外道対外法(13)
「クロム、舞台は整えたぞ!トドメを!」
零弥はクロムに振り返る。クロムは魔力を精錬しながらスカンジルマへ攻撃を届かせる方法を思案していたが、行き詰まっていたようであった。
(うーん…考えてはいたが、あの岩の鎧で覆われたスカンジルマを倒す方法が思いつかねえ。レミは、なんて言ってたっけ?『己を知り、相手を知れば…』?うーん思い出せねえな。)
その間に、両腕を失った巨人は残された内腕と胴体の一部をバラバラにし、岩の弾丸として掃射してきていた。
クロムの動きに零弥は助けに入ろうと駆け出すもクロムの顔に焦りはなく、むしろ自信に溢れた笑みが浮かんでいた。
「けどまぁそれって…俺にできることであいつを上回れってことだろ?なら、これで全部ぶち抜くだけだ!」
クロムは腕を交差させて銃を構え、滑らせるように銃を振り抜き、二つの銃口が重なる瞬間に引き金を引く。
「【捻束する黒き流星】!」
黒い流星が岩の群れの中を突き抜けた。あきれるほど真っ直ぐに、邪魔する岩など貫いて。
この技_魔法ではない_はクロムのオリジナルである。
かつてクロムはまず、二つの銃から撃ち出される弾を一つにまとめられたら高い威力になるのではと考えた。しかし、単に二つの銃を重ねて撃っても、ただ二つの弾が互いの弾丸を“集中”により引き寄せて激突するだけだった。それから何度となく試したものの、満足のいく形にならず、半ばヤケクソ気味に撃った弾が今の形の原型となったのだ。
横に振りぬき銃口が交差した瞬間に引き金を引くことで、僅かなブレ、横方向のズレが生まれる。このズレは当然ながら長期的に二つの弾丸が離れていく要因となる。しかし、そこに闇属性の“集中”作用が働き、外側へズレながら中心に引き寄せあう、まるで二重惑星のように回転しながら直進する二重螺旋形の軌道を描く。
だが螺旋回転の遠心力を闇属性の“集中”が上回っている時、二つの弾丸はやがて接触するも、それまでの回転エネルギーが保持され、一つの弾丸として重なり合う。このとき、二つ分の魔力弾は螺旋回転の中心点にそのエネルギーを収束させ、また、同属性魔力の接触増幅の法則により発動に要した魔力からは想像できないほどの貫通力を生み出すのである。
岩の群れを突き抜けて、巨人の胴体に刺さった黒い流星。回転は止まらない。やがて岩の鎧に瑕が、ヒビが、亀裂が入った。
「だめ押しだ、これで砕けな!」
撃ち込まれるはただの弾丸、しかし耐久性が削られ続けている岩に撃ち込まれたそれは最後の楔。亀裂の中にまで食い込んでいた黒い流星の魔力に飛び込んだ第三の魔弾は亀裂の中でそれらを爆散させた。
轟音を立てて吹き飛ぶ胴体。その余波を受け宙を舞うスカンジルマを地面に叩きつけられる前に捉えたのは零弥であった。見れば白目を剥いて朦朧としている。思ったより重かった(伶和の身体では当然である)それを地面に置いて駆け寄ったクロムを見ると、
「クロム、後をよろしく。」
と言い残し、ふっと気を失ったように倒れこんだ。伶和の身体の制御を完全に手放したのだ。
ギョッとして慌てて抱きかかえるようにキャッチするクロム。その腕の中で一寸の間を置いて、薄っすらと目を覚ましたのは伶和だった。
「ん…、ここは?」
「あ、レナちゃん、大丈夫?」
「クロム君?てことは、終わったんだね。」
「あぁ、まだ判定は降りてないけど…、」
「君達の…勝ちだよ。」
後ろから声がして振り向くと、審判役の女子生徒とその後ろからリンと医務教諭に肩を担がれてゆっくりと歩く零弥がいた。よく見るとチラホラと観客たちも戻ってきている。
「でも…少し待って。歓声をあげるのはみんなと一緒に、ね。」
そう言えばこれは見世物になってたんだっけ、と急に脱力感に襲われたクロムはなんとも言えない間抜けな顔をしてしまっていた。
「なんて顔してんだクロム。俺たちのやる事はこれからだぞ。」
ゼェゼェという息が混じりながらも、かなりの快復を見せている零弥にクロムは無事を確認すると、
「【超活性・治癒】は病気にも効くんだよ。自然回復で治せる病気に限るがな。弱い毒程度なら30分もあれば抗体を作れる。」
もともと身体の持っている治癒能力を強制活性させる魂属性ならではの効果である。
「私も理屈を説明されて理解はできても納得はできなかったよ。」
とはリンの談。
さて、と零弥はクロムに指示してスカンジルマの両手両足を包帯で縛ると、正座の形に座らせる。そして、リンの介助を受けて腕をスカンジルマに向けると【超活性・治癒】を施した。
「おい、レミ。」
「大丈夫。こいつの魔力はもうカラだ。見た所、無理矢理な魔法の所為で魔法能力そのものもダメージを受けてる。暫くは満足に魔力精錬も出来ないだろうよ。」
【魔視】を通して零弥はスカンジルマの状態を確認する。これで目を覚ましてもスカンジルマは魔法を使えないとわかっていた。
スカンジルマが目を覚ます。目の前の零弥の姿を捉えると零弥に向かって手を伸ばそうとするがつんのめって倒れこむ。両手を縛っている包帯は身体の後ろを通って両足の縛りと繋がっており、正座の状態でギリギリのように出来ていた。
「お前の負けだ、スカンジルマ。約束通り、この学校から出て行ってもらう。」
「ぐ…」
「だが、まだその時ではなくてな。だいたい、学校から追い出すだけならお前がネオン達にやった事を証言して法廷に突き出せばそれで終わりだ。
だと言うのに、態々お前に救いの道を示してまで俺がお前と戦ったのは何故か、わかるか?」
「自分自身の手で、決着をつけようと言うことか。」
「違う。どちらかと言うと、お前と法の関わりのないところで話をしたかった。つまり、決闘で勝つ事ではなく、決闘という形で、決着を先延ばしにすることが目的だった。」
「一体…何が望みだ。」
「分からないか…まぁ、分からないよな。俺の故郷じゃ、ガキでも分かることなんだ。ただ、大人になると色々とやり難くなるだけで、な。」
「…?」
なおも理解に及ばないスカンジルマの態度に大きく溜息をつく。
「なぁスカンジルマ、お前…後悔はしているか?」
「後悔…?そんなものはない。」
「良かった。後悔なんかされても困る。じゃあ、反省はしてるか?俺に、俺達にちょっかいを出したことについて、だ。」
「…何が言いたい?」
「その様子じゃだめかな。ってゆうか、言いたいんじゃなくて、言わせたいんだが。」
「はっきりと言え!」
「よくもまぁそこまで威勢が保てるものだ。…じゃあまずはここから攻めるか。
スカンジルマ、お前の事情とやらはフェノーラからおおよそ聞いている。」
その言葉にスカンジルマは後ろにいたフェノーラを睨みつけるもその視線は零弥の姿で隠される。
「言っておくがお前とフェノーラの間にもう隷属関係はない。俺が隷属印を焼き切ったからな。あの子は背中の火傷と引き換えに自由を得たわけだ。
話を戻すぞ。あの時お前の事情を知らなかったとは言え、奇しくもお前と俺は互いの人生を賭けた戦いに挑んだってことだ。
決闘を申し込んだ際に、確か俺はこう言った。『決闘を受けるなら、ここでのことはなかった事にする。』まぁ『これまでの事』でも良かったんだが。だから、お前が違法薬物でネオンやレーネを病院送りにした事は煮え湯を飲む気持ちで不問にしてやる。
だが、決闘の中で違法な薬物であるマンドレイクの花粉や殺傷力のある魔法具や魔物を使ったのはまずかったな。俺が無効にしたのは決闘を申し込む前の出来事、お前がここでやった事は立派な犯罪、だそうだ。」
零弥がちらりとリンを見ると大きく頷いた。
「つまり、お前にはきちんと犯罪者の烙印があるが、決闘の場では警察はお前を捕まえられない。だから判定を待ってもらってるんだ。」
それはつまり、この決闘が終わり、決闘の契約「スカンジルマの退学出禁処分」が果たされた時、家の庇護もなく、従者もなく、自らの生計を立てる手段すらない中、お尋ね者の追っ手を連れて行く状態になるという事だ。
それを理解した瞬間、スカンジルマは初めて恐怖の表情を見せた。零弥に殺されかけた時のような本能的な恐怖ではなく、自らの行く先が絶望しかないとわかった時の理性的な恐怖であった。
「漸く自分の現状が理解できたか、やっと話のスタートラインに立ったな。
さてと、実の所、リンさんに聞いた話だが、お前が助かる方法が一つだけあるらしい。それは、決闘の勝者にのみ与えられる特権、敗者のその後の扱いを法の垣根を超えて決められる特権があるらしい。」
零弥の言葉の意味を時間をかけて呑み込んだスカンジルマは、零弥の顔を覗き込んだ。その瞳に宿るのは恐怖と、期待と、羞恥と屈辱と絶望と希望と後悔と怒りと喜びと悲しみと緊張とがごちゃ混ぜになって目が潤み始めていた。
「なぁ、俺が始めに言ったこと覚えてるか?ガキでもできるお前がやるべきこと、だ。」
ここまで来て、漸くスカンジルマは理解した、自分が何をすべきかを、零弥が何を求めていたのかを。すべては単純なたった一つの言葉で解決できていたことを。そして、自分が縛られたこの形の意味を。
スカンジルマはガクつく足で正座を組み直し、頭を下げ、地に手をつき、震える声を絞り出した。
「…い」
「もっとはっきり言え。」
「す………すま、ない。」
「あ゛ぁ?」
「ひっ!す、すみません…でした!」
スカンジルマからこのような言葉が聴ける日が来るとはとこの場にいた殆どのものが目を丸くしていた。
「そうだな。悪いことして、人様に迷惑かけて、それが悪いことだって自覚したなら、まずすべきは謝ること、だよな。まぁ、俺の分はこれでいい、次は誰だ?」
「く…クロム=リグニア様、今まで…申し訳…ありませんでした。」
この後も伶和に、リンに、フェノーラに、あと何故かそこにいただけの医務教諭や審判の女子生徒にまで一人一人に謝罪の言葉を述べ(させられ)た。
「はい、お疲れ様。」
零弥のこの言葉でスカンジルマはさっきまで地面に擦り付けていた頭を上げて零弥を見た。
「今の行為を加味して、お前の処遇は…当然有罪だ。あれだけの事をしておいて、この程度の人として当たり前の事をやった程度で赦されると思ったかこの駄阿呆が。」
話が違うと言わんばかりの絶望の顔を浮かべたスカンジルマだが、なにも謝れば許してやるとは一言も言ってはいないので契約には反していない以上、言葉も意味を持てなかったのであった。もっとも、スカンジルマ以外の誰しもが、この結末は予想できていたのだが。
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