外道対外法⑦
クロムの突進を皮切りにスカンジルマの岩蛇が襲いかかる。
「【黒波】!」
闇属性の低級魔法、しかし左右二つに闇属性の魔力の奔流を生み、岩蛇の軌道はズラされた。結果生まれた隙間を縫うようにクロムは飛び込んだ。しかしその瞬間を狙っていたかのようにフェノーラは鏃に魔力を込め雷光の一閃をクロムへと放った。電光はクロムの脇腹を示す。その軌道は高速で、中に浮くクロムに躱す術はない。だがクロムの目はその矢を捉えていなかった。
捉えられなかったのではない。対策を打っていたわけでもなかった。ただ、文字通りに「眼中に入れていなかった」のだ。
「まぁ、露払いは任せろとは言ったが、こうも全面的に信用されたんじゃ気が抜けないな。」
フェノーラとクロムの間に立ち、手には棒の燃え滓のようなものを握る少女。
「なんですか貴女は?ここは決闘の場、部外者は出てこないでください。」
「あんたは寝てたから知らないだろうが、今コレは俺の魔法で操っている“人形”って事になってる。武器を魔法で操るって意味ではあんたと同じだ。」
「っ!外道な…」
「外道はあんたの主人も同じだろうよ。片や非人道的な魔法改造を施された戦士、片や契約で肉体を操作される人形。こっちは同意の上だからまだ優しいもんさ。」
自分の置かれた状況を当てこすられ、唇を噛むフェノーラ。
対してもう喋ることはないと伶和の身体を借りた零弥は揉み上げを縛っていたリボンをほどき、髪を後ろで束ね上げリボンで纏めると、身体の内へと意識を向ける。
「…開門」
全身から虹色のオーラが噴き出す。
「…滞留」
七色の魔力は身体の周りを廻りながら身体の内と外を循環する。
これは魔法使いの初歩の初歩。伶和の身体で魔法を使うにはまず伶和の魔法使いとしての性質を理解する必要がある。あまり多くの時間を使えない状況下、この一回でものにする必要があるが、零弥の抜群の魔法センス故か、零弥と伶和が兄妹であるが故か、伶和の身体は零弥の意識と恐ろしく馴染んだ。
(よし、いける!)
「【電撃雨】!」
「いきなりか!えーと、幾重の流壁…【水獣鱗甲】!」
前方からその名の通り雨のように襲いかかる雷撃を、零弥は水流の防壁を幾重にも重ねた上級防御魔法で防ぐ。慣れない体、慣れない属性、慣れない短縮詠唱で組み上げられた急拵えのそれは辛うじて【電撃雨】を防ぐも直ぐに貫通され、その場を離脱することで零弥は急場を凌いだ。
「炎!水!土!風!光!雷!闇!」
属性名を唱えるたびに初級魔法相当の魔力で20発、合計140発分の魔力弾を作成して頭上に待機させる。【雷撃雨】は続く。出来うる限りは回避しつつ、後ろで戦うクロムに流れ弾が行かないよう魔力弾で雷撃を撃ち落としていった。
「やれやれ、なにが露払い程度だ。」
背後での零弥の弾幕合戦を傍目にクロムは悪態を吐いて夜葬の引き金を引く。打ち出された魔力弾はクロムに迫っていた蛇をはじき返し、その鼻先を砕き割った。
しかし岩蛇が地中に潜り、再び現れた時、その傷はすでに無くなっていた。
(しかしこいつも適当に傷をつけたぐらいじゃあ直ぐに回復しちまうな。やはり完全に破壊するのが攻略法としても適当か。)
「貴様の相手は蛇だけではないぞ間抜けめ。」
「ちぃっ!」
岩蛇をどうにかしなければスカンジルマへ直接攻撃は出来ない。片方が攻撃し片方が防御する。2匹を同時に出すことの最大のメリットだ。またスカンジルマは魔法具によるノータイムな攻撃手段も持っている。
しかし一つ、クロムはスカンジルマについて解せないことがあった。解せないと言うには小さな疑問。
(あいつ、どうやってこれだけの魔力を維持している?)
スカンジルマがどれだけ多くの魔力を操れるのか、クロムは知らない。だが、同期の中でもトップのネオンですら、上級魔法を発動しながら別の魔法を使うなどと言う芸当は難しい。
零弥との試合の最後の攻撃は魔装器による制御補助があったこと、零弥に【風霜牢壁】を破られ、これ以上の維持制御が必要なくなったためにキャパシティが空いたこともあり、わずかに反撃ができたのだ。
零弥や伶和の場合は、その莫大な魔力量で多少無茶な複数展開も可能とする。しかしスカンジルマはそのような力技ができない以上、どう頑張っても上級魔法【二つ首の岩蛇】の維持制御以上のことは出来ないはずである。
となれば、必然的にスカンジルマの攻撃手段は本来魔法具による攻撃に絞られる。しかし先ほどの攻撃はスカンジルマによる魔法であった。これは、【二つ首の岩蛇】の制御もしくは維持、またはその両方をしていないことを示している。
(さらに言えば、あいつの魔法素質から見て、この岩蛇2匹を発動してから幾度となくしている修復でほとんど魔力がなくなっているはずなのにまるでスタミナ切れを感じさせない。どうなってやがる?)
思ったより深く考え込んでいたのだろう。襟を引っ張られて倒れ込んだクロムの頭上を蛇の顎門が通りすぎる。どうやら零弥が引っ張ったらしい。
「クロム、大丈夫か?」
「すまないレミ。」
「いやお前の考えていたことはわかる。俺も疑問に思ったから相談しようとしていた。」
「…それは?」
零弥がこの乱戦の中気づいたこと、まだ話していないがおよそ同じことを考えていたと言うのはどうゆうことか。
クロムは背中を零弥に預けると続きを促す。
「どうもあのフェノーラというエルフがまずい。もう直ぐ魔力切れを起こしそうだ。」
「エルフが?たしかに身体強化なんかに自動的に魔力を使っているみたいだが…」
「それでもエルフの魔力生産能力なら、他の魔法にもっとリソースを割けるはずだ。さっきから彼はとにかく弾幕を張るだけの中級魔法しか使わない。狙いも荒くなっている。最初は俺たちの動きを制限するためかと思っていたが、それにしてはどんどん魔力の質が落ちている。碌に精錬できてないようだ。」
「エルフであるフェノーラが消耗が激しく、スカンジルマが余裕そう…これは…」
「やはりそうか。となればやはり…」
「「フェノーラの魔力をスカンジルマが使っている。」」
2人の意見は一致した。しかしクロムは次の問題を提示する。
「だがどうやって?」
「さっきの戦いの中ではそれらしいものはなかったが、多分隷属契約の刻印魔術に組み込まれていると考えるのが自然だろう。」
クロムの眉間の皺がさらに深くなる。怒りに顔を歪めるクロムはあまり見ないので新鮮であった。
「クロム、落ち着け。俺が何とかしてフェノーラからの魔力供給を止める。そうしたら一気に畳み掛ける。だが、それまでは出来る限りあの岩蛇を破壊しないでほしい。」
「っ!わかった。」
「じゃあ行くぞ、散!」
再び二手に分かれてそれぞれの相手へ向かう。今度は出来る限り距離を置くように、零弥は積極的に近接攻撃を仕掛けフェノーラを追いやる。クロムは防がれる事も気にせずにスカンジルマへ攻撃を繰り返しヘイトを稼ぐ。
さて、先ほどより少しだけフェノーラをスカンジルマから引き離したところで、零弥は自身の身体(この場合は借りている伶和の身体ではなく、本来の自分の体)の状態を確認した。
(呼吸は、補助具をつけてもらってるから問題なし。心臓は一瞬止まったが伶和により復旧、現在は正常に拍動している。
手足は動くか?…くそ、やはり戦闘は無理か。脳は十分働けることは今の状況で十分。座標設定や魔力の精錬ができれば魔法は使えるか。
・・・となると、)
零弥は暫く_と言うのは本人の感覚であり、実際は5秒程度の時間である_思案を繰り返すと、零弥の思考の裏に眠っていた伶和の意識に語りかけた。




