外道対外法⑥
スカンジルマの提案を自らの口から告げたクロムは、ハッとして周りを見た。
感じる視線、その中に隠れた感情。恐怖・不安・敵意。
「そうゆう…ことかよ。この卑怯者があ…。」
「ククク…。」
我が意を得たりとした顔でスカンジルマは笑う。このままいけばここにいる聴衆は自分に味方するだろうと、そして…、
「おいお前達!なんだいきなり!」
観客席の方から聞こえて来るリンの声。振り向いたクロムの目に映ったのは、零弥に人工呼吸器を持って来るために戻って来たリンと医務室の教諭が零弥と伶和に向かって押し寄せて来る者たちを抑えている状態であった。
「スカンジルマ!テメェどこまで…!」
「土の肉、石の牙、岩の鱗、現れたるは地の双蛇…【二つ首の岩蛇】!」
スカンジルマに向き直るクロムの足元から、真上から、岩の顎門がクロムを呑み込まんと現れ襲う。
「勘違いするなよリグニア、アレは僕とお前の言葉を聞いて勘違いして暴れ出しただけの民衆の欠片に過ぎん。しかしこうも簡単に動くとはな、僕の懸念もあながち間違っていなかったということか。」
岩の蛇は地に潜る度に地盤をひっくり返しながら現れてクロムに交互に襲いかかる。
(こんな状況じゃ詠唱してる暇がねえ!客の暴徒化、上位魔法、あの会話がここまでの意図があってのものとはな。レミを倒した方法といい、スカンジルマのことを舐めてた!)
クロムは身体強化のみで回避を繰り返しながらスカンジルマを倒す手段を模索する。二匹の岩蛇はスカンジルマの魔法、術者であるスカンジルマを止めれば魔法も止まるだろう。
だが、スカンジルマに近づこうとすれば当然岩蛇に邪魔される。あれだけの巨体を潜り抜けていくのは至難の技だ。
…
一方で零弥と伶和をかばい暴徒と化した観客を抑えていたリンと医務教諭は物量に押され気味であった。
「静まれお前達!あんな言葉スカンジルマのデタラメに過ぎんだろうが!」
「やめてください!ここにいるのは怪我人ですよ!」
「デタラメなものか!リンちゃん先生も見ただろう!そいつは本気で殺す気でスカンジルマに殴りかかってたじゃないか!それを止めに入ったリグニアやミクリにも怪我をさせようと構わない勢いだったぞ!」
「ぐ・・・、」
「やっぱりそいつは危険だ!最近大人しかったからってほっといていいやつじゃねえ!」
「言ってもわからんか…、レナ!レミを連れて逃げろ!」
「は、はい!」
伶和は身体強化をかけて零弥を持ち上げようとするが、それを止める手があった。伶和の腕を掴んで止めたのは、零弥その人であった。
「お兄ちゃん…?」
「れな…、まだ、…わってない。」
そう告げる零弥の声は有声音が上手く出せず、実際のところ伶和の腕を掴むその力も少しの力で振りほどけそうなものである。
「なんで…!このままじゃお兄ちゃん…!?」
「な、なんだこれ!?壁!?」
「まさか、レミなのか?」
突如としてリン達と暴徒の間に現れた鉄の壁。それは零弥、伶和、リン、医務教諭を覆うように伸びて壁の内側に囲った。
「レミ!体は大丈夫なのか!?」
「れな…かげで……きてますよ」
軽い呼吸ができるまでは回復したようだが、まだ言葉は十分に話せず、先ほどまで伶和を掴んでいた腕も既に離れて動かせそうになかった。
「そ…に、まけるわけには…きませ…」
「だからといってこんな状態で…」
「…と…ちどだけ、それて…わらせます」
「一度だけ…、手があるんだな?」
首肯で返す零弥を見て、リンは厳しい目で引き下がる。
「れな…」
「何?」
「…れの、ど…ぐに…ってくれ」
「は?道具になれ?何をいってるんだレミ。」
「…それだけでいいの?」
「あぁ」
「わかった、やり方を教えて。」
「おいレナ!?」
「ひたいを、あ…せるだけでいい」
戸惑うリンを置いて、零弥の言葉に従い額を合わせる伶和。二人の間に何が起こっているのか、リンにはまるでわからなかった、数秒が経過する。零弥が眠るように目を瞑ると、伶和は起き上がり、ゆっくりと何かを確かめるように手足を動かした。
「うまくいった…か?」
「レナ、いったいどうゆう…!」
周りを覆っていた鉄壁のうち、決闘リング側の壁が失われる。そこには既に周りを囲っていた暴徒達が待ち構えていた。
「こいつら!レナ、お前はレミを…」
「…【爆炎弾】」
リンが指示を言い終わる前に、伶和は暴徒達の足元へと炎の弾を撃ち込み、それは爆発して暴徒達を吹っ飛ばした。
「な、何をしてるんだレナ!?」
「あぁでもしないとこっちが袋叩きでしたよ。…リンさん、俺の身体をお願いします。」
「レナ…いや、まさか…レミか?」
「ええ、ちょっと伶和の身体を借りてるんです。さすがにキツいんで、そっちの身体は置いていきます。」
そう言い残して外へ歩き出した伶和、もとい零弥。壁の外に出ると先程無くなった鉄壁が再びせり上がって閉じた。
…
「ユキミネのやつ、此の期に及んでまだ抗えるのか。」
「最初に言っただろう。レミはまだ倒れてない。」
零弥達を覆った鉄壁を見て呆れにも似た感心を溢したスカンジルマ。クロムは一先ず安心した。
「ならば次は確実に仕留めるまでだ。どうせあの中にいるのはわかっているんだからな。」
「なっ…レミ!レナちゃん!」
スカンジルマの岩蛇のうち一匹が、鉄壁の方へと鎌首をもたげ襲いかかる。それは、零弥を引き摺り出そうと取り囲んでいた暴徒達も巻き添えにしようと構わない勢いである。
その直前の出来事である。零弥が伶和の身体を借り、暴徒達を吹き飛ばしたのは。その爆風により、岩蛇の軌道がズレ、直前の地面に飛び込んだ。
「一体なんだ!?」
爆発によって舞い上がる土埃、その向こうから現れたのは、凛として切り裂くような空気を纏った琥珀の瞳を持つ少女の姿であった。
「一体なんの真似だ?この決闘は僕とユキミネのものだ。関係のないやつは引っ込んでいろ。」
「レナちゃん、レミはどうしたんだ?」
少女は二人の声を無視して前に進み、クロムの横に並ぶと悪戯な笑みを浮かべた。
「悪いなクロム、助かったよ。ここからは俺も加勢する。」
たとえ声が伶和のものであろうと、クロムはその言葉から状況を察した。
「まさか…レミなのか?」
「そのまさかさ。」
「ありえん!貴様、ルールを破ったな!?」
思わず声を荒らげるスカンジルマに向き合う。
「ルールなど破ってはいないさ。伶和には俺の道具になってもらった。何、肉の人形と思えばこれだって武器だろう?
使い魔という生き物を操ることが許されるなら、死霊魔術を武器とみなせるのなら、生きた人間の肉体を奪って操ることだって立派な魔法で、武器となるものだ。」
「詭弁で外法を語るとはな!」
「外道に堕ちたテメェに言われてちゃ世話ないな。」
互いに罵り合うものの、それで展開が進むはずもなく、再び一触即発の空気に包まれる。
零弥は小声でクロムへ話しかける。
「クロム、ああは言ったがここから先のメインはお前だ。
兄妹とはいえ結局は他人の体、俺ができるのは露払い程度だ。」
「…わかった。」
対するスカンジルマは後ろへ向けて大声で叫ぶ。
「フェノーラ、もう十分寝ただろう!?さっさと起きてこいつらを片付けろ!」
スカンジルマの声で目が覚めたか、エルフの少年、フェノーラが咳き込みながら縛られたままの手足で立ち上がろうとしていた。
「あんな状態でまだ戦わせるつもりかよ。」
「まぁ、もともとそのつもりでもあったんだろうな。あの子、隷属契約魔術刻印に加えて自己回復刻印が刻まれてる。馬車馬のように働かせることも出来るようにされてるんだろう。」
自動的に発動させ続ける刻印魔術で回復するのだから、魔力生産効率の高いエルフを使うのは理にかなっている。
が、戦略的にはともかく、その事実は「自由」を信条に掲げるクロムの堪忍袋の緒を切るには十分であった。
「…レミ、あの子をどうにかしてくれ。スカンジルマは…俺の手で一発かましてやらなきゃ気が済まん。」
「わかった。でも、頭は冷静に…な?」
「あぁ、ここが正真正銘、決戦だ。あいつには、完敗ってやつを叩き込んでやる!」




