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感謝のカタチ②

 伶和の催眠はうまくいったようで、先程から飛んできていた魔法も殆どなくなった。これならこの先のことを邪魔するものもないだろう。

 上空、炎の中心で待機していた零弥は周りに浮き、炎を操っていた精霊達に語りかける。


「アグナ、火力の調整を間違えないでくれよ。

 ウィンディはいつでも雨を降らせられるように力を溜めていてくれ。

 ルネ、シャイナ、光の操作は得意技だろ。しっかり魅せておくれ。

 ノーン、ゼノンは今回の要だ。落ち着いて、練習通りやるんだ。

 シルフィンは大変だろうけど雲の用意と火の粉の散布を続けてくれ。

 さぁみんな、ここからが本番だ。楽しんでいこう!」

《おー!》


 掛け声と共に、全てが始まった。

 火の渦を作っていたのは小さな火の精達の集まりだ。これはアグナの呼びかけによって集まった精霊未満のマナ生命体である。

 そこに色をつけていたのは光と影の精霊シャイナとルネ。シャイナが光の波長を変え、ルネが影の濃さで濃淡を付けることで様々な色合いの炎が作り出された。

 シルフィンが担当しているのはウィンディが雨を降らすための雨雲と、月を隠すための霞雲を集めること、アグナの産み出した火に零弥の【思炎】を混ぜて火の粉として下にばら撒くこと。

 この火の粉はアグナが温度を落としていたため、触れてもそれほど熱くなく、呼吸と共に吸い込んでいることにも気づかない。これによって伶和の催眠に必要な「対象への魂属性の作用」が果たされていた。また、薄く広く、零弥の魔力を空気中に沁み渡らせることも兼ねている。

 さらにAcciaioAnimaを広げている零弥を浮かす役割も担っているため役割が多い。多方面への支援役だ。

ウィンディはシルフィンが集めた雲から水を取り出して雨を降らせられるように待機、万一の火事に備える。

 そして、零弥の肩の上に乗って待機していた土の精霊ノーンと雷の精霊ゼノン、彼らの役割はこれからであった。

 火の渦を作っていた火の精達がバラバラに動き出す。ここにノーンが指示を出す。火の精に土の精霊が指示を出すというと可笑しな話だが、ここにはノーンの特別な力が働いている。ノーンは土の精だ。ひいては大地の精霊とも言える。大地に根ざす精霊であるノーンには、特殊な波動を発する能力がある。それは大地の鼓動とも呼ばれ、虫の知らせの正体ともされる大局的精神波動、有り体に言うと、テレパシーである。これは高次知性体に対しての効果は薄いが、虫や魚のような生き物に対してであれば充分な効果を示す。それは精霊未満の火の精にも適用できた。

 火の精達は、近くの仲間と一緒になって塊を作り、その形を変え始める。十ほどの塊は鳥、ライオン、イルカなど様々な動物の形へと姿を変えた。この形成にゼノンが一役買っている。雷属性の魔力が神経回路のように各火の精の間に情報共有のパスを繋ぎ、火の精の群れが一つの個体のように群体を為す。

 形を持った炎にシャイナとルネが色を与え、見事な炎のアートを作り上げた火の精達は、与えられた形に即した動きで町中を駆け巡った。

 色鮮やかな光を放ち、火の粉を散らしながら宙を舞う動物達の姿はとても幻想的で、そこに炎としての脅威はなく、人々は避難の足を止め、子供は手を伸ばして手を叩いた。避難勧告が出たことで、奇しくも町中の人々がこの炎の芸術に息を飲んで見惚れたのだ。


「わぁ…凄い!」

「圧感だな…。」

「ネオンちゃん、クロムくん!」

「レナちゃん!やっぱりこれレミとレナちゃんが?」

「うん、そうだよ。」

「こんなのどうやって準備したの?ここまでのことをやるには結構な前準備が必要でしょう?」

「ふふふ…ネオンちゃん、学校では怖がらせちゃってごめんなさい。怪談の噂を流せば邪魔されないかと思ったんだけどね。」

「学校…怖がらせる…って、まさかあの地下倉庫の!」


 クスクスと笑い続ける伶和。クロムはイマイチ飲み込めていない様だが、ネオンは顔を真っ赤にしていた。

 夏祭りの準備期間中、迷路作成の手伝いに来ない伶和の動向を探るため、地下を探って幽霊に襲われたことを思い出す。


「夏祭りの準備を始める前に、お兄ちゃんと計画してたんだ。『みんなに感謝の気持ちを伝えるために、何かしよう』って。そこで、リンさんに手伝ってもらって魔法で作った花火のアートをやろうってことにしたんだ。

 で、準備には時間も魔力もたくさん必要だったから、できるだけ邪魔されたくなくて、適当に怪談噺をでっちあげようってことであのトラップを作ったの。」


 本当は夏祭りの後夜祭に合わせてやる予定だったのだが、ネオン達がローレンツに行ってしまったため、急遽こっちでやるよう調整したことを付け加えた。


「なるほどなぁ、それでネオンはまんまと引っかかってチビらされたわけだ。」

「漏らしてないわよ!」

「でもあのトラップ、途中で引き返せばなんともなく終わるのに、ネオンちゃんがまさか最後まで入ってくるとは思わなかったよ。」

「だ、だってレナちゃんが何してるのか気になったし…」


 ネオンを一通り弄ったところで、さて、と伶和がレーネの手を取って歩き出した。


「どこへ行くの?」

「どこって、決まってるでしょ?もっと良く見える場所まで。」

「行こう行こう!」


 そうして昇降機で上に登り、窓からさらに登り、屋根の上に案内した。


「おぉ、良く見えるなあ!」


 感嘆の声を上げるクロム。坂の上に建つこの医療協会は収容人数を多く取るため7階建てと高さがある。ここからであれば街全体が眺められる。

 花火のショーはこれからクライマックスになろうとしていた。

 色鮮やかな火花を散らしながら街を駆けた獣たちは、1匹ずつ空高くへと駆け上がっては、爆音とともに大輪の華を咲かせて散っていく。

 菊、牡丹、柳、土星、蜂、…複数体の火の獣が集まったナイアガラ。それぞれが花開くたびに音が体を震わせ、光が脳裏に焼き付いていく。

 そんな中で仕掛け人兼裏方を務めていた零弥達も最後の動きに入っていた。


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