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黄金の熱風⑤

「『黄金の熱風』だと?」

「知ってるのかクロム?」

「まぁな。聞いたことはある。言い方は何だが、一時期一斉を風靡した盗賊旅団だ。

 頭領が獣人だから目立ったのもあるが、それ以上に奴ら、義賊みたいな連中だったんだ。

 旅人には恐れられて、商人には忌み嫌われ、警吏には血眼で追われる中で、弱い者、貧しい者、苦しんでいる者達からは称賛と憧憬を向けられた。

 食べ物を分けてもらったという話もあるし、野盗から助け出された人もいる。中にはそいつみたいに、奴隷として売られるはずだったところを救われた奴らもいっぱいいたんだ。

 そのくせ盗賊としての被害金額は合計すれば過去最悪。親父が頭抱えて何としてでも検挙してやるって躍起になってたな。」


 そう話すクロムの目にも、少年のような輝きがあることから、庶民におけるその人気は窺い知れた。


「でもその『黄金の熱風』も、2年前に内部抗争があって分裂、当時の頭領が死んでからは名前も聞かなくなってたんだが…。」


 旅団自体はまだ残っていたことに驚いたと、言葉にせずとも理解はできた。


「そう、『黄金の熱風』の威光も今となっては過去の栄光だ。

 だが、それがどうした?私は『黄金の熱風』を、親父の遺したものを守っているだけ。こうして私の後ろについて来てくれた仲間のためにも、止まることはできない。」


 それに、とテルルは寂しげな声で付け足す。


「私には、ここしかないんだ。ここを離れたら、もう…」


 その声と表情に、零弥は無意識に橋から飛び降りたあの冬の夜を思い出した。

 似ていると、だが、まだ間に合うと、零弥は確信した。


「お前は、先代頭領…親父さんの遺志を継いだ、ということか?」

「そうだ、これがその証だ。」


 彼女は右腕の刺青から先程の金色の薙刀を取り出す。


「これは…誓いだ。もう、お前達には何も奪わせない。奪われるくらいなら…!」


 踏み込もうとしたテルルは目を見開く。先程まで開いていた零弥との距離は既に1メートルを切っている。拳の距離は薙刀では狙えない。間合いを取る為足を引くも、その時零弥は薙刀の距離よりもさらに遠くへ引いていた。

 しかし急な方向転換で後ろへ飛び退いた零弥の体は空中へ浮く。この隙を逃すテルルではない。彼女は再び踏み込もうと足に力を込めた瞬間、腰回りの強烈な違和感とともに前のめりに転んだ。度重なるフェイントに振り回され、重心がズレてしまっていた。


(な…!?転んだ?私が?)


 何が起こったかわからないという顔で立ち上がろうとしたテルルの視界に靴が映る。


「なぁ、聞かせてくれないか。」


 顔を上げるとそこには零弥がいる。


「お前達『黄金の熱風』は、内部抗争で分裂した。その時親父さんは亡くなった。…何があったんだ?」

「…裏切り者がいたんだよ。外の奴らを手引きして、私たちの隠れ家(ホーム)に殴り込んで来たんだ!」



 テルル達がタングストの下に引き取られてから6年。『黄金の熱風』は成長を続けた。

 奴隷解放の活躍を聞きつけた義賊や自警団。商売敵としての盗賊団。通りすがりの野盗。善も悪もなく、大も小もなく。行き場のないもの、拳の振るう先の見つからぬもの、あらゆるならず者達を取り込んで、組織はどんどんと大きくなっていき、テルル達が加わった頃はまだ二十名に満たぬ構成員も二百を超えるようになった。

 それもこれも、偏にタングストのカリスマあってこそである。王者の風格と言わんばかりの立派な鬣、生き物ならば魅了されざるを得ない肉体美。そして何より、戦いとなれば炎のような荒々しさを見せるにも関わらず、それ以外では明朗快活でサッパリとした、夏風のような人柄が豪語した夢に魅せられた者達が次々と傘下に加わって行った。

 しかしその水面下では、反乱の種火が燻っていた。

 傘下に加わると一口に言っても、個人として仲間になった者もいれば、組織で丸ごと加わった者もいる。中には、ボスが傘下に加わると言ってそれに引きずられる形で『黄金の熱風』になった者もいた。

そんな「自分の意思ではない」手下の中には、少なからず獣人のリーダーに対する反発感情を抱える者達も少なくはなかったのであった。


「…?」


 ある日の夜、月がまだ高く昇る中、テルルは何故か目が覚めた。

 再び寝入ろうかと思ったが、腹の下の方がムズムズしたので、用を足すため寝床を立った。

 山中に隠れるように作られた隠し村。ここは『黄金の熱風』の隠れ家(ホーム)。人数が増え、キャラバンでは間に合わないと判断して、場所を探し、一から作った自分達だけの故郷ふるさとだった。

トイレは共同__流石に男女は分けられている__なので、外に出たのだが、そこでテルルは意外なものに会った。


「ん?テルルじゃねえか。」

「親父?何してんだよこんな時間に。」


 テルル達の寝床はタングストの部屋の隣にある。

 なので出会うこと自体は不思議ではないが、時間が時間なのでそう聞かざるを得ない。


「そりゃあこっちの台詞だ。まぁちなみに俺はションベンだ。」

「そっか。私もトイレだ。」


 向かう先が同じなので自然と並んで歩き出す。

 そうやって歩くテルルは、ふと父親の視線に気づいた。


「…なんだよ?」

「いやぁ、立派に育ったなあと思ってな。出会った頃のお前なんかこんなに小さかったろ?」


 タングストは懐かしそうに笑って頭を撫ぜる仕草で示すが、テルルはムッとして答える。


「いやそこまで小さくはなかっただろ。…でも、自分でも強くなったと思うよ。最近は稽古でも誰にも負けてないぜ。」

「おぅそうかそうか。だがな、お前も女の子なんだから喧嘩の腕ばっかじゃなくて、料理ももう少し上手くなってくれや。」

「う、うるさいな!いいんだよ飯なんて食えればなんでも!」

「やれやれ、すっかりお転婆になっちまった。まぁ野郎ばっかの中で育てちまったしなぁ…。」


 失敗したとばかりに頭をかくタングストの鬣の中に火の光を浴びて煌めくものを見て、テルルは不安も覚えていた。

 父親は老いてきた。かつてはその強靭な肉体に物を言わせ覇を唱えてきた彼も、最近は直近の部下を仕事に出して自分は隠れ家で畑仕事をしていることの方が増えてきた。

 話を聞く限り、タングストの年齢はそこまで高くない。詳しくは知らないが三十そこそこと言ったところだろう。しかし、彼の肉体は年齢の割に明らかに衰えが早い。最も古い仲間曰く「獅子の獣人は老いが早い」のだとか。


「…なぁ親父、親父はもう…盗賊としての仕事はやらないのか?」


 できないのか?とは聞けなかった。


「…なーに言ってる。オレァまだまだ現役だぞ。なんだ?ついにお前も俺の首を狙いに来たか?」

「ばっ!んなわけないだろ!…ん、『も』?」


 タングストの台詞の違和感に問い返す。見ると彼はしまったという顔で目を逸らしていた。


「おい親父。誰だよその『首を狙いに来た』奴ってのは?」

「言葉の綾だ。気のせいだ。」

「んなわけあるか!許さねえ…そいつはどうしたんだ?まさか逃したのか!?」

「いや、その場で殺したさ。というよりは、殺しちまったんだ。」


 まるで自分の意思ではないと言うかのような言い方である。


「親父…もしかして、病気のせいなのか?」


「ガイルに聞いたか…。まぁ、病気みたいなもんだ。病気と違って、テメエの不始末でもなければ病魔の所為でもねえ。

 これは俺達の血筋にだけある、産まれながらの呪いみたいなものでな。俺みたいな人獣(Luorloid)型は特に進行が早い。

 この病気の厄介なところはな、最終的には人として死ぬが、獣としては生きちまうことだ。生き続けるだけで周りに迷惑を振りまく害悪。何をきっかけに暴れ出すかわからん。」


 そこまで聞いてテルルは理解した。

 父親の首を狙った叛逆者がいたのは事実だが、彼はそれが引き金となってその相手を無意識に殺してしまったのだと。

 最近父親が仕事に出ないのは、制御不能の爆弾を抱えて出かけて、敵も味方も関係なく殺してしまうことを恐れてのことだったのだ。


「それなら、私が親父の代わりに…!?」

「それ以上は言うな。」


 テルルの口をその大きな手で塞ぐ。暖かく、大きな、安心する、父親の手。血は繋がってなくとも、本当の父親が何処かにいるかもしれなくとも、それはまごう事なき父親の手だった。

 そして、テルルはあぁ、またかと眉をひそめる。

 いつもこうだった。テルルが仕事についていこうとすると止められた。たまに連れて行ってもらえる時に限ってなんて事のない小間使いみたいなものだった。テルルは何度かその事でタングストに食ってかかることがあったが、


「お前はまだ子供で、未熟だ。そんなのに死地に立たれちゃこっちが困る。」


 と言われて突っぱねられてきた。

 確かに、自分はまだ年端もいかぬ子供で、実際に人を殺した経験はないけれど、戦闘技術、戦いの経験自体はないわけではない。

 しかしそれでもタングストは魔物の討伐と人同士の殺し合いは訳が違うと決して譲らなかった。

ついぞ、テルルが父親に認めてもらえた日は来なかったのであった。


「さぁ、用も済んだ。夜も更けてる。明日は街に連れてってやる。だから今日は…」


 続きは遠くから響いた爆音に気を取られて告げられなかった。無論、そんな場合ではなくなったのだった。

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