外道対外法(12)
零弥は真っ直ぐにナイフを拾いに向かう。それを見た(?)のか、岩の巨人は零弥に向かって拳を突き出した。その距離は本来巨人の腕の長さでは届かないはずだったが、ソレは関節部が外れて腕を文字通り伸ばしてきた。
零弥はそれに気づくと咄嗟に切り返し、相手の腕の下に潜り込むように姿勢を低くして飛び込んだ。頭上を岩がかすめる。零れ落ちる石や砂を浴びたが、頭を腕で庇いこと無きを得る。
しかし今の一撃でナイフが何処かに行ってしまっていないかと零弥は砂けむりの向こう側へ再び駆ける。幸い、ナイフの位置はそれほど大きくは動いていない。巨人の腕が元に戻る頃にはナイフを拾い上げることができた。
(あの動きから見て、あれはゴーレムとは違う。魔力で擬似関節を形成して動かしてるのでは無く、スカンジルマの意志によって体を構成するパーツが自在に動くようにできているようだな。)
と言っても、スカンジルマにもはや意識が残っているのかどうか怪しいが、と零弥は巨人の中心部を見て独り言ちた。
そんなことよりやるべきはこのナイフを使って岩の巨人を倒すこと。零弥は意識を瞬時に切り替えて巨人の動きを注視した。
スカンジルマ操る硬石の巨人は再び右腕を振り上げる。そこに作戦などない。その巨体から生み出されるエネルギーはそのような小細工など必要としないほどの破壊力を生むのだから。
しかしそれ故にその軌道は単調で、よく見ていればどのタイミングでどこを通るかもわかる。なれば当然、それを狙わぬ零弥ではなかった。
「加速路構築…」
右手にナイフを握り、左手に白鳳を構える。白鳳の切っ先を向けて狙いをつけるとその先端から火花が散った。伶和の雷属性と風属性の魔力を用いてあるものを作ったのだ。バネのような螺旋型の長大な筒を雷属性の魔力で構成する。その内側を風属性の魔力が通っていた。そして巨人の腕がその螺旋の筒のある位置に来た瞬間、零弥は手に持っていたナイフを投げた。
ナイフは吸い寄せられるように螺旋の筒の中に入っていく。この時点でナイフには特に仕掛けはない。ただの物理的な法則に則って移動しただけである。そう、零弥が作った螺旋の筒の正体は、コイルガンであった。
SFや漫画でおなじみの架空兵器“レールガン”として誤認される事がしばしばあるこの兵器__そもそもレールガンはその名の通り、電位差のある二本のレールの間に挟まれた電気伝導体の弾体から生み出される磁場に乗って加速する性質がある兵器であり、とあるライトノベル作品に登場する少女を代表とするその手の仕組みはほとんどがコイルガンの原理である__は、基本的には螺旋形に電流が流れる事でその中に磁場が出来上がり弾となる磁性体を吸い込み加速する。そして磁性体が磁場の中心に来たところで通電を止め、磁場を消す事で、加速された速度のまま弾丸として飛び出すという仕組みである。
この「電磁加速砲」と称される分類の兵器の利点は、十分な加速路の距離(そんなものを作るなら戦艦に載せるぐらいしかないが)と超高圧電流(もはやその電圧を生み出す電池が一つの兵器である)があれば理論上最大速度が亜光速に届くとされるが、そこまで行く前にほとんどのエネルギーがジュール熱で消費されたり、弾体がプラズマ化してしまい物理的な威力が失われたりと、兵器としては実用性のない(この場合の兵器とは、対兵器用兵器であり、対人においてはただのオーバーキルである)代物であった。
今回零弥が作成したコイルガン式電磁加速路は、まず雷属性の魔力で螺旋形の道を作る。これでここに磁場が発生する。今回のは大体全長5m程度の加速路であるが、このままナイフを投げ込んでもその半分、磁場の中心点である2.5m地点で止まってしまう。一個のコイルでは基本的に十分な加速は得られないのである。なので本来ならば複数個のコイルを並べて加速し続けるのがいいのだが、人的な方法でそれを為すには複数個のコイルを消して行くという制御を音速に近いレベルで緻密に行わなくてはならない。そんなのはまともな人間には不可能だ。
そこで零弥が行ったのは、一個の長大なコイルをナイフの加速に合わせて_と言うよりは先駆けて_先端部を固定して縮小していった。コイルの中心点で止まるならば、全長が短くなる事でその中心点が移動すればナイフはそこへ向けて加速し続ける。雷属性の魔力で構成されているため、どんな大きさの構造でも常に一定の電圧が発生している。それを利用した構想であった。そして更にコイルの内側には風属性の魔力で中を移動する物体は“加速”される。
そうして最終到達点へ向かうナイフは瞬間的に音速を超えて進み、振り下ろされた巨人の腕に楔として打ち込まれた。そのインパクトにより振り下ろされようとしていた腕は一瞬押し返された。
ただし、音速を超えた物体が当たり大きな音を立てて打ち込まれたナイフだが、それだけである。腕の中に潜り込むレベルで穿たれたそれは一瞬腕を押し返す以上のことはしなかった。案の定、止まった後の腕は再び零弥に向かい落ちて来た。
「レミ!!」
「いや、目的は達成した。…弾けろ!」
焦りを覚えて声をかけるクロムに余裕のある声で零弥はナイフを投げた右腕を拳を向け、拡げる動作を見せた。
突如として幾本もの槍が岩の腕を突き破り生えて来た。内側から押されるように生えて来た槍により、巨人の右腕はバラバラに砕け散った。
ナイフは巨人の腕に刺さるまでは何の仕掛けもしていない。しかし、それの本当の役目は腕に刺さってからである。仕込まれた魔法は【地鋼棘】。座標指定はナイフを中心点とした放射型。【地鋼棘】を形成するに当たり岩に含まれる金属を集約したため隙間が生まれ岩の強度も落とした上で内側から【地鋼棘】を展開、圧力に耐えきれず腕を構成していた岩は四散したのだ。
零弥はナイフに込められていた僅かな自身の魔力を目印にして魔法を打ち込んだ。使用後のナイフには魔力は残っていないが、無くなった分は足せば良い。そして、ナイフの運搬には伶和の魔力を使うため問題ない。
零弥は再びコイル型加速路を用いて、零弥の身体の下へナイフを運んだ。超スピードで移動するナイフだが、その実加速路の外へ飛び出すことはないので高速運搬に向いている。実際、兵器としては欠陥だらけのレールガンやコイルガンも、リニアモーターカーやマスドライバーなどの高速輸送への技術利用は高く評価されている。
自身の元へ運ばれたナイフに触れ魔力を込めると、ナイフは再び空へと飛んでいき、次のターゲットへと向かった。縮みきってナイフが静止した後に、別の方向へ再び伸ばして加速・運搬を行う事で、初速はやや落ちるが、空中でナイフを自在に飛ばせる。それを見て、
(バネみたいに伸び縮みするコイルだし、【スプリングコイル】なんてどうだろうか。)
などとこの魔法の名前を考えている余裕がある零弥であった。
さて、先程の一撃で破壊された巨人の右腕は、バラバラの石の塊になった後沈黙した。予想通り、スカンジルマは限界なようだ。
魔力がチャージされたナイフを受け取り(自分から自分へというのは些か奇妙な感触ではあるが)、巨人へ向き直り投擲の準備及び加速路を形成する。
岩の巨人は残った左腕を振りかぶる。どうやら中身の理性は無理矢理な魔法の行使で擦り切れているようだ。先程の出来事をレコーダーで再生するかのように、同じ手順、同じ速度で左腕も沈黙の過程を辿った。これにより腕は消失。足はあるが直接的に急所を守るものはない。




