外道対外法⑤
間一髪、直撃を避けることができた零弥、彼の脚が地に再び着いた瞬間、戦局が変わった。
ぐらつく視界、催す吐き気、意識が明滅する。
「ふはははは!かかったな!」
スカンジルマが高笑いをあげる。膝をついた零弥は、数歩先に見えるボロボロの小さな袋に見覚えがあった。
(マンドレイクの…花粉…)
ネオンを昏倒させたものと同じもの。ネオンは袋から溢れたほんのひと匙ほどの花粉で倒れた。それを今回は、魔法具の爆風に乗せて一袋ぶん、全て零弥に浴びせたのである。息をするつもりがなくとも爆風は花粉を鼻の穴を、口の隙間をぬけて運び込む。零弥は強いだけでその実態は周りと変わらぬただの人間。しかも魔法や異能によるものではないのだから魂属性の力でもどうしようもない。
(まだだ…まだ、負…ける訳…に…は……)
意識が飛び飛びな中で、スカンジルマを睨む。スカンジルマの魔力の高まりを『視る』。この期にスカンジルマはトドメを刺すつもりであるのだ。
「死ねぃユキミネ!【爆噴火】!」
地に打ち付けられた槌から魔力の塊が地を走る。零弥は応戦しようとするも魔力の流れが途切れ途切れとなりまともに働かない。
零弥の足元に亀裂が入り、噴火のごとく爆炎が火柱となり噴き上がった。
何処からともなく悲鳴が起こる。あの状況において、零弥が防御・回避した可能性はゼロであると、誰しもが考えた。
「そんな…お兄ちゃん、お兄ちゃんはどこ!?お兄ちゃあん!!」
「叫ぶな妹、貴様の兄は負けたのだ。覚えているな?奴が賭けたのは「全て」だ。奴の全て、それは財産、地位、自由、そして家族も含まれる。つまりは、貴様だ。」
下卑た笑みで伶和を睨む。伶和の前にリンが出る。そんな事はさせまいと、精一杯の敵意を持ってスカンジルマを見る。
「まだだ、まだレミは負けていない。レミの心は、まだ負けを認めていない。そうだろ、レミ!」
声をあげたのは、リングに入ったクロムであった。そして、クロムの問いかけに対し、爆心地にて紫の炎に身を包み、しゃがみ込んだままであるが目を開け、顔を前に向ける、零弥の姿があった。
「ふん、死に損ないめ。苦し紛れの防御しかできん身でまだ負けを認めないとは。だが、それでももう虫の息。次で終いよ。」
スカンジルマの言う通り、零弥は朦朧とした意識の中、辛うじて思炎の守りを張っているだけ。とても戦える状況ではない。
「終い?いいやまだだ。レミの作戦はここからが本番。続きは俺がやる、いいよな?」
クロムがリングにあがり、近づきながら話す後半は零弥への問いかけ。零弥は、意識が飛びかかっていたのか、本当に本人の意思か、コクンと頷くような所作を見せる。それが何であれ傍目から見ればクロムの問に首肯で返した形だ。
「リミットはレミが倒れるまで、それまでにお前を倒せば、俺たちの勝ちだ。」
「それが作戦だと?笑わせる。一度に二人ともやられるのが嫌だから一人ずつ潰されに来ただけだろうに。」
「まさか、レミはちゃんと俺にだけわかる形で作戦を伝えてくれたぜ。」
無論、ハッタリである。スカンジルマもその事には気付いていよう。
零弥を担いだクロムは、零弥の息が途絶え途絶えになっていることに気づいた。
零弥の吸ったマンドレイクの花粉は筋弛緩剤として用いられるが、筋弛緩剤を過剰投与することで危惧されることの第一ともいえる症状は、心肺停止である。心臓の拍動は心筋の働き、呼吸は横隔膜と胸間筋による活動である。筋肉の機能を阻害すると言うことは、少なからずこれらの活動も阻害され、心肺停止に陥る可能性がある。無論どのような成分によるものかが問われるが、何れもこの可能性はあり得るものと考えられる。
スカンジルマの攻撃を防ぎつつ、クロムは後退し、伶和、リンの元へと零弥を運んだ。
「レナちゃん、レミが割とやばい。息が止まりかかってる。たしか…ネオンにこうゆう時にする緊急処置を教えてもらったことがあったんだけど…。」
「心肺蘇生だね!わかった、私やり方は知ってる。」
「そっか、じゃあ頼んだ!」
クロムは再びスカンジルマとの戦闘に戻って行った。
「レナ、心肺蘇生とは?」
リンが知らないのは不思議なことではない。むしろ、この世界において医療関係者以外は救急処置のやり方を普通は習わない。それほど医療が発展した世界ではないのである。
「呼吸が止まってしまった人を死なせないためにする応急処置です。リンさんは出来るだけ早く医務室の先生を呼んでください。」
「わかった!」
リンが行ったのを確認し、伶和は自分と零弥の周りを結界で覆う。これから行う行為は緊急時の医療行為であると分かっていても、人に見られるのは憚られたのだ。
「お兄ちゃん…ごめん!」
伶和は深呼吸をすると、零弥の気道を確保、鼻をつまみ、口を覆うように咥えて息を吹き込んだ。呼吸を繰り返すこと数回、伶和は零弥の心臓が止まっていないか確認する。幸い、心拍は確認できた。しかし、依然として呼吸は出来ていない。伶和は人口呼吸を継続した。
…
「ユキミネはもう虫の息のようだな。呆気ないものだ。」
「へっ、薬盛られりゃ誰だってああなるさ。実力で勝てないくせに威張ってんじゃねえよ。」
「ふん、僕の財力で揃えたものは僕の力さ。むしろ上手く使って零弥を仕留めたことは賞賛されるべきだ。」
零弥を戦闘不能に追い込んだことにより、スカンジルマの口調は再び余裕のある声色になっていた。それに相対するクロムは、スカンジルマに接近するため奮闘するも、スカンジルマの地勢を利用する土属性魔法により足場を崩されあと一歩が踏み出せずにいた。
(くそ、この距離じゃ適当に撃っても避けられるか防がれるか、どちらにしても決定打に欠けるな。とはいえアレは撃つのに一瞬以上の時間がかかる。)
遠距離攻撃が主体の夜葬だが、誰だって狙われたら避ける。闇属性の魔力弾には正面からの衝突であれば貫くことのできる威力があるが、反面光・雷属性や実弾ほどの速度は出せない(そもそも実弾を用いる拳銃という武器はこの世界にまだ無いのであるが)。また、威力があるとはいえ、防御されてしまえば威力の減衰、回避のための一瞬の余裕が生まれる。
クロムは決定打を撃ち込むために、間合いを詰めて至近距離で魔力弾を直撃させるか、「アレ」と称されている恐らくは高位の魔法で防御を貫こうと思案した。
「リグニア、なぜ貴様はあの男と共にいる?」
「…?」
「僕は一度あの男の本性を見ている。今でも思い出すだけで怖気が走る。」
「ふん、他人を見下し利用しようとするお前なんかにレミのことがわかるものかよ。」
「貴様の言うように僕は他の連中などより有利に生きていくための道具にしか思っていない。それは貴様の言う通りだ。だがその僕が初めて利用する以外の視点で見た男こそあの男だ。」
スカンジルマの意外すぎるその言葉にクロムはつい耳を傾けていた。スカンジルマも動くことなく言葉を紡ぐ。
「奴は危険だ。あのこの世全てを憎んでいるかのような瞳。あれはともすれば善悪の区別などなく世界を壊して回る化け物だ。いずれは貴様も、あの小娘も、ここにいる全てを敵として襲いかかるやもしれん。」
「・・・」
クロムはその言葉に反論できなかった。二ヶ月前、スカンジルマを殺そうとした零弥の顔、その眼の奥にあった光は恐ろしいものがあったのは確かであった。
「あの男と関われば、いずれ貴様も破滅に陥るぞ。」
「だからここは降参して、お前を勝たせてレミに首輪をつけろってことか?」
「…わかっているじゃあないか。」




