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外道対外法⑨

(なんだ…、急に攻撃が当たらなく…!)


 少女の眼の色が変わる。先程まで無機質な表情を見せていた琥珀色の眼が、輝きを取り戻すと、両の手に魔力を纏わせ、避ける、弾く、堕とす、一切の動きが機敏で正確になっていく。それに伴い、2人の間合いも詰められていた。

 焦りを覚え、半ば反射的に弓を引くフェノーラだったが、矢の向きだけで起動を読まれたのか、放たれた矢は至近距離であるにも関わらず余裕を持って躱され、遂に懐に潜り込まれた。


「…9…10。」

「?…っ!」


 何かのカウントが聞こえ、一瞬気を取られたその隙を逃す事なく、伶和…もとい零弥は宙返りの様に飛び上がり、砂を巻き上げた。


「わぷっ!」


 砂は口や目に入り隙を大きくする。痛みに堪え薄目で見た視界に、相手の姿はもうなかった。



 零弥は砂を蹴り上げながら大きく跳び上がり、宙を舞っていた紫色の剣を捕まえた。


(10秒ジャスト!ナイスですリンさん!)


 零弥はリンに「この会話が終わって10秒後に自分達の頭上に向かって剣を投げてほしい。」と伝えており、その指示通り、リンは10秒で零弥の頭上へと白鳳を投げていたのである。

 白鳳を掴んだ零弥は空中で体を捻り、フェノーラの背後に向かって落下しながら、上段に構えた白鳳に溜まった魔力を炎へ変換し振り下ろした。


「これで…終わりだ!」


 振り下ろされた白鳳、血飛沫が舞う事はなく、しかし【思炎】は確かに、フェノーラの背を焼き斬った。

 零弥が斬ったのは、フェノーラの背中に刻印された隷属刻印、およびそれに付随した肉体強化印、高速回復印、そして魔力移送印であった。

 これまで自動的に動き続けていた刻印の機能が突如として停止し、体内の魔力回路が混乱、フェノーラはギリギリで保っていた意識を遂に手放した。

 しかし、試合はまだ終わっていない。


「クロム!」


 零弥の呼びかけにクロムは行動で応えた。


「何もせずに待ってたと思うなよ!【黒渦の口門】!」


 クロムは零弥の作戦中に左の銃に待機させていた魔法を展開。黒い渦は岩蛇を呑み込み、粉々に粉砕した。


「フェノーラが倒れたか。だがまぁ、アレも魔力源としてまだ…何!?」


 スカンジルマは岩蛇の修復のため、フェノーラから魔力を吸い上げようとするが、既に魔力移送経路は断たれている。魔力が得られない事で、零弥が何をしたのかを理解したようだ。


「気づくのが遅すぎだろあのバカ…。」


 クロムは呆れた声を隠すこともせずに右の銃を残る一匹の岩蛇に向け引き金を引いた。

 散弾のように散る小さな球、そのうちの一つ、銃口からまっすぐ飛び出したひとまわり大きい球が岩蛇のもとに届いた時、魔法の効果が発動する。


「…【集束散弾(Yuvyes Brosdent)】!」


 闇属性は“集中”という特性を持つ。これは、魔力の密度、魔素の分布に影響し、その分布をある一点に集める働きを持つ。そのため、魔力粒子の大きさが他の属性より大きく、エネルギーを一点に集めてしまう性質により光の透過率が異様に低いため影の塊のように見える。

 そしてこの効果が広範な群体に作用すれば、それは、群体を構成する個体が焦点に向けて集束する結果になる。

 この場合、焦点は大きな球、そして群体は散らばった小さな球。小さな球は、大きな球に向けて集束する、その過程にある障害物は貫きながら。岩蛇は360度から襲いかかった弾丸に全身を砕かれて崩れ落ちる。これ以上の復活はない。スカンジルマが自らの限界を超えて魔力を供給しなければ、だが。

 岩蛇を破壊されショックを受けている間に、クロムは決着をつけるべくスカンジルマを撃った。絞りは緩めに、殺傷力は落としつつ、確実に意識を奪える程度の威力で。

 弾丸はスカンジルマに迫り、あと一拍でスカンジルマの意識を刈り取ろうと言うところで、ガラスが割れたような音が響き、スカンジルマは後ろに吹っ飛ばされながらもまだ意識ははっきりしていた。障壁の魔法具が発動し、間一髪で弾丸を防いだのだろう。


(チッ、そういえばまだソレが残ってたな。)


 内心舌打ちをするクロムに対し、スカンジルマは焦っていた。


(畜生畜生!どうしてこうもうまくいかない!折角あの邪魔な奴を片付けたと思ったのに、「同意の上で妹を道具にした」だと!?ふざけやがって!)


 スカンジルマは首から下がった小さな笛型の魔法具をちらと見る。


(魔法具はどれも高価だがこいつは特に値が張った。本来であれば保険のつもりだったが…、)


 魔力も少ない。フェノーラとの接続も断たれた。この先いくつ魔法具を適当に消費しても勝てる見込みは少ない。

 スカンジルマに残された手立ては、非常に限られていた。


「仕方あるまい…。お前達!仕事の時間だ!」


 スカンジルマは笛を吹く。その音は普通の笛の音とは明らかに違う。異形の音、と呼ぶに相応しいその音が響き渡ると、観客席に待機していた黒服の大男達_スカンジルマが入場してきた時に彼を囲っていた男達である_が立ち上がりステージに入って来る。審判の生徒がその進路を塞いだ。


「これは決闘。対戦者の指示とは言え、当人以外の恣意的な介入は認めない。」


 零弥の魔法はなんともグレーゾーンな事象で、さらにいえば彼女の心情的にも零弥の方を多少は応援したいというバイアスがかかっており流していたが、流石にこれは部外者の介入であろうと判断したのだ。


「う…、」

「?」

「うぅう…」


 その場で立ち止まり呻くような声を出す黒服たち。その不可解な言動に彼女は首をかしげる。しかし、その表情は次の瞬間凍りついた。

 黒服の身体が少し膨らんだかのように見えた直後、その腹が引き裂かれ、中から異形の生き物が現れたのだ。


「え…?」


 それはもはや反射的な行動であった。彼女は護身用の十手を取り出し、真っ直ぐに首へと向かってきていたその異形、もとい、小鬼型の魔物の爪を防いだ。

 しかし小型とは言え魔物の生物的な強さは人間の比ではない。彼女は力負けし、大きな負傷は無くとも横に吹っ飛ばされた。

 一般人にはこの事態を飲み込むのにいまのやり取りより更に数巡の時間を要し、そして、やはり、嬌声と共に会場は先程とは違う形でパニックに陥った。

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