外道対外法④
「役目…?」
その言葉の意味を理解しきれなかったクロム。零弥は残る右腕を支えに立ち上がり、そんなクロムに語りかける。
「彼を知り、己を知れば、百戦殆うからず。向こうの兵法家の言葉だ。
よく見ろ。そして、考えるんだ。俺のことは心配すんな。腕一本折られたお返しぐらいはするからさ。」
脂汗を滲ませながらも、笑みを浮かべる零弥。しかし腕が片方使えないというのは非常に不利な状況である。
(さぁて、格好つけたはいいものの、どうすっかなぁ…。)
妨害のチャフは既に消えている。効果は30秒程のようだ。
零弥はAcciaioAnimaを展開する。マントの一部を使って、包帯よろしく左腕を巻いて固定した。
(固定はあくまで応急処置。この状態で下手を打てば間違いなく使い物にならなくなるな。)
この場合、左腕に負荷がかかる動きをすることもできない。
「おい、左腕を狙え。あとは打ち合わせ通りだ。」
「…かしこまりました。」
スカンジルマの指示を受け、少年は零弥へと向かう。彼は鎖分銅、ナイフ、弓といった暗記を駆使し、変幻自在に零弥を追う。狙うは左腕。零弥は左腕を庇い、時には【地鋼棘】を使いながらも紙一重で攻撃を避け続ける。
しかしそれだけではない。合間合間にスカンジルマの魔法が襲いかかってくる。もちろんそれも肌の感覚、時には直感で避ける。
しかしここまで不利な状況にいるとどうしても避けきれない攻撃が出てくる。零弥の肉体には着実にダメージが蓄積されていっていた。
「ここだ!」
二人が同時に接近してきたところで零弥は一気に体勢を低くし、肩、背中を使って脚を大きく回す。ウィンドミル、元はと言えばブレイクダンスの技だが、結構勢いがあるので足払い程度には使えるだろう。
無論エルフの少年は即座にバックステップで避けた。しかしスカンジルマは一瞬遅れ、足を取られて大きくよろける。
さらに零弥は立ち上がる際に痛みに震える体に鞭を打つ。足で大きく地面を削り上げ、砂煙を舞い上がらせた。
(…砂煙。これが狙いですか。)
少年は口元を覆い目を細める。
(とはいえ、姿を隠せるほどではないですが…。)
砂煙の向こうに見える零弥の影。そこに向けて鎖分銅が打ち込まれる。引っかかる感覚、引っ張った鎖の抵抗から零弥は再び鎖を掴んだと思われた。
「愚かですね。先程と同じ愚を晒していますよ。」
少年は失望の色を見せて鎖に電撃を流した。
砂煙の向こうが僅かに光る。しかし聞こえてきた悲鳴は先程とは異なるものであった。
「ぐぁあああ!」
「っ!?この声は、まさか!?」
自らの主人の声に気を取られた少年は、次に砂煙の向こうから飛び出してきた零弥が正面から飛び膝蹴りを繰り出したにもかかわらず反応が完全に遅れた。
零弥の膝は顎とともに首を撃ち抜いた。少年は大きく飛ぶ。脳は揺らされ顎はガクガクと震える。首を強烈に打たれたため喉が物理的に潰され、咳き込み吐きそうになっていた。
しかし零弥は着地すると止まることなく、起き上がろうとした少年の首を足で組んで締め上げる。
「っ・・・~!」
抵抗しようとするが零弥は鋼属性で身体強化を行なっており大きなダメージは与えられなかった。先ほどの一撃もあり、10秒ほどで少年は遂にその意識を手放した。
ナイフを変形させ、少年の手足を拘束した零弥は、先程とは打って変わった強い敵意を見せたスカンジルマに振り返った。
「貴様、よくもフェノーラを!」
「フェノーラ?あぁ、この子の名前か。随分とご立腹だがもしかしてお気に入りだったか?
まぁ、確かによくやった方だ。こちとら片腕が潰されてしまったからな。だが、これでおあいこ。お前の『右腕』はもう起き上がらないだろうな。あとはお前だが…片手で事足りるさ。」
零弥は酷薄な笑みを浮かべる。スカンジルマの額に浮かべられた青筋はそろそろ限界を迎えそうだった。
しかし、スカンジルマの理性は意外にもまだ保たれている。その理由は明白であった。
「しかしさっきから貴様、偉そうな口ばかり達者だが僕にはまともに痛手を与えられてはいまい?それでいてそのザマだ。実は大したことはないんじゃあないか?」
「・・・まぁ、そうだな。このままじゃあ口だけでカッコ悪いな。」
笑みの浮かびかかっていたスカンジルマの表情は次の瞬間、刃のような鋭い表情を浮かべた零弥の睨みによって凍りついた。
「だからもう・・・無駄口を叩くのはやめだ。」
炸裂音のような音が二回聞こえるとともに零弥の姿がぶれる。あまりの速さに姿を見失ったスカンジルマの右?を零弥の肘が撃ち抜いた。遠くから見ていた者達には、零弥が一瞬で大きく左に跳び、1秒も止まらずに地面を抉る勢いで切り返しスカンジルマに向かったのが僅かながらに見えていたはずだ。
吹き飛ぶスカンジルマに向かって零弥は地面にナイフを突き立て【地鋼棘】を向ける。鋼の棘がスカンジルマに切迫した時、無色の幻光が丸い盾のようになってそれを阻んだ。
「障壁の魔法具か、その程度!」
その声は上から聞こえる。見上げると、零弥は障壁を飛び越えて上からストンプキックを繰り出していた。どうやら障壁が阻んだ棘を足場にして飛び越えたらしい。
間一髪、スカンジルマは横に転がるように跳び退く。
「地を揺るがすは土蛇の脈動__【地動脈】!」
スカンジルマは詠唱とともにハンマーを地面に叩きつける。地面が地割れを起こすほどに上下に揺れる。揺れは蛇のように地を履い零弥に襲いかかったが、零弥は右脚を起こすと足元まで来た地震を踏み潰す。地震を起こしていた土属性の魔力の流れが断ち切られ、地面の割れ目から紫色の火のような魔力が噴き出した。
「何っ!?ぐ…ならば、」
「遅い。」
「貴さ…っぐぅ!」
先の一踏みを一歩に変えて、零弥はスカンジルマのもとへ一跳び、その脳天を刈り取らんと跳び膝蹴りを繰り出した。対するスカンジルマ、間一髪で障壁の魔法具を発動するも、物理的な衝撃は殺しきれずに後ろによろめく。腕が上がり露わになった腹に、蹴りが穿たれた。
「~っ、おのれ!」
スカンジルマの姿がぶれ、幽体離脱のように二人になった。
これが分身の魔法具の効果、魔法具は使用者の外見の情報を読み取り、さながら3Dプリンターをカラー出力したかのように完全に同じ外見の分身を作り出す。外見のみ真似たものなので重さは軽く見た目より機敏な動きも可能だが、耐久力はそれほど高くない。また、全身が魔力で出来ているため、魔力感知を行えば即座に看破は可能である。
それ以前に、零弥に向かったのは分身のみであった。その背後で、本体は詠唱を行う。分身で時間稼ぎをする必要のある高位の魔法であると考えられた。
(しかしこの程度では時間稼ぎにもならないな。)
零弥は両手に3本ずつのナイフを構え、全てに魔力を流し、延伸、硬化。瞬時にて分身の体を輪切りにした。
バラバラにされ崩れ消える分身体、切断されたところから無色の魔力が零れ落ちる。その瞬間零弥が感じとった違和感は、瞬く間もなく異常として察知された。
飛び退いた零弥を暴風が襲う。分身体の中には爆破の魔法具が仕込まれていた。魔法具は発動する瞬間、フランとの戦闘時にもあった「魔法が発動する瞬間、同属性の魔法が接触することで魔力を吸収する」という法則に則り、分身体を構成する魔力を吸収し威力を増していた。零弥が感じた違和感は、分身体の魔力が霧散するのではなく、中心へと吸い込まれたことによるゆらぎであった。




