこそだ。組織に挑むなら組織の力がいる。」


「…そうか。私は…今すぐにでも奴らの跡を追って八つ裂きしてやりたいよ。いや、この世に蔓延るクズどもを、全部消し炭にしてやるのも悪くない…か、クク…。」


 腹の底で蠢く感情は、口にすればするほど膨れ上がっていく。

 その姿にシオンは憂いを隠せなかった。


「テルル…俺はお前を止める気は無いが、一つだけ言わせろ。

 お前が目指すべきもの、お前が目指していたものを、見失うなよ。」


 その言葉を最後にテルルは歩き始めた。

 それから、彼女は父親の形見を手に盗賊として活動を始めた。

 あのキャンプにいた者達の一部はなぜかあの後テルルを追ってきた。人手があるだけで今後の活動もやりやすくなると、一先ず付いてくることに文句はつけなかったが、テルルは彼らを信用する気は毛頭無かった。

 彼女は人前では眠らなかった。野宿の時は徹底して眠らず、馬宿などで個室を取って鍵を掛けて眠った。

獣人であるといい顔をされなかった事が何度かあったため、常にフードを被り、人前で外すことはまずしなくなった。

 自分の方針に文句をつけてくる奴がいた為斬り殺したこともあった。

 路銀を稼ぐために人を襲う一方で、悪事を働く者は片っ端から殺して回った。名乗らず、姿を見せず、ただ活動する彼女らは、誰が呼んだか「無貌」と称された。



「私は…償うんだ。悪事を働く奴を皆殺しにすれば、仇は取れるはずだ。それが私の…みんなに、親父に対してとれる責任だから。」


 それを最後にテルルは口を噤んだ。

 あまりにも数奇で、過酷な人生をこの少女は歩んできた。その在り方は、ともすれば零弥にも通ずるものがあった。

 その事にクロムも、リンも気づいていた。だからこそ次の言葉は零弥が発すべきだと、その背中に投げかける。

 零弥は、深呼吸を一つ、深く深く行うと、


「馬鹿じゃねーの?」


と吐き捨て、デコピンを食らわした。

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