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黄金の熱風④

 さて、それから何度か冬というものを越えた記憶がある。その冷たさは密林生まれのテルルには耐え難いものがあったが、幸か不幸か、獣人としての身体強度が彼女を生き延びさせていた。

 奴隷商の元で過ごした生活は、彼女だけでなく、多くの子供達に取っても意外と不幸ではなかった。少なくとも、奴隷商に反抗さえしなければ最低限の生活は保障されたのだ。とはいえ、テルル達生き残った子どもは皆、「反発したら」「逃げ出したら」「言うことを聞かなければ」どうなるかを身に沁みて、否、目に焼き付けられていて、その人柱の上に彼女達の生があったことは確かであった。


「君達にお知らせがあります。」


 そう言って集められたのはテルル他十数名の子供。共通していたのは、皆同じ首輪のような魔法力拘束具を付けられていたこと。即ち、魔法適性のある子供だけだった。


「君達をまとめて買ってくださる方がいます。ある地方の領主様です。」


 その言葉に皆困惑の色を見せる。貴族に買われることはよくあることだとは聞いていたが、領主のレベルになるとそのような事はほとんど聞かず、また、複数人纏めてというのも珍しい話であった。


「君達はそこで、奴隷として、兵士として雇われます。生きるのに最低限の糧を約束する代わりにその身を捧げて領主様の兵隊として尽くす。それが君達に与えられた役割です。」


 まずはおめでとうと、作られた笑顔で拍手をする奴隷商。しかしすぐにその顔はまた冷たい表情へと戻り、続きを口にした。


「そして、兵士となる以上、君達には体を鍛えてもらわねば。向こうに行って、翌日には戦場に駆り出されないとも限りません。」


 それから数ヶ月、彼女らは男女の区別などなく、厳しい訓練を課せられた。

 それまで朝夕二食だった食事は夕食までにトレーニングのノルマを終わらせなければ朝の一食のみとされ、弱音を吐けば叩かれた。それでも、かつて見た人柱ほど酷い目には合わされなかったが、厳しくしごかれ、体はボロボロになりながらも次の朝にはまたトレーニングを課される毎日に涙を流す子供も(特に女子に)少なくなかった。あの時ばかりは、身体が丈夫な獣人だったことを、テルルは今でも感謝している。


 課されるトレーニングに慣れ始めてきた頃に、今度は運動場に放たれた魔物を狩る訓練が追加された。怪我をするのは当たり前、骨が折れてもトレーニングは課されるのだからとにかく生き延びることに必死になった。この頃、何名かの子供が死亡した。死亡したのは、魔物との戦いで重篤な怪我を負ったものもいた。どうゆう心境か、他の子供を庇って命を落としたものもいた。

 これだけの環境に身を置かれながら、誰一人として逃げ出すことも、発狂することもなかったのは、偏に奴隷商の教育と洗脳(メンタルケア)の賜物なのだろう。少なくとも、出荷されるその日までに、命を奪い奪われることに抵抗を持つものは残っていなかった。



 死と隣り合わせの訓練の日々も終わりを迎え、ついに出荷の日がやってきた。

 もはや乗り馴れた荷馬車に乗せられ、見知らぬ道を行く。

 奴隷商に聞くところによると、奴隷というのは通常は調教することで隷属させるが、魔法力のある奴隷の場合、専用の魔法を使うだけで簡単かつ確実に隷属させられるため重宝されるのだという。しかし、奴隷に使えるような「野生の」魔法使いは珍しく、入手が難しいので多くの盗賊と面識があるのだそうだ。

 そうして集められた魔法使いの子供こそがこの奴隷商の最も売れ筋の商品なのであった。

 テルルは暇つぶしにとそのような話を奴隷商に聞き、ふと気になったことを聞いてみる。


「私の、家族は今どうしているかご存知ですか?」

「知りません。ですがまぁ、男なら労働奴隷としてどこぞの鉱山なり開拓地で働かされているでしょうし、女であれば好事家に買われているか娼館に売られているでしょう。」


 まぁ、だからと言って探しに行く自由はほとんど無いでしょう、と締めくくられる。

 言いようのない納得とともに、テルルは喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。


「皆さん、大人しく。舌を噛みますよ。」


 奴隷商は急に厳しい表情を見せて馬車の速度を上げる。揺れの激しくなる馬車の中で、テルルは周りを多くの馬の群れが走る音を聞いた。

 一際大きな揺れに襲われる。横転する荷馬車、中にいた子供が一人として死んでいなかったのは奇跡だろうか。外から怒号が聞こえた。

 勝手な行動は厳罰だ。そう考えて皆がじっとしている中、テルルは何となしに御者席に通じる小窓から外を覗いた。


「盗賊だ。」


 呟くテルルは、次に見たものに衝撃を受けた。そこにいたのは、奴隷商の髪を掴んで何か話をしている大男。しかし、その最低限の鎧を纏った身体は黄金の毛皮に覆われ、その頭は威風堂々とした鬣を湛えていた。

 その男は獣人。それも只のそれではない。百獣の王、獅子の獣人(Luorloid)であった。


「お頭ァ!荷の中身は子供でさぁ!こいつ、奴隷商だ!おっ、獣人のガキもいらぁ。」


 突如として外からの明かりに照らされる。荷馬車の扉が無理やり外され、盗賊の一人が覗き込みそう声を張り上げた。だがそんなことより、テルルは小窓に噛り付いて獅子の獣人を見つめていた。

 その後はあれよあれよという間に、奴隷商はその場で殺され、子供達は施設にいるものたちも含め皆解放された。

 多くの子供は近くの街で降ろされた。一部の子供はその後修道院の近くに放り出された。しかしそれでも、行き場のない子供がいた。正確には、修道院に行くことすらしないで残った子供がいた。残ったのは奴隷兵として売られる予定の者達で、家族の元へ帰ることすら諦めていた者達だった。


「お頭、このガキ共どうしますか?」

「そうさなぁ…。」


 困ったように顎を揉むお頭の前に歩み寄ったのは、テルルであった。


「私を、一緒にいさせてください。」


 テルルは一目見た時から、お頭に惹かれていた。余りにも立派なその出で立ちも、獣人の身でありながら源人も従えることも、理由のわからないカリスマ的なその覇気にも、その全てに憧れた。


「雑用でも汚れ仕事でも何でもやる!だから、あなたの側にいさせて欲しい!」


 それは自由意志を奪われた少女が取り戻した、初めての意思だった。

 テルルの言葉を受け取ったお頭は、ふむとしばらく考え込む。そして、テルルの後ろでぼうっと突っ立っていた子供に目を向け、


「お前らはどうだ?この嬢ちゃんと同じか?

 はっきり言ってお勧めはしねえ。多分生きづらさは奴隷以上だ。どこに行っても嫌われ者の爪弾きに会う。

 それでも俺らは生きる為には手段は惜しまねえ。ここにいるのはな、みんな死なねえ為に生きること辞めた連中だ。真っ当な死に方はまずしねえろくでなしどもだ。

 それでも…付いてくるか?」


 これは、付いてくるなら好きにしろということだ。それ聞くとテルルは勿論のこと、後ろに居た子供たちもお頭の前に立ち、頭を下げた。


「「よろしくお願いします!お頭!」」

「…んがっははは!ようし、お前らみんな俺の子供になれ!俺がお前らの父親だ!」


 こうして、親を失った子供達は、新しい父親、タングスト=ルキアの元で旅団『黄金の熱風』の一員となったのだった。


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