はじめての異世界人⑧
かくして、零弥のアドバイスを受け、伶和の魔力も無事『滞留』させることに成功した。
しかし、リンはそのことよりも、零弥の的確すぎる指摘に首を傾げた。まるで、魔力の流れを感じ取ってるのでなく、魔力そのものが見えているかのような言いように、妙な違和感を覚えたのだ。
「レミ、まさかとおもうがお前、魔力が見えているのか?」
「あ、はい。」
あまりにもあっさりとした答えに鼻白むリンに、零弥は自分の視界に映る魔力の景色を説明した。
「それじゃあなんだ?お前は魔力の属性を調べる前から私や伶和、ひいては自分の魔力の違いを色で認識できていたのか?」
「はい。」
その答えにリンは軽く眩暈を起こした。庭に落ちてきたとはいえ、偶々出会った金の卵の中身の片方がとんでもない怪物だったことに衝撃を受けたのだ。
「…レナはどうなんだ?」
「え、私は…その…そうゆうのはないです。」
伶和の答えに内心ホッとするも、リンは次の疑問が浮かんだが、ハッとして顔を引き締めた。
「あっ、そうだ!それよりも、次は『閉門』だ!これをしとかないとあっという間にスタミナ切れだぞ!
イメージとしては、人によるが、蛇口を閉めるとか、穴を閉じるとか、そうゆう感じで魔力が出てこないようにするんだ。」
二人は元の位置に戻ると、眼を瞑る。今度の変化もやはり二人とも異なった。
零弥はあっという間に放出が止まり、とゆうより魔力が全く出てこなくなった。
一方伶和は、普通に魔力の放出が弱まっていき、やがて僅かに輪郭が残る程度の魔力が出る程度になった。
「レナは普通の閉門なのになぁ…。レミ、お前の魔力回路はどうなってるんだ?全く魔力が出てこないが。」
「イメージとしては、骨を軸に見立てて外側に放出して循環させる経路から、体の内側でコイル状に魔力を循環させる経路にスイッチ切り替えする感じです。」
「こいる…?まぁいいや。それにしても見事なまでに完全閉門だな。少しだけ開いてみるとかは出来ないのか?」
「うーん、やってみます。」
リンが零弥のそばを離れて数秒後、零弥は眼を開き再び開門した。
リンの希望通りなら、レミの体の周りを小さな魔力の渦ができるはず。だったのだが…
「全く変わってないな。」
「増やすことは出来るんですけど…ふっ!」
魔力の奔流が物理干渉レベルに達し、伶和は煽られ、リンは小柄だったのが災いし、軽く飛んだ。
「レミ!ストップ!放出を止めろ!」
「アッハイ。」
零弥は再び閉門する。するとさっきまでの奔流が嘘かのように零弥の体から魔力の気配が消えた。
「なんだお前は!?微調整が効かないとかなんなんだ!?」
吹っ飛ばされて軽く半ギレのリンが零弥に飛びかかろうとするのを伶和が羽交い締めにして抑えて数分後。
「はぁ…はぁ…もういいや。開門、滞留、閉門は出来てるぶんには出来てるわけだし…、ツッコミ疲れた。」
「暴れ疲れたの間違いでは?」
「誰のせいだと思ってるんだ!まったく…。」
すると、突然ゴム風船を擦るような音が聞こえてくる。発生源はリンの身体の中。要はお腹が鳴ったのだが。
「~~っ!!」
顔を真っ赤にするリン。零弥と伶和は顔を見合わせて苦笑いを浮かべると。
「そういえば、お腹空きましたね?」
「う、うるさいっ!!」
優しくトドメを刺した。
…
「ねぇ、ホントに行くの?」
「だって面白そうじゃん。親父さん曰く、来年度から編入するんだろ?一足先にその顔拝ませてもらおうぜ。」
昼食を終え、零弥達が午後の練習を始めて数時間が経過した頃、セシル邸の前に、二人組の少年少女がいた。
方や端正な顔立ちに、蒼髪碧眼。後ろ髪を一つに束ね、背中まで垂らした爽やかな雰囲気の、日系の見た目にすれば間違いなくジャニーズ入りを果たすことだろう美少年。
方や色白だが健康的な肌に、桃色の髪はふんわりとしたショートヘアに、長い睫毛に綺麗なアーモンド型の目の中、濃い青の瞳は大きく、どこから見ても立派な美少女である。
「そんじゃあ、行くぜ。」
「えっ、そんないきなり…」
「ここまで来といていきなりも何もねぇよ!えいっ。」
と、勢いよくドアベルを鳴らした。
…
その音に気がついた三人。
「誰か来たようですね?」
「はて?来客の予定はなかったと思うが…勧誘か?」
「見てきましょうか?」
「いや、構わない。二人はそのまま精錬を続けてくれ。伶和は水属性、零弥は鋼属性だぞ?」
「「はい。」」
リンは二人を置いて、家の横を通り玄関先を覗いた。
「あいつらは…、クロムとネオン?」
「あ、クロム、先生だよ!」
「あれ?リンちゃん先生なんでそんなところから?」
「お前達こそ、何しにここへ?まさかお前達が質問に来たわけじゃあるまい?」
リンはそれぞれに異なる意味を込めて同じ言葉をかけた。
「んなことよりリンちゃん先生、なんで庭の方から出てきたの?水やりでもしてた?」
「いや、次年度から編入する生徒に魔法の基礎を手解きしてたんだが…」
「基礎からですか?父からは同い年だと聞いてるんですが。」
「なるほど、トリンに話を聞いてクロムが興味を示し、ネオンが止めても聞かずにここまで来たというわけか。」
リンは記憶と二人の言葉からここに来た理由を推察した。
「ご明察~っと。てことは、いまその噂の編入生は庭にいるんだな?」
「クロムの言う通りだが、庭には行かせられないな。」
「なんだよ、見るだけじゃないか。」
口を尖らせるクロム。しかしてリンにもそれなりの理由があった。
「あの二人はデリケートなんだ。詳しい事情は知らないが、高い魔法適性を持っているのにこの歳まで魔法教育を受けてこなかったようでな。だから、いま私が急ピッチで教えているんだ。
そして、お前達が戻ってくる前に一度あの二人は魔力暴走を起こしている。だから魔法の練習中に集中を掻き乱すような真似をされては私達も危険が及ぶし、当人達は最悪死ぬ危険がある。」
「死っ!?」
「それだけの巨大な魔力をあの二人は保有していたんだ。魔力暴走の時、トリンは壁越しで魔力酔いを起こしかけたそうだぞ?」
リンの言葉に二人は怯んでしまう。
魔力酔いとは、魔法使いが予期せぬ巨大な魔力にさらされた時、車酔いに似た不快感を感じる現象。保有魔力量の差で、そのダメージは増減する。また、壁や結界などの物理的な遮断でもある程度の軽減は可能だ。零弥達のいた部屋とトリンのいた診療室は壁が二枚挟まれているし、病室と診療室は直前にあるものではないので少し距離があったはずである。二人分の魔力とはいえ、トリンの魔力量は成人男性の平均よりいくらか上であるにもかかわらず、それだけの条件で魔力酔いを起こすということは、零弥と伶和の魔力量は、常人の範疇を超えているということになるのだ。
魔力暴走は、魔法的な人間爆弾に近い。そのようなものが2人の身に起これば、二人だけでなく、この周囲の住人全員に被害が広がる可能性もあるのだ。
「だから、挨拶するのは構わないが、せめてもう少し後、今やってる練習が終わってからにしてくれ。」
「わかりました。すみません先生、クロムが無茶言って。」
「なに、二人ともせっかく来たんだ。家の中で寛いで待っててくれ。」