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外道対外法⑧

《伶和、伶和!》

《うわっ、ビックリしたー。何これ?》

《テレパシーみたいなもんだ。それより、この間白鳳について説明してくれたよな。》


 伶和の魔装器【白鳳】、白い羽のような形の長剣であるそれは驚くほど軽く、ため息が出るほど柔らかく、そして息を呑むほど鋭い。

 そして、その剣は特異能力を持つ。魔力を浸透させることにより、羽に色がつき、その属性の魔力で刃を形成する。形成した刃は、任意で飛ばすことも可能である。


《白鳳は魔力を込めることでその属性の刃を形成するが、それは他人の魔力でも可能か?》

《ひとの魔力?うーん、やったこと無いけど…、それが出来れば良いんだよね?》

《あぁ。》

《じゃあとりあえずやってみようよ。ダメだったら他の方法を探そう。》

《…そりゃあそうか。ありがとう伶和。》

《うん、頑張って、お兄ちゃん!》


 伶和の応援を背に受けて、零弥は思ったより自分が馬鹿である事を笑った。

 どうも自分は考えすぎるきらいがあるようだ。下手に深読みして行動を止めてしまうくらいならば、とりあえず手を出してみてそれから考えた方が早く進む事だってあるのだ。


(そうと決まれば…)


 零弥は伶和の前髪を留めていたヘアピンの羽のモチーフに手を当てると魔力を流して白鳳を取り出した。

 そして、これまですべてを伶和の身体に向けていた意識のうち、聴覚、発声、右腕の分を自分の元に戻す事を試み始めた。



 リンは呼吸補助具をつけた零弥を介助しながら外の音に耳を傾けていた。


(レミ…レナ…、くそぅ、私は、肝心なときに限って何の役にも立っていないじゃないか!)


 自身の無力さに奥歯を噛み締めていると、零弥の様子に変化が見られた。


「レミ、どうした!?」

「っ!びっくりした…。」

「あ、あぁ…すまない。…それより、お前の意識がここにあるということは、レナはどうなっているんだ?」


 リンは少々勘違いをしているようなのでここで弁解する。

 零弥の伶和を操っている魔法は零弥の意識を伶和に憑依させているのではない。実際は、零弥の意識領域から、伶和の身体に命令を送っている状態であり、感覚的には、コントローラーなしでゲームのキャラクターを操作しているようなものである。

 そして、零弥がやろうとしているのはその例えの上で言えば、プレイ中に音を切り、片手を離して話をすること。

 といえば簡単そうに聞こえるが、実際操作しているのは、いくつかのボタンとスティックだけで操作するゲームではない。指一本一本の動きすら神経が通っている人間だ。右腕の制御を手放せば、当然伶和の右腕は操作出来ない。聴覚を零弥の元に戻せば、伶和の方では聴覚情報を認識できない(正確には零弥が伶和の聴覚情報を知覚できない)。

 閑話休題。

 零弥はリンがそこにいることを理解すると、早速話を始めた。


「リンさん、少し手伝って欲しいんです。」

「私がか?わかった、何をすればいい?」

「これから伶和の白鳳をこちらにやります。それを俺の右手に握らせてください。」

「白鳳を…?うむ、わかった。」


 リンは零弥の意図を未だ計れずににいたが、これは勝利への布石なのだろうと受諾した。



 一方で零弥の操る伶和の身体は、右腕と聴覚の無い状態でフェノーラの攻撃を左手に握った白鳳のみで捌き続けていた。

 急に動きの精細が欠けはじめた相手に対し、フェノーラは疲労と磨耗で霞がかかりはじめた頭で相手を観察していた。


(あの剣を取り出してから、相手の動きが悪くなった?どうゆうことかはわからない…けど、これを好機と見るべき!)


 これまでクロムの妨害も兼ねて分散させていた【雷撃雨】を零弥に集中させる。もはや魔力も底を見せ始め、これ以上は精神を喰われかねない状態であったため、精錬などする余裕はないが、一点に集中させればどうにか倒せるだろうと踏んでの選択であった。

 雷の一撃が左手に直撃し、手に持った白い羽根剣・白鳳が弾き飛ばされ、観客席の方へ飛んでいった。

これは千載一遇の好機。そう信じてフェノーラは一気に畳み掛けるのであった。



 宙を舞う白鳳は、リンの手に収まった。無論のこと、これは零弥の作戦のうちである。


「さぁレミ、白鳳はここだ。これをどうする?」

「白鳳の刃を、俺の右手に乗せてください。」


 諾々と零弥の右の手に白鳳の刃を乗せる。零弥は白鳳の感触を確かめる。絹のように滑らかな手触りに心の中で溜息をついた。

 しかし今はそれにかまけている場合ではない。零弥はすぐさま右手に意識を集中すると、右手は紫色の炎に包まれた。


「【思炎】…?」

「伶和の白鳳に、俺の思炎を纏わせる…事が出来れば…」


 白鳳は魔力を刃にする事ができる。零弥はその性質を利用し、魔法破壊に特化した【思炎】を刃にしようとしていた。

 薄っすらと白鳳に染みのような色がつくが、上手く拡がらない。


(くっ、やはり持ち主以外の魔力は受け付けないのか?)


 それを見ていたリンは、つと、零弥に問いかけた。


「レミ、お前の魂属性の魔法はどのようなものだ?」

「魂属性は…、魔力や人の意識を“支配”して操る魔法です。」

「うむ、だが、それは魔法の性質が“支配”だから支配できるというわけではないぞ。」

「え・・・?」

「魔力の性質は、その魔力が得意とする『手段』に過ぎん。魔法とは、魔力を用いて魔法使いが行使する『術』であり『業』だ。

 故に、魔法の成功に必要とされるもので最も重要なのは、魔力量でも、精錬度でも、魔法式でも、制御技術でもない。それは、その魔法で求める結果を得る『意志』だ。

 レミ、お前の求めるものはなんだ?そのために必要なものはなんだ?はっきりと思い描け。お前が勝利するために必要な力を!」

(俺が思い描くべき力…俺が求めるべき結果…、支配とは魂属性の得意とする手段。それに甘えるのではなく、支配の魔力でもって何を成すかを決めるのは、俺自身の意思!)


 零弥の意志に呼応する形で、ただ揺らめいていただけの炎は白鳳の周りを渦巻き始めた。

 “支配”の力により本来伶和の所有物である白鳳の制御権を零弥のものとする。制御権を握れば、白鳳は零弥の意志に従わせられる。零弥の魔力が白鳳の中を駆け巡り、染め上げる。

 そして、白鳳の中の零弥の魔力が十分に溜まったところで再度零弥は【思炎】を灯す。紫色の炎が白鳳を包み込んだ。


「よし、成功だレミ!これを外にいるレナに渡せばいいんだな?」

「はい、ですが、直接渡さなくていいです。リンさんは…」


 零弥は最後の作戦をリンに伝えると再び、意識を伶和の方へ飛ばした。



 フェノーラは目の前の相手に不気味な感触を得ていた。

 剣を弾き飛ばした後、さらに動きが悪くなった。こちらの攻撃に対し、回避はギリギリ、防御も不十分で、少しずつ伶和の身体に雷による火傷が増えてきていた。

 相手の不調はこちらが有利になるとはいえ、フェノーラはあまり相手に後に残るような傷をつけたくはなかったのだ。しかしここで手を抜いて相手に反撃を許して仕舞えば、後で主人であるスカンジルマにどんな仕打ちを受けるかわかったものではない。

 良心と恐怖の板挟みの中、フェノーラは闘っていた。


(だというのに…、)


 相手…本来の対戦相手が体を乗っ取り操っているという少女は表情を崩さず、何やら声を出さずにブツブツと呟きながらこちらの攻撃に対応を続ける。

 あまりに無機質、あまりに機械的な戦い方に、恐怖に似た気持ち悪さを感じるのは当然の事であった。

 しかし、そのような膠着が数分も続いた後、状況に変化が現れた。

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