黄金の熱風⑦
「親父!どこだ!?」
父親に背を向けた場所へと戻ってきたテルルは着くや否や声を上げた。
辺り一面には死体が山と積まれていた。見覚えのない顔とある顔とがあり、戦いの凄惨さが伝わっていた。
そして、その地獄の中で踞る巨体。それがタングストのものである事は、皆が理解できた。
「親父!無事か!?」
「……」
返事はない。肩が上下していることから、生きてはいるようだが、全身傷だらけで、遠目に見ても無事とは言えない。果たして声が聞こえているか。
「親父、声は聞こえる?っ!…酷い傷だ、一先ず手当を…」
セトが応急処置の治癒魔法をかける為にタングストの前に座り傷に手をかざしたその時、言い知れぬ悪寒がテルルを動かしていた。
「セト!」
「うわっ、テルル何を…!?」
襟首を引っ張られ転倒したセトの頭のあった所を、豪と音を立ててタングストの腕が通過した。
しかし間髪入れずにもう一方の腕が2人を叩き潰さんと迫るところに、シオンが割って入り受け止める。
「親父、なんで!?」
「バカ、まずは下がれセト!私が説明する!」
困惑するセトを引っ張って下がる。それを見届けたシオンは悲鳴をあげる身体に魔力で鞭を打ちその場を脱した。咆哮を上げ、暴威となり襲おうとするタングストを颶風が襲いかかり後退させる。アルカの魔法であった。
2人がタングストを抑えている間にテルルは、困惑するセトにタングストの病について語る。力を振るうほどに老いる病。老いれば老いるほど理性を失っていくこと。
タングストは、テルルを逃がすため、この里を守る為に叛逆者たちと戦い続けたのだろう。その結果、もう自分たちの声も届かなくなるほどに正気を失ったのだ。
「親父は言ってた。この病は最後には人として死ぬが、獣として生きると。だとすれば、今の親父は…」
最早暴力的な獣でしかありえない。その言葉は自らの口から紡ぐことは憚られた。
しかし気がかりだったのは、自らの腕に宿った父親の武器、『黄金の熱風』のボスの象徴ともされる秘奥の宝具は、なぜ自分に宿ったのだろうかという点だ。
無論、これの使い方を父親から教わった覚えもないし、欲しいと思ったこともなかったテルルは、宿られたところで使いこなせるとは思っていない。
「wuoooOOAAAAAA!!!」
耳が痛くなるほどの雄叫びと、吹き飛ばされる2人の姿。そして、アルカの方へと躍り掛かる暴威を目に捉えたテルルは駆け出していた。
自分になにができるのか?飛び込んで何をしようというのか?そんなことでアルカを救えるのか?そんな疑問が高速で脳髄を渦巻くも身体は止まらない。とにかく守る、たとえその先にあるのが死のビジョンであったとしても関係なかった。
しかし、物言わぬ肉塊となる自身のビジョンは、右腕から発せられる灼熱が打ち砕いた。
「ぉ、ぉおあラララララララァイ!!」
一閃、ニ閃、振り抜かれる腕、その先に伸びる燃え盛る刃は、タングストの太い腕を切り裂きながら弾いていた。
時間にして3秒に満たない間に繰り出された撃舞は、20をゆうに超えた。
テルルの手に握られていたのは真紅の柄に金の装飾が施され、その刃は炎を受け黄金に輝く青龍偃月刀である。父親が必勝を誓う戦いの中でのみ見せたそれの名は【金夜叉】と言った。
予想外の傷みを受けたタングストは怯み、後ずさる。そして、自らを傷つけた物を目に捉えた瞬間、先程まで上げていた雄叫びとは異なる、言葉と取れるものを叫んだ。
「th…TheeeRRRuuRuuuuu!!」
テルル。確かにそう聞こえた。その言葉が意味するものは一体何か?誰にもわからないが、その殺意がテルルに向いていることは確かであった。
叫びとともにその巨躯が迫る。振りかぶられた右腕の外腕へ、テルルは金夜叉の刃を立てる。地面を蹴ると、タングストの腕の勢いと梃子の原理が合わさり、回り込むように受け流した。
抉られる地面。あの一撃を体で受けていれば、押し負けて潰されていただろう。
「ぐっ…みんな離れろ!親父の狙いは私だ!みんなは遠くから援護を…っ!」
振り向いたタングストの腕に吹き飛ばされる。今のは攻撃ではない。ただ後ろにいたテルルに向いただけだ。しかし理性のタガが外れ、暴力の塊となった彼は、もはや動くことが攻撃となる。
肋骨が折れている。息をするだけで体が軋んだ。
「テルル!」
「来るな!比較的身体強度の高い獣人ですらこれだぞ!源人が来たところで肉盾にすらならん!援護射撃で親父の態勢を崩せ!」
若干キツイ言い方になったが、今タングストにまともに立ち会えるのは源人より身体強度の高い獣人で、金夜叉を手にしている自分だけだという思いがテルルに暴言を吐かせた。
心の中で謝りながらも、テルルは悲鳴をあげる身体を無理やり起こして立ち向かう。胸の奥から迫り上がる吐き気を呑み込み、自身の魔力回路を加速させた。
「速く…強く…速く…強く…速く…強く、強く」
テルルは単純工程の身体強化を複数、発動直前で待機させた。用意したのは身体操作を加速する風属性術式と膂力を瞬間的に増幅する火属性術式。これを維持しタングストへと肉迫した。
魔法使いには大きく分けて3パターンがいる。身体強化を主として用いる武闘派、伶和がこれに当たるだろう。放出型魔法をメインに据え置く魔砲派、例としてはクロムが最もわかりやすい。そして魔法使いがいずれ目指すのがどちらも熟せる両道派、若年でここに至れるものは滅多にいない。無論両道は出来るが武闘派スタイルを極めるものもいる、魔砲派もまた然りだ。
そしてテルルは武闘派を極める道を選んだ。それ故に近接戦闘においては零弥をも凌ぐ。そしてそのテルルが、体格・技量において自身を上回る相手を打ち負かすために選んだ手段、そしてそれを実現させる為に編み出した技。それが後年に『コルトキャスト』(命名レミ=ユキミネ。コルトとはおそらく回転式拳銃の代名詞とされるコルト社から取っている。)と称される、魔法の任意連続発動による高速攻撃技法である。
「っ!浮いた!」
周りの援護もあり、タングストの身体が僅かによろけた。
その隙を待っていたとばかりにテルルは待機させていた身体強化を発動、加速で死角へ潜り込む。強化に切り替わり金夜叉の柄での強打を叩き込む。再び加速。叩かれれば当然此方へと敵の意識は向く。そこを加速で避けて再び死角から強化の攻撃、今度は後ろ首への打撃だ。残るは加速・強化・強化の3工程。加速で首を打たれ前傾姿勢となっていた懐に潜り込み、移動の勢いを乗せた振り上げを顎に叩き込む。仕上げは強化の2段重ねによる連撃。
5秒。テルルが最初の身体強化魔法を発動させてから最後の振り下ろしがタングストの胸の正中線をを斬り裂くまでの時間であった。
ドスンと音を立て、タングストは地に伏した。胸や背中からは血を流し、もはや長くはないだろう。
「…みんな…無事か?」
肩で息をするテルルは周りを見渡し確認する。一回りもふた回りも強い強敵を相手に全力で挑み、かなりの負荷が掛かったのだろう。視界に僅かな霞かが掛かっていた。駆け寄ってくる仲間と弟妹たちの無事がわかりホッと息を吐く。
「親父は…大丈夫なのか?」
セトは恐る恐るタングストに近寄る。
セトの言葉へのテルルの答えは、無言であった。そもそも金夜叉がテルルのもとに来たという事は、金夜叉がタングストを見限ったということだ。
殆ど死に体のタングストを見て悲痛な面持ちで俯く。何より、親愛なる義父を己の手にかけたということが胸を引き裂きそうになった。
その肩に手を置いたのはシオンだ。アルカもテルルを抱きしめて言葉を紡ぐ。
「テルル…辛い役目を負わせてすまない、ありがとう。」
「大丈夫だ。父上はこの程度で恨みはしないさ。むしろ、あのまま獣のまま暴れさせておくよりも、金夜叉を受け継いだテルルにキッチリとお別れをさせて貰えたんだ。きっと笑ってくれるさ。」
2人の言葉はテルルの心の傷を癒すほどの効果はなかった。しかし、多少なりとも罪悪感を誤魔化してくれた。
「みんな…親父に別れを。これからは私達だけで生きていかなきゃいけないんだから。」
遺された家族はタングストの前で黙祷を捧げる。別れという言葉で父親を失った事を理解し鼻をすする子もいた。




