黄金の熱風①
旅は順調であった。
大きな事故に見舞われることもなく、時に宿に泊まり、時に野営し、4日目の目的地の馬宿を目指して進む一行。
しかし、その日の午後、馬車の屋根の上で風に当たっていた零弥はふと遠くに何かを見た。
(あれは…馬か。数は…10以上はいるな。というか、真っ直ぐこっちに向かってる?)
不安を感じた零弥は、屋根を伝って御者席へ行く。
「アクトさん、なんかたくさんの馬が真っ直ぐこっちに向かってる。なんだと思います?」
「真っ直ぐにこっちへ?人は乗っていたかい?」
零弥は件の方向を確かめる。人は乗っていた。
「乗ってます。」
「うむ…、レミ君、皆にしっかり掴まっているよう言ってくれ。」
「もしかして…」
「あぁ、恐らく賊だ!」
零弥は屋根から飛び降り皆に注意を促す。それを聞き届けたアクトは手綱から魔力を強く流し込み、馬車馬に鞭を打つ。
ぐんと速度が上がる馬車。舗装されていない道ではガタガタと揺れるが構っていられない。
「アクトさん、これ、大丈夫ですか!?」
「わからない。だが、今はとにかく逃げる他ないだろう。」
「でもこっちは重い荷物を乗せた馬車で、向こうは人が乗ってるだけの馬の集団です。強化馬って言っても…。」
「それは、わかっている。」
「…なら、俺がなんとかします。」
「何を言い出すレミ君!無茶はやめるんだ!」
アクトの制止を背に、零弥は馬車から飛び降り、賊の来る方向に走り出した。
「レミ君!」
「レミ!」
「待ちなさい、クロム君まで!」
クロムが零弥を追って飛び出す。アクトは後を追わねばと思ったが手綱を握る身故に動けなかった。
「ぐ…リン!すまない、頼めるか!?」
「わかりました!全くあのバカども…みんなは動くなよ!」
周りに釘を刺し、リンも馬車を飛び降り駆け出した。
…
その一団は、500m以上離れたところから馬車を捉えると直ぐさま走り出した。
手順はいつも通り。高速で接近し、車輪を破壊。抵抗するようなら御者から殺し、乗客を拘束し、食糧と金目のものだけ奪って逃げる。馬は高く売れるのでいけそうなら連れて行く。
ここまでの流れは訓練と経験の積み重ねで誰が何を担当するかも黙っていてもわかる。
しかし今回の相手は思っていたよりは手強かった。まだかなり離れているが、こちらのことに気づいたのか、スピードが上がる。
しかしそれくらいは想定の範囲内、偶にある事だ。軌道を少し修正し、こちらもスピードを上げた。
そうして少し走ると、向こうから何かが走って来るのが見えた。
(あれは…人?)
馬車を見つけ、先頭を走っていた一人は嫌な予感を覚え、いつでも馬から飛び降りられるように鐙から片足を外した。
彼我の距離が200mを切ったところで事態が急転する。
「みんな、止まれ!」
周りに声をかけるも伝わるまでの一瞬の遅延、その隙を逃さぬとばかりに、前方から飛んで来る敵影は刃を投擲してきた。
投げた本数は片手に4本、計8本。そのうち馬に当たったのは5本、対象は落馬。騎手に当たったのは1本、対象は脚を負傷、大きく減速。1本は外れ、残る1本は先頭にいた人物が何処からともなく取り出した武器で払われた。
ナイフを払った人物は馬から飛び上がり上空から零弥に向けて強襲する。対する零弥は再び右手に4本、左手には3本のナイフを構え、前者は前方へ、後者は上空へと投擲した。
先の一投を避けた後続へと投げたナイフはそれぞれが的確に馬の首元を掠め、手綱を切られたり馬を驚かせたりして落馬させる。そして本命であろう上空の敵は風の盾を展開し、ナイフを防ぐも、ナイフはそれを突き破って来た。その刃には例の如く【思炎】が纏われていた。
「何っ!?」
驚きつつも武器__それは金色の刃を持つ薙刀であった__を風車のように回転させ弾く。そのまま回転の勢いを乗せて上段降ろしが零弥に叩きつけられる。
甲高い音が鳴り響く。正中線を捉え、零弥を真っ二つにする筈だった薙刀は零弥の右腕、その腕を纏う手甲に阻まれたのだ。そして、その手には一本のナイフが握られていた。
(鼻頭まで覆う人相隠しの襟高フードか。ただのチンピラ集団って感じではないな。)
薙刀を払いのけつつ、ナイフを横一文字に振り抜くも、間一髪といった体でのけ反るように回避された。体術レベルで言えば零弥と良い勝負な技量であるが、フードの口元のボタンに偶然引っかかり、翻った拍子にその人物のフードが外れて顔が露わになる。
「へぇ…先頭切って来るくらいだからどんな野郎かと思っていたが、意外だな。」
フードの下から現れたのは、陽光に燦めく金髪に日焼けとは違う褐色の肌の少女であった。そして、レトリバー系の犬耳が付いてることからも彼女が獣人である事が伺えた。
「意外ってのは…どうゆう意味でだ?」
牙を剥いて睨んで来る彼女は、零弥の言葉の言わんとする事を警戒していた。
「まぁ、言葉通り、だな。まず女だとは思わなかったし、それが獣人であるなら尚更だ。あまり見ないしな。」
零弥の解説を聞くや否や、彼女は強い怒気を孕んだ猛攻を仕掛けてくる。
その攻撃には武術のような洗練された形は無くとも、実戦の中で磨かれた隙のない鋭さがある。零弥もこの手の使い手には回避はむしろ愚策と鋼属性の身体強化で防御力を上げる事で凌ぐ。
剣戟が零弥に対し効きが薄いと気づくと半歩引き、薙刀の刃に赤い炎が燃え上がる。それを颶風に乗せて零弥に叩き込みながら後退。零弥は爆炎に近いそれに呑まれた。
「女だからと甘く見たな!それと、私を獣人と言うな!」
「あぁ、何を怒ってるのかと思ったらそこか。」
「っ!」
爆炎は掻き消え、紫のマントに覆われた零弥が姿を見せる。その表情は、笑ってもいなければ怒ってもいない。あくまで真っ直ぐに敵を見る目であった。
「別に女だからと侮ってなどいない。それに、獣人の何が気にくわないのかわからんが、奇異の目に見えたのならすまなかったな。」
髪の焦げ一つない綺麗な姿で再び姿を見せた零弥は、AcciaioAnimaのマントを縮め、ボクシングのファイティングポーズを重心を低く半身にしたような、徒手空拳の構えを見せる。
しかし相手は磨かれても盗賊、まともな一対一で来るはずもなく、零弥と少女の数刻に満たない応酬の中で、落馬しただけですぐに立て直した盗賊の仲間の一人が零弥に襲いかかるが、右腕で受け止め受け流し、一瞬でその場で回転し無防備になったその後頭部に左腕による裏拳を叩き込んだ。
それが合図となったか、周りの連中はてんでバラバラに、しかし間隙を作る事なく次々と襲い掛かって来る。それでも零弥の真正面に立つ事がないのはおそらく、そこはあの薙刀を構えた少女が攻撃するためのスペースなのだろう。もしくは彼女の前に立つと彼女の攻撃に巻き込まれるのを恐れてだろうか。
(く…、これが、生き死にを掛けた実戦の中でのみ研磨された戦い方か!)
一人一人の練度が特別高いわけではない__獣人の少女の練度はその中でも別格だが__。しかしそこに、死を恐れない迫力と野生の勘とでも言うべき何かによる隙のない連携によって、零弥は最初の一人のように迎撃するのは難しいと判断し、回避と防御に徹さざるを得ないことになった。
零弥とて戦闘における経験値は一般人より高いと自負がある。多対一であっても捌ききっていることが何よりの証明だろう。しかしそれはあくまで喧嘩の世界。どれほどの大怪我を負おうとも死の危険性は低かった。
対して彼らは「勝つ」ことよりも「生き残る」ことを優先した上で、死に対する恐れを持たずに戦う精神力がある。
その差はこのように現れる。たとえ有効打が殆ど無くとも、零弥を攻勢に回らせないことで勝機を生む。
しかし彼らとて攻める手を止めたら零弥に逆転されることを恐れ気を抜けない。戦いは膠着状態に入っていった。
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