はじめての異世界人⑦
これにて、魔法の使い方、その基礎の1、自身の資質の確認が終わった。
リンは足早に水盆を片付け、零弥達に振り向いた。
「それじゃあ、次の段階に移るぞ。次は、魔力の制御操作だ。
魔法使いは本来なら幼少期のうちに、この操作を身につける。魔力は年齢とともに増えていくから、操作のしやすい幼少期のうちにその操作法を身につけなければならなかったからな。
しかしお前達は、これまで魔法教育を一切受けずにあれだけの魔力量になってしまった。これを操作するのは大変だぞ。」
リンはそう告げると2人の顔色に変化のないことを確認し、説明を続けた。
「魔力の制御操作の基本としては、『開門』『滞留』『精錬』『構築』『放出』『閉門』の6段階で捉えて練習すると効率がいい。」
リンの身体から、大量の魔力が噴き出した。無風の風を受けて、二人は煽られたような錯覚を受ける。
「第一段階『開門』。魔力は体の内側から湧き出るものだが、それを放出する蛇口を捻るようなイメージで一気に魔力を解放する。
全力で魔力を放出するのは、実践的ではないが、まずは魔力を意識的に放出する感覚を掴まないことには進まないしな。今回は難しいことはなしで全放出でやってみろ。」
するとリンから噴き出した魔力がゆらりと揺れると、その魔力が渦を巻くようにリンの身体を覆った。
「今ならお前達にも分かるだろう?私の周りを不可視の力が渦巻いているのを。
『滞留』とは、放出した魔力が自分の認識外に霧散する前に捉え、自身の周りに大きな流れを作るように止める手法だ。魔力の多いものほどこの技術が重要になる。」
「なんでですか?」
「お前達、先日魔力の暴発が起きた時、身体に大きな負荷がかかったろう?あれは、魔力という精神の力が一気に流れ出し、ダメージを受けた精神が、自己防衛本能に則って、そのダメージを身体に押し付けたからだ。
魔力量が多いということは、一度に出せる魔力量も増えるということ。必然的に、魔力が溢れ出る際に発生するエネルギーも増えるということだ。どんな排水機構でも、許容を上回る水量で使えば壊れる。それを回避するために、この技が必要なんだ。」
リンの言葉は、実体験を経て零弥も伶和もよく理解した。
「魔力を放出したうちの一部を体の内に戻し、また放出する。このサイクルを用いて浪費を少なく多量の魔力を体外に集められる。また、お前達も感じている通り、魔法的エネルギーが物理エネルギーに変換され、外界に逃すことで、魔力が溢れ出る際に発生するエネルギーによってくる反動が抑えられる。その分、消費する魔力は増えるがな。」
リンの周りを渦巻いていた魔力が、彼女の掌の上に集まった。
「次の段階だ。今度は『精錬』、体外に出した魔力の純度、密度を上げていく技術だ。これが、魔法の質を決定すると言っても過言ではない。
魔法は、魔法式という設計図に沿って構築する。これは次の『構築』の段階で教えるが、構築するにしても、材料がなくては始まらないのは料理も工作も魔法も同じだ。
しかし、美味い料理も、綺麗な作品も、多少の例外はあるが、新鮮な食材と正しいレシピ、しっかりとした材料と正しい工程で作らなければできない。魔法においては、良い材料とは高純度・高密度な魔力、正しいレシピとは正確な魔法式。つまり、この『精錬』と次の『構築』の段階が下手な魔法使いは三流だということだ。」
「これでリンさんが構築をミスったら…。」
「お兄ちゃんそのギャグ笑えない。」
「お前達私をなんだと思ってるんだ…。
まぁ、四段階目の『構築』はイメージに加えて呪文などを伴う魔法式を展開することで補助されるから、失敗することはあまりないぞ。」
「呪文、魔法式…なんかそれっぽくなってきた。」
「でも補助ってことは、呪文なしでも魔法は使えるんですよね?」
「あぁ、だが、人間による共通イメージでは、せいぜい単純なブロックをつなげたものを作り出すのが限界で、複雑な形状や性質の魔法を行使するにはやはり呪文によって定式化した方がやりやすい。
魔法式無しで複雑な魔法を行使するには、何度も使ってその形、特性を完璧に目に焼き付け、頭に叩き込むしかないな。」
リンは掌の中に圧縮した魔力に意識を向けると、詠唱を開始した。
「火よ、楔となりて穿て_【炎弾】!」
リンの手のひらから魔法の炎が円錐状の形で飛び出し的を破壊した。
「うわぁ!これが魔法!?」
伶和は思ったより迫力のあるそれにびっくりして目を見開き、零弥も別の意味で目を見開いていた。
零弥には、リンの身体から切り離され飛び出した魔力が、幾何学的な信号によって形作られ、それが先端の方から発火したように見えていた。
「とまぁ、『放出』の段階を説明してなかったが、簡単に言えば、精錬し、魔法としての形を与えた魔力を外界に完全に解き放ち、魔法として発動する過程だ。これは、基本的に標的に向けてただ飛ばすイメージを持てばその通りになる。」
そこまで聞いて零弥が手を挙げた。
「リンさん、呪文の詠唱でしたけど、今俺たちが使ってる普通の言葉でしたね。俺、てっきり魔法の詠唱のための専用言語でも使うのかと思ってたんですけど。間違って日常会話がたまたま詠唱として魔法が発動するとかないんですか?」
「今のお前たちならあり得るな。だからこそこうして教えてるんだよ。
『閉門』、お前たちに一番きっちりやって欲しいのがこれだ。身体の魔力を放出する門を閉じる。これによって、魔力を無駄に垂れ流すこともないし、戦うときも相手に近づきやすくなる。更に、日常生活で魔法が突発的に起きることもなくなる。」
リンの身体を覆う魔力が、ほぼ消えた。
「私も完全な閉門は意識しないといけないが、魔法の暴発が起きない程度なら魔法を使わないと思えば自然になる。
とゆうか、普段から完全な閉門をしてるようなのは、暗殺が生業みたいな、四六時中気配を消す必要があるような輩ぐらいだ。
さぁ、これで一通りの魔力操作の基本は教えた。早速実践してもらうぞ。最初は、『開門』『滞留』『閉門』の三つを繰り返すことから始めるぞ。」
「6段階までやらなくていいんですか?」
「まずは魔力の操作の感触を掴むことだ。まずは『開門』!」
リンの拍手を合図に、零弥と伶和は目を閉じ、自然体でイメージを拡げた。
零弥は、腹の底から力が湧き上がり、身体の節々、具体的にはリンパ節辺りから魔力が噴き出し身体の周りを渦巻くイメージを。
伶和は、全身を魔力が駆けめぐり、身体中の汗腺から魔力が溢れ出て蒸気や炎のように揺らめくイメージを。
異なる二人のイメージが、身体の中に異なる魔力の通り道を作り出し、魔力が噴き出した。
「ふむ、零弥はどうも瞬間的に大出力のエネルギーを出すような魔力回路だな。近距離放射型の魔法が得意なタイプだ。
対して伶和は安定したエネルギー供給がしやすい形になっている。結界型や身体強化魔法が得意な魔法使いによく見られるタイプだな。」
動力源として例えると、零弥はエンジン、伶和は電池のようなものだということになる。
ところで、気になる単語が出てきた。
「魔力回路?」
「ん?あぁ、魔法使いが自身の魔力を制御するのに形成する魔力の通り道だ。基本的にこれをどのような形にしたかによってその魔法使いの得意分野は決まってくる。まぁ、だからといって他の魔法ができないわけではなくて、特に使いやすい魔法がわかるってことだ。
そんなことより、魔力がだだ漏れだぞ?早く『滞留』させろ。」
リンに注意され、2人は慌てて滞留のイメージを続行した。
零弥の場合、自身の体を覆うように魔力が渦を巻いているので、頭頂部からその魔力が体の芯を通るように戻るようなイメージを行う。すると、最初は体を一本のパイプが貫くような感覚になったが次第にイメージ通りに魔力が循環を再開した。
伶和はここで少し手こずっていた。どうやら、身体中から出て行くイメージで魔力回路を作ると、どこから戻せばいいのか分からなくなるようだ。
「レナ、大丈夫か?落ち着いて魔力の流れを作る道を探すんだ。」
「は、はい!」
伶和は目をぎゅっとつぶっている。焦っているのが目に見えていた。
そんな伶和に零弥は「眼」を向ける。どうやら、この魔力がはっきりと見える眼に対して、「使えるものなら使っとけ」という感じに区切りをつけたようだ。その眼に映った伶和の姿から、零弥はアドバイスを口にした。
「伶和、どうやらお前の魔力回路は、外側に大きく、内側に小さく開いてるみたいだ。あと、左右の側面では一気に放射されてるけど、体軸に近づくほど放出が弱い。身体の中央線に沿った部分で魔力を戻してみたらどうだ?」
零弥は指摘しながら伶和の額から顔、胸、腹、下腹に向けて真っ直ぐな線を指の動きで示す。伶和は零弥の言う通りに魔力回路を作成するが、まだぎこちない。
「背中側はあんまり使われてないみたいだし、こっちからも吸収しよう。」
伶和は言われた通りに背中側にもパスをつなぐ。すると、魔力の流れは一気に安定した。