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黄金の熱風⑥

 爆音のあった方向に向かう。着いた時にはすでに戦いが始まっていた。


「お頭!」


 タングスト達にいち早く気づいた部下、ガイルが寄ってきた。


「ガイル、なんだこれは!?」

「どうやら奴隷商人の連中の様ですが、それ以外にもかなりの数の盗賊らしき奴らもいます。」

「な、なんでここがバレたんだよ!?ここは何重にも隠蔽工作がされてるはずだろ!?」

「…おそらく、裏切り者かと。」

「そうか。わかった、加勢する。だが、俺にあまり近づくなよ。」

「はい。」

「お、親父…私も…」

「テルル、お前はみんなに危険を知らせるんだ。戦う奴らは好きにさせろ。逃げる奴は引き止めなくていい。怯えるやつがいたら、お前が引っ張って逃すんだ。いいな?」

「で、でも…っ、わかった。」

「…いい子だ。」


 最後に頭を撫でられて、その手が離れた瞬間、テルルは思わずその腕を抱いてしまっていた。


「…テルル?」

「親父…死ぬなよ!」

「…あぁ、わかってるさ。」


 そういってタングストは離れ、その腕から黄金に輝く薙刀を振りかざし雄叫びをあげた。


「おうこらクソども!よく来たな!てめぇらのご所望は俺の首かい!?そうら来てやったぞいざ取りに来やがれ!

 但し、お代はてめぇらの首で前払い限定ダァ!」


 戦場に響き渡るその声に、数多の敵が押し寄せた。


「さぁテルル!早く行くんだ!お頭の命令だぞ!」

「ぐ…わ、わかったよ!」


 後ろ髪を引かれながらも、テルルは振り向いて駆け出した。

 本当は父親と共に戦いたかった。自分だって肩を並べて、背中を任せあって立てるんだと認めて欲しかった。

 しかし、今すべき事はそうでは無かった。燃えているのはまだ隠れ家の入口付近。奥の方では何が起こったか知らない者達が沢山いるはずであった。彼等を助けなければ、知ってて見殺しにする事など出来なかった。



「…!」


 走って戻るテルルの耳が声を拾う。同じ道を歩いて育った兄弟達、その中でも自分と歳の近い長男役の少年セトが自分を呼ぶ声だった。


「テルル!どこ行ってたんだ!?なにやら騒がしいけど…、」

「セト、敵襲だ。何でか知らないけどここがバレた。私は親父にみんなを避難させるよう言われて来たんだ。」

「親父は?もしかして戦いに行ったのか?」

「…あぁ。」

「それなら僕達も加勢して…」

親父おかしらに言われたのはお前達の避難だ。その命令は絶対。加勢は認めない。」

「でもテルル…」

「それが出来てたら…私はここにはいない!」


 声を抑えて、それでもはっきりと怒気が伝わる唸り声にも似たそれで、兄弟達は彼女の思いを理解した。


「わ、悪かった。じゃあ行こう。」


 隠れ家には出入口の他に3つの抜け道がある。そのうちの一つを目指して進む途中、立ちはだかる者がいた。


「…あ、あんた達は?」

「そうか…やっぱりそうゆうことか。」


 それは『黄金の熱風』のメンバー。しかし、ここ数年以内で加入した新参者で、元は別の盗賊だった者を組織ごと取り込んだ一員だ。

 その姿を見てセトは疑問符を頭に浮かべ、テルルは事情を察して牙を剥いた。

 つまりこれは裏切りだったのだ。首魁が誰かはわからない。だが、確実に言えることは、内部の人間が手引きして、敵をここへと連れてきた。抜け道で待ち伏せていたことこそが、内部の犯行であることの決定的な証拠と言えよう。


「わざわざ野垂れ死ぬか首切られるかしかなかったお前らを恩情で受け入れてやったってのにな。

 今ここで八つ裂きにされても文句はないよな?」

「カッ!元気だねえお嬢。だがな、俺たちゃあの獅子頭に拾われた事を恩になんか感じちゃいねえ。むしろ癪だぜ、獣混じりのくせに一端に人様を使いやがって。」

「お前ら!」


 ナイフを取り出し魔力を練る。刀身は魔法で拡張され、炎の刃が躍り掛かった。

 しかし、それを男はサーベルで防いだ。テルルほどの練度にはならないが、魔力を帯びている。


「カッ、怖いねぇ。だがいくら立派な魔法でも、チャチな得物でガキが振るうそれじゃこの程度でも何とかなる。俺たちみたいな未魔法者(Loswell)(魔法使いになれない魔法使い)でもこれくらいはできんのさ。」


 刃を弾かれる。着地したテルルはそこで周りを囲まれている事に気付いた。


「ガキは趣味じゃねえが、その生意気な顔を歪ませられんならそれはそれでそそるもんがあるって話だ。

なに、殺しやしねえよ。魔法使いのガキは高く売れる。」


この言葉がテルルの殺意に火をつけた。


「この…あっ!?」


 しかし体が動く前に右腕に焼けるような熱を感じる。見ると、そこには見覚えのある赤い刺青。タングストの腕にあったものと同じそれが現れていた。


(こいつは…まさか、親父!?)


 タングストの身に何かがあった。それだけは間違いなくわかった。

 今すぐにでも踵を返して駆け出したかったが、それを阻む叛逆者達が邪魔で仕方なかった。


「テルル、僕達も戦うぞ。こいつらは許せない。それに、ここで捕まったらまたあの時に逆戻りだ、負けてたまるものか!」


 肩を叩かれハッとする。セトは魔力門を解放していつでも出れる準備ができていた。


「セト、親父に何かがあった気がする。」


 右腕を見せるとセトの目が丸くなる。


「っ!…なら尚の事、ここで負けるわけには行かないぞ!」

「…あぁ!」


 テルルは先に襲いかかってきていた敵を、仲間達を覆うように作り出した炎の竜巻で吹き飛ばす。

 それが合図となるように敵も味方も一斉に戦いの火蓋を切った。


「私が前に出る、セトは後ろをアルカとシオンは側面を守れ!後のみんなは内側から魔法で援護を!」


 テルルの指示で即座に陣形を組む。平穏な日々を過ごしていたとはいえかつてその身に傷をもって叩き込まれたことはそう簡単に忘れはしない。

 一塊りとなった彼ら彼女らは、 きた道を引き返すように動き出した。当然その道は敵に阻まれるも、先鋒切るテルルの灼風に焼き裂かれる。致命的ダメージとは行かずとも熱と痛みは敵の動きを鈍らせる。追い討ちをかけるように年少組の弾幕が襲いかかる。これには敵も動きを止めないわけには行かず、手薄になったところに突貫することで包囲網を突破した。


「よし、このまま一気に逃げるぞ!」


 陣形は崩さず、追いかけてくる敵はセトの生み出した激流と年少組の弾幕によって足が鈍る。その隙に走り、やがて住宅区域に戻ってきた。

 しかし、戦いの音を聞きつけた他の叛逆者達が集まってくる。その度にテルルが道を切り開く為に行く先を焼き払った。それでも敵はなかなか減らない。隠れ家の中央に当たる住宅区域は四方から敵が集まってしまう。


「く…仕方ない、か。セト!しばらく私と替われ!」

「テルル?わかった!」


 普段は長男としてみんなを引っ張る役割のセトだが、こと戦闘に関してはテルルが上であると分かっているためか、こういう時のテルルの言葉にはすぐに対応してくれる。

 アルカ、シオン含む陣形の四方を守る4人が同時に回転するように移動して陣形の前後が入れ替わる。

 セトは防衛向きな魔法使いだがそれなりの実力はある。水で押し流すようにして寄る敵を倒して行く。テルルが先頭を担当するより全体のスピードは落ちるがそれでも歩が止まることはなかった。

 しかしスピードが落ちればそれだけ敵が追い上げてくる。実際、先ほどまで突き放していた敵は次第に近づいてきていた。テルルの魔法では傷つけることはできても押し返すことはできない。そういう意味で殿しんがりはセトが向いていたのだ。

 しかしテルルの目的はそうではない。敵を突き放すことではない。もっと消極的に、敵を押し留めること狙っている。いよいよ疑問に思ったことを聞いたのはアルカであった。


「テルル、このままじゃ危ない!陣形を戻そう!」

「いや、これでいい!みんな、少しの間だけ、全力で前に進んでくれ!」


 テルルの言葉は有無をも言わせぬ確信に満ちていた。それ故か、極限的な状況であれこれ考えてる暇はない為か、その言葉に皆が従い、一層強い勢いで進み始める。

 数秒ほどで20メートルほど進んだところで、後ろにいた子がテルルがやや遅れていることに気づく。


「テルル姉!何してるの!?」


 その声に気づいた全員が後ろを振り向く。テルルは陣形から数メートルほど遅れたところで立ち止まっている。眼前には叛逆者の群れ、その光景は絶望感すらあった中、テルルの口角が吊り上っているのをアルカ、シオンは見ていた。


「吹き荒れろ…【万物呑み込む(Dixdevas)炎渦の災(fealocrus)】!」


 渦巻く灼熱が通る道にあるものを悉く焦がす。炎が、風が、木造の櫓構造の住居群を呑み込もうと暴れ回る。

 木は乾き、火が起こり、風が薙ぐ。この暴威に住居は耐えられずに柱が折れ、壁が崩れ、燃え盛る家は叛逆者たちを下敷きにするように崩れ落ちた。


「これで大部分は片付いた、行くぞ!」


 崩れゆく我が家をもの惜しそうに振り返る者もいたが、場所が割れた以上はここに住み続けることは叶わない。テルルの中には、どうせ失われるなら一層の事自分の手で終わらせたい、そのような願望もあったのかもしれない。

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