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黄金の熱風③

「なぁお前…名前は?」

「?…テルルだ。」


 突然名前を聞かれ訝しげに答えるテルルなる少女。


「テルル、お前は、自分が獣人なのが嫌なのか?」

「っ!…最初に言ったはずだ。」


 あくまで獣人として見られることを拒絶するテルルに零弥は純粋な疑問を覚えていた。


「なんでだ?獣人《Werluorl》って、人より身体機能に優れた種族だって話だろ?それの何が不満なんだ?」


 レミが獣人について知っていることといえば、獣人はその形態によって人のように歩く獣Luorloid(ルオロイド)と、獣のような力を持つ人Werluorl(ウェアルオル)に大別されること。特にWerluorlの方は単純身体機能が人より優れていることが多い種族だということだけだ。


「お前は…お前達は、それを本気で言っているのか?

 私達獣人を魔物と同じ扱いで迫害し辺境に追いやっただけでは飽き足らず、珍しいからと蒐集物と変わらぬ理由で捕まえ売り捌く。ただ数が多いというだけで、お前達源人(げんじん)はでかい顔をして私達を苦しめた!」

「待て、まさかお前、南の出か!?」


 リンが横から割って入る。そして零弥は当然の疑問を口にする。


「南?」

「あぁ、ここ北エルメリオ大陸の南には地続きのもう一つの大陸、南エルメリオ大陸がある。

 その大部分が未開拓の密林や高山で、そこにも一つだけ20年ほど前に出来たばかりの大国があるのだが、その国が出来る前の南の原住民は主に獣人族だったと言われている。」

「なるほど、侵略者に住処を奪われた者達、か。」


 リンの説明とテルルの言葉で、零弥は彼女が何に対して憎んでいるのかを理解した。

 この世界では、獣人や竜人を始めとするとする亜人種というものがいる。彼らは総じて普通の人、源人種よりも身体能力や魔法適性が高い。しかし、ただそれだけならば、今現在世界の覇権を握るのは源人種ではないだろう。

 しかし、彼らには源人種に圧倒的に劣る点があった。そう、数である。

 源人種は亜人種の祖に当たる。源人種の一部に他の種族の因子が入り込み、大きな形質転換が起こったものが亜人種だ。

 故に、単純個体数で亜人種は源人種に劣る。それに留まらず、亜人種は先に述べた通り、源人種と他種族の混血というルーツからか、同族間であろうと異種間であろうと、亜人としての形質を残し辛いのである。具体的には、死産が多い。亜人種として生を受ければ源人種より生存率は遥かに高い彼らも、生まれる前に死んでしまうことには抗えない。

 結果、繁殖力の低い亜人種は、その人口上昇率が低く、場合によってはマイナスに傾くこともしばしばであり、数の有利という点で源人種に勝ることはまずなかったのだ。


「テルル、お前の怒りはもっともらしいが、それがこの盗賊行為の理由なのか?」

「あぁ、そうだな。お前達が私達から奪うのなら私もお前達から奪ってやる!」

「嘘臭いな。その理由はこんな無為な悪事で発散させるようなもんじゃない。というか、お前個人の怒りにはならんだろ。20年も昔の話だぞ。」


 呆れた顔でテルルを睥睨する零弥は、そろそろ彼女の過去を聞き出す必要を感じていた。

 そもそも彼女の怒りの理由からすでに空々しい。彼女の怒りや憎しみはもっと原始的なものだ。今の話ではせいぜいが大義名分と言ったところ。おそらく彼女もわかっていると思う。


「な…お前が私のことを知ったような口を…」

「あぁ、わからんとも。だがテルル、お前の獣人というコンプレックスが刺激されて生まれる怒りはよく理解できる。なにせ、お前と俺は似てるからな。」

「似てるだと…?」

「お前の目に宿る憎しみは、理不尽な暴力に対する怒り、大切なものを奪われた憎しみ、そして、自分だけがのうのうと生きてしまった怒り、そうだろう?」


 言葉はない。だが、テルルの瞳はそれが正解だと告げていた。


「さぁ、お前の人生を話してみろ。俺はお前を理解してやる。その上でお前の間違いを正してやる。」


 いつの間にか近づいていた零弥は、テルルの顔を固定して、グッとその目を覗き込む。星も月も宿らぬ黒い空のようなその瞳にテルルは知らずに呑まれ、ポツリ、ポツリと、言葉にならない声で彼女は零弥に語り始めた。


「私は…私は……、」



 テルルという少女が生まれたのは南エルメリオの密林の中、川辺にある集落の中だった。しかし彼女の中にある記憶として、物心つく頃までで覚えていたのは、父と母、そして姉や兄のような優しい家族がいたということぐらいだった。それも実際のところは血の繋がった姉や兄ではなく、集落の中の子供の中で年上の子達だったのだろう。

 まあそのような些事はさて置いて、彼女の鮮烈なる最初の記憶は、突然現れた耳の小さい男達、燃える集落、体を縛り上げられる痛みからだった。

 荷馬車にぎゅうぎゅうに詰め込まれ、連れてこられた先は檻の中。自分のいた檻は、母に姉、女や子供ばかりで、大人の男達は別の檻に入れられていたのを見たのが最後、再び顔を合わせることも、声を掛け合うこともなかった。

 こんな話を耳にしたことがある。


「しかし、なぜ分けるんです?」

好事家マニアには売れるんだよ。」

「獣混じりをねぇ…。」


 この時は知る由もなかったが、この好事家というのがどういうものかを理解したのは、テルルが盗賊稼業に身を置いてからだった。

 それから暫く、彼女らは檻から荷馬車に、荷馬車から檻に、何度も移された。その度に場所は変わり、その中に一度として懐かしき密林の木々のむせ返りそうなほど甘い香りはなかった。そして、移される度に幾人かが居なくなっていった。

 捕まっている間、常に目隠しをされていた為、頼れる情報は耳と鼻だけだったが、それでも家族の匂いは残っていたことに安堵していた矢先、母の匂いが離れていくのを感じた。


「…っ!~~っ!」

「何だこのガキ、急に暴れだしたな。」

「ったく、大人しくしとけ。」


 唐突に頭を打たれる。おそらく鞭のようなものだろう。モロに受けて意識が朦朧としている間に、母も居なくなっていた。

 テルルはなぜ自分は売られなかったか、今になって考えてみる。当時まだ子供で、力仕事にも女としても使い道がなかったからではないかという事に至った。


「やれやれ、念の為と取ってきたがやはり子供は売れ残るか。餌代もかかるし、また例のところにやるか。」


 そうぼやいた馬車の主。これが集落を襲った者達の親玉なのだと理解した。

 また暫くして、テルルを含め、所謂売れ残りの子供達は、ある建物に集められた。


「すまんな、また頼むよ。」

「えぇ、こちらとしても有り難い、子供は手間がかかりますがその分良い値が付きます。」


 そう会話するのは奴隷商のようだった。そのまま彼女らはその奴隷商に引き渡される。

 その後、奴隷商がなにやら不思議な色の虫眼鏡を取り出して子供達を見始めた。時折檻から何人かの子供が引っ張り出され、手錠をかけられていた。これにテルルも当てはまったのは、あの眼鏡で魔法適性のある子供を見つけ出し、手錠でその魔法力を制限させていたのだと、彼女は後にそう聞かされた。

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