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外道対外法(11)

 スカンジルマとクロムの戦闘は、佳境に入るかに見えたが、それは至って静かに始まっていた。

 魔法使い同士の戦闘というのは、派手なイメージが強く、最後は強力な魔法のぶつけ合いになると思われがちだ。実際、魔法使い同士の戦いは派手な魔法がぶつかり合う。しかし、それはあくまで魔力に余裕がある間のこと。これまでの戦闘は実力を示し会うためのもので、兎に角どちらがより優秀で強力な魔法使いかを示すための意味合いが強かったが、真に戦い合い、殺しあう中での佳境、即ち互いの魔力も底が見え、出来ることも限られてくる状況下では、まず残り僅かな魔力を精錬する事から始まる。


(ちぃ…、あの蛇との持久戦で結構持ってかれたな。だが、維持に他人の魔力を吸っていたとはいえ、スカンジルマもあんな上級魔法を使ったんだ。残りはそう多くないはず。)


 クロムは自分の残り魔力から、中級魔法2回程度が限界と当たりをつける。魔法の等級と消費魔力量は直接的な関係はないが、それでも目安としては適当ではある。

 対してスカンジルマもあらゆる手段を出し切った。そして自分の限界が近いことは悟っていた。

残るは障壁の魔法具が一つ、爆破の魔法具が一つ、初級魔法が数発、撃てるか撃てないかといったところである。


(…どうしてこうなった。いや、最初から分かっていたことかもしれん。あの男の底知れぬ驚異を見た時から、あの男には勝てないと、わかっていたことなのだろう。だが、それでも僕は許せなかった。

 レミ=ユキミネという男が現れたことを切っ掛けに、僕のこれまで築き上げてきたものは崩れ去った。

 あの時、ユキミネに近づかなければ、こんなことにはなっていなかっただろうか?答えは否だ。あの男はリグニアと親しかった。そうであれば必然的に、僕とリグニアの因縁に首を突っ込んできただろう。僕にとって、あの男が現れた時点でこのままではいられなかった。であれば、その可能性の回避のためにあの男に声をかけたのは英断だったと自負できる。

 が、結果はこのザマだ。ユキミネとは対立、謹慎をくらっているうちにコミュニティは瓦解、知らぬ間にユキミネはクラスのみならず学内でも確たる立ち位置を得るようになっていた。

 なんたることだ。僕が2年かけて作り上げたものは、ヤツにとっては一瞬で壊せるもので、たった数ヶ月で築くことのできる程度のものだったのだ。)


 断末魔が響く。一瞬だけ目を向けると、用意していた魔物たちが全て死んでいた。大人の魔法使い数人がかりで対処するようなオーク型ですら、たった一人、しかも他人の身体で始末する。予想されたことではあったが、奥歯を噛むことは止められなかった。

 ここまでやられると、スカンジルマも最早運命というものを信じるようになってきていた。自分では、根本的に零弥に勝てる要素はないのだと。自分があの鬼神の如き男に負けることは必然であるのだと。


(だが、それがどうしたクソッタレめ!どう足掻いても勝てない相手?そんなもののために僕が2年もかけてきたものを否定されてたまるか!運命だと?そんな言い訳は聞きたくない!

 僕は勝つんだ、ここで勝たなきゃ二度と前へは進めなくなる!最悪一生地面にへばりついて生きる羽目になる!そんなのは嫌だ!)


 スカンジルマはここに来て、今まで一度あったかないかの覚悟と決意を持った。たとえその思想が歪んだものであっても、覚悟の質は変わらない。その覚悟に呼応するかのように体内の魔力が活性化を始めたのを、零弥もクロムも感じ取った。


(うぉお!?まじか!あいつの何処にこんな魔力があったってんだよ!?)

(この魔力、なんだ?異様に純度が高い。まるで元々高次元の魔力結晶体になっていたものを直接魔力に変換した…みたいな。)


 二人の驚愕をよそに、スカンジルマは最後の魔法を詠唱する。それは自身の中からふつふつと湧き上がってくる言葉、思い、それらを掻き集めて表出させる。


「我が覚悟を拳に宿し、我が決意は地を踏みしめる。我が野望を臓腑に滾らせ現出せよ…【硬石(galcoch)の巨人( grantal)】!」


 周囲の地面が割れる。割れた地面から出来た岩がスカンジルマを包み込んだ。そしてそれを胴体として岩、石、砂が集まり手足が形成され、身長を5メートルは超える岩の巨人が完成された。


「クロム!」

「こいつは…ヤベェな。」

「あぁ、この土壇場でこんなことをしてくるとは、侮っていた。流石にアレ相手では、伶和では勝てない。」

「でもお前の身体は動かせないんだろ?どうするんだ?」


 クロムの心配に、零弥は数秒の沈黙を置いて答を返した。


「…上手くいくかわからんが、俺の魔法であの巨人の動きを止めてみよう。」

「レミの魔法、か。具体的には?」

「伶和の目で照準を合わせて、その座標へ俺の身体から魔法を撃つ。単純な【地鋼棘】ぐらいしか出せないかもしれんが、これでヤツと闘う。あとはクロム、お前がやってくれ。」

「レミがとどめじゃダメなのか?正直キッツイぜ。」

「今の俺の魔法で奴を倒そうとするなら、巨人ごとスカンジルマを串刺しにするしか無いぞ?伶和の身体を動かすのにかなり集中力がいるから、攻撃にまで複雑な制御ができん。」

「…ぞっとしないな。了解、殺さない程度にぶっ飛ばしてやるよ。」

「頼んだ。」


 岩の巨人は横薙ぎに腕を振るった。その動きは特別早いわけでは無いが、その質量と体積に任せた一振りは大地を抉り、砂を石を巻き上げながら襲いかかった。

 零弥とクロムは上に飛び上がり回避を試みるものの、巻き上げられた砂の波に飲まれて吹き飛ばされる。ダメージこそ少ないものの、中途半端な間合いは取れなかった。


「本当にでかいだけってのは厄介だな!」

「あのオーク型の魔物は腰が弱点だって分かったから倒せたが、これに至ってはそうゆう次元では無いなぁ。」


 さしもの零弥でも、これだけの巨大な対象では打つ手が思いつかない。とにかく動きを止めるためには巨人の身体を支える腕と足を破壊しなければならない。


「スカンジルマはほぼ限界だろうからな、破壊してしまえば今度こそ再生することはないだろう。」

「レミ、俺はあと一度か二度、中級が撃てるかどうかってとこだ。そこはレミに任せることになる。」

「分かってる。もう少し、もう少しだけ時間をくれ、魔法感覚がまだ不完全なんだ。」


 回避などの為に、伶和の身体で身体強化も行なっている為、零弥の体から魔法を放つのが上手くいかないようである。


「次くるぞ!」


 今度は先程と反対の腕を振り上げた。当然振り下ろされるのだが、巨石が5メートル以上の高さから落下してくるとすればそのインパクトは想像に難くない。そして、その着地の瞬間の余波も然りである。

 しかし今度は線ではなく点の攻撃。回避は完璧に成功する。しかしその後、着地した腕は横に振り抜かれた。その先にいるのは零弥。このままでは直撃コースである。


「レミ!」

(くっ、上手くいってくれ…【地鋼棘】!)


 地面から迫り出した何本かの鉄の棘に腕が当たる。なんとか【地鋼棘】に弾かれ軌道が上に逸れ、零弥に攻撃が当たることはなかった。


(イメージと位置がずれる。もっとこう、具体的な指標があれば…。)


 零弥は何かないかと、辺りを見回す。すると、リングの端にキラリと光るものを見つける。それは、最初にフェノーラと戦った際に、網状に変形させていたナイフが、元の形に戻ったものであった。

 ところで、この世界に来て、零弥はナイフを主な武器として使っている。この刃渡り15cm、柄まで含めた全長25cm程度のナイフは両刃のプレーンな形状の刃、鍔も無く握りまで全体が金属製であり、その材質は硬度を重視した鉄に魔力伝導率の良い白金等を混ぜた合金でできている。細かい組成は製作した職人に聞かなければ分からない特注品であった(と言っても、実際に現在のナイフを使い始めたのは編入してから少し経ったころ、だいたいスカンジルマを殴った謹慎が解けてから一月ほど後であり、最初はその辺の道具屋で売っていた普通のナイフを使っていた)。

 余談ではあるが、数ある金属の中で、最も魔力伝導率が高いのは銅であり、逆に最も魔力伝導率が低いのは銀である。銀の鏃をつけた矢や銀の剣は、魔法による影響を受け難いため、魔法使いではない兵士に好まれ、また反対の理由で、魔法使いの使う道具は白金や銅などが材料として用いられることが多かった。

 さて、零弥は普段からそのナイフを持ち歩いており_とゆうか隠し持っており_、常に微弱な魔力を込め魔術触媒としていた。故に、今手にしているそれもまた、零弥の魔力を僅かに宿していた。

 これは使える。零弥は確信した。このナイフがあれば、あの巨人を倒すことができると。

'18/4/23 金属の魔力伝導率に関する記述に誤りがあったため編集。

「最も魔力伝導率が高いのは“金”であり」→「最も魔力伝導率が高いのは“銅”であり」

 金はむしろ魔力伝導率は低い方です。「初めての異世界人⑤」を参照。

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