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黄金の熱風②

「クロム!レミはどこだ!?」

「リンちゃん先生!すんません、置いてかれちまった…。」


 クロムとリンは、零弥が飛び出してから割とすぐに追いかけ始めたはずであったが、零弥の身体強化はかなりの速度が出るらしい。


「遠目だからよくわからんが…レミは既に会敵してると見て間違いなさそうだな。」

「一人でなんて無茶すぎる…。」

「お前も大概だぞクロム。たった二人で何ができる。

 まぁいい、説教は後だ。まずは一刻も早く追いつかなきゃいけない。クロム、スピードは上げれるか?」

「多分できます。危ないんで離れててもらえますか?」


 リンが少し距離を置くと、クロムは夜葬を後ろに構える。そして、一足大きく踏み込み飛び上がると、その引き金を引いた。

 しぼりは弱く、魔力圧は高く、吹き出す魔力はさながらロケット噴射。勢いよくクロムは空へと飛び立った。

 リンはやや呆気に取られながらも、身体強化のレベルを上げて追随した。



「驚いたな、私たちの連携にここまで耐えるとは。相当の使い手か、余程硬いのか。」


 零弥と盗賊団の攻防は既に1分を越えようとしていた。気の遠くなるようなこの時間の中、零弥の呼吸が乱れることはなかった。

 常に揺らぐことなく敵を見据える精神力、零弥の持つ最大の強さはそこにあった。


「…もういいか。」

「えっ?」


 零弥の呟きの意味を図りかねたその一瞬で、零弥を囲んでいた盗賊達は見えない圧力によってその体勢を崩された。

 圧の正体は零弥の魔力。特別な技術でもなんでもない。今のは瞬間的に最大出力で無造作に魔力を放出したのだ。しかし、それでも常人を遥かに凌駕する零弥の魔力量であれば、相手が魔法使いであっても、それだけで相手を気圧すことが可能となる。

 そして連携が途絶えた刹那、零弥に近かった数名が苦悶の表情を浮かべて倒れた。身体強化による加速を加えた発勁は、相手の内臓を痺れさせるには十分な威力を発揮した。魔力酔いも合間って、彼らは暫く動けないだろう。


「くっ!不意を突かれた。皆、援護しろ!」


 少女は直ぐさま零弥に接近する。周りはまだ魔力酔いから完全には立ち直れていないが、足に力を込めて武器を構える。

 しかし、そこから一歩を踏み出すことは許されなかった。


「な、何だ!?」


 突如として空から降り注ぐ黒い雨に怯まされる。上を向くと蒼髪の少年、クロムが拳銃を構えていた。


「足元が見えておらんな。」

「なにっ!?」


 下から聞こえた声に反応する前に、腹を何かで強かに打ち付けられ吹き飛ばされた。その正体はリンであり、彼女が構えた漆塗りの棒である。そのシルエットに零弥にはなんだか見覚えがあった。


「助かりましたリンさん。」

「レミ、お前には後で話すことがあるから覚悟しておけよ。クロム共々な。」

「えぇっ、俺も!?」

「当然だ、さっきの一言で終わるわけがないだろう。」


 どちらにせよ、零弥にとってはありがたい増援である。


「さて、形勢逆転かな。降伏するか?」


 リンとクロムが周りに牽制をかける中、零弥は相対していた少女にそう告げる。周りの男達の方が年齢は高そうだが、零弥はここまでの流れから彼女がこの盗賊の頭であると踏んでいた。


「フン!誰がするか!」


 少女は槍のように薙刀を突き出し肉迫する。先程と違い、一対一さしに持ち込んだ今であれば、零弥も何不自由なく相手に集中できる。

 一気呵成に襲い来る少女の連撃を、避け、躱し、払い、防ぐ。時には経験からくる勘で、あるいは天性の直感で、相手の動きを読み、捌く。

 他に類を見ない無手勝流でありながら洗練された武術の如きその動きはまた、盗賊団の連携と同じ、戦いの繰り返しの中で築き上げられた動きであった。


「捉えた!」

「あっ!」


 少女が零弥の眉間に向け放った一突きを、零弥は右に小さく体を傾け、右手で少し横に押すようにして軌道を逸らして回避する。すかさず薙刀を引く前に薙刀を右手で掴み身体を半転、左で少女の襟を掴み上げ左足で脚を払う。薙刀を肩の上を滑らせるように回し、彼女を背負い投げた。

 受け身を取れないまま強かに背中を打ち付け、肺から息が絞り出される。背中から胸にかけて電流が奔ったような痛みに耐えながら、少女は零弥を睨め付ける。

 何かをする前に。零弥は未だ彼女が掴んだままの薙刀を奪い取ろうと引っ張ろうとするも、薙刀は融けるようにその形を崩す。


(やはり魔装器か…おや?)


 待機状態の魔装器はアクセサリーなど身に付けるものの形になる。しかし薙刀は少女の右腕に潜り込み、赤く鈍く光る奇妙な刺青となった。

 さて、零弥と少女を繋いでいたものは無くなり、片手で服の襟を掴まれているだけの状態となった機を逃さず、少女は身体を捻じり零弥の手を振り払う。その勢いで地を這う体勢になり、全身のバネを使い、肩から体当たりした。

 思わず防御の構えになった零弥は下から突き上げるようなその一撃で身体がよろける。後頭部に嫌な感触を覚える。零弥はソレに憶えがあった。

 この瞬間が最も脅威なのだ。次の一手がわかる、だが躱す事は出来ない。防いでも痛手は避けられず、防がなければ致命傷に至ることもある。認識できる痛み、確証された敗北のイメージ。

 下から顔面へと迫る膝。腕で防いでも頭を抱えられている以上頭部への衝撃は避けられない。そして、いくら零弥といえど、この距離の間で対応策を新たに考えつくなど不可能であった。

 せめて目や鼻は守ろうと顎を引く。ゴキンと鈍い音を立てて衝突する額と膝。弾き飛ばされ痺れ、朦朧とする頭を抱え尻餅をつく零弥。対する少女も、先ほどの背負い投げから抱え膝蹴りまでにロクな呼吸が出来ていなかったのだろう。膝をつき痛む胸を抱えて必死になって酸素を取り込んだ。

 互いに霞む景色の中睨み合う。相手もすぐには動けないと踏んだ零弥は周りを見回す。

 ぼやけた視界の中ではあったが、盗賊の殆どが倒れていたり膝をついていたりする。呻き声が聞こえることから、気絶したものよりは骨が折れる等して痛みや怪我で動けなくなったもの達の方が多いようだ。

とはいえ全てが片付いたわけではないようで、まだ動き出しそうな相手にクロムが牽制をかけることで膠着していた。

 1分も経った頃、少女が動きを見せた。膝に手をつきながらも立ち上がったのだ。レミも続くように立ち上がるが、先ほどのダメージが未だ残っており、少しフラつく彼をリンが支える。


「レミ、無理をするな。もう十分だ、今なら私達でレミを担いで逃げられる。」

「だめですよリンさん。ここであいつを放置して逃げるのはだめです。」

「何?」


 零弥は自分の意思を示すようにリンから離れ、前に進む。


「あいつはまだやりなおせる。何か致命的な間違いをしているだけで、それが引き返せない場所に至る前に誰かが引き戻してやる必要があります。」

「…その間違いとは?」

「わかりません。」

「なっ…ならそんなバカなこと言ってないで逃げるぞ!」

「でもわかるんですよ。あいつは何か間違えてるだけだってのは。ああゆうやつは、昔何人か見てきましたから。」


 零弥が少女から感じ取ったものは、憎しみと諦め。しかもその憎しみが向く先が今会ったばかりの零弥である。


(理由はわからない。だが、おそらく切っ掛けはアレだろうな。)


 零弥は思考する。少女は零弥に対して憎しみを向けており、しかしその裏で何かに対して諦めを覚えていた。だからか、零弥はその憎しみもどこか空虚なものに感じていた。

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